77.体育祭 その3
今回は普段よりも少し長いです。
午前の種目が終了し、生徒は一旦教室へと戻ることになった。
「お疲れ様だね、友也くん」
「あぁ、普通の人以上に走った気がするよ」
「ふふっ、そうだね。結局七回くらい呼ばれてなかった?」
「ははっ、友也も人気者だな!」
「こんな人気はいらないよ……」
「ははっ、まぁ、本番は午後だからね。頑張ってくれよ友也」
「もちろんだ」
競技を終えた三人と合流し、いつもの四人で集まって教室へと歩いていく。
「今日はサンドイッチにしたよ!」
「あぁ、いつも美味しいものをありがとな」
「うん! あっ、部対抗リレーは午後一番だから、お腹いっぱいは食べない方がいいよね?」
「あっ、確かにそうだな。」
「うん、だから無理ない範囲で食べてね」
「おう、ありがとな」
残すのは忍びないが、本番が上手くいかない方が問題だし、彼女にも責任を感じさせてしまうと思う。
そして早速彼女のお手製サンドイッチをいただく。目の前のこちらを妙な表情で見ている二人や、後方でぐぬぬと言っている人たちは無視して、今はサンドイッチを堪能しよう。
「ん、美味いな!」
「えへへ、ありがとっ」
彼女は毎日弁当を作るようになり、始めたばかりの頃よりもどんどん実力が上がっている。贔屓目かもしれないが、実際に店で売られているようなものよりも美味しく感じる。
「華、なんか前の人たち見てたら手作り料理食いたくなってきたんだが」
「同感だね。今度瑠璃ちゃんにでも作ってもらおうかな」
「それはいいな!」
「おい、人の妹を勝手に巻き込むな。せめて俺に頼んどけ」
「あっ、えっと、良かったら二人も食べる?」
変なことを言っている二人にも優しく手を差し伸べる彼女。本当に天使のような子だと思う。
彼女は否定するが、他の男子が言うように俺は彼女に相応しくない、というか客観的に見ると相応しくないのだろう。いつか誰からも認められるような、そんな人になりたいな……
「ん! 美味いっ!」
「流石成実だね」
「ふふっ、ありがとう」
そうして幸せな昼休みを終え、部対抗リレーが近付いてきた。
今は本番前のウォームアップとして軽く体を動かしている。
「ははっ、一ノ瀬くん。レースではよろしく頼むよ」
俺の所へ松村がやってくる。
「あぁ、こちらこそだ。全力で行かせてもらうよ」
「それでこそだ。せっかくの勝負だからね。お互い悔いのないようにしよう」
そう笑顔を絶やさずに言い残していく。
「ふぅ……よしっ」
気合いを入れる。今回は彼女を賭けて、などでは無いが、彼に勝ち、周囲に認めさせる必要がある。
放送により、部対抗リレーに出場する生徒の招集が始まる。俺は近くで体を動かしていた三人と合流し、待機場所へと向かう。
先に文化部によるレースだ。帰宅部は文化部でも運動部でもないため、希望すればどちらにでも入れたようだ。そして今回はサッカー部のいる運動部のレースに参加する。
そして、どうやらサッカー部のみが相手という訳ではなく、他の部活の生徒からもこちらに意識が向かっている。
「勝たないとな」
そう呟くと周囲の部活勢からの怒りや殺気が来る。確かに帰宅部が勝つ気でいるのは納得いかないだろう。だが負ける訳には行かない。
そてして文化部の順位が決まった。ちなみに一位は英会話部だった。
『それでは次の部対抗リレーに参加する生徒たちは、所定の場所に移動してください』
放送による指示で俺たちは移動する。
「友也くん、また後でね!」
「あぁ!」
彼女と別れ、俺は晃と共に二、四走者目の列へと並ぶ。
『えー、今回は帰宅部もいるそうですが、二年生の中で神崎さんを巡って色々あったようですね』
放送により、そんな説明が入る。
「どこまで伝わってるんだよ……」
「ははっ、諦めろ友也。んで、勝利をもぎ取って周りに認めさせようぜ!」
「そうだな……頑張ろう!」
「おう!」
『それでは位置について、よーい……』
――バンッ
『さぁ、運動部と帰宅部による部対抗リレーが始まりました! トラック一周は二百メートルなため、一人につき半周の百メートルを走ります』
『帰宅部には女子生徒が二人入っているようですが、どうなるのでしょうか』
放送による実況もありつつ、部対抗リレーがスタートする。
男子の中に混じりながらも、白雪は見惚れるほどのスタートダッシュを決めた。
『おおっと! 現在の一位は陸上部! 次いで、サッカー部、その後ろに帰宅部!』
帰宅部のトップバッターである白雪は必死に走り、一位と二位との差はほぼ無く晃へとバトンが渡される。
『第二走者目へとバトンが渡ります! 現在、一位は陸上部! いや、サッカー部と帰宅部が抜いて一位はサッカー部、二位は帰宅部だ!』
「行け! 晃!」
晃はそのまま一位とほとんど差がなく、二位で成実へとバトンを渡す。三位とは一秒ほどの差がある。勝負はこれからだ。
『第三走者にバトンが今、渡される! サッカー部一位だ! ほとんど差がなく、二位に帰宅部! 三位とはまだ差があるが、まだまだ結果は分からないぞ!』
そして彼女が来るのを俺は待ち続ける。
「一ノ瀬くん」
「……なんだ?」
「私は、負けない!」
そんな隣にいる松村の声と同時に、成実とサッカー部の第三走者が直線へと入る。
「あぁ、俺も負ける訳には行かない。来い、成実!」
「友也くん!」
彼女からのバトンを確実に受け取り、僅かに先にバトンを受け取ったサッカー部エースの松村を追い越さんと、足を動かす。
俺の方が外側なため、距離的には少しだけ長くなってしまうが、追い抜かすためには最初から全力で行かなければならない。
そしてコーナーを抜け、俺は必死に食らいつき、一位と並んだ状態で最終直線へと入る。
しかし差は少しだけ縮んでいるものの、追い抜かすには僅かに足りない。そしてラスト五十メートルを切る。
「友也くん! 頑張れー!!」
彼女の声援が耳に入る。しかし、全力で走ろうが、あと僅かが前に行かない。
松村と肩を並べたまま、少しでも前に、前に行こうと足を運ぶ。
残り十メートル。
百メートルが練習の時よりも長く感じる。しかし、ここで……
「負ける訳にはいかないんだ!!」
力を全部出し切ろうとして走る。
しかし、最後の力を振り絞ろうとも、そこから差を開くことはできずに、二人は同時にゴールテープを切った。
「はぁはぁ……」
「はぁはぁ……君……一ノ瀬くん」
「ん……なんだ?」
「本当に帰宅部かい……?」
「あぁ、そうだ……まぁ、成実の隣に並ぶためにずっと前から鍛えてはいるがな」
「だとしても、普通は勝てないだろう……」
「……は?」
「僅かに君の方が早かったよ。それに……」
『審議です! ……えー、サッカー部アンカーが、バトンを受け取る際に、ラインを超えていました!』
「そういう訳だから、君の勝ちだ。一ノ瀬くん」
『よって、一位はまさかの帰宅部! 二位は陸上部、三位はバスケ部です!』
「……勝った、のか?」
実感が湧かない。勝つ気で、全力で行ったとはいえ、本当に叶うとは。
「友也くんっ!」
「うおっ!?」
そう言って、興奮した様子で飛びついてくる成実。ハグとか今までに一回しかしたことないぞ。
「勝ったよ! 友也くんが勝ったんだよ!」
「あ、あぁ……」
「どうした友也?」
「多分、実感が湧いていないのと、成実に抱きつかれて照れてるんじゃないかな?」
「なっ、何言ってるんだよ!」
「あっ、ごめんねっ。つい嬉しくなっちゃって……」
「い、いや、大丈夫だ……」
『あー、一位の帰宅部の人たちー。色々あるみたいですが、まずは列にお願いしますー』
「あっ、そうだな。行こうか」
「うん!」
彼女と、そして協力してくれた晃と白雪と共に一位の列へと並ぶ。
「いやぁ、おめでとう」
「君、凄い早かったな!」
「うちの部に入らないか?」
二位の列へと並んでいた陸上部の人やバスケ部の人から労いの言葉をかけられる。
「あ、ありがとうございます」
「神崎さんを大切にしろよ?」
「よく見たら顔も悪くないし、彼女のために頑張れる……かっこよかったぞ!」
「は、はいっ!」
部対抗リレーで競い合った生徒たちから、そう言われる。
「ふふっ、良かったね、友也くん」
「あぁ」
まだ全員からという訳では無いが、少なくとも今回競った人たちは俺を成実の彼氏として認めて、納得してくれたようだった。
そして部対抗リレーの表彰が終わり、各々生徒席へと戻る。すると後ろから肩を叩かれた。なんだか既視感を感じる。
「一ノ瀬くん」
「松村か……」
「今回は私の負けだ。それから、納得が行かず、頭に血が上っていたとはいえ、この前言った事は謝罪させてくれ。すまなかった」
この前の事……おそらくクラスの前で言ったこと、それから小声で呟いた事だろうか。
「いや、気にしてない」
いや、正確には気にしてはいるが、そのおかげで得たものも努力もできたから、別段気にしないでもいいと思っている。
「そうか……」
「それで、今は納得してくれたのか?」
「いや、神崎さんも君も想いあっていて、離れる気もない事は理解したが……納得はしていないな」
「……」
「だから、来年もう一度勝負してくれないか?」
「……え?」
「君に勝負を持ちかけた時、頭に血が上っていたし、邪な感情もあった。しかし、君は真っ向から受け、そして私に勝った」
「……あぁ」
「だから、来年決着をつけよう。その時に純粋に真っ直ぐぶつかりに行く。まぁ、正直に言うと神崎さんのことはもう諦めがついているが、君に負けたことだけがただひたすらに悔しいっ……」
まだ成実のことについて言われると思っていたため、この反応は予想外だ。
「もう勝負はしたくないがな……分かったよ。来年、またやろう」
「あぁ! 感謝するよ一ノ瀬くん!」
そう言って彼が手を差し出してくるので、俺もその手を握り返す。
「もし、神崎さんのことで何か言う人がいたならば私に言ってくれ」
「え?」
「来年、ベストなコンディションの君と競いたいからね。私からはもう君たちには何も言うつもりは無いし、他の人が何か言うようであれば対処させてもらうよ」
「そうか……ありがとな」
「まぁ、多分必要ないと思うけどね」
「え?」
「気にしないでくれ。それでは、私は戻るよ」
「おう、またな」
「あぁ!」
そうして俺も自らの席へと戻る。
「友也くん、さっきのって松村くんだよね? 何かあったの?」
「いや、大丈夫だよ。前のことを謝罪されて、もう文句は言わないってさ」
「そっか……。それなら、これからは教室でも普通に話せるのかな……?」
「大丈夫だと思う。今まで我慢させてごめんな」
「ううん、謝らないで。それにこれからどうするのかが大切でしょ?」
「ははっ、そうだな」
これからどうするのか。色々と学校では我慢をさせていたし、相談しつつやりたいことはやっていこうと思う。
まぁ、まずは彼女が次に出場する紅白リレーの応援だ。
友也頑張った!
それからみんなお疲れ様です。
次回で体育祭終了です。ようやく学校でも普通に接せるようになったので、これまで以上に糖分が増しますね。
糖分といえば……いや関係ないですけど、夏で汗もすごく出ると思うので、塩分も水分もしっかり取っていきましょう。私みたいに熱中症になりかけるのとか本当に危ないので……
それでは今回もありがとうございました。また次もよろしくお願いします。




