63.勉強会前に
父さんが帰ってきた日の夜、成実といつも通り電話を終え、明日の予定を詰めていた。そこでこちらで父親が帰ってきたこと、あちらも母親が帰ってきたことも話した。
そして彼女との電話が終わった頃に晃から連絡が入った。
『夜遅くに悪い。姉ちゃんが明日帰ってくるって急遽決まったから伝えとこうと思ってな』
『了解だ。連絡ありがとな』
『おう!』
「明日か。いきなりだな……」
まぁ、あの人だからいつ帰ってきてもおかしくはないと思っていたが。
「それよりも何でだろうか……どこかで会いそうな予感がするんだよなぁ」
確証はないがそんな気がする。香織さんのことは明日の勉強会の時に彼女には伝えようと思う。
そして、今は気にしても無駄だと判断してその日は就寝した。
翌日、今日は十三時に彼女の家に行く予定だ。一応前に送った時に行ったことがあるが、夜だったために把握しきれてないので住所は教えて貰っている。
緊張からか少しソワソワしていたが、朝からこんな状態だと疲れてしまうと思い、深呼吸をして心を落ち着かせる。しかし向こうの母親と会うかもしれないんだよなぁ……
どうしても多少は緊張してしまう。気を紛らわすために復習をして昼まで過ごし、軽く昼食を食べる。
時間が近くなり、荷物を確認していた時、父さんがお土産として買ってきてくれたものを持たせてくれた。よく見ると有名店のバウムクーヘンと緑茶だった。
確かに向こうの親に挨拶をするのに手ぶらはいけなかったため、感謝を伝える。色々とテンパっていたとはいえ、頭が回らないのはいけないので、両頬を叩いて気合いを入れる。
そして少しして十三時前になったため家を出た。
スマホのナビを見つつ、彼女の家へと足を進めていく。近付いていくほどに気合を入れたはずの心が緊張で満ちてくるのは仕方の無いことだろう。
「ここだな……」
十五分ほど歩いたところで目的地へと辿り着いた。今はちょうど一時になった頃だ。
そして目の前にある家は、表札に神崎と書かれた一軒家だ。
深呼吸をしてから意を決して呼び鈴を押す。
『はーい』
「い、一ノ瀬と申します。神崎さんのお宅で間違えないでしょうか?」
『ふふっ、友也くん緊張し過ぎだよー。すぐに向かうからちょっと待っててね』
「お、おう」
そうしてすぐに彼女が玄関ドアを開けて出てくる。
「お待たせ! さぁ入って入って!」
「あぁ、お邪魔します……」
緊張し過ぎだとは言われたが、彼女の親に挨拶する時に緊張しない人なんていないだろう。そもそも家に上がるのも初めてだ。
ガチガチに固くなりながら、彼女にまずはリビングへと通される。
「あっ、お母さんもいるけどあんまり気にしないでね?」
「お、おう……。し、失礼します」
そう言われながらリビングへ足を踏み入れる。
「いらっしゃい。よく来たわね、彼氏くん?」
「はっ、初めまして! 成実さんとお付き合いをさせて頂いております、一ノ瀬友也と申します!」
部屋に入ると彼女の母親が迎えてくれた。自然な微笑みで、娘の彼氏である俺を拒絶しているということはなさそうだった。声が裏返りそうになるのを抑えつつ、挨拶をする。
「うふっ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。成実と付き合っていることに、とやかく言うつもりもないわ」
「あ、ありがとうございます。これ、つまらないものですが……」
緊張するなと言われて緊張が解ければどれだけ楽なことだろうか。返事を返しつつ、父さんに持たされたお土産を渡す。
「まぁ、ありがとう。これって……」
俺の渡したお土産をまじまじと見る成実のお母さん。その姿に疑問を持ったとき、お茶を取りに行っていた彼女がこちらへ戻ってきた。
「お待たせ……って友也くん、お母さん、何かあったの?」
「いいえ、なんでもないわ。それよりも成実、勉強会って言ってたけど、どこでするつもりなのかしら?」
「えっと、私の部屋のつもりだけど……ちょ、ちょっと待っててね友也くん! すぐに戻るから!」
そう言って駆け足でリビングから出ていく彼女。
「ふふっ、さっきまで掃除してたけど、もう一度見に行っちゃったわね。……よければ一つ聞いてもいいかしら?」
「は、はい! なんでしょうか?」
「いきなりこんなことを聞くのもおかしいし、気を悪くしないで欲しいのだけど……一ノ瀬くん、あなたのお父様ってもしかして一ノ瀬智康さんかしら?」
「……!」
成実のお母さんの言った名前は、間違えなく俺の父親の名前だ。しかし何故……あっ、部下の人ならば父さんがどこへ転勤に行ったとしても分かるし、彼女から俺の家のことも聞いていたのだとすれば辻褄が合う。
「……はい、その通りです」
「突然こんなことを聞いてしまってごめんなさいね。ふふっ、一ノ瀬さんの息子さんかぁ……聞いていた通りの人みたいね」
「えっと、それって……?」
聞いていたというのは成実からだろうか? それとも父さんが何か言っていたのか?
「一ノ瀬くん……友也くんと呼んでもいいかしら?」
「は、はい、大丈夫です」
「ふふっ、ありがとう。それでさっき言ったことなのだけど、一ノ瀬さんは私の上司なのは知っているわよね?」
「はい。父さんから聞きました」
「あの人とはもう何年も一緒に働いているから、飲みの席とかもよく言ってるの。そこで話すのはいつも息子と娘の話なの」
「えっ……?」
「それで少し前に息子たちと話せるようになった〜、とか、息子に彼女ができた〜、とかも聞いていたのよ」
「父さんの酔った姿を見たことないからあまり想像できないですね……」
「ふふっ、普段は真面目な人だけど酔うと素直な人になるわよ」
自分の知らない父さんの一面に驚く。それから、飲みの席で自分たちの話が話されているのはなんだか恥ずかしい。そもそも会社や会社での付き合いなんて聞いたこと無かったな……
「話を戻すわね。そこで聞いていた君の事と、成実から聞いていた君に共通点がいくつもあって、もしかしなくても同一人物だと思っていたわ。だからこそ、どんな人か詳しく聞いたり、娘を悲しませない人かも母親目線で考えたりしていたの」
それで『聞いていた通りの人』なのか。いくら話に聞いていても、実際に会うと想像と違うことなんていくらでもある。
「それで実際に会って思ったのだけど……」
「は、はい」
「どうか娘のことをよろしくお願いします」
そう言いながら神崎さんは深く頭を下げた。
「えっ!? あ、頭を上げてくださいっ」
「ふふっ、色々と聞いていても結局は会って話せばわかるし、そもそも娘の認めた人ですもの。変な人なわけがなかったわ」
頭を上げてから、笑いながらそんなことを言う。成実のことをとてもよく信頼しているようだった。
「それで返事はどうかしら? というか、もう成実は君にベタ惚れだから、もし君が捨てるようなことをしたら一生独り身になってしまうわ……」
後半は少しふざけたように、しかし前半部分はとても真剣な表情で問いてくる。
「す、捨てるなんて! ……は、はい、彼女が望めばですが、ずっと傍にいます」
「うふふ、良かったわ。これからも末永くよろしくね?」
「は、はい!」
彼女が望む限り、彼女と別れることはしない。何があっても傍にいると心に誓う。
「まぁ、友也くんは誠実な人みたいだけど、うちの娘と来たら……盗み聞きなんて良くないわね?」
「えっ?」
「うっ、ごめんなさい……。途中から降りてきてたんだけど、出ていく機会がなくて……」
そう言って廊下の方から出てくる彼女。
というか途中からって、どこからだ!? さっきのも聞かれていたのか?
焦りや恥ずかしさなどが胸の中で渦を巻く。
「ふふっ、まぁ、部屋の支度が済んだなら部屋に行きなさい。友也くんも話に付き合わせちゃってごめんなさいね」
「い、いえ、お話出来て良かったです」
父さんの知らない一面、彼女が俺にベタ惚れということなど。そして、どうやら彼女のお母さんからは受け入れられたようだったのが何よりも嬉しい。
席を立ち、深々と頭を下げてからリビングを出て、部屋に案内しようとする彼女について行く。
「そ、それじゃ、友也くん。ついてきて……」
「お、おう」
一難去ってまた一難というのはこういうことなのだろうか。いや、難ではないが、彼女の親への挨拶の次は彼女の自室に上がることになっている。
しばらくなりを潜めていた緊張が、再び胸の中で湧き上がってきていた。
こちらの心中がそんなでも、彼女は足を進めるため、部屋が間近に迫っていた。
しかし後ろから彼女を見ていると、少し耳が赤いような気がしたが、大丈夫だろうか?
今回もありがとうございました。
次回は彼女の部屋で二人きり。緊張しっぱなしで、あんなことまで聞かれてしまった友也。一体どうなってしまうのか!
と、まぁ、おふざけはここら辺までにしておいて。今回初めてお父さんの名前出ましたが、特に名前で呼ぶ人もいないですし、そもそも登場回数が少ないんですよね。頭の片隅に置いておいても大丈夫です。
それでは改めまして、本日もありがとうございました。また明日お会いしましょう。




