104.猫派と犬派
「俺は猫派か、な……」
「そっか!」
「へぇ……?」
前からの嬉しそうな視線、後ろからの刺さるような視線。振り返りたくないし、このまま成実の家まで逃げたい。しかし瑠璃はわざわざ忘れ物を届けに来てくれたのに逃げるのは駄目だよな……
「瑠璃……」
「何かな、お兄ちゃん」
「いや、その……」
「うん、大丈夫。分かってるよ」
「そ、そうか!」
「彼女の前だから彼女に合わせたって分かってるよ」
「そうなの、友也くん……?」
捨てられた子犬……いや、成実は猫派だから例えるなら子猫の方がいいのか?
そんな感じの表情で俺を見つめてくる。
「い、いや、そうじゃないが……」
「そうだよね!」
「でもお兄ちゃん、前にどっちも好きで選べないって言ってたよね?」
「そ、そうだったか……?」
「そうだよね?」
「はい……」
「うん、素直でよろしいっ。変に彼女の前で取り繕っても、いつかボロが出るかもなんだから、最初から正直に答えればいいのに」
瑠璃の言う通りだ。嘘をついたり、変に見栄を張ったところでずっと一緒にいればそれもいつかはバレるだろう。むしろ注意してくれるのはありがたい。
今回みたいに、一時のためにその後の信頼を捨てるのは間違っていた。とはいえ、今だけは黙っててくれてもと思ってしまう自分もいる。いや、瑠璃がどうこうっていうのはお門違いか。
「友也くん……」
「……ごめん!」
「……ということは瑠璃ちゃんの言うように、今はどっちも好きなの?」
「あぁ、嘘ついて本当にごめん……」
「そっか……」
そう言って俯く彼女。
旅行で更に近づいて、過去や母さんのこともようやく話せたのに、一つの嘘で信頼関係が破綻か。馬鹿だな俺……
「……ふふっ、そっか!」
「え?」
「今はどっちも好きってことは、猫の方をもっと好きになってくれるかもしれないんだよねっ?」
俺の後悔を他所に、成実は明るげな表情をする。
「そ、そうだか……えっと、俺が言うのもなんだが嘘ついたんだぞ……?」
「うん、分かってる。でも私のためを思ってくれてるのも分かる。だからそれが嘘じゃなくなれば、友也くんが嘘ついたことにはならないから良いなって思って! ダメかな?」
目の前にいる彼女は天使なのかな。そう思えるくらいに笑顔が眩しく、とてもいい子すぎる。彼女に対する引け目や劣等感なんて消えたと思ってたけどむしろ増幅してきたな。
冗談はさておき、彼女に返事をしなければならない。
「ダメなわけがない。確かに、今から猫の方を好きになるかもしれないな」
「ん〜……」
「どうした、瑠璃?」
「このままお兄ちゃんを猫派に取られるのはなぁって思ってね〜」
「えっと、そんなに気にすることか?」
「気にする、めっちゃ気にするよ! ……あっ、そうだ。成実さん、私と成実さんでそれぞれ犬と猫のいい所をお兄ちゃんに伝えない?」
「私が猫、瑠璃ちゃんが犬のアピールをするってこと?」
「そう。それでお兄ちゃんがどちらを好きになっても恨みっこなし! ってことじゃダメかな……?」
「瑠璃ちゃんの気持ちも分かるし……うん、そうしよう!」
「やった! ありがとう成実さん!」
瑠璃の提案に乗る成実。野良猫一匹からこんな展開になってしまったが、どうなるのだろうか。それに本当にどちらも可愛くて選べない。
「お兄ちゃんを犬派に……どうしよう。犬耳付けて迫ってみるとか……?」
「お前の中の俺はそれで犬派に堕ちるのか? お前、俺の事をどう見てるんだよ……」
「えっと……シスコン? いたっ!」
軽くデコピンを一発食らわせる。
というか本当に最近正直になりすぎている気がする。こんなことならしっかり者の瑠璃の方が良かったのではないだろうか。
「ふふっ、でも友也くんって瑠璃ちゃんのこと大切に思ってるよね」
「今のでそう見えるか?」
「だって瑠璃ちゃんを見る目が優しいし、瑠璃ちゃんと話す時も楽しそうだよねっ」
俺と瑠璃は揃って黙り込む。よく見てるんだな。
優しい目っていうのは自分では分からないが、彼女の言うように、なんだかんだ瑠璃と話す時は数少ない気の許せる相手なので楽しいと思っている。
「まぁ、だとしてもシスコンではないよ。それに成実ならありえるかもしれないが、瑠璃に犬耳を付けられても正直困る気がする」
「ぶ〜、やってみなきゃ分からないじゃん〜」
「私ならありえる……やってみようかな……」
何か不穏な言葉が聞こえた気がするが気のせいだろう。気のせいだな。
「そういえば瑠璃は何を届けに来たんだ?」
「あっ、そうそう……って話逸らさないでよ。とりあえず、成実さん。これ、スマホ忘れてたよ」
「え、あっ! ありがとう瑠璃ちゃん!」
アルバムを見た後、今の俺を撮っときたいと言って一枚だけ写真を取られた。その後で俺の方も彼女を撮ったし、ツーショットも撮った。そのまま雑談に戻ったから置き忘れたのだろう。
「とりあえず冗談はさておき、どうすればお兄ちゃんを犬派に……あっ」
「何か思いついたか?」
「うん! あ、でもお兄ちゃんって恋人いるんだよね……。んー……そうだ!」
一人でぶつくさ言った後、何か閃いたような顔をして俺に伝えてくる。
「前の誕生日の時に、何か言うことを一つ聞いてくれるって言ったよね?」
「言ったな」
「それ使うからさ、今度一緒に犬カフェ行こうよ! 行ったことないから、私も行ってみたいし! いつなら空いてる?」
「明日は成実の家でアルバムを見せてくれることになったし、来週くらいにもゲームと相談事で行く予定だから……ん、成実?」
ふと黙り込んでいる成実に気がつく。
「成実。成実!」
「え、あっ、呼んだかな?」
「あぁ、呼んだよ。どうかしたか?」
「あ、うん。えっと、今回はライバルだけど、瑠璃ちゃんの案を借りて友也くんと猫カフェに行こうかなって思って、どこかいい所がないか考えてたんだ」
「そうか。成実は猫カフェによく行くのか?」
「ううん、行ったことはないけど、前に行ってみたくてたくさん調べたんだっ。まぁ、一人じゃ勇気が出なくて行けなかったけど……」
「分かる! 私もそんな感じでずっと行けてなかったんだ!」
変なところで意気投合して盛り上がり始めた。
それにしても猫と犬か……。深く考えたことがなかったな。
猫と犬。……想像しようと思ったのに、どうして成実が猫耳を付けた姿と瑠璃が犬耳を付けた姿が浮かぶのだろうか……。こんなことを考えるのは良くないな。
最近、学力は上がったと同時に何か脳の大切な部分が溶かされて、抜けてるところが多くなった気がする。
「猫耳……」
「お兄ちゃん……?」
「友也くん……?」
「あ、いや、なんでもないぞ」
「そ、そう? それで、お兄ちゃん。明後日以降なら何日か空いてるんだよね?」
「あぁ、空いてるな」
「それなら、成実さんとも相談して日程決めよう?」
「それなんだが、瑠璃」
「何?」
「もう結構暗くなってきてるから、瑠璃の予定さえ教えてくれれば明日成実と俺で決めてもいいか?」
「あっ、ほんとだ。それでお願い! 引き止めちゃってごめんね!」
「ううん、スマホ届けてくれてありがとう!」
「うんっ、また話そうね!」
「うん!」
そうして仲良さそうに別れる瑠璃と成実。瑠璃も猫が嫌いというわけじゃなく、ただ意地を張ってしまっただけだろうから、どんな結果になってもそれこそ恨みっこなしで仲良くいて欲しく思う。
その後、成実と話ながら彼女の家まで送り届け、俺も夜道の中を帰っていった。
付き合ってから友也がポンコツというか、抜けてるところが増えてきてる気がする。それと同時に、主人公体質にもなって来てる気がするなぁ。……気のせいかな。うん、多分そうだね。
それにしても成実は純粋ですね。眩しい、とても眩しいよ……
あ、それでは今回もありがとうございました。




