100.旅行二日目 その二
「あっ! お兄ちゃん!」
宿に戻って、中に入るなり瑠璃が声を上げる。
「あっ、そうだったな!」
「晃まで? ……あぁ、そういう事か」
二人の視線の先を見るとお土産屋があった。確かに観光はしたけど、こっちでお土産屋らしいものも買っていなかった。
「皆が疲れてなければだけど、寄っていくか?」
「私は大丈夫だよ」
「私もだ」
「それなら私も行こうかしら」
というわけで全員でお土産屋へと入る。
中には土地にちなんだものや、どうしてこんなものがと思うようなものもあり、見ているだけでも楽しい。
「うなぎパイ、わさび……あぁ、お茶も買うか……」
せっかく来たのだから色々と買いたくなるのは仕方の無いことだろう。部屋で飲んだお茶も美味しかったからな。
「美味しそうなみかん……! あ、でも持って帰る途中で……」
「家に郵送もできるみたいだぞ?」
「あっ、本当だ。教えてくれてありがとっ!」
そのまま嬉しそうな表情で買いに行く成実。良い物で、季節のせいもあるのか少し高値だが普通に購入していた。
聞けば今回の旅行の為に母親からいくらか持たされて、お土産を買ってきてねと言われていたらしい。
そのまま全員が好き好きにお土産を買い込んだ後、部屋に戻ってからすぐにまた入浴をしに移動をする。
そしてこの入浴は二泊なので今日で最後となる。昨日も思ったが、お湯の温もりが体の芯まで温めてくれて、これだけでも来てよかったとすら思えるほどだった。
「今日で終わりか。それにしても良いお湯だったね」
「そうだなぁ」
「あ、そっか、明日には帰るんだよね……」
旅行の最終日の前日や最後の風呂の後は、感慨深い思いや少し寂しい気分になる。昨日食べなかった人はプリンを食べつつ話をしているが、外の景色が段々と暗くなっていくのにつれて、部屋の雰囲気も少し暗くなっていっている気がする。
「ふふっ、楽しかったなぁ〜。今回はみんなありがとね!」
「そうだね。今回は親無しで成実も加わっての初めての旅行だったけど、私も凄い楽しめたよ」
「うんうん、私も! 久しぶりの旅行だったし、やりたいことやって、行きたいとこも行けたし!」
「俺もだ! 旅行中、ずっと笑顔でいられた気がするしな!」
「あぁ、そうだな。今回は今まででも一番楽しかったかもしれない」
「私も今回自腹を切って来たけれど、本当に楽しかったわ。それに瑠璃ちゃんも昔みたいな子に良くも悪くも戻って、成実ちゃんとも仲良くなれたしね」
「えっ、悪くもは余計だと思うよ?」
「うふふ、謝るからそんな顔しないの」
今回の旅行を簡単に振り返りつつ、夕食までの時間を過ごす。香織さんも瑠璃も以前と変わったし、晃と白雪は関係が変わるかもしれない。それに俺と成実はもっと深い仲になれたと思う。
しみじみと考えてはいるが、先程とは違って明るい気分だ。
そして夕食の時間になり、最後の夕食を済ませて部屋に戻る。明日の朝があるので最後の食事ではないが、全員味わって、食事の時も楽しく話などをしていたと思う。
「食べてすぐに横になると牛になるぞ」
「食べすぎた……」
「晃は昨日も食いすぎてただろ……」
「そ、それは友也もだろ? うっ……」
「と、とりあえず座って! だ、大丈夫?」
「大丈夫だよ、神崎さん……」
晃が昨日に引き続き食べすぎた。美味しいのは十分に分かるし、最後だからって食べるのも分かるが……いや、分かるんだが、限界まで食べることはないだろう……
そして横に寝転がっている人がもう一人。
「瑠璃もだぞ。というかお前はそんなに食べてなかったよな?」
「うん、そうだね。腹八分目までじゃなきゃ美味しく食べれないからね〜」
「そうだな……いや、そうじゃなくて」
「畳ってゴロゴロしたくなるからさ〜」
「それならこっちで寝てもいいんだよ?」
「いやいや、遠慮しておくね、華さん」
瑠璃の寝ている香織さんの部屋は全てが洋室で、こちらにしかない畳の上でだらけている。ならなんで向こうにとも思ったが、様子を見ていると晃と白雪のお互いが多少なりとも意識しているのには気付いているようだった。
元々贔屓目なしでも目ざとくて頭も良くてしっかり者だったが、今回の旅行でそこに甘えたでいたずらもするという要素が加わった。
兄としては妹が活き活きしているのは嬉しいが、旅行中に思ったのは些か元気になりすぎているということだ。まぁ、我慢していた反動だろうし少ししたら慣れるかな。
そんなこんなで気付けば夜も遅くなってきた。明日の運転の事を考えてか香織さんはお酒は控えており、つい先程には寝落ちした瑠璃を連れて部屋に戻って行った。
「それじゃ……俺たちの方も寝るか」
「そうだね……」
昨日と同じことを言っているはずなのに、名残惜しさからか少し暗い気分だ。
「ここで何を思おうが、泣いても笑っても寝て覚めたら帰るだけだよ」
「そうだな! それならしっかりと寝た方がいいよな!」
「あぁ。というわけで私たちも寝るよ。おやすみ友也、成実」
「あぁ……そうだな。おやすみ」
「あっ、おやすみなさい!」
ここまで名残惜しいのは初めての彼女も含めた旅行で浮かれていたせいもあるだろう。まぁ、でも、白雪と晃の言う通りだ。どうしようもないんだがら、あとはしっかりと寝るだけだ。
そうして二人と寝る挨拶をして、俺と成実は隣の部屋へと移動する。
「ねぇ、友也くん……」
「なんだ?」
明日の朝に慌てず動けるように荷物をまとめておき、いざ寝ようとすると、隣のベッドに座っていた成実から声をかけられる。
「今回の旅行、本当にありがとね……」
「いや、こちらこそだよ」
「今日の朝もさ、やっぱりこの人しかいないんだなって思えたし……こんなに面倒くさくて臆病な女の子だけど、これからもよろしくね?」
見惚れるほどの笑顔で、俺の事を信頼しきったような声色で、そうハッキリと伝えてくれた。
「あぁ、もちろんだ。これからもずっと一緒にいよう」
「うん……!」
それから視線を少し彷徨わせてから、何かを言いたげな表情を浮かべる。何を言いたいのかは流石に察せられないが、彼女の方を見て次に出てくる言葉を待つ。
すると意を決したのか、すっと立ち上がり、そのまま向かいのベッドに座る俺の横に腰を下ろした。
何を伝えたいのか、何をしたいのかと考えを巡らせていると、彼女は俺の方に顔を向けて目を瞑った。
ここまで来れば何がしたいのかは分かる。
俺も目を瞑り、唇と唇を重ね合わせる。少し前ならば僅かに逡巡していたかもしれないが、今はもうそんなものは無い。昨日と今日で今までよりもっと好きになり、大切になった。
「……ぷはっ……はぁはぁ……友也くん」
唇を離すと彼女の口から吐息のようなものが漏れた。それが妙に艶めかしく、大変魅力的に見えた。
思わずぎゅっと彼女の身体を抱きしめ、すぐ傍に彼女の熱を感じる。
「成実、大好きだ……」
「私も……大好きだよ……」
朝、目が覚めるとすぐ目の前に彼女の寝顔があった。昨日のようにベッドの間にある隙間越しにという訳では無く、文字通り目の前だ。
一瞬、口から心臓が飛び出るかと思うほどに驚いたが、まずは落ち着いて離れ、昨晩何があったかを少しずつ思い出していく。
「確か……」
互いに好きだ好きだと満足するまで言い合った後に、再び旅行の事を隣に座りながら話していた。
「その後は……」
「んん……あ、あれ?」
「あ、成実。おはよう」
「うん、おはよう……あの……」
「ここって友也くんのベッドだよね?」
「そうだな」
「もしかして寝落ちしちゃった?」
「あぁ、そうみたいだな」
「友也くんが今そこで立ってるのって、もしかして私がベッドを占領しちゃって、リビングで寝ることになったとか……?」
「いや、その、俺も隣で寝落ちしてたからそういう訳ではないけど……」
「けど……? っ!? そ、添い寝……」
話が区切りよく終わった後、寝ようかと思ったのだが、彼女が手を握ったまま寝落ちしてしまったのだ。しかも恋人繋ぎで。
手を剥がして、彼女の言うようにリビングで寝ようとも思ったのだが、何分力強く握られていた。それに、その後俺もすぐに眠気に襲われてしまったのだ。
「そんなつもりじゃなかったんだが……すまなかった!」
そう言って俺は腰を直角に曲げて彼女に謝る。眠気で頭が回ってなかったとしても他にやりようはあったと思うし、勝手に添い寝するくらいならば彼女を起こしてでも別で寝た方が良かっただろう。
「いいよ、気にしないで。友也くんなら大丈夫だからっ…………まぁ、その、今度する時には私も起きてる時にして欲しいなぁなんて……」
「? あ、ありがとう……でも本当にごめんな」
「ううん、本当に気にしてないよ」
「そうか……?」
「うん!」
彼女の様子から本当に気にしていないというか、むしろ笑顔すら伺えるので本当に良かった。
そうして最終日の朝を迎えた。
わぁ……100話だ……! って言ってもこれを区切りに何かある訳でもないんですけどね。
というかむしろ普段よりも一時間遅れてしまって申し訳ないというか……申し訳ありません。
それでは今回もありがとうございました。また次回もよろしくお願いします。