98.旅行での夜 後編
「明日もあるしそろそろ寝るか」
「あっ、もうこんな時間……そうだねっ」
晃が戻ってきてから、四人でしばらく雑談したり、スマホゲームなんかをして過ごしているうちに夜も更けてきた。
成実は最初、白雪がゲームをすることに驚いていたが、ここにいるのは晃を除いて全員インドア寄りの人間だ。ゲームももちろんよくする。
「それじゃ、晃、白雪、また明日な」
「あぁ、おやすみ二人とも」
「おう、また明日な!」
二人は和室の方へ、俺と成実はベッドのある方へと分かれる。部屋は冷房がかかっているし、何もする訳でもないし何かある訳でもないのに少し手に汗が滲んでいる。
「……それじゃ、寝るか」
「そ、そうだね! ふ、二人きり……」
「ん?」
「なな、なんでもないっ」
部屋に着くなり寝ようと言うが、逆に寝る以外にすることなんてないだろう。ベッドは間隔を開けて置いてあり、お互い気恥しさからか、相手に背を向けている。
そうしてしばらくの間部屋に沈黙が流れる。
「……」
「……」
「……もう、寝た?」
「いや、起きてるよ」
「あのさ、友也くん……」
「あぁ、何だ?」
「あ、えっと……ちょっと肌ヒリヒリするね?」
「ん、あぁ、いきなり何かと思ったけど、確かにそうだな」
「うんっ。あはは……」
「……」
「……それから、旅行楽しいねっ」
「あぁ、俺もだ。すごく楽しいよ」
そして再び沈黙が訪れる。俺も俺で緊張している部分があるが、彼女も同じで気を紛らわすために言葉を口にしているのかもしれない。
「……あ〜、えっと、旅行誘ってくれてありがとな」
「へ?」
「七夕の時に成実が当てたおかげでこうして来れてるんだから、お礼をと思ってな」
「前にも何度も言ってもらったから気にしなくてもいいよ。むしろお礼を言うのは私の方。友達と、それに友也くんとも一緒に来れたから……」
「あ、あぁ……」
「……ねぇ、友也くん」
「なんだ?」
「私……今、すっごく幸せ……」
「そ、そうか……」
「うん……一年前だと考えられなかったことばかりで……でもどれも嫌じゃなくて。むしろ楽しいことばかりで……。それに隣にはいつも……大好きで大切な人がいるの……」
「っ……」
「あとさ、友也くんは………」
「……ん? 成実?」
今の今まで話していた彼女は急に黙りこくってしまう。俺はそっと成実の方に体を向ける。
「寝てる、のか……?」
体を反対方向に向けているとはいえ、規則的な寝息から寝ていることが分かる。そういえば話の最後の方でも一文一文に間隔が空いていて、眠いのを我慢しながら話していたのか?
もしくはほとんど寝言みたいな独り言のようなものだったのだろうか。
「……ははっ」
つい笑い声が漏れる。緊張やら嬉しさやらでさっきまでは気が気でなかったが、張っていたものが緩み、体の力が抜けてくる。
そういえば彼女は早寝早起きだ。夜の電話なんかでも、寝る時間だからと、いつも名残惜しそうにしつつも切っている。
でも眠い状態で言う言葉なら全部本当の事だよな? そうだと嬉しいな。
……そういえば俺もいつも彼女に合わせて寝ていたからだろうか。気付けば瞼が落ちてきて、俺も深い眠りへと旅立っていったのだった。
「……んん……ふぁぁ……。……っ!?」
ふと目が覚め、目を開けると目の前に彼女の顔が……
あぁ、そういえば彼女と同じ部屋で寝ているんだった。車で起こした時も思ったが、相変わらず綺麗な顔立ちをしている。
窓から覗く空はまだ少し暗かったが、完全に目が冴えてしまったのでそのまま起きることにする。
「筋肉痛か……? いてて……」
筋肉痛のせいか、ベタだけど枕やベッドが変わったせいかな、なんてことを考えながら静かにベッドから降りる。
「すぅ……すぅ……」
隣のベッドには成実が寝ている。疲れもあるだろうし、変なタイミングで起こされるのは嫌だろう。
そっと扉を開けてリビングの方へと出る。
「まだ六時か……」
今日は九時頃に朝食となってるので、まだまだ時間が有り余っている。
ひとまず俺は水を一杯汲んで、一気に飲み干す。
「さて、どうしようか」
ゲームして時間潰すのもいいし、朝風呂もやってるそうだ。
「友也くん……?」
そんなことを考えていると、後ろから声をかけられる。
「成実? すまん、起こしちゃったか?」
「あっ、ううん。いつもこれくらいに起きてるからつい習慣で……」
「そうか……」
「友也くんはどうさこんなに早くに?」
「ふと目が覚めてな。枕が変わったからかな?」
「ふふっ、そうかもだね。……これからどうするの?」
「ちょうど何をしようか考えていたところだ」
「それなら、散歩とかどうかな? こっちは空気も美味しいし、朝ならそんなに暑くないと思うから……」
「おぉ、いいな。行こうか」
「うん!」
靴を履いて部屋から宿の外へ出る。
彼女の言うように外の空気は比較的涼しく、なかなか気持ちが良いものだ。
宿を出て歩いていくと、海沿いの歩道へとたどり着く。景色も良く、朝だからか人もほとんどいない。
「成実の言った通り、涼しくて気持ちいいな」
「……」
「何かあったか?」
「……あの、昨日は話半ばで寝落ちしてごめんね……」
「それなら大丈夫、気にしてないよ」
「そっか……」
昨日の話……そういえば彼女は何かを聞こうとして、眠りに落ちていたような気がする。
「覚えてたらいいんだが、最後に何か言いかけてなかったか?」
「え? えっと……あっ!」
「思い出したか?」
「一応思い出したけど……。面と向かって言うのはちょっと恥ずかしいなぁ……」
「そうか。まぁ、無理強いはしないよ」
「ううん、大丈夫っ。聞いてくれる?」
「おう」
彼女はすぅ、と深く息を吸って吐いた。海沿いだからか潮の匂いがする気がする。
「その、友也くんは……私といて幸せ?」
「あぁ、幸せだよ」
「っ!」
いきなり聞かれて少し驚いたが本心からの返事をする。というか、不安に思わせる態度でもしてしまっただろうか。
「もし、不安に思わせてたり、寂しい思いをさせてたなら謝る。でも少なくとも俺は成実といられて何よりも幸せだ」
お互いが好き同士なのは身をもって感じている。それでも時折、家族連れを見て寂しそうな顔をしたり、今みたいに心細くさせている。
俺ではやはり彼女の心を埋めることはできないのか……そう考え始めていると、彼女が少しずつ言葉を紡ぎ始めた。
「……ううん、寂しい思いはしてないよ。私は友也くんと付き合ってからは、ずっと空いていた心が満ち溢れてるの」
「あ、あぁ」
「それで、これからも友也くんと一緒にいたい。でも友也くんが自分のことよりも私のためにって行動して傷つくのは嫌だし、無理してるんじゃないかって思うと怖くて……」
「……そうか」
確かに一緒にいて楽しくてもそれが必ずしも幸せとは限らないし、逆に幸せであっても傷ついたり無理してる人もいるだろう。
それに学校で付き合いがバレた時に周囲から俺が敵意を向けられていたことも、こう思わせた要因の一つかもしれない。
「俺の幸せは成実といる事。あぁ、あとは笑顔を見ることだな」
「っ! そっか……私も友也くんといられることが幸せ!」
「あ、ありがとう……。まぁ、だから心配しなくてもいいし、どうしても何かしたいって言うならずっと傍にいて欲しいかな」
それに言ったら注意されそうだけど、彼女のためなら無理したり傷ついたりするのも厭わない。
「そんなことでいいの?」
「それがいいんだ」
「そっか」
「あぁ」
思い返せば俺たち二人ってよくこんな話をしている気がする。互いのことが好きかとか、大切かとか、今回で言うと幸せかとか。
まぁ、相手からそう思われてるのが分かるのは嬉しいし、改めて自分の気持ちの大きさもわかる。少し恥ずかしさもあるけど、今後も何か聞かれたりしたら正直に答えていこう。
「というか、成実ももっとしたいことをしていいんだぞ? 普段はしっかりしてるけど、二人きりの時くらいは自由にしてして欲しいし」
「そう? 今でも自由にしてると思うけど……」
「そうか?」
「うーん……あっ! ……ねぇ、友也くんっ」
「ん?」
「その、大好きって言って欲しいな……」
「あ、あぁ、分かった」
分かったと言ったものの面と向かっては凄い恥ずかしいな……
俺は咄嗟に彼女を抱き寄せ、互いの顔は見えない状態で伝える。
「大好きだよ、成実」
「っ!? あ、ありがとう……私もだよ……」
言った後で気付いたが、こちらの方が恥ずかしくないか?
彼女と離れて様子を伺うと、顔を真っ赤にして固まっていた。
一応外ではあるが人目もないため、こんな風してられるが、もし誰かに見られでもしていたなら羞恥で小一時間は悶えそうだ。
しばらくして復活してから二人で手を繋いで、宿への道を歩いていく。彼女の歩幅に合わせて少しゆっくりのペースだけど、決して嫌な気分ではない。
「戻ってきたね」
「あぁ、そうだな」
「とりあえず部屋に戻ろっか」
「おう」
そうして部屋に戻ると白雪が目を覚ましており、少し照れていつつも晴れやかな顔の成実と俺をいじってきた後、成実と朝風呂に出かけて行った。
正直に色々話し合わなきゃ長続きしないですよ……多分。
とりあえず幸せの定義は人それぞれですけど、二人には末永く幸せでいて欲しいです。それと、これからは吹っ切れて更に甘えられるようになれば良いですね。
普段は元気ですがその分内心では、想いの一方通行ではないか、私のせいで友也くんが無理してないか、等々考えてしまうタイプな気がしますし。
それでは今回もありがとうございました。また次回もよろしくお願いします。




