073、はじめてのおつかいです
私とソフィアは生徒会のお仕事が終わった後、一緒に街に向かっています。ルートお兄様、リリー様、リシューに心配そうな目で見られました。リシューなんて「知らない人について行ったらダメだよ」って言ってきた。リシューの中で私は何歳なんだろうね?しかも、皆してソフィアに「シルフィーをよろしくね」って声かけてた。ソフィアは私の保護者じゃないのに!同い年なのに!
私だって、買い物くらい一人で……、したことはないけどきっと出来るのに!街にはよく行ってるから場所さえ分かれば一人でも大丈夫なんだからね!ぷんぷん!
でも、ソフィアとのお出かけは楽しみ。実はリシューと三人でケーキを食べに行った以来、ソフィアとお出かけをした事はない。だって、予定が全然合わないのよ!私が暇な時はソフィアに予定があったり、ソフィアが暇な時は私に予定があったり。二人とも空いてて帰りに遊んで帰ろうと約束していた日に限って生徒会の仕事が長引いたり。だから、今回の買い出しは渡りに船!
「ソフィア、行こ!」
「そうね。ほら。シルフィー、手」
ソフィアは私にそっと手を差し出してきた。私が喜んでいた瞬間。まさかのソフィアからの子ども扱い。
「ソフィア、私、15歳だよ?」
「知ってるわよ?」
「……」
知ってて子ども扱いですか??
「違うわよ。これは子ども扱いしているわけじゃないわ。迷子防……、デートでしょ?なら手を繋ぐのが普通でしょ?」
な、なるほど?今迷子防止って聞こえた気がするのも全部気のせいですよね?それならいいのかな?女の子同士で手を繋ぐのなんて珍しい事じゃないしね。
「それなら」
私は差し出してきたソフィアの手をそっと握る。あ、一応言っておきます。私はソフィアの事は好きだけど、あくまで友達としてです!百合……?とか思ったそこのあなた、違いますからね!
ソフィアが小さく「ちょろ…。こんなに素直なら心配になるわ」って呟いたのは聞こえない。聞こえないったら聞こえない。
「リシューも一緒に行けたら良かったのにね」
「仕方ないわよ。稽古って言ってたし」
そう、リシューは今日剣の稽古があるみたいなんです。稽古をつけてくれているのがトーリお兄様です。私のお姉様の旦那様。はぁ、お姉様に会いたくなった。そして不思議なのが、騎士団長がシュヴァン様のままって事。小説では、今の時期はシュヴァン様の息子のトーリお兄様に騎士団長の座がわたっているはずだった。よく分からないけれど、そういう事もあるよね。
学園から街はそんなに離れていないので、ソフィアと歩いていく事にしました。よく考えれば少し遠いかもしれないけれど、お話しながら歩いてたらあっという間だよね。……それと、ソフィアは移動中、ずっと私と手を繋いでいました。これって、迷子防止ですよね?デート関係ないですよね?
ともかく、私達は仲良く手を繋いで街に到着しました。
「ソフィアは光るインクを売っている場所分かるの?」
「ええ。さっき会長に聞いてきたわ」
流石ソフィア。そんな抜かりのない所好きです。私が抜けているだけ?あー、聞こえない聞こえない!
「こっちよ」
「はーい」
ソフィアは私の手を引張りながら案内してくれている。
「ソフィア、さくさく進んでいるけれど、このあたり詳しいの?」
「そうね、割とよく遊びに来てたからね」
「じゃあ、もしかしたら、気付かないうちにすれ違ってたかも!私もよく、アル様やリシューと遊びに来ていたから!」
「ふふ、そうかもね」
悔しい!もっと早く気付いてたら、ソフィアともっと早い段階で仲良くなれていたかもしれないのに!最初はヒロインと悪役令嬢が仲良くなるのはどうなんだろうとか思っていたけど!
「でも、今仲良しなんだからいいじゃない」
「むぅ。それもそっか…。そうだね!」
大切なのは過去じゃなくて今!……って誰かがいってた気がする!
そうして無事、光るインクは手に入れましたとさ。購入時に見た訳の分からない値段は気にしない。忘れる。あんなの貴族でも買うのためらう。ソフィアだって顔ひきつってたもん。
もう買い物は終わった。という事は遊んでもいいんだよね!
「ソフィア、あっち!美味しそうなクッキー売ってるお店がある!」
「はいはい」
苦笑しながらもついてきてくれるソフィアは優しい。
「こんにちは!」
ドアを開いてお店の中に入ると、
「いらっしゃい」
出迎えてくれたのは笑顔が素敵なお婆さん。何だか、お婆さんの手作り料理ってほっこりするよね。勿論、パティシエが作ったお菓子とかも好きなんだけど、それとは違う温かさがある。この感じ分かってくれる人いる?いるよね?
「おいしそう~」
ちょこ、いちご、ぷれーん、ブルーベリー、ジャム、胡麻、塩バター……、え、無理。選び切れない。どれも美味しそう。
「すいません。ここに売ってるの全部下さい」
「こらこらこら」
ソフィアに止められました。
「そんなに食べ切れないでしょう?」
「むぅ。食べれるもん!」
「一気に食べると怒られるわよ、アンナに」
「うっ…」
そ、そうだった。この間ケーキを食べ過ぎて怒られたんだった。
「じゃ、じゃあ。いちごとちょこ…」
「また買いにくればいいじゃない。付き合ってあげるから」
「ほんと?約束だよ?」
「はいはい」
これで次回のデートの約束は取り付けた。けれど、ソフィアは知らない。後に高頻度でこのお店に連れてこられることになる事を。
「おばあさん、いちごとちょこのクッキーください!」
「はーい」
お婆さんが綺麗にラッピングをしてくれたクッキーを見ると嬉しくなる。ちょっとずつ食べよう。勿体ないからね。折角だから味わって食べたい。
「ありがとうございました」と挨拶をしてお店を出ようとしたら、
「お嬢さん。大きくなったねぇ」
「ふぇ?」
お婆さんが私達に話しかけてきた。お嬢さんって言いながら私の方を見ているから私の事だと思う。
「えっと…?」
申し訳ないけれど、私はお婆さんの事を知らない。見た事もなかったと思う。こんな優しそうなお婆さんと知り合ってたら、絶対に私は懐いていると思う。……間違えた。好きになっていると思う。私人間。ペットじゃない。
「ふふ、お嬢さんは私の事分からんと思うよ」
「ふぇ?」
ますます分からない。私が街に出た時に見かけていたのかな?でも普段あまりこっちには来ないんだよね。だからこんな素敵なクッキー屋さんがあるなんて知らなかった。
「お嬢さん、5年ほど前に盗賊を倒しておっただろう?」
「!」
「綺麗な金色の髪に、空を思い浮かべる青い瞳。間違える訳がないよ」
え、あの時いたの?でも、それなら無事でよかった。怪我とかしなかったのかな?でも今は元気そうだから良かった。
「わたしゃ、あん時に、すぐ上の建物にいたんだよ」
なら安心。盗賊さんも建物の中には行ってないと思うから。
「あん時のお嬢さんはかっこよかったねぇ」
「へへ」
かっこいいって褒められる事はあんまりないから嬉しいなぁ。
「無事で安心したよ。素敵な女性に育ったね」
す、素敵な女性!本当ですか?!私、周りから子ども扱いされてばかりなんです!お婆さんがそう言ってくれて心底嬉しいです!
え、頭まで撫でてくれるんですか?あぁ、今私に耳と尻尾があったら全力で振っているのに!
「ふにゅぅ」
お婆さんの手はアル様とおんなじくらい危険。抜け出せなくなりそうです。
あ、ごめん、ソフィア。ほったらかしにしちゃってた。
「ソフィア、ごめんね」
と謝ったのに、ソフィアは聞いていませんでした。それどころか、手を口元に当てて考え事をしている。
「そっかだから…」「もしかしてあの時の…」ってソフィアがぶつぶつ言ってる?どうしたんだろう?何だか寂しそう?でも何か嬉しそう?よく分からない。
でもしばらくうなった後に、「よし!」といって立ち直ったみたい。なんだか吹っ切れた顔している?
何だかよく分からないけど、良かった。
その後、ケーキ屋さんには連れて行ってくれませんでした……。「こんな時間にケーキを食べたら私がリシュハルト様に怒られるわ」だそうです。「この前は食べたのに…」って言ったら「今日は買い物とかしてたから前より夕食に近いのよ」って返されました。
という事で、今日は帰ります。でも、私はご機嫌です。ソフィアがまたケーキも食べに行こうって誘ってくれたから。本当に私の扱いが上手になってきていると思います。
「そういえば、来年の生徒会長って誰になるんだろうね」
「うーん、学年的にはリリーお姉様だけど、断りそう…。リシューじゃないのかな?そういうの出来そう」
「そうね、リシュハルト様なら出来そうね。でも、シルフィーだって出来ると思うわよ?」
「え、私?!無理!私なんかじゃ無理だよ……」
「……」
私がそう言うと、何故かソフィアは黙ってしまいました。
「ソフィア?」
「『私なんか』じゃないでしょ?シルフィーを大切に思ってくれている人達が悲しむわよ」
「あ、ごめん……」
「ふふ、わかったならいいのよ」
「はーい……」
私が「あっちに行きたい」「こっちに行きたい」というともれなく連れ戻されます。それが何だか楽しくなってきた私がいるのが本当に申し訳ない。
例えば…、
「ソフィア、私、あそこにある雑貨屋さんが見たい!行こ!」
「こら。今日はもう遅いからまた今度!」
と、こんな感じでございます。何だかこういうのってあれ見たいだよね。
『おかあさん』
子どもがどこかに行かないようにしっかり手を握っていたり、子どもから目を離さないようにしたり、子どもの我儘に文句を言いながらも最後には言う事を聞いてしまう所とか。
私にはなじみのないもの。『おかあさま』と『おかあさん』は似ている様で全然違うから。
こんな感覚初めて。心がぽかぽかする。あぁ、こんな感覚をなんていうんだっけ。……分からないや。でも、しいて言うならあれかな。
「だいすき」
心がぽかぽかしていて、この気持ちを吐き出さないと壊れてしまいそうな感覚。叫びだしたいような、胸を押さえたいような。不思議であったかくて、抱きしめられたくなる。
振り返ったソフィアは私の言葉に、
「私も好きよ」
と返してくれる。不思議。心のぽかぽかがまた強まった。あぁ、やっぱりだめだ。私にはこの気持ちは表しきれない。たぶんあれだ。今まで私の考える『おかあさん』像に一致する人が居なかったから。だって、私の『おかあさん』像はいつだって一人だったから。ソフィアはそれに一致した。それだけ。だからこんなに泣きそうになっているんだ。でも、泣かない。もう、どうしようもないことだから。いくら嬉しくても、ソフィアは『おかあさん』じゃなくて『ソフィア』という私の友達だから。
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