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スティラpart1

 俺はフィオーネ公爵家長男、スティラ・ミル・フィオーネ。今年9歳になった。双子の妹のシリア・ミル・フィオーネと、次女のシルフィー・ミル・フィオーネの兄だ。宰相の父上の後を継いで、このままいけば次期宰相となることが決まっている。父上の働きを見ていたので、父上の事は尊敬している。父上は公の場ではとても厳しく妥協を許さない。父上を恐れている文官も少なくない。騎士団ですら、父上の殺気の前に立てなくなる人もいるくらいだ。


 そんな父上も、家では別人だ。父上は母上をとても愛していて、常に顔が緩んでいる。次期宰相となることが決まっている俺には厳しい事もあるが、母上と同じくらい俺達子どもを愛している事も分かっている。


 そんな父上が更に顔を緩ませるのが、3歳になった妹のシルフィーだ。俺の妹達はとても可愛い。言葉通り、双子の妹のシリアも可愛いと思う。けれど、特に最近のシルフィーは本当に可愛い。父上や母上、シリアだけでなく、使用人達も夢中だ。シルフィーは、以前からよく、俺やシリアの後ろを小鳥のようについてまわっていた。俺達の姿が見えない時は父上か母上の元に行くか、屋敷を走り回って俺達を探していたらしい。屋敷を走り回るのは良い事では無いが、子どもは元気が1番だ。実際、父上や母上も何も言ってないから、俺と同じ考えなのだろう。成長してから淑女になるための教育を始めればいい。俺達を探している姿がとにかく可愛くて、わざと隠れたりした。けれど、見つからなかった時には泣きながら俺達の名前を呼んでいた。可哀想で罪悪感が芽生えた為、次から隠れることはなくなった。


 前はお兄様と呼べなかったため、オレの事を「にーに」と呼んでいた。けれど最近は、舌足らずで「おにーしゃま」と呼ぶ。初めて「おにーしゃま」と呼ばれた時は可愛すぎて倒れるかと思った。実際にシリアは「おねーしゃま」と呼ばれてから、蹲って悶えていた。シルフィーが俺達の呼び方を変えたのは、熱が下がり目が覚めた時からだった。シルフィーが熱で倒れたのは、俺とシリアとシルフィーで庭で遊んでいる途中だった。父上は城に仕事に行っており、母上は部屋で刺繍をしていた。その場にいたのは俺とシリア、ロビンとアンナだけだ。朝起きてきた時は元気だった。父上と母上にも元気に朝の挨拶をして、出されたご飯もちゃんと食べきっていた。特にシルフィーにおかしな所はなかった。朝食を食べて少し休憩し、庭で飼い犬のディーアと遊んでいたら、急にぼーっとし始めた。初めは遊び疲れたのかと思ったて、休憩を促した。幼い子どもは自分の限界が分からないものだ。


 しかし、休憩しても様子がおかしく、とうとう倒れた。アンナには母上に連絡をしてもらい、ロビンには医師をシルフィーの部屋に手配して貰った。その間に俺とシリアで急いでシルフィーを部屋に運んだ。


 医師に見てもらった結果は熱だった。俺達はひとまず安心した。朝は元気だったのに何故急に熱が上がったのかなど、気になることはあったが、原因不明の病では無いことに安心した。しかし、シルフィーはそれから、なかなか目を覚まさなかった。毎日空いた時間があればシルフィーの様子を見に行った。俺だけではなかった。父上も母上もシリアも俺と同じくらいシルフィーの部屋にいりたびっていた。朝起きたら番犬のようにディーアがシルフィーのベッドの傍にいたこともあった。


 何度呼びかけてもなかなか起きず、とうとう2週間たった。さすがにおかしいと思った。幼い体とはいえ、ただの熱でこんなにも寝込むものなのか。寝息も安らかで、異常はない。ゆっくりと眠っているのは分かっている。けれど、飲まず食わずでこんなにも寝ていたら本当に弱ってしまう。このまま目覚めなければ、と考えると、背筋が冷えてくる。シリアもとうとうシルフィーの顔を見る度に泣き出した。家族全員が……いや、この屋敷にいる使用人を含め全員が、シルフィーが起きることを願っている。シルフィーの手を握り、何度も祈った。


(無事に目を覚ましてくれ)





 シルフィー以外の家族で朝食を食べている時だった。


「旦那様、大変です!」


 急にシルフィー付きのメイドのアンナが走ってやって来た。メイドであるアンナがこんなことをするのはシルフィーに関してだけだ。普段は優秀だから、シルフィーに何かあったのだろうか。


「シルフィーに何かあったのか」


 父上も慌ててアンナに話しかける。


「お嬢様が目を覚されました!」

「!!」


 何度、その言葉を望んだだろう。その言葉を聞いた途端、家族全員が席を立った。食事も途中に、父上は一目散にシルフィーの部屋へと走っていった。そして、父上を追うように、俺と母上とシリアもシルフィーの部屋へと向かった。シルフィーの部屋に入った時には、父上が泣いているシルフィーを抱きしめていた。シルフィーの元気な姿に思わず涙が出そうになった。母上もシリアも同じ気持ちなようで、目に涙を浮かべていた。


(本当に良かった)


 何度安堵のため息をついただろうか。シルフィーはしばらくすると泣き止んだ。


(泣いたあとだから目は真っ赤だったけど、うさぎみたいで可愛いな)


 それにしても、父上だけ抱きしめるのは狡い気がする。


「ちょっと父上、俺達にもシルフィーを抱っこさせてくれよ」


 そうシルフィーと父上に声をかけ両手を伸ばすと、シルフィーは俺の手の中に飛び込んできた。抱きしめると、シルフィーも精一杯俺の体を抱きしめてきた。余りの可愛さに力が抜けるかと思った。けれど、シルフィーを落とすなんていう失態は絶対にしない。シルフィーが例え元気でも、そんな事をした日には………。シルフィーには泣かれ、父上に剣術の稽古を何倍にもさせられ、母上とシリアには冷たい目で見られるだろう。追いかけるシルフィーから隠れて、シルフィーを泣かせた時もそうだった。あんな経験、もうしたくない。切実に。そんな事を考えていると、シルフィーは俺の胸に頭を預けてきた。可愛すぎて俺の方が倒れそう。そんな気持ちを誤魔化すように、シルフィーの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。


「シルフィーっ! やっぱり可愛いなぁっ!」

「すてぃらにーしゃまっ! かみがぐしゃぐしゃになっちゃいますっ!」


(すてぃらにーしゃま……?)

 

 もう、可愛くて、頭が爆発しそうだ。今までシルフィーは俺の事を「にーに」と呼んでいた。それが「すてぃらにーしゃま」だと……?シルフィーは本当に可愛い!舌っ足らずのところがまた可愛い!


「大丈夫っ!お前はそれでも可愛いからっ!」


 これは紛れもない本心だ。俺の顔は相当緩んでいたのだろう。ボコッという音と共に、頭に衝撃が走った。思わずシルフィーを抱く手が緩んだ。しかし、落とす訳が無い。もう一度強く抱き直す。殴ったのはシリアだろう。間違いなく。きっとたんこぶが出来ている。割と痛い。


「おにーしゃま? だいじょーぶですか?」

「あ、あぁ……。いや、ちょっと痛いかも……」


 そう言いながら自身のたんこぶを撫でる。シルフィーの前だから格好を付けたいが、本気で痛い。ついつい、シリアを睨んでしまった。すると、


「おにーしゃま、いたいのいたいのとんでいけっ! ……もういたいのなくなった?」


 なんて言う声が聞こえた。うん、シルフィーは天使だ。間違いない。俺だけではなく、父上の顔を緩んでいる。残念な程に。


「ああ。もう大丈夫だ。シルフィーは優しくて可愛いなぁ。どこかの俺を殴った妹とは大違いだ」

「何よ。最初に私の可愛いシルフィーをいじめたのはスティラじゃない」


 虐めたつもりは毛頭ない。シルフィーが可愛いのが悪いんだ。


「虐めてねぇよ! 可愛がってただけだろ!?」

「シルフィーは病み上がりなんだから、そんなに激しく撫でたら熱がぶり返すかもしれないでしょ!」


 いや、そんな事で熱はぶり返さない、と返そうとした時、シルフィーの泣き声が聞こえた。


「け、けんかは、だめなの……!」


 シルフィーは涙を流しながら精一杯の大きな声で叫ぶ。


(しまった)


 今までシリアとは何度も喧嘩をしてきた。けれど、シルフィーの前でここまでの喧嘩をしたことは無い。いや、喧嘩をしたつもりは無いが、どちらにしろシルフィーを怖がらせてしまった。


「ごめんね、シルフィー! 大丈夫よ、もうしないから泣き止んで~!」

「わ、悪かった! シルフィー、怖がらせてごめんなぁ」


 二人で謝りながらシルフィーの頭をなでる。けれど、困ったことにシルフィーはなかなか泣き止まない。


「全く。皆してシルフィーを虐めないの。」

「おかーしゃま…!」


 そう言って声をかけてきたのは母上だった。


「いや、まて。私は虐めていない。」

「お、俺だって!」

「私もよ!」


 という俺達の発言をスルーし、母上はシルフィー目線を合わせて話しかける。


「でも、本当に良かったわ。もう本当に大丈夫?」

「はい、だいじょうぶです。おかーしゃま。」

「本当に?無理してない?何かして欲しいことある?」

「えっとね………、あのね、おかーしゃまに、だっこしてほしい…です…」


 そう言って、両手を上げ、母上へ向ける。


(うん、シルフィーは天使。確定。)


 シリアも同じ事を思ったのだろう。胸を抑えて悶えていた。母上はシルフィーを見て目をパチパチさせる。母上はしばらく固まっていた。多分、母上も俺とシリアと同じ心情なんだと思う。反応のない母上に、断られると思ったのだろう。シルフィーの、母上を見つめる目に段々と涙が浮かんできた。


「ダメなわけないじゃないっ! あぁっ、うちの娘はなんて可愛いのかしらっ!」

「ちょっと、母上! 強く抱きしめすぎ! シルフィーが可愛いのは分かったけど、苦しそうだからっ!」


 母上がシルフィーを抱きしめたところまでは良いが、強すぎてシルフィーが苦しそうだった。思わず待ったをかけてしまった。


「あぁっ! ごめんね、シルフィー!大丈夫!?」

「だい、じょーぶです……」


 とりあえず、シルフィーが無事に目覚めて良かった。

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