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いつかの記憶



 今になっても、思い出す。私の親友だったあの子の事。小学校に入学した時からずっと仲良しだった。あの子はいつも笑っていて、周りを笑顔にしてくれた。


 あの子は両親がいなくて養護施設で生活していた。だから、周りの親も、「親がいないあの子とあまり関わらないで」という。私も最初は面倒な性格の子なのかな?だから両親に捨てられたのかなって思ってた。距離を置いていた。本当にあの頃の私は嫌い。あの子の事を見もしないで、勝手に捨てられたと決めつけていた。関わらない方がいいと決めつけていた。


 でもあの子は全然そんな事なかった。心から皆の幸せを願う、本当に優しい子だった。後から、両親に捨てられたんじゃなくて、両親が死んでしまったから養護施設で生活しているんだと知って、今までの対応を心底後悔した。もっと早く仲良くなっておけばよかった。どうしてこんなにいい子なんだろうと不思議に思うくらいいい子だった。

 少し不思議だったのが、何だか勘がいいなぁ、って事だった。本人は自覚していなかったけれど、無意識の行動が人を救っていた。ぼーっとしているように見えて、周りをちゃんと見ている。だから、皆あの子の事が好きだった。





 あの子は本当に『いい子』だった。

 私や周りの子が嫌な事言っても笑って許してくれるし、怒っているところを見たことが無い。高学年になると、皆恋愛ごとに興味を持ち始める。私達のクラスも例外ではなかった。ある女の子に、


「私の好きな人があなたのことを好きなの!だから、私あなたの事が嫌い!」


 って言われていた時もあの子は悲しそうに「ごめんね」って言うだけだった。理不尽な事を言われているんだから怒ればいいのにって言っても、あの子は悲しそうに笑う。

 自分が嫌われて当然って顔をして笑わないで。





「好きだから付き合って欲しい」


 そう告白された時だって、「私なんかを好きになってくれてありがとう。でも、ごめんなさい。私は友達でいたい。」っていつも振る。私はあの子のこの言葉が嫌だった。『私なんか』って言わないで。その言葉を聞くたびに胸が苦しくなる。私にとっては親友で、大事な存在。いくら本人でもあの子をそんな風に言うのは許せなかった。





 だから心配だった。あの子は自分を大切にする方法を知らないんじゃないかって。だって、いつも人に譲っている。運動場で遊んでいる時に、ブランコに乗っていても、他の人が「貸して」って言ったらすぐに譲る。最初は優しいなぁ、って思ってた。でも、そうじゃない。あの子は甘える事を知らないんだ。我儘もどこまでが許されるか分からないから言わないんだ。本当はまだブランコで遊びたかったのを知っている。だって、名残り惜しそうにずっとブランコを見ていたから。


 周りは「あの子なら優しいから譲ってくれるよ」って言う。確かにあの子は優しいし、皆も悪意で言っているんじゃないって分かっている。でも、あの子の優しさを当然の物と思わないで。あの子がどんな気持ちで譲っていか知らないくせに。





 本当は誰かに甘えたかったのを知っている。歩いている親子を羨ましそうに見るから。

 本当は我儘を言いたいのを我慢しているのを知っている。いつも諦めて悲しい笑顔で笑うから。





 でも、そんなあの子が唯一誰にも譲らなかったものがある。それが『ファル』。同じ養護施設で暮らしている年上の男の子がくれたくまのぬいぐるみ。あの子はそのくまに『ファル』と名前を付けて大事にしていた。あの子が何か一つでも執着出来るものがあったと知った時は本当に嬉しかった。


 私じゃダメかもしれないけれど、私があの子を幸せにしたい。幸せになるお手伝いをしたい。子どもだけれど、大人にならざるを得なかったあの子が子どもでいられるように、学校では、いっぱい楽しい思い出を作るんだ。あの子が我儘を言えないなら、言えるようにあの子に寄り添おう。だって、あの子が幸せなら、私も幸せだから。





 だから、急にいなくなるなんて考えてもみなかった。

 朝、登校して、あの子と朝の会が始まるまで小説の事を話すのが日課だった。だから今日も、いつものように席に座ってあの子が来るのをずっと待っていた。でも、あの子は中々来なかった。早く、あの子に貸した『ソフィアと恋の物語』の感想を聞きたかったのに。先生が教室に入ってきても登校してこない。先生は何も言わない。体調不良なら体調不良って言うのに。


「先生、あの子が今日学校に来ていないんですけれど、どうしたんですか?」

「……そうか、君はあの子と仲が良かったもんな。もう少し、はっきりしたら話すから受け入れて欲しい。」


 先生にこの言葉を言われた時から嫌な予感はしていた。だからあの子が、信号無視をした車にひかれたと聞いてやっぱりと思って絶望した。年下の子を助けて死んでしまったと聞いた時、あの子らしいとすら思った。


 先生はなんて言ったっけ?受け入れて欲しい?……受け入れられるわけがないよね。だってあの子が死んだんだよ?あの子が幸せになれるようにいっぱい思い出を作ろうって、そう決めたのに。決めたばっかりなのに。小学校を卒業しても、中学校、高校で思い出を作っていく予定だったのに。


 その年下の男の子は悪くない。悪いのは信号無視をした運転手。誰かを守って死ぬなんて、あの子らしいと思うけれど、やっぱり悲しい。ううん、悲しいなんて言葉では言い表せれない。正直、後を追って私も死んでやろうかと考えた事もある。でも、やっぱりあの子が悲しむから、それはできない。

 私は私の人生を全うするよ。あの子の分まで。









 不思議だよね。あんなに何年も前の記憶を今でも鮮明に覚えているなんて。私は高校生になったよ。でも、病気で死んじゃった。だから、健康な体に生まれ変わるのが私の願いだった。そして私の願いは叶った。


 あの子も転生しているんじゃないかな。私と同じように。この世界じゃなくて、どこか別の世界かもしれないけれど。死んだ魂は生まれ変わって、まだ別の身体へと宿る。私は珍しい事に前世の記憶があった。だからあの子にも記憶があればいいなぁなんて思うと同時に、やっぱり何もかも忘れて新しい人生を送って欲しいなぁなんて思う。あんな最後を迎えたんだからトラウマになっていないといいけれど。


 私は遠く離れていても、近くにいても、あの子が私の事を分からなくても、ずっと見守っているよ。今度こそ、自分を大切にして幸せな人生を送って欲しい。


 そんな時にあの子を見かけた。男の子と一緒に街を歩いていた。外見は全く違ったけれど、すぐにあの子の生まれ変わりだって分かった。

 あの子は笑顔だった。寂しそうに笑うんじゃなくて、心から本当に嬉しそうに笑っていた。思わず泣きそうだった。あの子は『この世界』でやっと幸せになれる。そう感じた。


 私は今幸せです。だから、どうかあの子が心から甘えて我儘を言えるような温かい人生を送れますように。


 またいつか会えるよね。私の親友。大好きな『桜』。




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