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アルフォンスpart8


 本当は分かっていた。あの場で一番怖がっていたのはシルフィーだって事を。私が駆けつけた時、シルフィーは震えていた。私が抱きしめた時、安心したように気を失った。

 本当は怖かったのに、無茶をした。そうしなければならなかったのは理解している。そうしなければ皆死んでいた。



 もうシルフィーを失うなんて経験をしたくない。そんなのは誘拐の時の一度で十分だ。



 だからこそあんなことを言ってしまった。あえてシルフィーを傷つける言い方をした。そうすれば、次にこんな状況に陥った時、自分を一番に考えてくれると思ったから。自分自身を守る事が何よりも大切だと教えたかった。例えそれが私の独りよがりの意見だとしても。正論を押し付けた。





 シルフィーは無防備だ。ノックをしても、すぐに「はーい」って言う返事が返ってくる。

 正直そんなところも可愛くてシルフィーらしいと思っている。でも今はそれがとても不安だ。シルフィーは無防備に、ふわふわと、あっさり自分の元から離れていってしまうのではないか。そう考えてしまう。……今更手放せるはずなどないのに。愛しているからこそ遠ざけたいのに、それも出来ない。


 5年前の犯人が未だに捕まっていない今、シルフィーに危険な行動はしてほしくない。だからシルフィーには緊張感を持って欲しかった。大人しくしていて欲しかった。


 でも、こんなのはただの八つ当たりに過ぎなかった。


「どうして大人しくしていなかったんだ?」

「どうしてあの時逃げなかったんだ?」

「どうして、剣を持った男に向かって行ったんだ」


 すべて八つ当たりだと分かっている。シルフィーを大切にしなかったシルフィー自身への八つ当たり。シルフィーはしなかったのではなく、出来なかった。そんなことは分かっている。だって、シルフィーだから。7年も一緒に居たらシルフィーの事はある程度理解できる。


 だから、アンナや護衛を犠牲にしろと言った時のシルフィーの反応は予想がついていた。


「やめて…」


 そんな小さな、でも心からのシルフィーの気持ちを無視して。シルフィーだって、本当は分かっていたと思う。私がわざわざ言わなくても貴族として何が大切か知っている。でも、それを知っているのと受け入れられるかどうかは天地の差がある。


 シルフィーは人が好きだ。


 人見知りだけれど、人一倍周囲の人の感情に敏感だ。深く温かい愛情を求めている。そんなシルフィーに言ってはいけない事であると分かっていても、口から出てしまっては手遅れだ。後悔しても遅い。





「シルフィー、次、このような機会があれば見捨てろ」


 首を振るシルフィーを無視して、


「煩わしいものは全て私が排除してやる。」


 シルフィーを脅して、


「我儘を言うな。」

 

 普段我儘を言わない大人の様な子どもにそんなことを言って、 


「いいかげんにしろ。これは貴族の義務だ」


 勝手に怒って、





 ……手遅れだと気が付いたのはシルフィーの様子に異変が出た時だった。


「シルフィー?」


 青白い顔で首に手を当てている。目を見開いて、全面で恐怖を表現し震えている。


「ぃ、ゃ…」


 必死に呼吸をしようと息を吸うけれどそれを吐き出せていない。それが余計にシルフィーを苦しめている。

 まるで死んでしまいそうで…。


「シルフィー、息して!」


 あんなに訴えていたのに。私が怖いと、怒られるのは嫌だと、否定されたくないと訴えていたのに。


「ぃ、やっ、こな、で…」


 私はすべて無視して苦しめた。


 今だって、こんなに必死で恐怖を訴えている。苦しくて話すのも辛いくせに必死に言葉を紡ぐ。


 私を……、いや、私から何かを連想して恐怖を感じている。私がシルフィーに近づこうとすると、その震えは大きくなった。




 来ないで。私を傷つけないで。




 頼りない小さな体で必死に訴えている。でも、ここで私がシルフィーを見捨てる訳にはいかない。ここでシルフィーを見捨てれば、もう一生、シルフィーは私に心を開いてくれなくなる。いや、私だけではなく、シルフィーの家族もそう。シルフィーは大好きな人を信用できなくなってしまう。私の何気ない一言がシルフィーをこの先もずっと苦しめてしまう。そんな事、あっていい訳が無い。





「シルフィー!落ち着いて!大丈夫だから!息して!」


 そっとシルフィーを抱きしめるけれど、錯乱しているのか、必死に私の手から逃れようとする。


「シルフィー私の心臓の音を聞いて、ゆっくり呼吸をして!」


 私が焦ってはいけない。今一番怖いのはシルフィーだ。落ち着け。


 私の胸にシルフィーの耳を押し付ける。そしてリズムをとる様に背中もトントン、と心臓の音に合わせて軽くたたく。すると、段々と呼吸が安定してきた。良かった。そして体の震えも段々と消えてきた。


 顔をそっと覗くと目がとろんとしてきていたから、どうやら体力の限界が来たようだ。そのままシルフィーの眠りを促すように頭を撫でる。


 ふぅ、


 そう安堵のため息をついた時だった。



「ころさ、ないで……」



「…!」



 シルフィーが目を閉じる直前、そう呟いた。

 シルフィーはこんなにも恐怖を感じていたのだと、改めて感じた。死んでしまうと感じる恐怖。そんな恐怖を私が与えてしまった。

 ものすごい罪悪感が私を突き刺す。


 シルフィーをベッドに寝かせると、ようやく安心したように眉間の皺が無くなった。

 

 そうして気になるのが、シルフィーが恐怖を感じていた『何か』。これは恐らく『私』ではない。恐怖を感じる時のシルフィーは私を見ているようで見ていなかった。でも、私と全く無関係ではない。


 シルフィーにあんなにもの恐怖を与えている存在は一体何なのだろうか。









 私は罪悪感からシルフィーに会いに行く事が出来なかった。





 ようやくシルフィーに会いに行く決心がついたのは、公爵から失望した目で見られた事だ。

 公爵は私に何も言ってこなかった。いつもの公爵なら、シルフィーを泣かせたに対して怒りを向けてくるだろう。けれど、今回は何も言ってこなかった。それがおそろしく私を不安にさせた。

 そうしてシルフィーに会いに行く決心をして公爵に告げた時には、やっとか、という呆れた目を向けられた。………私は一応王子なのだけれど、こういう所では公爵には勝てない。





 シルフィーに会いに行った時に、シルフィーが変わってしまった事に気が付いた。ノックをした時にいつも「はーい!」「どうぞー」って明るく受け入れるのに、今は「誰ですか?」って緊張した声で問いかける。本来は令嬢としてこれが正しいのに、ひどく私を不安にさせた。シルフィーが無理をしている様で。


 そうして極めつけは私と二人きりになった時に緊張したように言葉を詰まらせる。こんなシルフィーは出会った時以来だ。


 私が、私の言葉がシルフィーを傷つけた。それをまじまじと実感させられた。





 私は間違ったことは言っていない。貴族としては。けれど、シルフィーを傷つけた事は間違いだと思う。

 


 シルフィーには自分を一番に考えて欲しい。その気持ちは変わらない。でも、他人を大切にするシルフィーはやっぱりシルフィーらしくて、そんなシルフィーを否定はしたくない。

 シルフィーには、シルフィーらしくいて欲しい。今日、シルフィーにあってそう確信した。私に対しても怯えるようなシルフィーになって欲しくない。周りの人を信じられなくなるようなシルフィーになって欲しくない。




 だから、シルフィーは私が勝手にがちがちに守りを固めることにする。




 ……方法はシルフィーには内緒だよ?





 




「ところで、それは?」


 仲直りのようなものをしてシルフィーの部屋を改めて見ると、シルフィーをイメージして作ったような髪紐が目に入った。


「あ、その…」


 シルフィーが照れている。……もしかして、他の男に貰ったもの?


「あれはす…」


 …す?


「す」がつく男に貰ったの?スティラ?それならいいけれど…。他の男なら許さないよ?


「シルフィー?」

「……」


 あ、シルフィーが黙ってしまった。これは聞かない方がいいのかな?…すっごい気になるけれど。でも、シルフィーをこれ以上追い込みたくない。

 そう思っていたのに。


「あの、これは…、アル様への贈り物、です。」

「私に?」

「はい。へたくそですけど、いつもいっぱい助けてくれるから……」


 思わず息をのむ。正直全くの予想外だった。しかも、シルフィーの手作りだなんて。


「シルフィーが作ってくれたの?」

「でも、へたくそだから使わなくてもいいです!ただ、持っててくれたら…」


 へたくそ?シルフィーが心を込めて作ってくれたのなら、たとえへたくそでも使うよ?しかもこれは全然へたくそではないと思う。初めて作ったにしては上手すぎる。

 もしかして、シルフィーが街に出ていたのってこれを作る材料を買っていたから?そう思ったら、余計にシルフィーが愛しく感じた。


「つけてくれる?」


 シルフィーに髪紐を預けると、シルフィーは嬉しそうに私の髪をまとめるべく、私の背後に回った。


 ふふ。何だかくすぐったい。私がシルフィーの髪をいじる事はよくあるけれど、逆はめったにない。

 しかも手つきが丁寧だから余計にそわそわする。


「どうですか…?」


 シルフィーが鏡を私に差し出して不安そうに聞いてくる。そんな不安な顔をしなくてもいいのに。だって、

  

「うん。シルフィーといつも一緒に居られるみたいでとても嬉しい。シルフィーの温かい気持ちが伝わってくる。作るの大変だったよね?本当に嬉しい。ありがとう。」


 とても嬉しいのだから。




「どう、いたしまして」




 シルフィーが泣きながらそう言った。そうして、やっぱり、ずっと緊張させていたんだなと気が付いた。私に拒絶されるのを恐れて、突き放されるのを恐れて。




「アル様、大好きです。」




そういったシルフィーの表情は嬉しそうで、安心したようで、少し苦しそうだった。





 多分、シルフィーの好きは私がシルフィーに向けるものとは違う。でも好意を向けられている事には間違いない。今は兄に向ける様な「好き」でも、段々と恋人に向けるような「好き」に変わっていくようにしたい。その為に私が出来る事をしなければ。取り敢えず、しばらくは甘やかして、甘やかして、甘やかす。









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