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056、本気で怒られたのは初めてです


 目を覚ました時、一番に目に入ったのは、目を真っ赤に腫らしたアンナだった。それから、慌てて駆けつけてきてくれた家族、使用人。何だか、私が『桜』の記憶を思い出した時の状況と少し似ていた。あと、私が誘拐されていた時。


 目を覚ました私を皆が心配してくれている。でも、大げさだよね。ただ魔力を使い過ぎたのと疲れただけなのに。怪我なんてしていないのにね。

 




 ぼーっとする頭で昨日あった事を振り返ってみると、何故、あんな風に動けたのか分からない。騎士団で模擬戦をした時と同じ。自分が自分ではない感じ。今の私が同じように動けるかと聞かれれば、絶対無理としか答えられない。運動神経が格段に上がっていた。あんなに怖かった男達だけれど、戦っている時、全く怖く無かった。


(へんなの)


 『私』の中に、『私』以外の『私』がいるんだろうか?……自分で言っていて意味が分からない。私達以外に私の中にはいないのに。


 



 目を覚ましたばかりの今日はまだ布団から出ないようにと言われた。元気なのにね。でも、出たらケーキなし!と言われたから仕方がない。ケーキを食べられないなら……、どうしよう。家出してみる?ううん。無理無理。私貴族だもん。やってもらう事に慣れ過ぎていて、今更一人の力で生きていくなんてきっと出来ない。じゃあ、お城に逃げ込む?そこなら私のお部屋があるし、きっとケーキも出てくると思うし…。え、私もうあそこに住んでもいいんじゃない?え、結婚するまではだめ?そうですか。





 一人でくだらない想像をしていると、コンコンとノック音が聞こえた。


「はーい」


 ここに入ってくるのはアンナや家族が主だから、気軽に返事をする。多分、おやつの時間だからおやつを持って来てくれたんだろう。ケーキがいいなあ。出来れば、チョコレート系を希望します!


「入るね」


 でも、聞こえてきた声と入って来た人はアンナでも家族でもなかった。


「アル様!」

「シルフィー、入室を許可するのはまず誰か確認した後にね」

「はーい!」


 穏やかな顔のアル様は仕方がない子どもを見るように私の頭を撫でてくれている。アル様の心は『あぁ、元気よく返事をしても多分すぐには改善されないだろうな……』というところだろう。それ、正解。


 アル様はベッドの傍に置いてあった椅子にそっと座る。


「うん、顔色は悪くないね」

「はい!元気です!」

「良かった」


 アル様はほっとしたように息を吐きだす。アル様にも沢山心配かけちゃったな。


「ところで、犯人の目的とか、背後の黒幕とかって…」

「それが、分からないんだ。」

「分からない?尋問とかしたんじゃないんですか?」

「する前に牢の中で死んでいたんだ。」

「え?」


 死んでいた?もしかして、外から来た侵入者とか?黒幕の人が雇った人で口封じとして殺したとか?


「見張りをしていた人達も、急にうめき声が聞こえて確認してみたらもう死んでいたらしい。そこへの入り口は一つで窓もないから侵入の可能性はほぼ考えられない。誰の仕業かも分からない。本当に何も分からない状況なんだ。」


 アル様がこんなに悔しそうな顔をするなんて。そうだよね、もしかしたら黒い瞳って言ってたから王太子のレオンお兄様が殺される可能性もあったんだもんね。

 男は殺す対象は街にいるって言っていたけれど、予定行動は絶対じゃない。もしかしたら巻き添えを食らう可能性だってある。アル様が昨日あそこにいたのだって、学園帰りにたまたまあそこを通っただけみたいだし。





「シルフィーにも言いたいことがあったんだ」

「?」


 何だろう、いつものアル様じゃないみたい。改まったような真面目な顔をしている。珍しい。いつもアル様が私を見る時は優しい顔をしている。でも、今の表情は少し、怖い。


「シルフィー、どうして大人しくしていなかったんだ?」


 大人しく?


「大人しくしていますよ?ちゃんと布団から出ずに……」

「違う。そうじゃない。言い方を変えよう。どうしてあの時逃げなかったんだ?」


 あの時?私が転んで逃げ遅れた時の事だろうか。逃げようとは思ったけれど、逃げれなかったが正しい。私だってあんな所で転ぶはずじゃなかった。

 私の疑問が顔から出ていたのか、アル様は眉をひそめた。


「この言い方も違うか。……どうして、剣を持った男に向かって行ったんだ」


 やっと、アル様の言いたいことが分かった。


「だって、アンナが捕まってて…」


 私が逃げていたらアンナは殺されていた。アンナを置いて逃げれない。

 

「あの時のシルフィーの最善の選択はアンナや護衛を見捨てて、安全な所に逃げる事だ」

「え?」


 アンナをおいて?アンナを見殺しにして?


「シルフィー、私達は貴族だ。」

「やめて…」


 貴族なら、誰かを見捨てなければならないの?


「護衛の役目はシルフィーを家まで無事に帰す事」


 そんなの分かってる。だから、彼らは最初、私とアンナを逃がしてくれようとしてた。


「そしてアンナの役目はシルフィーの身代わりになってでもシルフィーを守る事」


 それも分かっている。横にいたアンナは誰よりも早く私を抱きしめて守ろうとしてくれていた。


「シルフィーの役目は彼らの思いに応えること」


 分かってる。それも分かってる。でも、本当は分かりたくない。





 剣を持っている相手に向かっていくなんて危険だって分かってた。いくら精霊の声が聞こえたといっても、実際に動いたのは私の意思。

 でも、そうしないときっと『私』は死んでいた。

 立ち向かわなければ私は男に殺されていた。逃げてアンナ達が死んでいたら私の心は死んでいた。


 だから私は自分が死なない可能性にかけた。戦えるという自分の確証のない自信を信じた。15歳になって小説の物語が始まるまでは死なないという未来にかけた。





 状況が思わしくなくても、きっと助けに来てくれると信じた。





 今思いだしても私は本当に馬鹿だ。可能性なんて低いのに、来てくれるはずないって分かっているのに、



 アル様が来てくれる可能性を信じた。



 結果、私一人で何とかなったかもしれないけれど、こんなのは結果論だ。それに、私は死にたくないと思っていても、こころのどこかで、『どうせ死んでしまうんだから、今死んだって同じだし』と思っていたのかもしれない。


 自分の未来を一番信じていないのは私だと思う。どうせ、最後には処刑されると信じて疑っていないんだから。





「シルフィー、次、このような機会があれば見捨てろ」


 アル様は私にそう言い聞かせる。でも、こればかりは聞けない。首をふるふると横にふるけれど、アル様の表情は怖くなる一方だった。アル様に逆らうのはこれが初めてかもしれない。


「煩わしいものは全て私が排除してやる。」


そうやって、わたしの事も排除したの?煩わしいから『シルフィー』を排除したの?


「我儘を言うな。」

 

 我儘?これは我儘なの?人を大切にしたいという気持ちは我儘なの?じゃあ、私は何を大切にしたらいいの?何なら我儘じゃないの?


「いいかげんにしろ。これは貴族の義務だ」


 違う。これは言い聞かせるとかそんなのじゃない。本気で怒っている。いつもの黒い笑顔とか、そんなんじゃない。

 アル様は『私』に怒っている。


 怖い。


 ひゅっと、喉が鳴ったのが分かった。でも、制御しきれない。言葉が出ない。


 アル様が…、ううん。アルフォンスが怒っている。





 そう思った時には遅かった。


「シルフィー?」


『悪は滅するに限る。処刑しろ。』


「ぃ、ゃ…」


 頭の中で声が響く。目の前にいる人と同じ声なのに、脳の中から直接響いてくる暗く、冷たい声。


「シルフィー、息して!」


 アル様の声が聞こえてくるけれど、無理、出来ない。苦しい。


 実際に言われたわけではないけれど、本当に言われたような感覚に陥るのは何故?まるでずっと昔、『シルフィー』が言われたような。





 アル様が顔を覗き込んでくる。





 ううん、違う。アルフォンスが、私を殺そうとしてくる。





「ぃ、やっ、こな、で…」


 剣をもったアルフォンスがゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

 目の前にいるのは本物のアル様で、剣をもって歩いてくるアルフォンスは私が作りだした、ただの幻覚。そんなの分かってる。分かっているのに。体の震えが抑えられない。


「シルフィー!落ち着いて!大丈夫だから!息して!」


 無理。出来ない。頑張っているのに、息を吸うだけで吐き出せない。


 アル様が力強く私を抱きしめてくれた。


「シルフィー私の心臓の音を聞いて、ゆっくり呼吸をして!」


 抱きしめられたままアル様の胸に顔を押し付けられる。



ドク、ドク、



 普段より速いアル様の心臓の音が聞こえる。大丈夫、これはアル様だ。アルフォンスじゃない。だんだんと苦しいのがなくなっていく感じがする。私の背を撫でてくれている手が温かい。


 遠くなっていく意識で顔をあげると、ゆっくりとアルフォンスが消えていくのが分かった。良かった。あれは やっぱり私が作りだした幻覚だ。

 お願い、アルフォンス。アル様に私を殺させないで。アル様に苦しい思いをさせないで。アル様はとても優しい人だから。どうか私を、


「ころさ、ないで……」


 気付いた時には私の意識は深く落ちていた。





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