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055、盗賊を倒します



 アンナと手芸店に行って無事、金と青の絹糸を入手しました。でも、少し困っている。手芸店のお婆さんに簡単な髪紐の編み方を聞いたのだけれど、難しそうだった。私に作れるのか不安。本当にアンナがいてくれてよかった。もう絹糸も買ったから後戻りはできないし、したくない。へたくそになったらどうしようという不安もあるけれど、気持ちは込めるつもりだから、大丈夫!……だよね?


 気分を紛らわすために鼻歌でも歌っちゃおー。


 そんな私を見てアンナがクスクス笑っているけれど、気にしない。


「お嬢様、殿下にいつ頃渡されますか?」


 そうだね…、いつ渡そう。でも早くあげたいな。いつ頃作ろう。


「うーん、でもあまり遅かったら私の集中力がなくなりそうだから、帰ったらすぐ作るの!」

「ふふ、分かりました。では帰ったらすぐに始めましょう。」


 うん!と、元気よくアンナに返事を返そうとした時にそれは響いた。





 ガシャーンッ!!!





 建物が大きく崩れたような、そんな大きな物音がこのあたり一帯に響き渡った。


「?!」

「お嬢様!」


 アンナがとっさに私を抱きしめてくれる。護衛の人達がさっと私の元に来てくれているの分かった。

 びっくりした。何が起こったの?大きい音が響いたけれど、何かが壊れただけ?それとも……、


「どこだ!出てこい!今日ここにいるって事は分かってるんだ!」

「あの男がここにいるっていう情報が回ってきてんだよ!」


 という声が響き渡った。男の人の声だった。


 アンナの腕からそっと顔を出すと、5人ほどの男が剣を振り回しているのが見えた。近くにいた人達は悲鳴をあげながら逃げていくけれど、それでも何人かは傷つけられたみたいで、身体から血が出ている。


 何となく、男たちは強いって事が分かった。そうでなければ、こんなに目立つような行動をとらないだろう。





 私達も逃げ出そうとしたけれど、波にのまれて上手く逃げられず転んでしまった。


「ふぇっ!」


「ん?」

「…っ!」


 ふと、こちらを見た男と私の目線があってしまった。それはそうだろう。他の皆はさっと逃げている。逃げていないのは、逃げ遅れている私達くらい。アンナの私を抱きしめる腕がぎゅっと強くなったのが分かった。アンナも怖いのだろう。当たり前だ。


「お嬢ちゃん、お偉いさんが来るって言う情報が回って来たんだが、知らねえか?」


 その男が、剣をこちらに向けながら話しかけてくる。護衛の人達が間に入ってくれているけれど、隙間からでもその男が見える。

 だんだんとこちらに近寄ってくる男の表情は余裕が滲み出ているようで、逆に油断できないような気がする。


「し、知りません!」


 だいたい、お偉いさんっていう情報は曖昧過ぎる。お偉いさんて貴族の事?それなら私だってそう。でも、私は今日ここに来るという事は朝突然思い立って決めた。情報が回るような時間はないと思う。何より、彼らは『あの男』といった。つまり探している対象は男の人。 

 あぁ、だから私に聞いたのか。今日の私は一目見て貴族と分かるだろう。メイドや護衛を連れている平民なんていないからね。その貴族の私と、貴族であるかもしれない『あの男』が一緒に行動しているかもしれないと考えてもおかしくはない。





「お嬢様、彼らは特定の男を探しているようです。ここにいては危険です」


 うん。護衛さんの言う通り。もしかして彼らは誰かから依頼を受けて『あの男』を探しているのかな。でも、彼らの暴れようから見て、ただ『お話』をするだけでは済まない気がする。彼らの目的は恐らく、殺す事。依頼者は恐らく貴族の可能性が高い。個人的な恨みか、政治的な反発か。どちらにしろ私には関係ない。


「お嬢様、アンナとお逃げください。我々が足止めをします。」


 そんな事出来ない、と考えるけれど、彼らの役目は私を無事に家まで帰す事。それが彼らの仕事。それに私が残っていたら、それこそ邪魔になる。守る対象が安全な所にいた方が彼らも戦いやすい。


「分かりました…、」


 アンナと一緒にその場を離れようとするけれど、


「させねぇよ」


 という声が聞こえた。と同時に私の手を引くアンナの手が離れた。アンナの手は男にしっかりとつかまれている。


「アンナ!」

「お嬢様!」


 お互いがお互いを呼びかけるけれど、私達の間にはすでに別の男が立っている。そして、その男は私に剣を向けた。


「…!」


 一目見てもよく切れると分かる鋭い剣。剣を振り回す彼に躊躇する様子は見られない。彼は相当殺し慣れている。今回関係ないはずの私を殺す事にも戸惑はないだろう。


「おかしいな。『あの男』は有名つってたから、貴族なら誰でも知っていると思ったが」


 首をかしげているが、その男には隙がない。絶対に逃げ切れない。それに、私が逃げようとすればアンナが傷つき、アンナが逃げようとすれば私が傷つく。護衛の人達だってそう。私とアンナが人質に取られているから動くことが出来ない。


 あと、やっぱり、『あの男』に関する情報が全くなくて誰だか分からない。でも、それは有難い。もし、その貴族が私の知っている人だったら、私は「知らない」と嘘をつかなければいけない。


「本当に知らないの。だから……」

「そうか、分かった」

「え?」


 開放して、と要求しようとしたら、そう、あっさりと返された。

 拍子抜けしたけれど、男たちは私達を殺すつもりはもともとなかったのかな?ふぅ、と安心から一息つこうと思ったけれど、その後に続いた男たちの言葉は私を安堵に導く言葉では無かった。


「あぁ、分かってる。だから、ここでさよならだ」


 そう、言いながら、男は私に剣を振り下ろす。私はそれを見ている事しかできなかった。自分に振り下ろされているのに、身体が鉛のように重くて動かない。





(ここで死ぬの?嘘でしょう?だって、私は……)


 ……そうだよ。私は悪役令嬢、シルフィー。5年後の物語に登場するこの世界のキャラクター。私はこのまま死ぬなんてありえない。


 気が付いたら、無意識に剣を避けていた。


「何?」


 男も訝しむように私を見てくる。


(知っている。)


 この感覚を知っている。この間、初めて剣を握った時の様な感覚。体が勝手に動く。


 まずは目の前の男。でも、問題はアンナが人質に取られている事。私が下手に動けばアンナが怪我をする。





 どうしようかと悩んでいる時に、懐かしい声が響いた。


『シルフィー、風だよ!』


(!!)


 この声は精霊の声?!お姉様と昔、歌を歌った時に一緒に歌った精霊さんの声。最近あまり声を聞かなかったのに。姿を見せなかったのに。もしかしたら、私がさっき鼻歌を歌ったから寄ってきてくれたのかな?

 私以外の誰も精霊が現れた事に気が付いていない。


 というか、風?風をどうするの?


『大丈夫だよ。風はシルフィーの味方だから』


 風が私の味方?私が思ったように風の魔法が使えるという事?私が思うように……、それは、それなら、できる。


「アンナ、今助けるね」


 大丈夫、私になら出来る。覚えているでしょう。小説の私は何をしていた?ヒロインをいじめる時にどうしていた?私は悪役令嬢よ?思いつくことならなんでもやったでしょ?風の魔法でできる事なら何でも。





「風よ」


 私が唱えると、当り一帯の風が全て私の味方になってくれたような温かい心地がした。風が私に力をくれている。温かい風。


「な、なんだ?急に風が…!」


 男たちは動揺している。でも、どうしてそんなに風を鬱陶しそうにするのだろう。こんなに温かい風なのに。



 風を私の身体、特に足元にまとわせると、私はすぐに移動した。


「!」


 次に瞬きをした時には、私はアンナの腕をつかんでいる男の前にいた。決して瞬間移動とかではなく、風を足に纏わりつかせて高速で移動しただけ。


「剣を貸して下さい。」


 そう言って目の前の男の手から剣を抜きとり、そのまま男を切り伏せる。だって、私は剣を持っていなかったんだもん。剣対素手で子どもの私が勝てる訳が無い。相手が動揺していてくれたおかげで、剣を握る手が緩んでいたのも助かった。


 あ、勿論相手は殺していません。だって、殺したら目的とか黒幕とか分からないでしょう?


 アンナの様子を見ても、呆然としているが怪我はないみたい。良かった。





「次はあなたです」


 さっきまで私に剣を向けていた男の人の元に戻る。

 でも、やっぱり、この人が一番強い。後の3人は戦っていないから分からないけれど、アンナを捕まえていた人が2番目に強い。そんな気がする。


 あと、三人の男は、私とアンナが解放されたため、護衛の騎士さん達が戦って縛り上げている。


 流石、仕事が早い。





 剣を振り下ろしてみるけれど、男はあっさりと私の剣をはじいた。それでも次々と男に向かって剣を振り下ろす。

 何度か男に剣を受け止められて少し、安心した。この男は確かに強い。でも


(良かった。シュヴァン様より『弱い』)


「おいおい、さっきまでと別人じゃねぇか!」

「別人?私は私ですよ?」


 剣を交えながら男に返答するけれど、変な質問。私は私なのに。でも、このままだと埒があかない。


 どうしたものか。あぁ、そうだ。シュヴァン様には効かなかったけれど、この男になら……、


 思い立ったら即実行。


 ポーンと剣を上に向かって放り投げる。


「はぁ?!」


 男は動揺したように声をあげて剣の軌道に注意を向ける。上を向いてしまい、彼の注意は完全に私から離れた。あぁ、良かった。男が馬鹿で。




 だって、この男は『私が武器を一つしか持っていない』と思っているんだもん。それに、子どもで女だからってなめている。まぁ、実際に武器は一つしか持っていないけれどね。でも、武器なんてやろうと思えばすぐに調達できるんだよ?例えば、こんなふうに……、




 すっと、男の背後に周り、男の死角に入る。そして、先程の男にしたのと同じように、男の剣を抜き取り、男を切り伏せる。その際、自分が投げた剣をキャッチするのも忘れない。


 つまり、私が投げた剣は攻撃する為のものではなく、ただの目くらまし。


 私は両手に剣を持っていて、どこからでも攻撃に対応する事が出来る。それに加えて、男は今剣を持っていない。

 つまり、話を聞くのなら今だろう。


 私は男の首元に剣を押し付けたまま、護衛に彼を縛る様に命令する。


「で、あなたが狙っていた貴族はどなたですか?」

「はっ!名前なんて知らねぇよ。特徴を伝えられて、そいつが今日ここに来るって言うから待ち伏せしてただけだ。だが、いくらまっても来やしねぇ。とんだ待ちぼうけだぜ」

「……」


 何それ。対象もあやふやな状態で依頼を受けたっていう事?……この人たち、強そうに見えたけれど、本当はただの馬鹿なの?


「にしても、お嬢ちゃん強いな。なめてたわ」

「……」


 一緒に縛られている男たちも同意するようにへらへらと笑っている。どうしてなんだろう。どうして笑っていられるのだろう。もしかして、自分が置かれた状況を分かっていないのだろうか。


「……あなた達はこれからどうなると思いですか?」

「んぁ?そんなの、衛兵に突き出されて数年投獄されるくらいだろう?」

「……」


 あぁ、本当に分かっていなかったんだね。護衛さんもアンナもさっきまですごい怒りの表情で見ていたけれど、今は呆れた目で彼らを見ている。


「あなた達は恐らく、無期懲役、もしくは死刑。でしょう」

「…は?」


 私が告げた刑を聞いた瞬間、彼らは更に私を馬鹿にしたような表情で見てきた。小娘にそんな事を決める権限はない、ただの小娘の願望、と思っているんだろうな。


 でも、私は……


「私はシルフィー・ミル・フィオーネ。フィオーネ公爵家次女であり、このフロイアン国第二王子の婚約者でもあります。ついでとは言え私を殺そうとした罪、軽く済むとは思わないでください。」


 今度こそ、私の言いたいことが伝わったみたいだ。彼らの顔は真っ青になってしまった。「頼む、許してくれ」「本当に殺すつもりはなかったんだ」そんな言葉を言ったって、やったことは変わらない。それに、これを許してしまったら、私の婚約者であるアル様が軽く見られる事に繋がってしまうし、今後、このような事を繰り返す輩が増える。


「もう一度聞きます。狙っていた貴族、『あの男』の特徴は?」


 男たちは、今度は素直に答えてくれる気になったみたいだ。


「黒い、瞳の…、」


 え、黒い瞳?……それって。


「シルフィー!」


 更に詳しく聞こうと思った時に、その声が響いた。その声と共に、『黒い瞳』のアル様がこちらに走ってきているのが見えた。もしかして、今回のねらいって……、そう思うと一気に背筋が冷えていくのが分かった。それでも、アル様の顔を見た時の安心感は私の心を軽くさせた。


「アル、様…」


 あ、やばい。


 そう思った時にはすでに遅く、身体の力が抜けていく。多分、これは安心からだ。アル様をみて安心した。


(こわかった。)


 盗賊に殺されそうになった事もそうだし、アル様がターゲットだったらと思ったら……。怖い。怖かった。

 感覚的に、私の身体がアル様に支えられているのが分かった。これは、安心できる手だ。アル様はいつも私を守ってくれている。今だって。今回の狙いがアル様だったのなら、私は少しでも、アル様を守れたのだろうか。


 それに、今日は久しぶりに魔法を沢山使った。戦っている最中にずっと風を体にまとわりつかせておくなんて初めてやったし、集中力だって沢山いった。疲れた。


 そのせいかな。段々とまぶたが閉じてきている。でも、大丈夫。この手は、アル様の手の中は安心できるから。


「無事でよかった」

 

 そう言ってくれるアル様の声はとても苦しそうで、悲しそうで、安堵がにじみ出ていて。それだけ心配をかけていた事が分かった。


 ありがとう、アル様。でもごめんね、今はもう力が入らなくて声がでないんだ。だから、起きてからいっぱいいっぱい、ありがとうと、ごめんなさいを言うね。


 



 私が目を覚ましたのは次の日のお昼だった。





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