052、お城を探検します
『アル様を癒そう大作戦!』は失敗に終わってしまったけれど、今日の本来の目的を忘れてはいけません。実は今日はお城の探検が目的なのです!
遊んでいるわけじゃないのよ?アル様の婚約者としてお城の人たちと仲良くなっておくのも悪くないだろうって事でいっその事探検しちゃおう!ってなったんだよ。
正直3歳の頃からお城に通っているから今更な感じがするけどね。
「アル様、まずはどこに行きますか?」
「そうだね……、シルフィーが行った事が無い所…、と言いたいけれど、それこそあまりないしね。調理場とか?」
「調理場?」
確かに今の時間帯なら調理場の人も忙しくないだろうけれど、関係のない私が入ってもいいのだろうか?
「いいと思うよ?それに、いつもシルフィーに美味しいケーキを作ってくれている人たちだよ?」
「!」
という事はきっと……、というか、絶対皆優しい人たちだ。だって、あんなに美味しいケーキを沢山作ってくれているんだよ?あんなに優しい味のケーキを作れる人なんて絶対優しい人だよ。
実は料理人の人達ってちゃんと話したことが無いんだよね。見かけた事があるくらい。料理人の人達は貴族に自分から話しかける事は出来ないし、私も話しかけようと思ったことが無い。だって、ケーキに文句一つだってないし、何より、いつも私がケーキを食べて頬を緩ませている間にどこかに行ってしまう。
「行きたいです」
「うん」
アル様は私の手を引いて案内してくれた。
……冷静に考えたら、私達ってアポなしですよね?調理場の皆さんびっくりしませんか?公爵令嬢である私もだけれど、特に王子様のアル様。いきなり行っても大丈夫ですか?
結果、私の心配は全くの無用でした。だって、調理場に入った途端、数人の料理人さんがやってきて、「殿下、いらっしゃいませ。今日はどのような御用で?それとも、いつものですか?」って聞かれてた。
言葉から察するに、アル様はいつもアポなしでここに来ているんだろうな。アル様が来たことに驚いていなかったし、何より、「いつものですか?」って聞かれていたもん。……ところでいつものって何だろう?アル様に目線で聞いてみたけれど、笑って教えてくれない。
私が拗ねてアル様の服を引張っても、笑って終わり。
「むぅ~」
私がうなった所で、調理場にいた人達は私に気付いたみたいだ。……私が小さくて気付かなかったわけではないですよね?アル様の存在感がありすぎて私に気付かなかっただけですよね。
でもね、沢山の人達に一度に見られるのは少し緊張する。アル様の後ろに隠れていようかな……、って思ってアル様の後ろに回ろうとしたところで、
「「シルフィー様?!」」
って皆が私に話しかけてきた。
「は、はい!」
驚き過ぎて思わず敬語で返事をしてしまった…。料理人さん達、普段は自分達から私に話しかけてこないのに、今日はどうしたんだろう?ここにいるのはアル様と私だけだからかな?というか、私の事を知っていたんだね。「シルフィー様」って私の事を呼んでいたし。
でも、次の瞬間、料理人さん達の目線はアル様に移った。
「殿下、やっと連れてきてくださったのですか?」
「遅いですよ。もっと早くに会いたかったのに。」
「もう公爵家へ乗り込もうと思ってましたもん。」
料理人の人達が次々とアル様に文句を言っているけれど、これは不敬罪とか大丈夫なんだろうか?……と思ったけれどここには私達しかいないし、アル様も楽しそうだから大丈夫なんだろうね。
というか、やっと連れてきてくれたって?私何も聞いていないですよ?公爵家へ乗り込むってどういうことですか?私何かしましたか?……お城のパティシエさんにお菓子作らせすぎとか?でも、美味しいんだもん。
「当たり前だろう。何で私が男どもの中にシルフィーを連れ込まないといけないんだ。」
「えー、私達、騎士と比べたらむさくるしくないですよ?ほら、シルフィー様、クッキーありますよ~」
料理人さんが私に向かってクッキーをつまんで差し出してくれる。この人は知らない人のようだけれど違う。いつも私に美味しいケーキを焼いてくれている人達の内の一人。アル様も心を許しているみたいだし、悪い人じゃないよね。
そう思ってクッキーを口に入れるべく口を開くけれど、
「シルフィー、だめ」
という声に私は開きかけた口を止めた。と、同時に私に差し出されたクッキーが遠ざかっていく。
(くっきー……)
「……殿下、あなた鬼ですか。シルフィー様にこんな顔をさせるなんて。」
「そうですよ、ほら。おもちゃを取り上げられた子犬みたいな表情をして……」
「うるさい。シルフィーに餌付けをしていいのは私だけだ。分かったならクッキーをよこせ」
遠ざかっていくクッキーを眺めている間に行われている会話を聞いていると、聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。
(私、犬じゃないもん!)
それに、私は美味しいものを食べられるなら………、ごめんなさい。嘘です。アル様以外の手からは食べません。だからそんな怖い顔で笑わないで下さい。
「ほら、シルフィー、あーん」
もぐもぐ。ぱくぱく。
そうして、今は料理人さん達に見せつけるようにアル様が私にクッキーを食べさせてくれています。勿論、アル様のお膝の上で。うまうま。料理人さん達は悔しそうで、アル様は優越感に浸っているような表情をしているけれど、私は美味しいものが食べられて幸せです。
というか、私は料理人さん達に言いたいことがあったんだ。
「いつも美味しいお菓子をありがとうございます!」
「!」
アル様の膝の上に乗ったままお礼を言う。本当はおりて言いたいのだけれど、アル様がおろしてくれないから諦めた。
「シ、シルフィー様が我々に礼を…!」
「なんとありがたい!」
何故か皆蹲ってしまった。アル様に目を向けてみると、
「貴族が料理人に礼をいう事はめったにないからね。皆感動しているんだよ。それに、シルフィーはいつも美味しそうな顔でケーキを食べてくれるから、余計に嬉しいんだよ。」
と、これまた素敵な笑顔で返された。
美味しいケーキを美味しい顔で食べるのは当然の事だと思うけれど?というか、美味しいケーキを食べたら勝手に顔が緩むんだもん。
「こちらこそ、いつも美味しく食べて下さってとても嬉しいです。」
立ち直った一人の料理人がいい笑顔でそう言ってくれた。
「これからも、シルフィーの顔が緩むような美味しいケーキを頼むよ?」
アル様、もっと他に言い方がありませんか?何だか、私の顔が太ったみたいな言い方じゃないですか。…太ってませんよね?皆さんもアル様の言葉に元気よく返事しないでください。
その後、お土産と称して、皆が私とアル様にフロランタンをくれたので、私の機嫌はすっかり直りました。
それからアル様と、ダンスホールに行ってダンスを踊ってみたり、庭師さんからアネモネのお花をもらったりしました。
ダンスホールでは習いたての曲をアル様と一緒に踊った。一度だけアル様の足を踏んでしまったけれど、アル様は「大丈夫だよ。シルフィーは羽のように軽いね」って許してくれた。いつも私を抱っこしているアル様は私がそんなに軽くないって知っているはずなのに、こんな冗談を言って私を慰めてくれる。アル様はいつでも優しい。アル様の笑顔は大好き。……時々笑顔が少し怖いけれど。
お庭では、桜の花を管理してくれている庭師のおじいさんが真っ赤なアネモネの花を一輪分けてくれた。貰ってもいいものかと不安になったけれど、その花畑は、おじいさんが個人的に植えたい花を植えている場所らしく、快く譲ってくれた。桜と同じようにアネモネも大好きなお花だからとっても嬉しい。
それからもう一度アル様と一緒に桜を見た。
今はもう、穏やかな気持ちで桜を見ることが出来る。
「桜、とってもきれいです」って私が言ったら、「うん。本当にきれいだよね。」って返してくれる。それがとても嬉しい。この世界にはないはずだった桜を誰かと愛でる事が出来るなんてとても幸せ。
しあわせはとても遠いようですぐ傍にある。
同時に、桜が運んできてくれた小さな幸せは、私をどこまで『私』になじませてくれるのか、不安にさせた。
「ここは…?」
アル様とお城のあちこちを探検して、そろそろ終わりの時間だなって時に、最後に連れてこられたのがここだった。薄暗くて、涼しくて、でも、温かくて、不思議な場所。恐らく、王族の許可がない限りは決して入れないような場所。私もアル様が一緒だったから今回は入れたのだと思うけれど、本当なら私は入れない。
「ここはね、歴代のフロイアン国の国王の肖像画が飾ってある部屋なんだ」
アル様の言葉通り、ここにはたくさんの大きな肖像画が飾られていた。恐らく、初代から順に現代の国王まで飾られているのだろう。
「あっ!お義父様!」
そうして一番端には、現国王で、アル様のお父様であるジュード様の肖像画が飾られていた。何だか、こういうのって、知っている人が居たら何だかそわそわしてしまう。ここに、次期国王であるレオンお兄様の肖像画もその内飾られるんだなぁって思ったら感慨深い。
……レオンお兄様、国王になるよね?小説では私が殺されるあたりまでの物語までしかなかったと思うから、どうしてもその先の物語って知らないんだよなぁ。そういえば、レオンお兄様とディアナお姉様っていつ頃結婚式を挙げるんだろう?もうそろそろなのかなぁ?次期国王様とディアナお姉様の結婚式だからきっと盛大にするよね。
ふふ、歴代の王様と今の王様は似ていないけど、お義父様も威厳があって素敵。
「あ、この方がリヒト様だよ。9代目国王の」
アル様が私を9代国王のリヒト様の肖像画の前に案内してくれる。
「……この人が」
どうして、懐かしい気持ちになるのだろう。あった事が無いのに、どうして安心するのだろう。
「何だか、リヒト様ってアル様に似ている感じがします。」
「似ている…?」
「はい」
「……どこが?」
髪型も瞳の色も少し違う。どこが似ているのかは正直分からない。でも、しいて言うのならば
「優しい所」
「…?」
……え、私今なんて言った?優しい?そりゃあ、アル様は優しいよ?でもね、私はリヒト様が優しいかどうかなんて知らない。だってずっと前に死んでしまった人だし、話したことはない。なのに、私は今、アル様とリヒト様の共通点を「優しい所」って言ったの?
「だって、リヒト様、優しそうだから」
「あぁ、なるほどね。彼の肖像画は優しい表情で書かれているからね」
何とかごまかせた。本当に、リヒト様の事になると自分が分からなくなる。不思議な気持ち。
「そ、そういえば、アル様、前にリヒト様に仕えていた女性騎士がいたって…」
「!!…よく覚えていたね。」
アル様は褒めるように頭を撫でてくれる。
「えへへ」
「その女性騎士はリーア・ライ・ドマールと言うんだ」
……リーア・ライ・ドマール。
まただ。あの懐かしい感じ。初めてリヒト様の名前を聞いた時みたいな感覚。初めてリヒト様を見た時に感じたあの感覚。初めてティリア王妃様と会った時に感じたあの感覚。知らない人なのに知っている。
私の大切な一部のような……。
「彼女がどうかした?」
「あ、いえ。どんな人だったのかなって」
「うーん。私も詳しい事は分からないんだ。薄水色のアネモネに似ているという事しか…」
あ、バラ園で見たあのアネモネの事だ。
「また調べてみるね。資料とかがあるかもしれないし。」
「ありがとうございます!」
薄水色。思い出すのは適正検査、そして桜の樹の下で見かけたヒロイン、ソフィア様。彼女はとても綺麗な薄水色の髪と瞳をしていた。
最近の私は……、どうして初めてあった人を、初めて見た肖像画を、初めて聞いた名前を懐かしいと思うのだろう。
いくら考えても、私の中で答えは出なかった。