アルフォンスpart7
最近、中々シルフィーに会えていなかった。兄上の手伝いで忙しかったこともあって会いに行くことも難しかった。たまにシルフィーが会いに来てくれることが癒しだった。
休憩時間にシルフィーを抱きしめていられる時間は幸福以外の何物でもない。
(あー。早く結婚したい。)
だからこそ、桜の木を見に来る為に城に来た公爵家を迎えに行った。迎えと言っても数分の距離だけど。
公爵家が来たのはすぐに分かった。薄ピンク色の天使がひょこひょこと歩いているのが目に入ったから。
……え、本当に天使なんじゃない?え、だって、今日これから見る桜の精と言われても納得するよ?え、寧ろそうなんじゃないの?
私が手を広げた瞬間に「アル様――!!」って駆け寄ってくる姿なんてもう、可愛すぎる。私の中にいる悪魔が「調教は順調」と喜んでいるけれど、気にしない。今は天使が可愛すぎる事の方が重要。
「いらっしゃい」
「会いたかったです!」
いや、私の方が会いたかったよ。でも、公爵達の前だから張り合うのはやめておくね。そのままシルフィーを抱っこして進むと、シルフィーに止められる。でも、おろす気なんて全くない。
「アル様っ、歩けます!」
「だーめ。」
この間の文化祭で分かった事だ。双子とリシュハルトによると、シルフィーは男子生徒から沢山声をかけられたみたいだ。幸い、私の婚約者、双子の妹と分かると引いて貰えたみたいだが、これからは分からない。
シルフィーは可愛い。成長するとともに、これからもっと可愛くなるだろう。でも、シルフィーはそんな事を気にせず笑顔で周りに愛想を振りまくだろう。それだけで何人の男がシルフィーに落ちることか。……許せるはずがないだろう?シルフィーは私のものだ。誰にも譲るつもりはない。
しかし、シルフィーの行動を制限するのは私の望む所ではない。シルフィーはシルフィーらしく笑っていればいい。シルフィーのまわりを『綺麗にする』のは私の…、私達の役目だから。
だから手始めに、皆の前で私がシルフィーを溺愛している所を見せておこうかな。私の思惑が分かっているからか、文句を言ってきそうな公爵も何も言ってこない。双子は…、シルフィーに諦めろって目線を向けている。そうだ、諦めて私の腕の中にいて?
でも、この状況を笑顔で見守っている公爵夫人が一番最強なんじゃないかな?
シルフィーは最終的に諦めて私の腕の中でおとなしくしている。
「そういえば、陛下が見せたいものってお庭にあるんですか?」
「うん。ふふ、もう少しで分かるよ。本当にきれいなんだ。」
桜の木は本当にきれいだよ。まるで今のシルフィーのドレスみたいな色をしているからね。……後で桜の木の下でくるくる回ってくれないかな。絶対可愛い。
もうすぐ庭に出る、というタイミングで、ひらひらと桜の花びらが舞っていた。こんな所まで飛んできたのか。まぁ、本当に大きな木だったから風に吹かれたらどこまででも飛んでいきそうだもんな。
それがたまたまシルフィーの手の中に落ちていく。
「これって……」
「あぁ、花弁がここまで飛んできていたんだね。」
シルフィーはその花弁を見て私に問いかける。多分花弁なのは分かっているだろうが、何の花かは分からないだろうね。この国には先日までなかったし。
庭に出て桜の木の前に行き、
「この木は『チェリーブロッサム』というらしい。別名で『桜』とも伝えられている。」
と伝えた。でも、シルフィーの反応は思ったものと全く違った。「とっても綺麗です!」みたいな返事が返ってくると思っていた。
「とても、とても、綺麗です」
シルフィーが返したのは、静かな、静かな返事だった。これにはシルフィーの家族も驚いたようだ。皆がシルフィーを無言で見つめる。
私が公爵に目を向けると、公爵も私の意図を読み取ったように頷き、4人は私達から離れた。
二人きりになった所で、再びシルフィーに目を向ける。
桜に興味がないのかと思ったが、表情を見ているとそれは杞憂だと分かった。寧ろ、ここにいる誰より桜を熱心に見ている。その目はとても寂しそうで、悲しそうで、温かかった。
父上の挨拶があった為、一度シルフィーを下す。どうやら父上の話の途中でもシルフィーの頭にあるのは桜だけらしい。
「この木は『チェリーブロッサム』別名で『桜』」
「他国で最近新しい花を開発したらしく、それを広める為に我が国にも送ってくれた。」
「本当は木の苗の状態で輸入したのだが、苗の状態を見て大丈夫そうだと判断したから、魔法で成長を速めたんだ。この木の特性なのかは分からないが思ったより大きく成長してな。」
「どうか、皆存分に花を楽しんでくれ」
ざっと見たところ、桜に興味がある人が7割、後の3割は社交目当てという所かな。
シルフィーに話しかけたがっている令息がチラチラと視界に映る。シルフィーは可愛いから気持ちは分かる。今なんてまさに桜の木の妖精みたいだからな。でも、今はだめだ。
一つ睨みをきかせると令息たちはそそくさと退散する。
今は、誰にもシルフィーの邪魔はさせない。こんな表情をしているシルフィーを邪魔させる訳にはいかない。
泣きそうになっているシルフィーに「大丈夫?」と問いかけた。しかし返ってきたのは「桜が、きれいすぎて」という言葉だった。ごまかしているのだと分かった。だって、笑えていなかったから。踏み込んでしまえば今にでも壊れてしまいそうな、どこかへはかなく飛んで行ってしまいそうな泣きそうな顔。
そう、桜の花びらのように。
そんなシルフィーの表情を見て、思った。
(あぁ、これは『私』では踏み込めない事なんだな。)
シルフィーが何かを抱え込んでいるのは分かっている。それを誰にも話せない事も。
頼って貰えない事が悔しい。
でも、きっとこれは単純な問題ではないのだろう。シルフィーは私を頼ってくれている。これを疑うつもりはない。悪夢を見た時だって、我儘を言ってくれたのは私に対してだった。私に話せない事でも家族に話せたらいいのだが、今のシルフィーの様子を見る限り家族にも話せない事だろう。
恐らく原因はこの桜の木にある。
促せば話してくれるかもしれない。でも、それが私に解決できない事だったら?「話すだけで少しは楽になる」なんて綺麗事は言えない。それでもっとシルフィーの心が傷ついたらと思うと恐ろしい。
何も知らない私が何かを言ったところで、シルフィーには届かないだろう。
恐らく今の私に出来るのは傍にいることくらい。
シルフィーはじっと、動かずにただ桜を見つめていた。
兄上の執務室から、私の執務室に帰っている時、ふと窓から庭を見おろした。そこに、公爵家に帰ったはずのシルフィーが再び桜を眺めている事に気が付いた。
一度帰ったのだろうが、着替えていない所から、帰ってすぐに来たのだろう。
そっと、桜の木に触れるシルフィーはさっきまでと違い、愛しいものを見る様な表情をしていた。
その理由は分からないが、悲しい目をしていない事に安心する。
シルフィーの所へ向かおうとすると、庭師がシルフィーに近づいていくのが目に入った。あの庭師は私が生れるよりずっと前からこの城の草木花の管理をしてくれている。とても優しいおじいさんだし、私も彼は好きだ。人見知りのはずのシルフィーも彼にはすぐに懐いた。
二人の会話は二階の窓越しに見ている私には聞こえない。でも、シルフィーの表情は全然苦しそうでは無くて、寧ろ驚いたり、嬉しそうな表情をしたりしている。
二人とも花を愛している。だからこそ合う話もあるのだろう。庭師のシルフィーを見る目は完全に孫を見る目だ。だからこそ安心して二人を見ていられる。彼はシルフィーを傷つけるはずがないから。
だから、庭師の言葉で泣いてしまったシルフィーが傷ついているとは思わない。
シルフィーは笑っていたから。
涙を流すシルフィーを見つめる庭師の顔はやっぱり優しかったから。
悩んでいるシルフィーに何もできなかった事は悔しいけれど、庭師のお陰で笑顔になった。いつものシルフィーに戻った。
桜を見てそっと涙を流すシルフィーはドレスも相まって、本当に桜の精のようだった。