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050、桜は懐かしいものです

 

「本当に綺麗だったわね。」

「ええ、本当に」


 家に帰ってきてからも、桜の話題は途切れない。特にお姉様とお母様の間では。


「ねぇ、シリア。この後桜の刺繍をしてみない?」

「まぁ、素敵!でも、ちゃんと細部まで覚えているかしら…?」

「そこはスティラが覚えているはずよ。あの子記憶力はいいのだから。」

「え、俺?まぁ覚えているけど……。絵に描き出せばいいのか?」

「ええ、お願い!」


 そんなに長い時間、城にいたわけではないから、今はおやつの時間と言ったところだろうか。お兄様、記憶力もいいし、絵も上手だからここぞとばかりにお母様とお姉様に使われている。


 お父様と言えば、さっきから私を何故か抱っこしている。おまけに頭なでなで。お父様って本当に私達家族の事が大好きだよね。だって私を撫でながら、目線はお姉様達にあるもん。

 よく考えたら、お兄様とお姉様に反抗期が無くて良かったね、お父様。もし反抗なんてされたらお父様泣いちゃいそう。





「シルフィー、どうした?体調が悪いのか?」


 私がボーっとしている事を心配したのか、お父様が私の顔を覗き込んできた。


「あ、ううん。大丈夫です。ちょっと疲れちゃったのかも。」


 ずっと立ったまま桜の木を見上げていたから、足も首もいたい。


「朝からバタバタとしていたものね。」


 私とお父様の会話が聞こえていたのか、お母様がそういうと、お父様が申し訳なさそうな顔をした。





「それに、シルフィーが一番熱心に桜を見ていたものね。」


 お兄様とお姉様もこっちに来た。


「もう少し沢山桜の木が輸入されてきたら、もしかしたら、この家にも植えられるかもな」

「ほ、本当ですか?!」


 そ、そっかぁ!よく考えれば、うちは公爵家だからお庭も広いし、そういう事も出来るんだよね!出来る事なら私のお部屋から見える所だといいなぁ。そうしたら夜でも見える。夜桜って素敵だもんね。


「多分だけどな」

「すっごく楽しみです!!」


 でも、多分それが可能になるのは何年も先になるだろう。きっとあの桜の木も何年もかけて育てられた物だと思う。そんな貴重な一本をこの国に譲ってくれるなんて、本当に他国の王様は心が広すぎると思う。


 でも、その優しい王様がいなかったら、私はもうあと何十年、もしくはこの人生では桜を見ることがかなわなかったかもしれない。

 もし、私が貴族では無かったら、もし、公爵家では無かったら、あの桜の木を見るのはもっと後になっていただろう。


 そもそも私が前世の記憶を持っていなければ、私が『桜』という名前では無かったら、桜の木にこんなに感動する事が無かった。



 本当に、色々な偶然が重なっているのだと感じた。





「あの、今日、もう一度アル様の所に行ってもいいですか?」

「目的は殿下って言うより『桜』だな」

「……はい」


 お兄様ご名答です。

 帰ってきたばっかりだけど、やっぱりもう一度見たい。今度はさっきまでより少し冷静な気持ちで桜を見れると思うから。


 それに、もう一つ気になった事があった。




 帰り際に遠目でソフィア様がいることに気が付いた。恐らく、ソフィア様は桜に夢中で私に気が付いていなかった。でも私はソフィア様をみて思わず息をのんだ。



 桜を見たヒロイン、ソフィア様は静かに涙を流していた。



 何故涙を流したのか。それは私には分からない。恐らくもう一度『桜』を見たところで分かるものではないと思う。ただ、桜が綺麗で、思わず涙が出てしまったのだろうか。


 それとも、私と同じなのか……。


 それを確かめるすべは私にはない。そうでなければいいと思うと同時に、どこか予感めいたものもしていた。



 




 どうにかお父様の許可を取り付けて、もう一度私は桜の木の前に立っている。

 桜を見に来たのは私だけじゃなくて、お城で働いている人たちも休憩時間とかをここでつぶしているみたい。さっきまでは私達が来ていたから庭に来ることを制限されていたみたいだけれど、今はもう解除されていて、自由に出入りが出来る。そういう訳で私もあっさり入る事が出来た。勿論お城自体に入る事に許可はいるけれど、私はアル様の婚約者としてずっと通っていたので顔パスだ。



『桜、本当にきれいね』

『チェリーブロッサムって言うのか。ん?別名で桜?どっちも綺麗な名前だな』

『桜は―――……』

『桜が―――……』



 沢山の人達の口から『桜』という花の名前が聞こえる。


 分かっている。この名前は目の前にある大きな木の事を言っているのだ。違うと分かっているのに。




 どうしても、『私』の名前を呼んでくれているのだと勘違いしそうになる。

 ……勘違いしたくなる。





 この世界には本来存在しないはずの『私』である『桜』を皆が知ってくれているような錯覚に陥る。





 そっと、桜の木に触れる。


(懐かしい)


 再びこの気持ちが溢れてくる。木がざらざらしている。濃い褐色の横すじが沢山ある。多分、日本の品種でいうとソメイヨシノかな。この世界の桜に品種があるのかはまだ分からないけれど。

 確か、日本のソメイヨシノも品種改良して出来たんだったかな。そのあたりは余り詳しくない。

 

(でも、この記憶はまだ残っていたんだ。)


 と密かに安心する。私の記憶は徐々に無くなってきているから。だって、前世の養護施設で一緒にいてくれた、母親代わりだった人の名前すら思い出せない。くまのぬいぐるみ『ファル』をくれたお兄ちゃんの名前も思い出せない。

 忘れることは怖い。同時に、忘れられることも怖い。前世の私と関わった人達は今でも、たまにでいいから、私の事を思い出してくれるかな……?







「お嬢さん、この木が本当に好きなんじゃな。一度帰った後にわざわざもう一度来てくれるくらいだからの。」


 木に触れながら舞い落ちてくる花弁を眺めていると、この桜の木のお世話をしている庭師のおじいさんに声をかけられた。


「はい…。とっても。」

「そうか。」


 おじいさんはそっと私の傍にきて、一緒に桜を眺める。


「木の精は本当にいるかもしれんのう」

「木の精?」


 おじいさんの口から聞いたことが無い単語が出てきた。この木の精?精って精霊の事じゃなくて?


「わしには、お嬢さんが桜の精にみえてきたわい。」

「桜の……精?」


 あ、もしかして私の今日のドレスの事かな?私はドレスを着替えずにそのまま来たから、今も桜と同じような色のドレスをまとっている。


「高貴であるようで、はかない。それでいて華やか。まるでお嬢さんのようだ。」

「私のよう…?」


 それって、私と桜が似ているという事?ソメイヨシノの花言葉は確か『高貴』。おじいさんはそんな事知らないはずなのに、この桜からそれだけの事を読み取ったという事?


 ……このおじいさんは本当に花や木が好きなんだ。そんな人に私が大好きな花のお世話をして貰えているなんて、ついお礼を言いたくなってしまう。


「お嬢さんはいつかはかなく消えてしまいそうな印象があってな。」


 はかなく消えてしまう?私が?

 おじいさんは孫を見る様な温かい目で私の事を見てくる。


「でも、はかなくとも、みんなに愛されていることは忘れちゃならん。」


 愛……。大丈夫だよ、おじいさん。私はちゃんと皆に愛されている事を分かっているから。


 おじいさんにも私が言いたいことが伝わったのか、優しい笑顔で一つ頷いてくれた。


「この木は恐らく、皆に愛されることを分かっておる」

「木、なのに?」

「木だからこそじゃよ。木は生きておるからな」


 木も生きている……。それはおじいさんがこの木を愛しているからこそ出た言葉なんだよね、きっと。


「愛されるからこそ、大事に育てられるからこそ、綺麗な花が咲く。人間も同じじゃよ。愛されるからこそ笑顔になれる。愛されてる事を知っているからこそ幸せになれる。」


 きっと、おじいさんは遠回しに私は幸せになれると言ってくれている。

 おじいさんはどこまで知っているのだろうか。


 どうして泣きそうになるんだろう。そっと零れ落ちる涙をぬぐう事も忘れて再び桜を眺める。


 

 私に気を使ったのか、おじいさんはもうここにはいなかった。




 



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