049、この世界には無いはずでした
「今日は陛下に呼び出されているから、午後から城に行かないといけない…」
朝食の時間。いつも通り家族全員でご飯を食べていると、お父様がそう言った。
せっかくお父様がお休みなら、家族全員で何かして遊びたかったのに。今日お兄様もお姉様も学校がお休みだったから。
今日はいつもの調子でいくと、本当はお父様は宰相の仕事はお休みだったみたい。でも、どうやらお義父様に呼び出されて結局はお仕事みたい。だって、お父様がお城に行くなんて高確率でお仕事でしょ?
なのに、お父様はとんでもない事を言いました。
「あ、それで私だけじゃなくて、家族全員で来るように言われたんだ。」
「……え?」
「は?」
家族全員…?私も、お兄様もお姉様もお母様もって事ですか?そんなあっさり言わないでください!
……お願いだから、そういう事はせめて前日に言ってください!
「ねぇ、あなた。どうしてそれを昨晩言わなかったのかしら?女性の準備に時間がかかるって知っているわよね?」
お、お母様が怒っている!笑顔が怖い!
「す、すまない」
「それに、今日は皆がお休みだからみんなで過ごせるのを楽しみにしていたんですよ。シルフィーが。」
あれー?私お母様にそんな事言ったかなぁ。それとも私の心読まれている??楽しみにしていたのは本当だけれど!
「そんなことより母上」
黙っていたお兄様が口をはさむ。
「何かしら」
「父上を叱るなんて時間の無駄な事しているより、3人は準備を急いだほうがいいんじゃない?」
3人って、私とお母様とお姉様の事だよね。
「はっ。そうね。こんな事で時間を無駄にしている場合じゃいわ。」
というかお父様、時間の無駄扱いされていますけれど。何だかかわいそうなので頭撫でてあげます。よしよし。
「シルフィー、そんな事している暇ないわ。行くわよ。」
あぅ~。私の頭なでなでもそんな事扱いされました。そうして私はお姉様に抱きかかえられ衣裳部屋まで連れていかれました。
「「天使再来!」」
ドレスに着替えてきた私を見て、お兄様とお父様が声を揃えてそんな事を言う。でも、何となく気持ちは分かる。だって、私が着ているドレスは3歳の頃、初めてアル様と会った時に着ていたドレスとそっくりだもん。流石に細部は違うかもしれないけれど、うすピンクのドレスで、あの時よりレースがふんだんに使われている。スカート部分には薄い生地が何層にもなっていてふわふわしている。
そうして髪型も、アンナ達があの時と同じようにドレスと同じ生地のリボンを使って編み込んでいく。ちなみに、私はいまだに自分の髪をくくるのは苦手です。ただくくるだけならできるけれど、編み込みとかそんな複雑なものは絶対に無理。三つ編みならかろうじて……。
「アンナ、いつもありがとう。アンナの手は凄いね。魔法使いみたい。ささって私の髪の毛結んじゃうんだもん。」
「ふふ。こちらこそありがとうございます。私はお嬢様を着飾るのが凄く楽しいので、幸せです。」
「えへへ」
「ふふ」
そうして出来上がった私は7年前と同じような私です。
学園祭が終わった後にメイディア衣装店に行っていて心底良かったと思います。そのお陰で今このドレスがあるからです。
(ほんっとうに良かった!!)
もしこのドレスが無かったら、今日みたいに急な呼び出しに応えられなかった。いや、言い訳をするとね、ドレス自体はあるんですよ。これでも公爵令嬢ですからね。でも、今の季節は春。それなのに、濃い色のドレスって季節感がちょっとね。全然着ていってもいいんだけれど、私の気分的にね。
だから、メイディア衣裳店で追加で薄ピンクのドレスを作って貰っていた。一緒に行ってくれたお姉様もノリノリで私のドレスとお姉様のドレスを注文してくれたから、私も遠慮しなかった。だってこれは必要なものだからね。
お姉様も、あの時私と一緒に注文したドレスだった。お姉様は黄色のドレス。あ、目が痛くなる黄色じゃなくて目に優しい黄色ね。はぁ、私のお姉様美しすぎる。私とお姉様、お母様とでは全然ドレスの系統が違う。私は可愛い系のドレスだけれど、お姉様とお母様は綺麗系のドレス。……私も大きくなったら綺麗系のドレスが似合うようになるよね??6年後にはお姉様みたいになるよね??だって、16歳のお姉様はお胸だって大きい。私はお姉様の妹だから。信じてるよ、遺伝子!
11時の鐘が鳴った所で皆の準備が終わったので出かけることになった。王族を待たせる訳にはいかないから、早めに出かけるらしい。
「そう言えば、今日はどういう要件なの?」
馬車が出発してしばらくしてからお母様が聞いてくれた。そういえばまだ聞いていなかった。準備を急がないとって事しか頭になかった。
「あぁ、なんでも見せたいものがあるらしい。」
「見せたいもの?」
見せたいものって何だろう?休日のお父様を呼び出すくらいだから、どうしても見せたいんだよね?お父様どころか家族全員呼び出すくらいだからね。
「他国から輸入したものらしいのだが、とても綺麗な物だから見せたいらしい」
「それは何なの?」
「それが私にも教えてくれないのだ。見てからのお楽しみ、とか言って。」
「ふふ、何だか陛下らしいわね。」
確かに。でも、お義父様が皆に見せたいくらい綺麗って言うんだから、本当に綺麗なんだろうなぁ。……宝石とかかな?それとも絵画とか?うーん。予想がつかない。
「そういえば、今日は私達だけじゃなくて、伯爵家以上の家が何家か来るみたいだな。」
ふぇ、お父様、今なんと……!
「へぇ。じゃあクロード公爵家も来るか?」
「ルートリア伯爵家もくるかしら?」
お兄様、お姉様。自分の婚約者と会えるのが嬉しいのは分かります。仲がよろしくて大変喜ばしいことだと思います。
でもね、私が人見知り前って事忘れてないですか?!
無理無理無理。帰りたい。クロード公爵家とルートリア伯爵家はいい。寧ろ会いたい。でもあった事ない人はやだ。
駄々をこねたところで今日はどうしようもないので諦めます。……お姉様に張り付いていようかな?
そうこうしているうちに馬車が着いてしまった。
馬車を降りて、案内通りに進んでいくと、どうやら庭の方に案内されているようだ。他の家はほとんどついている。私達は公爵家の中でも上の階級らしいから遅刻さえしなければ(王族より早ければ)怒られることはないみたい。
しかし、庭に到着する前に廊下で私達を待っている人に出会った。その人は私に向かって両手を広げてくれたから、私も条件反射のようにその腕の中に飛び込む。
「アル様――!!」
はぁ、やっぱりアル様の腕の中は落ち着く。実は学園祭が終わってからあまりアル様に会えていない。私がどうしても会いたくて我慢ならない時は、お城の私の部屋に押しかけてアル様の休憩時間を見計らっている。私が来た事は当然アル様に伝えられるから、アル様はそのまま私を抱きしめて「あぁ~、癒される……」って言いながら休憩時間を過ごしている。私もアル様に抱きしめられるのは癒されるからこれぞ一石二鳥。でも、そのお陰で帰るのが毎回凄く寂しい。
「いらっしゃい」
「会いたかったです!」
アル様はそのまま私を抱っこして進んでいく。
「アル様っ、歩けます!」
「だーめ。」
だ、だって。皆見ているのに!そんな中、いくら婚約者と言えども、王子様に抱っこさせるなんて!
お父様も止めて…、どうして悔しそうにしながら止めてくれないのですか!
お兄様とお姉様は…。何で諦めろって顔をしているんですか!
しかもお城に人たちの目線ってなんだか生暖かいし……。
(うぅ~。皆見ているのに!)
……あきらめも大切かな。アル様、離してくれなさそうだし。怒られないならいいか。
「そういえば、陛下が見せたいものってお庭にあるんですか?」
「うん。ふふ、もう少しで分かるよ。本当にきれいなんだ。」
もうすぐ庭に出る、というタイミングで、ひらひら、と視界に小さな『もの』が舞っている事に気が付いた。その一つがたまたま私の手に落ちてきた。
それを見た瞬間、心臓がドクン、と大きく揺れるのを感じた。
「これって……」
どうして。どうして。どうして。
ここには…、『この世界』にはないはずなのに。
いや、似ている物っていう可能性もある。
……ううん、私が間違えるはずがない。これは間違いなくアレだよ。
頭がぐるぐるする。
心臓は相変わらず大きな音で鳴り響いている。私を抱いているアル様に聞こえてしまうんじゃないかと思う程。
「あぁ、花弁がここまで飛んできていたんだね。」
庭に出ると大きな木が目の前に飛び込んできた。
大きな、大きな、『桜』の木。
「この木は『チェリーブロッサム』というらしい。別名で『桜』とも伝えられている。」
アル様がそっと教えてくれる。でも、知っている。
チェリーブロッサム。日本語で『桜』。私と同じ名前。私の好きな花。
「とても、とても、綺麗です」
そんな常套句しか返せない。もっと、もっと言いたいことは沢山あるのに。
クロード公爵家やルートリア伯爵家が来ていて、お兄様とお姉様がそちらに行く。他の家の人たちもお父様とお母様に挨拶をする為にこちらに来る。
でも私の頭にあるのは『桜』だけ。
どうしてここに、『この世界』に?という思いがぐるぐるする。
そして、このタイミングで陛下がやって来た。私はアル様の腕から降りて、働かない頭を何とか動かして頭を下げる。
「この木は『チェリーブロッサム』別名で『桜』」
「他国で最近新しい花を開発したらしく、それを広める為に我が国にも送ってくれた。」
「本当は木の苗の状態で輸入したのだが、苗の状態を見て大丈夫そうだと判断したから、魔法で成長を速めたんだ。この木の特性なのかは分からないが思ったより大きく成長してな。」
「どうか、皆存分に花を楽しんでくれ」
不敬だとは思うけれど、陛下の言葉は全く私の頭に入ってこなかった。周りを見渡してもほとんどの人が綺麗な桜の木に見入っていた。
思わずこみ上げる涙を必死に耐える。アル様には気付かれてしまったけれど「桜が、きれいすぎて」とごまかした。
懐かしい。ただ、懐かしい。
思い出すのは両親の事。私に『桜』という名前を付けてくれた人たち。そして、私を、『桜』を大好きだと言ってくれた親友の事。
会いたい。寂しい。でも、もう会えない。
様々な気持ちが胸をざわつかせる。
私は両親やお兄様、お姉様が他の家の人たちを話している間もずっと桜を見ていた。そして隣にはずっとアル様がいてくれた。ずっと、私の手を握ってくれていた。
帰る時間になるまでずっと。