046、美味しいものを食べます
私達が来た事で、お兄様とお姉様は臨時の休憩を貰えたみたい。そのお陰で二人とも私とリシューと一緒に席に座ってくれる。
「ここに来る前にどこかに寄ったの?」
「寄ってないよ。シルフィーはふらふらしていたけど。」
もう、それは言わなくていいのに!
それよりお腹空いてきたなぁ。朝食は食べてきたけれど、ここは喫茶店。美味しそうな匂いが充満している。この状態でお腹を空かさないなんて私じゃない。
そのタイミングで、席に座っていたお兄様が立ち上がって私とリシューの前にひざまずいた。何をするのかなぁ、ってリシューと見守っていたら
「お嬢様、お坊ちゃま。お食事は何にされますか?」
って、執事さんぽく言ってくれた。
ふふ、お兄様に『お嬢様』って言われるのって何だかむずむずする!リシューも同じ気持ちだったのか、二人でクスクスと笑ってしまう。
お兄様がメニューを渡してくれたので二人でそれを眺める。
「ねぇ、リシューは何食べる?」
「うーん、何にしようかなぁ」
ケーキはチョコレートケーキ、ショートケーキ、アップルパイ、ストロベリーパフェ、抹茶パフェの5つから選べる。学園祭にしては多い。流石貴族。でも飲み物の種類はもっと多い。特に紅茶。本当に貴族の学校は凄い。
「お兄様、私、アップルパイとココアがいいです!」
「スティラにぃ、僕はチョコレートケーキとミルクティー」
「かしこまりました」
はぁ、お兄様の執事さんかっこいい!!……と、ここまでは良かったんだけれど、
「おーい!注文追加!」
って普段通りに叫んじゃった。お、お兄様。執事さんになり切らないといけないんじゃないのですか?怒られませんか?…お姉様に。
そう思ってたら案の定、
「ちょっと、スティラ!叫ぶんじゃないわよ!」
ほらぁ。お姉様に怒られた。
注文したものを待っている間は再びお兄様、お姉様とのおしゃべりタイム。
「どうだ、リシュハルト、シルフィー。俺もなかなか似合ってるだろう?」
「うん、似合ってるよ」
似合っているなんてもんじゃない。男子の燕尾服は皆格好いいけれど、やっぱり……
「お兄様が一番かっこいいです!」
「……っ!」
私はお世辞抜きの誉め言葉を言う。すると、ふっと体が浮きあがった。
(あれ?)
と思うと同時にお兄様に抱き上げられている事を理解する。
「お、お兄様っ!」
ここはお家じゃないんだから恥ずかしい!
「うちの妹は可愛いだろう!」
「ふにゃあっ!!!」
「ははっ!叫んでてもシルフィーは可愛いなぁ!」
お兄様はそう大声で叫んで、私を抱き上げたままくるくると回る。
(お兄様!ここ教室!皆いる!恥ずかしい!)
なんて私の心の声も届くはずなく、私の目が回るまでそれは続けられた。そして、今回はリシューも助けの手を差し伸べてくれなかった。それどころか、私達のやり取りを苦笑いで眺めていた。
止めてくれそうなお姉様も、こっちを気にしないで「私の妹本当に可愛いのよ~」って自慢していた。……お姉様、妹が可愛いならこの状況を何とかしてください!
唯一の救いは優しいお兄様のクラスメイトさん達が温かく見守ってくれていた事だった。……でもね、誰か助けてくれてもいいんだよ?
「お兄様のばか!リシューのばか!……お姉様はだいすき。」
お兄様は私が叫んでも止めてくれなかったし、それすらも可愛いとか言ってヒートアップするし、リシューは私がいくら助けてと言っても助けてくれなかった。二人とも本当に酷い。
「全く、本当に酷いわよ。ねー、シルフィー」
「そうですよね、お姉様!」
やっぱり私の味方はお姉様しかいない!
「だいたい、なんでシリアだけ怒られないんだよ?!」
「確かに。シルフィー、それは不公平なんじゃない?僕の事も許してよ。ね?」
うぅ。リシュー可愛い。許したくなっちゃう。でもね、だって、私は怒っているのに、お兄様もリシューもクスクス笑っているんだもん。頬を膨らませて怒っていますアピールしても、余計に笑うだけ。
もうもうもう!!!
私だって怒る時は怒りますよ?!
「……お兄様とリシューがいじめたってアル様に言うもん。」
私の最後の切り札『アル様』を出すと二人とも流石に慌てたように謝ってきた。これぞ正しい権力の使い方!でもね、二人とも、『やめろ、それは俺たちが死ぬ!』『シルフィー考え直そう?こんなことを殿下に報告するのは申し訳ないからね、ね?』って必死に説得してくる。
アル様ってそんなに怖いかな?
そんなこんなしているうちにケーキたちがやってきました。え、お兄様とリシュー?ちゃんと許してあげましたよ?私、大人ですから!他人を許せる優しい大人なんです!
……でも、冗談なしで、私は前世との年齢を合わせると20歳くらいで大人なんだよね。だけど、行動や言葉はどうしても10歳の『シルフィー』の部分が大きい。多分、前世の記憶があります、前世と併せて20歳を超えています。なんていっても誰も信じてくれない。それに、私の心も10歳相当だから、20歳がするような行動をしろって言われても出来る自信がない。
まぁ、それは置いておいて、今は…
「おいしそう!」
目の前の美味しそうなものの方が重要。
「見て、リシュー。アップルパイ、すっごく美味しそうだよ」
「本当だ。こっちのチョコレートケーキも美味しそうだよ?」
「ふわぁ。本当だぁ!」
私のアップルパイも、リシューのチョコレートケーキもプロのパティシエが作ったみたい。だって、ケーキがキラキラ光っているんだよ?どこのパティシエが作ったんだろう?……え、このクラスの生徒が作ったの?!す、すごい。私のお菓子作成能力なんて全然成長していなくて、いまだにアル様に簡単なお菓子しか食べて貰えていないのに!……でもアル様は毎回美味しそうに食べてくれるから私的には満足。
……あれ、ここの生徒が作っているという事は、今日をのがしたらもう食べられない?!パティシエなら、どこかの料理店とかに所属している可能性が大きいから、また食べられる可能性もあるけれど、生徒だとそうもいかないよね…。家に呼び出すわけにもいかないし。
こうなったら!
「……あのね、リシュー。」
「ん?なぁに?」
「チョコレートケーキがね、私にも食べられたいって言ってるよ…?」
「ふふ。素直に食べたいって言えばいいのに」
「チョコレートケーキ、一口ちょーだい!」
口を開けてリシューがくれるのを待つ。令嬢としてははしたないのかもしれないけれど、まだ子どもだし、いつもやっている事だもん。
「はい。」
リシューがチョコレートケーキをフォークで切って私の口まで運んでくれる。
「~~!!」
「美味しい?」
リシューが聞いてくれるけれど、これはすごい!!
おいっしい!!これ、本当に生徒さんが作ったの??口が幸せ!
私が幸せそうな顔をしているのが分かったのか、リシューがそのまま次々とチョコレートケーキを「あーん」してくれた。私はそのままひな鳥のように与えられたものをパクパクと食べていく。
「ふにゃぁ~」
しあわせすぎるぅ。これがもうお店とかで食べられないなんて勿体なさすぎる!ケーキ屋さんを開いたら絶対売れるのに!
結局リシューのチョコレートケーキは私が全部食べてしまったので、お姉様がリシューに新しいチョコレートケーキを持って来てくれた。私のアップルパイはどうしたのかって?勿論、ちゃんと全部頂きましたとも。チョコレートケーキと同じくらい大変美味でした。
作ってくれた人にチップをはずみたいくらい。
そして夢中でケーキを食べていた私はその食べっぷりをお兄様、お姉様のクラスメイトさんにしっかり見られていたことなど気付くはずもなかった。
そしてそのケーキを主に作っていた男爵令嬢さんがシルフィーの食べっぷりを見て自信をつけ、本当にケーキ屋さんを開いたのはもっと先の話。