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アルフォンスpart6


 シルフィーの笑顔が戻ってきたことはすぐにこの屋敷だけではなく城にも伝えられた。それはもうすぐに。直後に多数の面会希望者が来たが、シルフィーはまだ本調子ではないので公爵家執事長のロバートが丁重に帰した。





もう離したくない。




 目を覚ました後、すぐに医師が来て、シルフィーの様子を見てくれた。診察によると、無理をしないのなら少しだけ起き上がっても良いとの事。しかし体力も大幅に落ちているから絶対に無理はさせない事、と周りに釘を刺していった。……これは正解だと思う。シルフィー本人に言っても無理しそうだしね。


 そうして私は今シルフィーを抱きしめている。これでもね、シルフィーが嫌がったら離そうかなって思ったんだよ。でもシルフィーは嫌がるどころか安心したように私に身を預けてくれる。……離す訳が無いよね。それに、ただ抱きしめている訳では無い。ベッドにクッションを使ってもたれかかっているシルフィーを支えるという重要な役目だ。


 すると、急にシルフィーがもぞもぞと動き出した。それだけならばいい。しかし、シルフィーはあろうことか立ち上がろうとしてふらついた。


「シルフィー!」


 転びそうになったシルフィーを瞬発力を発揮して捕まえ、支える。はぁ、心臓が止まるかと思った。

 私達に忠告した医師は正しかった。シルフィーは無茶をする。自分の身体の事を分かっていない。

 ……本当に分かっていないんだろうな。転びそうになった事を本人が驚いているから。


「無理しないで、シルフィー。あなたは二週間以上動いていないのだから。」


 公爵夫人が心配そうにシルフィーに語り掛けるとシルフィーは理解出来ていないみたいに頭の上にはてなを沢山浮かべた。可愛い。


「シルフィーは丸一日眠っていた日が何日もあったからね」


 日にちの感覚が曖昧になっている事を察してそう言うと、今度こそ、思考を放棄したようにぼーっとした。

 

 そして、その後に、とても真剣な顔をしている事に気が付いた。どうしたんだろう。まだ気になる事があったのかな。……もしかして犯人の事?犯人は悔しいことに見つかっていない。めぼしもついていない。あの建物からも何の証拠も見つからなかった。



 私がそんなことを考えていると、



『ぐーーーーーーーーー』


 

 という可愛く間抜けな音が聞こえた。音の発生源は……シルフィーのお腹かな?シルフィーがお腹を押さえて真っ赤な顔で下を向いていたから。可愛い。

 というか、真剣な顔はお腹の音を我慢していたのか。

 一応点滴から栄養は摂取していたようだが、2週間何も食べていないからお腹が空いていて当然だな。寧ろお腹が空いていて良かった。これでお腹が空いていないなんて言われたら別の問題が発生する。


 急いで食事を用意しなければ、と皆の心は一致したのだが、問題はその後だった。


「お腹、すいたの…。」


 お腹を押さえながらひもじいという気持ちを前面に押し出し、おねだりをしてくるシルフィー。こんな場合ではないと分かっているのに、可愛い小悪魔の破壊力はすさまじかった。





 でも、お腹を鳴らしているシルフィーをみて笑わなくて良かったと心底思った。だってスティラが笑って、シルフィーに


「おにいさま、嫌いです……」


 って言われていたから。良かった。そんな事言われたら死んじゃう。でも、この光景は微笑ましくてつい頬が緩んでしまった。





 頬を緩ませながらおかゆを頬張るシルフィーは可愛い以外の何ものでもなかった。


「んまい」


 その言葉に皆の頬が緩むのが分かった。シルフィーは美味しいものを食べている時に一番幸せそうな顔をする。だからこの笑顔を見て何度でも感じる。


(あぁ、『シルフィー』が戻ってきた)





 美味しそうにおかゆを食べていたが、4分の1を食べたあたりから、どんどんスピードがゆっくりになってきた。

 もうお腹いっぱい?……でも手が震えている。


 そして、とうとう手を止めてしまった。でも、目線はおかゆに固定されている。


「お嬢様、お腹いっぱいですか?」

「あ、あのね……」

「そうですね、2週間も食べてませんでしたもんね」

「えっと……」

「そうね、今日はこのくらいにしておきましょうか」

「え……」


 シルフィーが口をはさむ間もなくメイドのアンナと公爵夫人がシルフィーに食事の終了を伝える。


 ……だ、誰か、シルフィーの顔を見てやってくれ!この絶望に染まった顔を!渡すものかとおかゆ鍋を抱えている所を!可愛い。……いや、そうじゃなくて、ご飯を取り上げたらシルフィーに嫌われるぞ!


 恐らくだが、お腹がいっぱいなんじゃなくて、身体が上手いこと動かないだけだと思う。なんせ2週間体を動かしていないからな。


 よし、ここは私の出番かな。


「シルフィー、私が食べさせてあげるよ」


 そう言って、シルフィーから皿とスプーンを受け取ると、シルフィーがすっごい可愛い笑顔でこっちを見てくる。


 食べさせてくれるよね??ごちそうさまなんて言わないよね??


 と目で訴えてくる。


 見ろ、このシルフィーの輝いた笑顔を!

 アンナや公爵夫人は「あらあら」とでも言うような微笑ましそうな顔で見てくる。公爵、スティラ、シリア嬢は恨めしそうな顔で見てくるが知らん!

 しかもだ、何にも言っていないのに、大きな口を開けて「あーん」を待っているではないか!


 はぁ、可愛いの暴力。


 口までおかゆを運んでやると、小さな口で一生懸命もぐもぐしている。ゆっくり食べていいんだよ。誰も取らないよ、というと、こてんと首を傾げた後ゆっくりもぐもぐし始めた。可愛い。


「アル様、次!」


 と言って私の服をちょこんとつかんでくるシルフィーにゆっくりとおかゆを運んでいく。……なんだかあれみたい。雛鳥の餌やり。雛なんかより、シルフィーの方が可愛いけれど。





「うん、よく全部食べれたね。美味しかった?」

「はい、美味し…、かったです…」


 シルフィーはおかゆを食べながら段々と睡魔が来ていたみたいだけど、おかゆを食べ終わった今はもう限界みたいだ。


「シルフィー、このまま寝てもいいよ」

「…あい」

 

 目をこするシルフィーは今にでも寝てしまいそうだ。というかもう目は閉じている。


「お休み、シルフィーが寝るまでここにいるから」


 そう言って頭を撫でると、驚くことにシルフィーの目はハッと覚めてしまった。


「アル様、帰っちゃうの…?」

「うん。シルフィーが眠ったらね」


 本当はずっと一緒にいてあげたいけれど、流石に公爵家に迷惑だからね。だからせめてシルフィーが寝るまでは一緒にいてあげたい。


「や!アル様、帰らないで」

「シルフィー?」


 こんなシルフィーは珍しい。まるであの時のようだ。3歳の時に悪夢を見てひとりで眠るのを怖がった時のシルフィーのよう。


「シルフィー。そういう訳にもいかないだろう」

「やぁ!アル様と一緒!」

「シルフィー、我儘を言ったらだめだよ。殿下だって戻らないといけないんだから。」

「や!おにーさま、嫌い!」


 シルフィーがそこまで言うのは珍しい。……スティラが灰になりそうだ。


「やぁなの!一緒にいるの!」


 ずっと、一人で我慢して、我慢して。それでももう限界で。そうなってからシルフィーはやっと周りに頼ってくれる。私に頼ってくれる。はたからはただの我儘だけれど、シルフィーだって必死なんだ。ここでシルフィーを遠ざけたら、シルフィーは人に頼る事を諦めてしまう気がする。離れていってしまう。


「今日だけでいいの……。一人は嫌なの……。」


 シルフィーの心を聞いた気がした。スティラもシルフィーの気持ちが分かったようで、苦悩していたが、最後にはシルフィーの要望を叶える事にした。


「ありがとう、お兄様!」


 スティラが灰から人間に復活した。





 さて、ここでもまた問題が起きた。


「アル様は私のお布団でお休みするの!」

「だめだ!」

「や!」

「だめだ。」

「やぁ!」


 私の泊る部屋に関する議論だ。正直、シルフィーと一緒に眠るつもりでいた。もしそれがだめなら一晩中シルフィーのお見舞いと称して傍にいるつもりだった。

 それにしても駄々をこねるシルフィーはなんて可愛いんだ。公爵もシルフィーと言い合いながら頬が緩んでいる。シルフィーには気付かれていないようだけれど、周りにはバレバレだ。


「だって、お城でもアル様がずっとぎゅっとしてくれたもん!」


 シルフィーーーっっ!!!それは内緒!………ではないけれど、最も言ったらダメな相手!!!


 すぐに公爵から目をそらすけれど、凄く睨んでくるぅ。あ、これは後でお説教決定だな。うん。父上と母上も巻き込もう。


「アル様は私と一緒、や…?」


 え、これ嫌って言える人いる?


「嫌な訳がない!」

「アル様、一緒にねよ…、め?」


 どうやらシルフィーは公爵より私の合意をとった方が早いと判断したみたい。そういうしたたかな所も好きだな。


「勿論!いい…」

「ダメです!」


 ……公爵に舌打ちをしなかった自分を責めたい。


「父上、取り敢えずここは殿下の意見を聞こうよ」


 ナイスアイディアだ、スティラ。


「アル様……、お願い?」


 可愛い。


「きょ、今日はシルフィーと寝ようかな」

「!!」


 だから、公爵の睨んでくる顔は気にならない。気にしないったら気にしない。


「ほんと!?」

 

 さぁ、公爵。こんなキラキラした笑顔のシルフィーを裏切れるのか?


「仕方がない…」


 だろうな。出来る訳が無いよな。私だってできないんだから!私の小悪魔に勝とうなんて100…、10年…、5年早いわ!!


「アル様、一緒にねるの!」

「うん、一緒にねようね」





 はぁ、わくわくしているシルフィー、可愛い。





 風呂に入ってスティラの服を借りた。そしてシルフィーの部屋に向かうと、シルフィーは風呂にいれてもらって布団でゴロゴロしていた。

 

 …私が部屋に入った途端のあの笑顔。他の人に見せたら誘拐されるぞ。


 しかも今日のシルフィーは甘えん坊みたいだ。私に抱き着いて離れない。しかも、今だって十分に抱きしめているのに、


「アル様、ぎゅー」


 なんてことをおっしゃる。この子もう怖い。私をどうしたいの?私達がまだ5歳と10歳で良かったね。15歳と20歳なら間違いなく襲っているよ?!……いや、後10年も我慢できるのかな。シルフィーが今と同じくらい無防備だったらヤバイかもしれない。

 ……がんばれ、私。



「もっと、ぎゅー」


 なんて思っているのに!どうしてもっとぎゅっと抱き着くの?!しかも匂い嗅いでるし!しかもなんか満足げ?!幸せそう?!


 あぁもう!可愛すぎるシルフィーが悪い!!

 一層シルフィーを強く抱き込む。無意識か知らないけれどシルフィーから「あぅ~」とか「ふにゅぅ~」とかいう可愛いさしかない声が漏れているのはどうしてくれよう。襲ったらだめ?……だめですよね。そりゃそうだ。





「アル様、今日も我儘……、ごめんなさい」

「どうしたの、急に」


 何だかよく分からなかったけれど、シルフィーがひとまず満足したところで急に謝ってきた。


 シルフィーの顔を覗き込んでもシルフィーの言葉の意図が分からない。我儘なんてもっと言ってくれていいのに。しかもシルフィーの我儘は我儘じゃない。あれは我儘じゃなくておねだりだから。しかも可愛いやつね。


 でも、シルフィーはそっと、囁くように言った。


「アル様、あのね、いっぱいお話してくれて嬉しかったの。」


 いつのはなしの事だろうか。いや言わなくても分かる。シルフィーが臥せっていた時の事だろう。


 私達の声が届いて、いたのか…?私の声が…、私達の声が。

 公爵はシルフィーを抱きしめ、公爵夫人は頭を撫でていた。スティラは絵本を読み聞かせ、シリア嬢は歌を歌って聞かせていた。


 私は話かけた。


 シルフィーの目を覚ます為に私達はできることをした。でも、シルフィーは何の反応も示さない。

 


 抱きしめたら抱きしめ返してくれる。

 撫でたらふにゃりと頬を緩ませる。

 絵本を読み聞かせたら瞳をキラキラさせる。

 歌を歌ったら元気に一緒に歌う。



 私達のシルフィーを返せ、と何度見えない敵に向かって叫んだかしれない。


「本当に嬉しかったの」

「……」


 何がきっかけかは分からない。何が目を覚ます原因になったのだろうか。

 いや、もうなんでもいい。



 諦めなくて、良かった。





 思わず流れた涙の止める方法を私は知らなかった。





「アル様、ありがとう。大好き。」


 ありがとう。私も、愛しているよ。






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