表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/210

037、もう怖く無いです



 もう何日経ったのか分からない。1週間以上たった気がする。でも1日も経ってないかもしれない。

 この部屋はいつも薄暗いから日にちの経過が分からない。結局この部屋には誰も来なかった。誘拐犯がこの部屋に来る気配もない。



 ただひたすら眠たい。でも眠れない。悪夢が怖い。眠ると怖いものに追いかけられるから。

 でもそれだけじゃない。


 ヒュンッ!


 また来たっ! 


「ひっ…!」


 次の瞬間、黒い靄に覆われた矢が私の頬をかすった。


 何時間かに一度、何もない空間から黒い靄に覆われた矢が飛んでくる。それは一度も私に当たった事は無い。正確には刺さったことは無い。でも時々かすったり、近くに飛んでくるから怖い。私を追い詰めて楽しんでいる。お陰で私の手足はかすり傷だらけ。顔にだって傷が出来ている。

 そして不思議なことに、矢は地面に刺さると消えてしまう。だから部屋の中が、矢で溢れているという事にはなっていない。


 私は動けないのに!何でこんなことするの?


 最初は怖くてさけんだ。泣いた。怖かった。でも、誰も助けてくれない事は分かっているから、耐え忍ぶしかない。もう何度も何度も繰り返されている。


 寝ている間にいつの間には死んでいたら、そう思うと眠りにつくなんて出来ない。





『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』



 いつになったら終わるんだろう。いつになったら出られるんだろう。いつになったらこの声から逃れられるんだろう。

 怖い夢を見るから眠るのが怖いといったけれど、この声が聞こえてくるから現実も同じくらい怖い。


 今こそが夢で、目が覚めたらお部屋で寝ているんじゃないかって考える。アンナに「もう朝ですよ」って起こされるんじゃないかって期待している。でも、そんな理想的な事は起きない。





 体は睡眠を求めている。そんなことは分かっている。睡眠不足にもなるよね。きっと目の下は隈が出来ている。そして気がついたらうたた寝をしている。でも、悪夢が怖くて飛び起きてしまう。

 お腹だって空いた。だってお昼寝してからおやつも夕食も食べずにまた寝てしまったんだもん。ここでは当然ながらご飯なんて出ない。お腹が鳴っても放置。でも空き過ぎて段々と何も感じなくなってきた。

 ずっと縛られている両手足も痛い。私の両手足を拘束していた黒い靄はいつの間には紐に代わっていた。だから締め付けられて痛い。それだって、もう痛みを感じなくなってしまった。





 どうして私なんだろう。どうして……。どうして私がこんな目にあっているんだろう。私が転生者だから?小説の流れを崩そうとしている私を排除しようとしている?

 私がアル様の婚約者だから?

 それとも『シルフィー』だから?私自身を気に入らない人が居るって事?見えない悪意がこんなに怖いなんて知らなかった。

 本当に誰が何のために誘拐したのか分からない。


 犯人は私がこのまま空腹で死んでいくことを願っているのだろうか。それなら一思いに殺してくれた方が苦しくないし、怖い思いもしなくていいのに。

 それとも3歳のあの時に、夢を見たあの時に死んでいたら、こんな思いをしなくても済んだの?


(怖い……)


 私は一人ぼっち。だから誰も助けてくれない。ずっと、ずっとそうだった。

 無条件で私を助けたいと思えるような人なんていない。だって、私は……。


 自分で何とかするしかない。


 犯人の思いどおりにはならないと言いたいが、正直、精神的な限界が近い。

 どうしよう。眠くなってきたため視界が段々とぼやけてきた。眠りたくないと思っていても、やはり睡魔が襲ってくる。段々と視界が黒くなってきた。


 ヒュンッ、ヒュンッ!!


(ひっ…!!)


 まただ!いつもは一本しか来ないのに、今度は次々と矢が飛んでくる。


(イタッ!)


 矢が私の足にかすった。今までよりもっともっと深く。どんどん血が出て止まらない。


(もう、やだよぅ……)


 怖いのはもう嫌だ。痛いのももう嫌だ。一人ぼっちなのももう嫌だ。





 そういえば、昔小説で読んだことがある。心を殺してしまえば、悲しいも怖いもつらいも、何もかも感じなくなるって。

 心を殺せば、この苦しさから逃れられる?心を殺せば何も感じない?

 ここは魔法の世界だもん。そんなの簡単にできるよね。


 そう思ったら、何もしなくても意識が遠のいていくのが分かった。心を殺すのって、こんなに簡単だったんだ。


(アル様……、)





 意識が遠のいたはずなのに、すぐにまた意識が戻った。ほんとにすぐなのかは時間の感覚が無いから分からないけれど。

 目が覚めたら家であることを期待してみたけれど、やっぱり景色が変わらない。コンクリートの壁しか見えない。


(あれ、失敗したのかな?)


 心を殺すのってやっぱり難しかったのかな。

 

ヒュンッ


 あ、また矢が飛んできた。


 あれ?すごい。何も感じない。本当に何も感じなくなった。矢も怖く無い。傷もいたくない。血が出ている感覚もない。

 唯一困るのが体が思うように動かない事かな?だって、指が一つも動かないんだよ?矢が飛んできても避けられない。……あ、避ける必要が無いのか。だって、矢が刺さる事は無かったし、かすってももう痛くないし。体が痛まないか心配だなぁ。だって、ずっと体を動かしていないもん。


 あれ、また意識が遠のいていく。もともと薄暗かった部屋がどんどん暗くなっていくみたい。頭の中を黒い靄が覆っていき、いつもの声が聞こえてくる。


『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』


 でも、もうちっとも怖く無かった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ