036、ここはどこですか
『この時を待っていた』
また新しい言葉。怖い。嫌な予感がする。
『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』
嫌だな。少し慣れて来た。でも、怖い事に代わりは無い。頭の中に黒いもやもやが広がっていく。頭全体が真っ黒になって、そのうち脳まで真っ黒になりそう。
『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』
(もうやだ、早く夢から覚めて…)
「……ここ、どこ?」
目を覚ますと、コンクリートの床に寝転がっていた。さっきまで部屋で寝ていたはずなのに。もう一人で寝れると思ったから、アンナには下がって貰って、一人で寝ていたのに。
「お父様…、お母様…?」
狭くてコンクリートの壁に覆われている。床も天井もコンクリートに覆われている。まるで箱の中にいるみたい。ドアも窓もない。せめてベッドでもおいてくれていればいいのに。どうやって入ったのか、どこから出ればいいかも分からない。
家族の誰かが私をこんな所に閉じ込めるはずがない。
「だ、だれか…っ!」
叫んでも、誰の声も聞こえない。誰もいないの?不安に押しつぶされそう。取り敢えず、部屋を探ってみた方がいいかな?
…と思ったのに
「えっ?」
手も足も縛られている。しかも手は背中で縛られている。これって、もしかしなくても誘拐?誰が?なんのために?
(もう、お家に帰れないの…?)
ううん、大丈夫。だって小説では15歳になった私がヒロインに嫌がらせをするんだもん。だから大丈夫。私は生きて帰れる。怖く無い。……嘘。すっごく怖い。
私を誘拐する人って言えば、私とアル様の婚約が気に入らない人しかいないよね。でも、私はそんな人にあった事が無い。だって、私は家かお城か、クロード公爵家、ルートリア伯爵家しか知らない。でもこの人達は私にこんな事をする人達じゃない。だから、私の知らない人だよね。
「ふぇっ……」
泣いちゃダメっ!泣いてもどうにもならない。ここから出る方法を考えないと。
そう思うのに、涙腺が緩んで涙を止めることが出来ない。
それでもかろうじて、大声で泣きたいのを我慢する。涙をぬぐいたいのに、両手足が縛られているから涙をぬぐう事も出来ない。
涙って本当にしょっぱいんだなぁ。せめてるぅがいてくれれば、たとえ喋ってくれなくても傍にいてくれるだけでいいのに。
『怖いの怖いのとんでいけ』
『怖いの怖いのとんでいけ』
でも、誘拐にしては誰もやってこない。誘拐って、見張りがいるものじゃないの?多分私が起きてから、数時間たったと思う。だって、さっきまで薄暗かった部屋が段々と明るくなってきた。でも、誰も来ない。誰か来てくれたら、それだけで安心できるのに。例え敵でも一人でいるよりは安心できるのに。
相変わらず涙は止まってくれなくて体の水分が全部なくなりそう。
『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』
え…?
ふと、私に頭にあの声が響いた。
なんで?!今は起きているのに?!どうしてこの声が聞こえるの?!
やだ!助けて!私の頭に入り込んで来ないで!
これは夢?それとも現実?
もしかしてこの声の主が私を誘拐したの?でもどうやって?この声の主は実体は無いんじゃないの?もしかして、誰かが私の頭に語り掛けていたの?私に反感を持っている人が私の夢とか頭に語り掛けていたの?でも、どうやって?そんな魔法があるの?
そもそも、寝ていた私をどうやって連れてきたの?護衛だって部屋の前にいたし、窓だって鍵が閉まっていた。もし窓が割られていたなら護衛が気付くはずだし、私だって起きる。
夢の声が言っていた『この時を待っていた』という言葉に関係があるのかな?
『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』
「やぁ、こわい…」
逃げたい。暴れたい。両手足の拘束が無ければ、すぐにでも頭を抱えるのに。
『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』
「たすけて……」
ふと、拘束されている足首が目に入った。
な、なんで?!
今まで紐で拘束されていると思っていたものは紐じゃなかった。黒い靄が足を覆っている。
(ひっ…!)
い、嫌ぁ!!怖い怖い!!気持ち悪い!!これなら紐で縛られた方が何倍もいいのに!!
拘束感は無くなったけれど、こんなの涙が止まる訳がない!
「やだっ、誰か!」
当然ながら返事は無い。
『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』
「あるさま…、たすけて…っ」
私はそっと意識を失った。