031、お菓子を作ります
夢にアル様が出てきた。私を処刑する時の光景だ。私の未来。正直、今のアル様は私の事を大切にしてくれているから、それを夢だと割り切る事は出来ていると思う。
でも、
「ねえ、るぅ。アル様に会いたいね」
本物のアル様に会いたい。夢じゃなくて本物のアル様がいい。寂しさをごまかすようにるぅとディーに抱き着く。
私は最近、アル様にほとんど会えていない。10歳になったアル様は以前より多くの事を陛下から学んでいるみたい。レオンお兄様と、ルートお兄様と一緒に。
執務室に遊びに行ったり、会いたいって言ったりしたらアル様はそれを快く受け入れてくれると思う。でも、忙しいアル様を邪魔したくない。忙しいなら私と会うよりも休んで欲しい。
でも、だからこそアル様から届いた手紙に私は舞い上がった。
いつも通り二人でお茶会をしようという誘いだった。もしかしたらレオンお兄様とルートお兄様も来るかもしれないって言っていたけれど、大歓迎。二人にも会えていなかったし、アル様に会えるなら何でもいい。
一瞬、アル様は忙しくないのかなって思ったけれど、誘ってくれたって事は大丈夫なんだと思う。何より私が会いたい。
お茶会は明日の午後。
私は思った。アル様に贈り物をしたい。
アル様にはいつもお世話になっているし、色々なものを買ってくれるし、プレゼントしてくれる。それに今は疲れているだろうし、何かアル様の癒しになるものがいい。
常日頃、アル様には何かしたいと思ってたんだよね。もう少し私が大きかったら刺繍とか贈れたんだけれど、今の私には無理。出来ても、明日の午後までなんて無理。
でも、こういう時に頼りになるのがお母様。
「アルフォンス殿下に贈り物?」
「はい。私でも出来そうなもので、アル様が喜んでくれるものって何かないですか。」
「それは……逆に難しいわね」
「逆に?」
早速お母様に相談してみたんだけれど、よく分からない返答だった。
「だって、殿下はシルフィーがしてくれる事なら何でも喜びそうなんだもの。この間みたいに絵を描いて贈っても喜んでくれそうね。」
絵…、私が描いた玄関に飾ってあるアレですか…。アレ、本当にすごく恥ずかしい。遊びに来た皆に「上手だね!」って褒めて貰えるし、私は5歳児らしく「ありがとう!」って返すけど、皆が微笑ましい目で見てくるのが恥ずかしい。
片づけてって言っても聞き入れてもらえないんだもん。
「そうねぇ、お茶会に行くのだし、お菓子は?それならお茶会ですぐに食べて貰えるだろうし。あ、でも婚約者からの贈り物だから消え物じゃない方がいいかしら」
うーん。物をあげても喜んでもらえそうだけれど、それは折角だから時間がある時にゆっくり選びたいかも。残るものだからこそ適当に選びたくないし、心を込めたい。お揃いとかでもうれしいな。
だから今回は消え物にする。お母様が言ったようにお菓子いいかも。お茶会だし、私とアル様の好みは似ているから、選びやすいし。
そうと決まったら
「お母様、私、街に行ってお菓子を選びたいです!」
「そうね、行きましょうか…、いいえ、やっぱり買うのはやめましょう。」
「え?」
お母様から提案されたのは、私がお菓子を作る事だった。その方が気持ちも伝わるから、だそうだ。今世の私のお菓子作り経験ゼロですけど大丈夫?っていう疑問があったけれど、シェフが手伝ってくれるみたい。安心。
お父様には危ないって反対されたけれど、私が火を扱う訳では無いし、包丁も使わせてもらえないだろうから危険は無い、という事で必死に説得した。それでも納得してくれなくて「おとうさま、おねがい」と少したどたどしく、例のおねだり術を使う。ちょこんと服の裾をつかむのも忘れない。
結果。私の勝利です。まだまだ使えそうだね、この技。使える機会や人は限定されるけれど。本当に危険な時やダメな時は許可が下りない。当たり前だけどね。
一番チョロ…私のお願いを聞いてくれそうな優しい人はお兄様。お兄様はすぐ禁止したりするんじゃなくて、一緒にやってくれる。そして一緒に怒られてくれる。
アル様は……私のお願い事を基本聞いてくれるんだけれど、対価を要求される。それはわたしの身体。あ、いかがわしい意味じゃないよ?例えばお膝抱っことか、なでなでとか、おやつを「あーん」して食べさせられる事とか。正直、誰に対してのご褒美か分からない。私がお願い事をした時の対価が、結果私が喜ぶことだもん。私は二倍幸せだからいいけれど、アル様はそれでいいのだろうか…。
取り敢えず許可は下りたので、お菓子を作りたいと思います!何を作るのかって?今回はクッキーです!クッキーなら包丁使わないし、ケーキみたいに難しくない。火を扱うのは料理人だから私が失敗する要素もない。
「では始めましょうか、お嬢様」
「うん!よろしくね、リン」
今回手伝ってくれるのはパティシエの資格も持っているリン。お菓子作りの事なら料理人の中で一番上手らしい。
女性の料理人のリンだからこそお父様も許可したんだろうけれど。
いつも料理を作っているキッチンではなく、キッチンの横に置いてある背の低いテーブルで作る事になった。理由は単純。大人の皆が使っているキッチンは背が高すぎて届かない。椅子に立ってしてもいいんだけど、危ないって許可が下りなかった。
「それでは最初は材料を計っていきますよ。……そうです、丁寧に。お上手です。」
私はリンが用意してくれた材料をリンの指示のもと、丁寧に計っていく。作り方はとっても簡単。というか、簡単なレシピをリンが用意してくれた。小麦粉、砂糖、バター、卵を計って混ぜるだけ。
材料計るのは難しかったけど、何とかなった。ただ、小麦粉の袋を開けた時に粉が散ってしまった。ごめんね、小麦粉さん。
混ぜるのはもっと難しかった。リンに比べたら混ぜるのもゆっくりだったし、零さないように気をつけていたから時間もとってもかかった。
最初のバターと砂糖と卵を混ぜている時は泡だて器で混ぜれていた。材料は柔らかかったし、ぐるぐる混ぜるのは楽しかった。でも、小麦粉をいれてから問題が発生した。
「ぐるぐる…、ぐる、ぐる……、ぐる、ぐ…る…。」
問題発生。腕が痛いです。小麦粉は少しずつふるいながら入れているんだけれど、入れるたびに段々と生地が固くなっていく。だから、泡だて器では上手に混ぜれない。
「リンー、固いよぅ…」
「あらあら。そうですね…、泡だて器では流石に難しいですね。ヘラで混ぜようと思ったのですがあいにくこの間壊してしまって…。よし、お嬢様、手で混ぜちゃってください!」
「え、いいの?」
「はい、大丈夫ですよ」
生地が固くなってきて混ぜるのが難しくなってきたタイミングでリンに泣き言を言うと、素晴らしい提案をしてくれた。
早速、泡だて器についていた生地を手で取り、その手を生地に突っ込む。
「まぜまぜ、こねこね」
……すっごく楽しい。ずっと混ぜていたい。でも、手だとあっという間に全部混ざってしまった。
「ぐるぐる……こねこね…、リンこのくらいで大丈夫?」
「ええ、お疲れ様です。さて、この後はもっと楽しい型抜きですよ」
「型抜き!」
楽しいやつだ!
「あのね、うさぎさんとね、くまさんのクッキー作るの!あとね、お花のクッキーも!」
「用意してありますよ」
興奮している私を微笑ましい顔で見ているリンはそのまま型抜きの用意をしてくれた。そこにはうさぎ、くま、お花、他にもリボンやお星さまの型が用意されていた。
型を抜くために生地をのばすのはリンがしてくれた。広げた生地の厚さがバラバラで焼きムラが出来たら困るからね。
「まずはるぅ!」
うさぎ型に手を伸ばし、クッキーに型を抜いていく。耳の部分が難しかったけれど、何とか抜けた。それをクッキングシートが敷いてある鉄板にのせていく。
(アル様には上手に出来たクッキーをあげたいから頑張らないと。)
くまやお花、沢山の型を丁寧に抜いていく。
「上手!」
あ、上手に型が抜けたから、思わず自画自賛しちゃった。リン、口元抑えているけれど、笑っているのバレバレだからね。
うん。我ながら上手。
鉄板に並んだ型を抜かれた生地を満足げに見やる。本当は動物達に顔をつけたいんだけど、今回は諦めよう。
え、アイシングクッキー?知識としては知っているけれど、私にそんな技量はありません。
ピーッ、ピーッ
心地よい、オーブン独特の音が響き渡る。その音を聞いて、リンとお茶休憩をしていた私はオーブンの前に急いで近寄る。
火傷が怖いから勝手には触りません。私偉い。手にミトンを嵌めたリンがオーブンをそっと開ける。
「ふわぁ~いい匂い!」
オーブンから出てきたクッキーは綺麗なきつね色。流石リン。文句なし。絶対アル様も美味しいっていってくれると思う!
あぁ、早く食べたい。だって、こんなに美味しそうなクッキーたちが、焼き立てサクサクのクッキーたちが「食べて」って言っているんだよ?食べてあげないと可哀想だよね!
「りん…」
リンの方を見ておねだりしてみる。リンも私のおねだりが伝わったのか、微笑んでクッキーを一枚差し出してくれた。
「一枚食べてみますか?作り立てを食べられるのは作り手の特権ですよ?」
「うん!……、!すっごく美味しい!」
サクサク、ホカホカ。私…というか、リン天才!それに、自分で作ったものって何倍も美味しく感じるよね。
籠にクッキーを詰めて……、よし、準備完璧。お茶会が楽しみだな。