027、久しぶりの街です
「シルフィー、ごめんね」
「…」
馬車に乗っても機嫌を損ねている私にアル様は必死にご機嫌を取ろうとする。本当はもうあんまり怒っていないけれど、あっさり許すのは悔しいから怒ったふりをする。
「シルフィー……」
「…アル様なんて知りません」
「どうしたら許してくれる?」
え、どうしたら?そもそもあんまり怒ってないから何もしなくてもいいですよ?しいて言うなら頭を撫でて下さい。それだけで許してしまいますよ。
「そうだ、あとで昔行ったケーキ屋さんによって、おやつを買ってあげるよ!」
「!!」
何ですって?ケーキ?しかも昔行ったケーキ屋さんって、アル様と初めて街へ行った時に入ったカフェだよね。とってもおいしかったところ!アル様本当に私のツボを押さえています。というか餌付けされていっています。あ、これは割と初めからそうかな。餌付けに関しては今更な感じがする。アル様も絶対、私の機嫌をとったり気を引くためにはお菓子を与えておけばいいって思っているよね?当たってるけど。
「それなら、許してあげない事もないです。」
そういうと、アル様もほっとした顔をした。…その後にアル様は外を見る風に装っていたけれど、肩が揺れていたの気付いているんですからね。どうせ、またお菓子でつられたって思っているんでしょう!
そして再び問題は起きました。それは馬車から降りる時。
「アル様、私はもう3歳じゃありません!歩けます!」
「でもほら、今日は人が多いし、迷子になるかもしれないし、」
「だから、3歳じゃないです!手をつないでいれば迷子にはなりません!」
この1年半で最も変わった事と言えば“これ”だろう。
アル様の“溺愛”。
もう、これが凄い。自分で溺愛なんていうのは少し恥ずかしいけれど、それはもう可愛がってもらっている。“妹”として。だって心配の仕方が子どもに対するものだもん。多分、アル様の弟であるルート兄様がしっかりしているから、私しか世話を焼ける人(というか子ども)がいないんだろうな。
正直アル様に抱っこされるのは嫌いじゃない。寧ろ好きだと思う。でもね、こんな大勢の人が居る中で抱っこされたまま歩くなんて恥ずかしすぎる。
「こんなに人の多い所で抱っこするならアル様の事嫌いになります!」
「っ!」
頬を膨らませてそっぽを向くと、アル様がすっごくショックを受けた顔をしている。…何だか、「お父様嫌いです!」って言った時のお父様の顔とそっくり。
「でも、手をつないでくれるなら、もっと好きになります!」
「!」
その瞬間、アル様の行動は速かった。凄い勢いで手を繋いできた。勢いが良すぎて手が持っていかれるかと思った。
「行きましょ、アル様!」
「うん。そうだね」
ついたのは新しく出来たカフェだった。卵がとっても美味しいって有名の所だ!スイーツ好きの私に抜かりはないですよ。入った事は無いけれど、情報だけはしっかり入ってきているからね。
確か、鶏に特殊な餌をあげたら、とっても濃厚で美味しい卵が出来たんだって。それを使ったパンケーキがとっても有名。卵を独占している訳では無いけれど、一番美味しいパンケーキはここ。美味しい卵ご飯のお店はまた別にあったはず。あと、卵焼きのお店も。
「パンケーキ、パンケーキ~!」
思わず歌っちゃう。早く入りたい、食べたい。パンケーキが私を待っている。食べて欲しいって待っている。
「パンケー…」
はっ、気を抜いたら歌っちゃう。私はもう3歳じゃないのよ!理性を保って!
……我慢して歌っては無いから、アル様と繋いでいる手が揺れてしまうのは仕方ないよね。アル様も優しい笑顔で見守っていてくれている事だし、良しとしましょう。
それにしても、有名店らしくお店は長い行列が出来ていた。それはもう長かった。多分、2時間以上待つんじゃないかな…?朝ごはんを食べていない身にこれは正直辛いです…。
こんなに長い列に並ぶのかと少し憂鬱になっていると、アル様は私の手を引いて列を抜かし入り口から入っていこうとする。
アル様、いくらお貴族様だからって、これは職権乱用過ぎません!?皆ちゃんと並んでいるんだよ。流石に抜かすのは良心が痛みまくる。アル様を止めようと思って手を引張ってもアル様は止まる気配がなく、ずんずん進んで行ってしまう。
あわあわしている私を見ながらも、アル様は余裕のある笑みを崩さないまま中へ入ってしまった。
「あ、アル様、ダメですよ?」
「ん、大丈夫だよ。」
「でも…」
いくら貴族だからって、ずっと並んでいる人たちを抜かすのは…。
「「いらっしゃいませ」」
考え事をしていたら、店員さんの前まで来ていた。ちゃんと並んでって怒られるのかな。でも、アル様は王子様だから大丈夫なのかな。
「予約いただいたアルフォンス様とシルフィー様ですね」
……ふぇ、予約?ちらっとアル様をうかがうと、得意げな顔をこちらに向けている。というか、予約しているなら先に言ってください!無駄に慌てたじゃないですか!なんだか最近アル様少し意地悪になってきていません?
「…アル様の意地悪。嫌いです…」
アル様は私の慌てる顔をみて楽しんでたんだ。このいじめっ子め!私の言葉に慌てたアル様は、
「ちゃ、ちゃんとシルフィーの為にアイスもつけて貰える様に頼んでおいたから!」
「許します。アル様大好きです」
あ、思わず反射で答えちゃった。というか、
「アル様、私の事はお菓子でつればいいと思ってませんか…?」
気になっていた事を聞くと、アル様はスーッと目線をそらしてしまった。もう、図星じゃないですか!ぷんぷんしていた私の耳にはアル様の「そんなところも含めて全部可愛いのに…」というつぶやきは聞こえなかった。
予約席に案内されると、ガラス張りで外の景色が見える所だった。正面のお店が花屋さんだからお花が見えて、とっても景色がいい。あとで花屋さんにも行きたいかも。しかも!私の席にはちゃんと子ども用の席が用意されているではありませんか!……アル様、残念そうな顔をしないの。流石にお店の中でお膝に乗ってあーんは恥ずかしいです。
そういえば、パンケーキは注文しなくても出てくるらしい。
「ごめんね、本当は何がいいか一緒に注文しようか考えようと思ってたんだけど、予約の時に、もうメニューを決めておかないといけなかったみたいで、私が勝手に決めてしまったんだ」
「大丈夫です!だって、アル様はいつもお菓子を出してくれる時、私の好きなものばかり出してくれますから!それって、アル様は私の好きなものを知ってくれているってことですよね!」
「うん。シルフィーの事は良く知っていると自負しているよ。特にお菓子の事はね。でも、それは置いといて、シルフィーはいつも幸せそうにメニューを見ているから、今回はそれが見れなかったなぁって」
「…!」
アル様、そんなところを見ていたの?た、確かにいつも真剣にメニューを見ているよ?でもそれは、メニューを決める為だけじゃなくて…、メニューの写真を見てよだれを垂らしそうなのを我慢しているだけ。
(うぅ~恥ずかしい!)
でも、改めて、アル様は本当に私の事をよく見てくれている。この世界に転生してから平和に楽しく暮らせているのってアル様の存在が大きいんだよね。最初は処刑されるって怖かったけれど、もう最近はアル様がいない日常が考えられない。
「私、アル様の事信じてますから」
「!」
そう。私はアル様のお菓子チョイスのセンスは信じている。私が食べれないものは私が気付く前によけてくれるような人だもん。アル様はとっても優しい。……この1年半、よく他の令嬢からの婚約の申し込みを断る事ができたなぁって本気で思うもん。アル様には側室の申し込みが沢山来ていたんだけど、アル様は全部断った。王族のみ側室を持つ事が出来るけれど、それは任意だから、持っても持たなくてもどっちでもいいみたい。今の王様も王妃様一筋だしね。アル様も今のところ側室を持つつもりはないみたいだけれど、この先は分からない。もし持つなら、アル様が私を処刑する時に止めてくれるような優しい人がいいなぁ。
…そういえば前に、「アル様は側室を持たないんですか」って聞いた時はひどかった。「私の愛が伝わっていないの…?既成事実でも作る…?」って目が笑ってない笑顔で迫ってきたもん。「幼女相手に既成事実なんて正気ですか!」ってアラン様が止めてくれなかったらどうなっていた事か。流石に私もアル様にロリコンの称号は与えたくない。それからはアル様の愛を疑うような発言は控えていますよ?私も貞操と命はまだ失いたくない。
「お待たせいたしました。スペシャルストロベリーパンケーキとロイヤルミルクティーのセット、そしてこちらが、スペシャルチョコレートパンケーキとコーヒーのセットになります。」
「ふわぁ!!」
おっきい!苺!チョコ!どうしよう、食べるのが凄く勿体ないよぅ…!しゃ、写真撮らないと!あ、この世界に写真なんてない…。あぁ、でもこの感動をどうやって残せばいいの!
「アル様!苺が!チョコが!」
「うん、美味しそうだね」
「はい!あ、そうだ、絵を描いて残せば!」
「そんなことしていたらパンケーキが冷めてしまうよ?」
「っ!」
そ、それだけは…。でも残せないなんて。折角の思い出なのに…
「ふふ、今度もう一度来ようね。一度と言わず何度でも。」
「っ!約束ですよ!約束破ったらダメなんですよ!はりせんぼん…は怖いから、もうアル様のお膝に乗りません!」
「そ、それは約束を破ったらだよね…?」
「?はい、そうですよ?」
「…これは何が何でも約束を破る訳にはいかないな」
何度も連れてきてくれるなら、絵に残さずに毎回のお楽しみにしよう。毎回違うのを頼むんだ。目指せ、スイーツマニア!…ごめんなさい、ただ好きなものを好きなだけ食べたいだけです。
アル様、ちゃんと約束を守って下さいよ?約束を守ってくれるアル様、大好きです。
「「いただきます」」
私がわたわたしていたけれど、やっと食べ始める事が出来た。私はスペシャルストロベリーパンケーキとロイヤルミルクティーのセットを貰った。
一口食べると口の中に幸せが広がる。
「ふにゃぁ~」
これは表情が崩れるのは仕方ない。卵もとっても濃厚。美味しいしか出てこない。
アル様の方を見ると、私の事をずっと見ていた。しかも、「可愛いなぁ」って呟いているのが聞こえた。…美味しいものを食べて気が抜けていたから変な顔をしていたと思う。恥ずかしい。
恥ずかしさをごまかすようにパクパクとパンケーキを食べ進める。苺だけでなく、ブルーベリーとかピスタチオとかも入っているし、かかっている蜂蜜も美味しい。
「しあわせ~…」
この苺、美味しすぎる。なんていう品種だろう?今度、果物屋さんの苺全種類買って、食べ比べとかもしてみたいかも。
「シルフィー、あーん」
そう言いながらアル様はチョコレートのパンケーキを一口差し出してくれた。恥ずかしさ?そんなもの私の目の前にあるケーキを前にしたらないもの同然です!
「あーん!」
そして口の中に広がる幸せが再びやってくる。
「ふわぁ~…」
私、もう死んでもいい…。幸せ過ぎる。もう未練なんてない…。チョコレートとバナナのパレードが口の中で繰り広げられている!え、この世界のケーキ美味しすぎない!?
「アル様も口を開けて下さい!苺がいっぱいですよ!」
「ありがとう。うん、美味しいね。」
「はい!」
結局、私もアル様もそれから何度も食べさせ合いをしながら食べきった。苺もチョコレートも美味しかったです。…結局「あーん」で食べさせられちゃったよ。まあ、美味しいものを前にしたら断われないよね?
これって、私達がまだ幼いから微笑ましいだけだったけれど、これってもう少し大きくなったら恋人がイチャイチャしているだけだよね…。気をつけよう。
それから沢山歩いて色々なお店を見て回り、帰りがけにアル様は約束通り、カフェによってくれました。そう、私達が初めて街に一緒にいった時に入ったカフェです。そして驚くことに、店員のお姉さんが私達の事を覚えてくれていました。お店に入った瞬間に、「あら、1年半ほど前に来てくれた、猫のココアの女の子ね!」って話しかけてくれました。わ、私だって店員のお姉さんの事ちゃんと覚えていたよ?
そして、せっかくなので、店員さんのおすすめのワッフルを買って帰りました。流石に食べて帰れるようなお腹の空きはありません。本当はあるけど、夕食が食べられなくなったら嫌だもん。ワッフルは、プレーン一択!チョコレートと苺も興味があったけれど、パンケーキで食べちゃったからまた今度ね。