026、1年半が経ちました
アル様と一緒に寝た日から、一年半がたった。あれからあの怖い夢は一度も見ていない。しかも、るぅと一緒に寝ると時々アル様が夢にまで出てきてくれるようになった。夜寝れるって本当に幸せな事なんだと実感したよ。
アル様と夜一緒に寝る必要はもうなくなったけれど、アル様の所には相変わらず遊びに行っている。勿論アル様のお仕事の邪魔はしていないよ。アル様がお仕事をしている間はちゃんとおとなしく本を読んでいるんだから。と言っても絵本だけれど。でも、もう自分で読めるようになった。アル様に貰った『ルルの花束』で文字の勉強ちゃんと頑張ったもん。書くのはまだまだだけれどね。
それに、遊んでいるだけじゃないんだよ?ちゃんと仕事、というか役割はちゃんとしているよ。アル様の“癒し”という役割を。ちゃんとおやつを食べる時は自分で食べるんじゃなくて、アル様が口に入れてくれるまで待ってるし、アル様が「おいで」って言ったら、ちゃんと行って膝に乗る様にしている。……あれ、まっておかしくない?私これ調教されてない?令嬢のあるべき姿って、絶対これじゃないよね?
いやでも、アル様からの給餌を断った時や、膝に乗らなかった時って、すごい悲しそうな目で「私の事は嫌い…?」って聞いてきて、その日のアル様が私から一切離れなかったんだよね。
幸せ半分、恥ずかしさ半分。
私は悪くない。そうせざるを得なかったんだ。もし何か言われたら、アル様のせいにしよう。
そして、悲しいお知らせ。この一年半で、私の友達は一切増えていない。ひたすらアル様の所に通い、たまにクロード公爵家に行ってディアナお姉様、マリーお姉様、リシューに遊んでもらったり、お姉様の婚約者のルートリア伯爵家のトーリ様に遊んでもらったり。
そんな生活を続けていたら他の友達なんて増えそうもない。しかもアル様、私がリシューやトーリ様と遊んでいたら嫌な顔するし、友達が欲しいって言ったら、「シルフィーは信用できるかも分からない新しい友達を作るのと、私の癒しとなって私と遊ぶの、どちらが大事?」って聞かれた。そんなの、「アル様です」以外の選択肢が出来る人が居るなら教えて欲しい。私はあのアル様の笑顔だけれど目が笑っていない顔に勝つ事は出来ない。それに、そんな事を言った日には、いつも以上に甘やかしてくる。移動だって自分で歩かせてくれない。
それを、お姉様に相談したら、「涙目で上目遣いで、裾をちょんってつまみながらお願いして見なさい」って助言された。実行してみると、当然の事ながら失敗しました。ひたすら耳元で「可愛い…、天使…、」などこちらが散々恥ずかしくなるような言葉を囁かれただけだった。
まぁ、そんなこんなだけれど、私の日常は平和です。今日も一日が始まりますよ。
「お嬢様、おはようございます。今日は早起きですね。」
「おはようアンナ。目が覚めたの」
転生してから、もう過ぐ2年が経とうとしているけれど、アンナともすっかり仲良し。私の些細な我儘だったら聞いてくれる。主にお菓子関連だけれど。
アンナはいつの間にか私の衣装ルームから今日着る洋服を持って来てくれていた。私が物思いにふける事が増えてきているから、アンナのスルースキルも段々と上がってきているんだよね。あと素早さとかも。この間アンナからこっそり逃げた時も、いつの間にか後ろにいたもん。…あれ、これって素早さ?監視能力かな?
「さぁ、着替えましょうか」
「うん。…?」
あれ、アンナが持っている服って見たことないなぁ。私着た事あったっけ?薄水色のドレスっていうより、ワンピース。貴族が着る様な派手なものではなくて、庶民が着る様なシンプルなもの。正直、動きやすいから私はこういう服の方が好きなんだよね。
やっぱり着た事が無い。こんなに動きやすくて走り回れそうな服なんて着たら絶対に覚えている。
「アンナ、そのお洋服は?」
「ふふ、内緒です」
な、内緒?え、何で内緒にする必要が?ひょっとして何かあるの今日?動き回らないといけない何かが?よく分からないけれど、とりあえずはそのお洋服に着替え、いつも通り、アル様とおそろいのペンダントを首から下げる。
もうこのペンダントもすっかり馴染んだ。最初の頃は王子様とお揃いなんて、と思ってつけない事もあったけれど、アル様が着けないと悲しむから、もうすっかりつけることが当たり前になった。るぅと一緒で、無いと不安になるくらい。「この服には合いませんから…」というアンナに無理を言っていつも着けていた。
「それではサロンに向かいましょうか」というアンナに従ってサロンにいく事にしたんだけれど、え。食堂じゃないの?朝ごはんは?まだ食べてないよ?朝ごはんは大事なんだよ?
サロンという事は誰か来たのかな。それともこれから出かけるであろうお父様のお見送りかな。
「お嬢様の準備が出来ました」
サロンに入ると、そこにはお父様だけでなく、アル様もいた。
「アル様!こんな朝早くからどうされたのですか!」
流石に驚いた。だって、まだ朝だよ。いや、朝から会った事はあったけれど、こんな早朝からアル様が家に来たのは初めてだ。
「ちょっと、シルフィーとお出かけしようかなと」
「お出かけ?」
「うん。美味しい朝食が食べられるカフェがあるんだ。シルフィーはそういうの好きかなと思ったんだけれど。」
「美味しい…。ごはん…」
それはもう、興味深々ですよ。自分でも目が輝いているのが分かる。美味しい朝食ってどんなのだろう?サンドウィッチかな。それとも、最近流行りだした和食かな。
そう、この世界では最近何故か和食が流行りだした。もともと和食はあったみたいなんだけれど、醤油と味噌が改善されたみたいで、和食が流行りだしたんだって。日本人の私としては嬉しい。また、おいしい和食を食べる事が出来るのだから。でも、私の見解では、この世界に私以外の日本人が転生か転移してきているんじゃないかなと睨んでいる。でも、あり得るとしたら転生かな。この世界の人と日本人は顔立ちが全く異なるから、もし転移してきて和食を流行らせたのなら、もっと有名になっている。醤油と味噌を改善した人にあった事が無いから何とも言えないけれど。だって、子どもが食べ物ならまだしも、改善者に興味をもったら、その方が怪しまれる。でも和食は美味しいから家の料理人も作ってくれるし、和食のお店もすごく増えた。元日本人の私としては嬉しすぎるし幸せだね。
「ふふ、その様子を見ると、行きたいみたいだね」
「はい!」
自分でもわかるんだけれど、こうやって食べ物につられるところは全く変わってないなぁと思う。でもいいんだ。きっとアル様は受け入れてくれる。…はず。
「ところで、シルフィーには前もって伝えてくれるように頼んだはずなんだけどなぁ、公爵。」
「……」
あ、お父様が目をそらした。
でも確かにそうだよね。アル様がこんな早朝に私の予定を無視してくるはずがないもんね。予定はなかったけれど。それにアル様が来てくれるならもっと早く起きたのに。王子様を待たせるなんて、私何やってるの!私もお父様に怒りたい。でもお父様にも訳があったんだよね。お父様もちゃんとしっかりしているから忘れていたなんて事は無いと思う。
でも、アル様を待たせたことに変わりはないから、お父様にお怒る。
「むぅ~」
……頬を膨らませながら。本当は言葉で怒ろうと思ったけれど、お父様だけが悪い訳じゃない気がした。だって、今までアル様の所に何度も行ってて言う機会だってあったはずなのに、アル様は何も言わなかった。誘う機会なんて今まで何度もあったのに。
でも、王子様に言葉で怒るのは不敬な気がしてきたから顔で怒る。
ちょっと、私怒っているんですよ。さっきから二人の態度おかしくないですか?どうして顔を赤らめて、口を手で覆って顔を背けているのですか。どうしてしゅんとしないのですか。これでも怒っているのですよ。
それにお父様の理由なんてよく考えれば、「娘が男と出かけるなんて許し難い」とか、「美味しいご飯の事を伝えると、一刻も早く行こうと予定を早めるかもしれない」とか、そんなところでしょう。本当は別の理由があるのかもしれないけれど、私本人に言わなかったことは許しませんよ。知っていたら、どんな朝食を食べに行くのかいっぱい考えたり、妄想したり、下見したりとか、やっておきたいことが沢山あったのに。
…あれ、お父様もしかしてそれを見越して私に言いませんでした?勝手に外に出て何かあったら危ないからっていう理由?もしそうなら、それって結局私が原因だね。それに、流石お父様、私の性格をよく理解していらっしゃる。