025、お泊りします
優しい手が頭を撫でてくれる。こんなに穏やかな気持ちで眠るのはとても久し振りだ。幸せって、こういう気持ちの事を言うのかな。
「シルフィー、起きたの?」
この声はアル様?私の大好きな声。
「あ、りゅしゃま……?」
目を覚ますとアル様がいた。私はいつも通りアル様のベッドで寝てて、アル様はベッドに腰かけて、私の頭を撫でてくれていた。部屋が薄暗いところをみると、もう夕方かな。どれだけ眠ったんだろう。でも、お陰で気分はスッキリしている。
「うん、そうだよ。やっぱり、喉が痛い?お水とってくるね」
そういってアル様は立ち上がった。確かに喉が痛い。さっき泣き過ぎたもんね。お水は欲しい。でも……
「や…」
「ん?どうしたの?何が嫌なの?」
私の声を聞いたアル様がわざわざ戻ってきてくれて、目線を合わせてくれる。
「いっちゃやだ。いっしょにいて…?」
今はアル様と離れたくない。一緒に居たい。
「め?」
「んん゛っ!だ、ダメじゃないよ!?じゃあ、持って来てもらえるように頼んでおくね!」
慌てたようにそう言い、アル様は「アラン、水を持って来てくれ!」と部屋の中から叫んだ。アラン様はアル様の側近。ドアがコンッとなったから、恐らくそれが了承の合図だろう。それにしても叫ぶアル様なんて久し振りに見た。何だか面白い。思わず笑いが漏れる。
「……元気になったかな?」
「ふぇ?」
「ここに来たときは思いつめたような顔に見えたから」
「……!」
そっか、アル様はちゃんと見ていてくれたんだ。
「あのね、きづいてくれて、うれしかったの。ありがとう。」
「どういたしまして。でもね、きっと公爵達も気付いていたよ。今回、私とシルフィーが会うように勧めてくれたのは公爵達だから。シルフィーの元気が無くて心配してたよ」
「!!」
気付いてたの?お父様が気付いたって事は、当然お母様やお兄様、お姉様、アンナだって気付いているはず。隠せれていると思ってたのは自分だけだったんだ。皆、言ってくれればよかったのに。
「多分、話して欲しかったんじゃないかな?」
「え?」
「シルフィーが何かに困っている事は皆分かっていた。でも、それが何かは分からなかったし、シルフィーも普通に振舞っていたから聞けなかったんじゃないかな?」
「……」
私が隠そうとしていたのが間違いだったのかな?私が隠そうとしなければ、皆は何も気にせず私に聞けたのに……。でも…、
「大丈夫。シルフィーの気持ちちゃんと皆に伝わっているよ」
どうして……
「シルフィーが皆を想って行動した事、ちゃんとわかっているから。忙しい皆に負担をかけたくなかったんだよね。」
どうして、アル様はこんなにも私の気持ちを分かってくれるの?アル様の執務室に来てから、アル様は私が寝不足だってすぐに気が付いてくれた。
「……っ、」
この世界に来て、初めて、本当に、心から一人じゃないって思えた。
「ふぇっ…、うぅ~、……っ」
分かっていた。この世界では愛してくれる人たちが沢山いる。
けれど、私が“私”じゃなくなったら。常にそんなことを考えてしまって、愛されない事の方が当たり前に感じていた。愛されていると感じていても、それを心から信用できなかった。今回、家族を信じ切れていなかったのもその結果だろう。
突然涙を流した私に慌てることなく、アル様は再び抱きしめて頭を撫でてくれた。
泣き止んで最初に思った事は、アル様の元で泣くことに遠慮が無くなってきているなぁ、だった。だって、アル様なら受け入れてくれそうなんだもん。アル様の腕の中が居心地よすぎて離れられなくなったらどうしよう。
そんなこんなしているうちに仕事を終えたお父様が迎えに来た。
「おとーしゃま!」
「シルフィー。うん、元気になったようだね」
お父様が私を見て安堵する。そっか、こんなに心配かけていたんだね。申し訳ないと感じると同時に、不謹慎だけれど、少し嬉しい。
「あ……、あのね、おとーしゃま」
「ん?」
「……、ありがとう。だいすき」
謝るよりお礼の方がいいかなぁ、と思ったんだけれど、お父様は動かなくなってしまいました。
「おとーしゃま?」
「大丈夫だよ、シルフィー。公爵のいつものやつだから。」
「いつもの?」
「うん、とにかく心配しなくていいよ」
アル様がそういうならそうなのかな。
それから、アル様といっぱいお話ししていたら、本格的に日が暮れ始めてしまった。
「シルフィー流石にそろそろ帰ろうか」
そういって、お父様は私をアル様から引き離し抱き上げた。……引き離された。家に帰る……。そうしたら、またあの夜が続くの?
嫌だ、怖い!
「っ……、!」
やだ。離れたくない!
「じゃあ、シルフィー、またね。……シルフィー?」
「や……っ」
帰らないといけないのは分かっている。アル様もお父様も明日もお仕事があるし、迷惑をかけてはいけない。分かっている。分かっているのに。
それでも、お父様の手の中から必死に手を伸ばす。
「あるしゃま!いかないで!」
「シルフィー?」
「おねがいっ」
このまま一人で寝るのは怖い。離れたくない。怖い夢を見てもいいから、今日だけはアル様と一緒に居たい。お父様が困惑した様子で、でも何故か安堵した様子で私をアル様に渡す。
「~っ」
私はアル様の腕に再び戻ってきた時、もう絶対離すもんか、という執念を込めてアル様に抱き着きなおす。
お父様も私がここまで泣くのは初めてで、どうすればいいか困っている。でも、無理やり引っ張って帰らない所を見ると、連れて帰る事が私の為にならないって分かっているのだろう。
「帰りたくないのか?家が嫌なのか?」
お父様が聞いてくるけれど、それは違う。決して家が嫌なんじゃない。アル様と離れたくないだけ。その気持ちを込めて精一杯首を振る。
私が否定したことで、お父様はひとまず安心したようだ。
「殿下、申し訳ないのですが、今日一晩だけ、シルフィーを城に泊めて頂くことは可能でしょうか?」
「!!」
正直、とても嬉しい申し出だ。でも、それが私の我儘の結果だと思うととても申し訳なく思えてきた。だからと言って、やっぱりもう帰る、とは言い出せない。
「あるしゃま……?」
アル様は断るだろうか?迷惑だろうか?アル様の顔をうかがう。アル様と一緒にいたい。でもアル様がそれを望んでいなかったら?
私の顔色を見て、アル様は口を開く。しかし、アル様が言葉を発する前に、
「よかろう!!」
という大きな声が響いた。突然聞こえてきた大きな声に、私が驚いて体を震わせるのは当然だろう。しかし、その瞬間アル様から冷たい空気が漏れた。その行き先は……、陛下だった。
「父上…、何故ここに?」
「うむ、仕事はとっくに終わっているのに、公爵が帰ったという報告が無いのでな。様子を見に来たら、先程の公爵の申し出が聞こえたという訳だ。」
あ、ごめんなさい。それは私が駄々をこねた結果です。反省はしているけれど、後悔はしていません。
「それに、そういうのは結局私の許可がいるだろう。」
「それはそうですが……」
「なんだ、アル。シルフィー嬢の滞在に反対なのか?」
えっ?本人に…、アル様に反対されたら流石に一緒にはいられない。そんなことを考えて落ち込んでいると、
「そんなわけないでしょう!」
と大きな声でアル様が否定してくれた。良かったぁ~。これで今日の夜はアル様と一緒。
……陛下がアル様を見てニヤニヤしていたのは見なかったことにしよう。
夕食も王家の皆さんと一緒に取りました。最初は緊張したけれど、雰囲気がとても穏やかで楽しかった。食事はお義母様の隣でとった。何でも娘が欲しかったが男の子しか生まれず、私の世話を焼きたかったらしい。
「はい、シルフィー。あーん。」
「あーん!」
緊張?そんなものすぐにどっか行きましたよ。色んな人から食べさせて貰う事に慣れていて良かった。お陰で、口を開けるだけで美味しいご飯がお口に飛び込んでくる。しかもお野菜食べたら頭を撫でてくれる。もう最高。更に「アルは小さい頃、これが食べられなかったのよ~」などと言って、アル様のことを沢山教えてくれた。アル様は止めようとしたみたいだけれど、「もっと恥ずかしい過去を話しますよ?」と言われ口をつぐんでいた。どこの世界も母は強い。
夕食を食べ終わってお風呂に入ろうとしていると、レオンお兄様とルートお兄様に話しかけられた。
「シルフィー、泊りと聞きました。困ったことがあったらアルに何でも言ってくださいね。アルはあなたの為なら身を粉にしてでも働きますから。」
と、レオンお兄様に言われた時は良く分からなかったけれど、その後に、ルートお兄様に、
「困ったことがあれば何でもアル兄上に言えばいいっていう事!」
と言われてやっと理解が出来た。でも、もうすでに迷惑いっぱいかけているし、我儘ももう沢山言っているんだよなぁ。という気持ちは心に留めておいた。
入浴を終えて部屋に案内された。しかし、それには問題があった。私用に部屋が用意されていたのだ。それ自体はとても嬉しいし、ありがたいことだ。でも、
(アル様と一緒がいい)
流石に結婚前の男女が一緒に寝るなんてダメって分かってる。でも、私はまだ幼女だし、許してくれないかな?私が一人で悩んでいると、メイドが話しかけてくれた。
「シルフィー様、どうかされました?お部屋に入らないのですか?」
「あ、えっと、あるしゃまは…?」
「アルフォンス殿下でしたら今、談話室にいらっしゃると思いますが…?」
談話室?という事はアル様の部屋にはいないって事か。お仕事中……ではないと思うけれど、行っても大丈夫かな?
「あるしゃまのとこ、いきたい……」
「アルフォンス殿下の所ですか?行ってもよろしいですが、眠たくはありませんか?」
「うん…」
だって、最近夜寝てなかったし、さっき夕方まで寝たもん。それに寝たら怖い夢見るし。
「…め?」
メイドさんにお願いする為に、幼女の持てる技をフル活用します。
「い、今すぐご案内します!」
よし、勝った。勝負ではないけれど。
「あ、まって。るぅもいっしょにいくの」
るぅは大事。るぅはさっきまで、用意されていた部屋のソファに座っていた。私がお風呂に入っている間に誰かが連れて行ってくれていたんだね。ありがとう、誰か。
部屋につくと、メイドが部屋をノックしてくれた。
「シルフィー様がお越しです。」
「入っていいぞ。」
帰ってきた声は陛下の声だった。陛下がいるなんて聞いていないよ。…子どもは早く寝なさいって怒られるかな?
「おじゃまします」といって部屋に入れてもらうと、そこには陛下とお義母様とアル様がいた。
「あるしゃま!」
アル様を見つけた事が嬉しくて、思わず抱き着く。
「シルフィー、どうしたの?」
「あるしゃま…」
理由は無い。ただ抱き着きたかっただけ。はぁ、やっぱり落ち着く。アル様の匂い好きだなぁ。…なんだか変態みたい?気にしないで。
「アル、すっかり懐かれたな」
「ええそうね。この子が娘になるなんて、なんて幸せなのかしら」
陛下とお義母様の声が聞こえてきた瞬間、一番に思ったことは、
(またやらかした!)
だった。陛下とお義母様が怒らないって分かってはいるけれど、挨拶をする前にアル様の方へ行ってしまった。
「ごめんなしゃい。…えっと」
「ふふ、大丈夫よ。それだけアルが好きなのね?」
お義母様優しい。この質問には答えは「はい!」の一つしかないね。言った途端、部屋の空気が一気に温かくなったのは気のせいかな?私の事を抱きしめるアル様の腕の力が強くなったのは気のせいじゃないと思う。ぎゅっと抱きしめてくれていいよ。その方が私も安心するし。
「ところで、アルに何か用事があったのか?」
私達が和んでいると、陛下が話しかけてくれた。そうだね、子どもは寝る時間なのにも関わらず、こんなところにいるんだもんね。ここに来たいって言ったのは私だからメイドさんの事怒らないでね。
それにしても、用事かぁ。言わないといけないって事は分かっているんだけれど、多分反対される。
「あのね、あるしゃまと、いっしょにおやすみするの」
「アルと一緒にか?」
「あい」
「知らないお部屋だったから一人で寝れなかったのかしら?」
お義母様が予想して言ってくれる。う~ん、そういう訳ではないけれど。でもそういう事にしておいた方がいいかな。
「あるしゃまと、いっしょ」
でも、アル様だけは分かってくれているから、私が夜が怖いことを分かってくれているから、
「そうだね、一緒に寝ようか」
って言ってくれる。でも陛下とお義母様は渋い顔をしていた。
「しかし、未婚の男女が同じ部屋で寝るのはなぁ。どう思う?」
「そうね…一人が怖いなら私が一緒に寝ましょうか?」
お義母様も聞いてくれる。普段だったら嬉しい申し出。でも、今回は…
「あるしゃま…」
アル様と一緒がいいと伝える為に、必死にアル様の手を握る。
「すみません母上。今日だけはシルフィーと一緒にいてあげたいんです。」
「まあ、あなた達がそういうなら……。いいわよね、陛下。」
許して下さい!未婚と言っても、まだ3歳と8歳ですよ!どうやって間違いが起こるんですか。それに、本人達が一緒にいたいと言っているんですよ!それに、今日はアル様と一緒にいる為にお城に泊まったのに。…お願いしたのはお父様だけれど。
じーっと陛下を見ていると、陛下はひらめいたように顔をあげた。
「一つ条件がある。」
「じょーけん……?」
難しい事じゃないといいな。それに、段々陛下の顔がニヤニヤしてきている。嫌な予感しかしない。アル様だって訝しげに陛下を見ている。
「私の事をお義父様と呼びなさい」
「……ふぇ?」
そんなことでいいの?というか陛下をそんな風に呼んでもいいの?もっと難しくて嫌なことを突き付けられるのかと思った。
「皆は家族のように呼ばれているのに、私だけ陛下って、仲間外れの様ではないか!」
あ、あれ。何か理由が可愛いぞ?でも、陛下をお義父様だなアル様と一緒に寝る為なら私の羞恥心など吹き飛びますよ!いくらでも呼びますよ!アル様と一緒に寝る為なら私の羞恥心など吹き飛びますよ!いくらでも呼びますよ!
「おとーしゃま、あるしゃまとねんね。いーい?」
「うっ、!か、かわっ!う、うむ。よかろう!」
どうやら陛下…、お義父様にも勝ったみたい。やったね。喜んでいる私の傍らで、「寧ろその方が既成事実っぽくて、余計にシルフィー嬢を逃がしにくいか…?」などど陛下が呟いているのをシルフィーは知らなかった。
「あるしゃま、きょう、いっぱいいっぱい、わがまま。ごめんなしゃい……」
お義父様達に就寝の挨拶をして、二人でアル様のお部屋に来た。そして流石に反省した。私今日だけでどんだけ我儘言っているの!
アル様の前で沢山泣き過ぎたし、駄々もこねすぎた。
アル様だって忙しいのに。今の時期は忙しいはずなのに。私だけに構っている暇なんてないはずなのに。
……この原因はアル様が優しすぎることも原因だよ!アル様が私を甘やかすから、笑顔で受け入れてくれるから私の我儘が助長するんだよ。そう、私は悪くない。……ごめんなさい、責任転換しました。
「いいんだよ。それにね、正直嬉しかったよ」
「うれしい?」
「うん、だって、シルフィーが私を頼ってくれたから。」
「ふぇっ?」
アル様は私の頭をいつもみたいに優しく撫でる。
「でもね、家族以外の男には頼らないでね。私に頼るんだよ?いいね」
…優しいと思っていた撫でる手をとめて、私の頬を挟む。絶対不細工な顔になってる。それにこの質問には、「はい」以外の選択肢が残されていない。だってアル様の笑顔が怖いもん。有無を言わさぬ顔ってこういう事を言うんだね。
「はい…」
「よろしい」
はぁ、よかった。いつもの優しいアル様の顔に戻った。それにしても、アル様と家族しかこんなことを話せる人はいないのに。
でもまた怖い夢を見たらどうしよう。こんな相談誰にでも出来る訳じゃない。
私の不安を感じ取ったのか、アル様は私を抱き上げてくれた。そして、アル様のベッドに置いていたるぅに近寄った。
「じゃあ、魔法をかけておこうか」
「まほう?」
『安らかな眠りを』
アル様が呟いてるぅに手をかざすと、るぅがふわっと光った。
「るぅっ!」
しかし、私が叫ぶと同時にるぅが元に戻った。
「あるしゃま、るぅは?」
「大丈夫だよ。明日からシルフィーが安心して眠れるように魔法をかけただけだから。もし怖い夢を見そうになっても、るぅが守ってくれるよ。それに、私もいるしね。もし、明日からも怖い夢を見るようなら、いつでもおいで。遠慮はしないで。皆シルフィーの事を大切に思っているから。」
こんなに可愛いるぅが私の夢の中に出てきた黒い靄と戦う姿を見たら思わず笑えて来る。本当にるぅが守ってくれるような気がした。
そして、その日はアル様が抱きしめて眠ってくれた。温かくて安心する。あるべき場所に帰ってきたような気持ち。
不思議とその日は嫌な夢を見なかった
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