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024、気付いてくれました


 今日もアル様にお城に呼ばれた。最近アル様も忙しかったみたいだからアル様と会うのは久しぶり。

 それに手紙には前回と同様……いや、前回よりも癒しを求める様な文が書き連ねられていた。


 しかし、問題は出発直前に起こった。


「お嬢様、それは……」

「や!るぅもいっしょ!」


 それは、私がるぅを連れていこうとして離さない事だ。アンナには微妙な顔をされたけど、今日だけはるぅを離せなかった。


「お嬢様は、どうしてもるぅ様とご一緒がよろしいのですね?」

「うん…、きょうはるぅもいっしょがいいの……」


(お城にぬいぐるみを持っていくなんて子どもっぽいし変だって分かってる。でも、今日は……、今日だけは……。)


 ところが、アンナの心配は、(こんなに可愛いお嬢様が、可愛いるぅ様を抱きしめている姿なんて可愛いの暴力でしかありませんのに、第二王子様や城の人たちは倒れないかしら?可愛いの過剰摂取にならないかしら?)というものだった。以前に着たような薄ピンクのふわふわのドレスを着たシルフィーなど、天使以外の何物でもない。これに羽やリングなんかがついていたら間違いなく空に飛んでいく。


 シルフィーが絶対に譲らない事を感じ取ったアンナは、早急に城で働いているシルフィーの父に言伝をするようにした。内容は



天使が舞い降りました。

これから天使は城に向かいます。

可愛いの過剰摂取にならないように注意が必要です。

第二王子様と城の者に言伝を。



 アンナ自身はこれで十分に伝わると確信していた。早速早馬を飛ばして貰い、シルフィーが到着する前にこの言伝は公爵まで伝わった。

 しかし、そこからが問題だった。シルフィーは今まで何度も第二王子であるアルフォンスに会うために城へ来ている。にも関わらず、今まではこのような言伝は無かった。という事はつまり、今までのシルフィーとは異なるシルフィーが城に来るという事だった。

 シルフィーの姿は今までに多くの人間が目撃している。アルフォンスに会いに来る度に、すれ違う人々に笑顔で挨拶し、手を振っていたのだから。宰相やアルフォンスからすれば気が気ではない。いつ可愛いシルフィーを狙う不届き者が出るか分かったものではないのだから。


 しかし、このアンナの言伝のお陰で被害は最小限にとどめられた。





 アルフォンスもその一人だった。執務室で書類の仕分けをしていると、焦ったようなノック音が聞こえ、入室を許可すると血相を変えた公爵がいた。思わずその場にいた全員が気を引き締めた。何が起こったのだろうか、と緊張しながら待っていると、見せられたのがアンナからの言伝だった。他の者たちが「なんだ……」と気を緩める中、アルフォンスの顔は苦悩に満ちていた。


「これ以上可愛いシルフィーだと……?」

「はい……」

「クッ、想像がつかない!」

「お恥ずかしながら私もです」


 だが、わざわざ言伝が来たところをみると、十分な心構えが必要な様子だ。それからはシルフィーが来るまで公爵と一緒にひたすらシルフィーの可愛い姿を想像し、話し合っていた。途中、仕事を全くしなくなった私と公爵に対して文句を言いに来た父上が、何故か私達の話し合いに参加するという奇妙な光景も見られたけれど。というか、父上こそ仕事しなくていいんですか?





 そしてついにシルフィーがやってきた。シルフィーを迎えに行くと、天使が降臨していた。


「いらっしゃい、シルフィー」

「あるしゃま、こんにちは!」


 天使の笑顔。癒し効果抜群。るぅを抱くシルフィーは見たことがあった。何故なら自分がシルフィーと出かけて、その場でプレゼントしたのだから。でもその時は、平民服だった。しかし今回は天使とぬいぐるみ。アンナの言う通りだった。心構えがないと可愛いの過剰摂取で倒れていた。実際に、視界の端で、何人かが「可愛い……!」と呟いて倒れていくのが見えた。心構えが足りないな。


 ……心構えが無かったら、私もあのようになっていただろう。感謝する、アンナ。









「あれ、その子はるぅだね。一緒に来たの?」


 挨拶をし終わると、アル様が私の腕の中にいるるぅに気が付いてくれた。流石にこんなに存在感のあるるぅに気が付かないはずがないもんね。……怒られないよね?ぬいぐるみ連れてくる子どもなんていないって分かってるけど、今回は例外として見逃してくれないかな?


「あのね、あのね。るぅがアルしゃまにあいたいって!」

「そっか、それで連れて来てくれたんだね。ありがとう」


 自分でもよく分からない事を言っている事は分かっている。それなのにこんな私の話に合わせてくれるなんて、アル様優しい。それに、るぅにまで、「こんにちは、私もるぅに会いたかったよ」と挨拶してくれる。そして、優しく私の頭を撫でてくれるアル様。大好きです。





「じゃあ、行こうか。いつも通り、私の執務室でいい?」

「はい」


 アル様は当然のように私の歩幅に合わせて歩いてくれる。今日なんて、るぅを抱いているから余計に歩くのが遅いのに私に合わせてくれる。流石アル様、紳士です。


「今日のおやつは何だと思う?」

「えーっと……」


 その瞬間アル様から、シナモンの匂いがした。シナモンという事は……


「アップルパイ!」

「……すごいね」


 アル様が驚いたような眼を向けてきた。


「誰かに聞いたの?」

「ううん、あるしゃまからね、匂いがしたの」

「……ふふっ。シルフィーのお菓子に対する鼻は一流だね」


 これは褒められてますか?…褒められていると思っておきましょう。ちょっとどや顔をしておく。ふふん。





 アル様の執務室につくと、アル様は使用人達全員に、部屋の外に出るように促す。そしてドアもきっちり閉める。あれ、婚約者の私達って、二人で密室に居てもいいんだっけ?少しドアを開けておかなくちゃいけないんじゃなかったっけ?それとも、婚約者だから大丈夫なんだっけ。


 ぼーっとそんなことを考えていると、アル様が私の前に膝をついてしゃがみ、目線を合わせてくれた。


「ねぇ、シルフィー。何があったの?」

「?」


 何のことか分からずに首をかしげる。私のお菓子に対する鼻の事?前からお菓子には敏感ですよ、私。


 アル様は私の目元に、そっと触れる。


「シルフィー、夜、眠れている?」

「っ!」

 

 漸く、アル様が何について話しているのかが分かった。どうして……?だれも気が付かなかったのに?目元に隈がある訳でもないのに。普段と何も変わらないのに……。


「ねれてますよ…?」

「うそ」


 私の否定の言葉はアル様の核心を持った言葉によって更に否定されてしまった。


「どう、して……?」

「分かるよ。シルフィーのことだから。」


 どうして気付くの。ずっとずっと、隠してきたのに。耐えてきたのに。心配させないように、迷惑かけないように、夜中も頑張って起きて、夢を見ないようにして、耐えてきたのに。

 どうして気付くの?どうして、



 

 気付いてくれたの……?




 もう隠し通せない。


「ねむれ、ないの……」

「うん」


 アル様は私が話すのを静かに待ってくれる。それが今は心強い。


「こ、こわいゆめ、ずっとみて…」

「うん…」

「ずっとずっと、おいかけてきて……!」


 話が支離滅裂になっているには分かっている。それでもアル様は聞いていてくれている。

例え解決策が無くても、アル様に全部話してしまいたい。一人で抱え込むのはしんどいから。


「こえがして、くろくて、こわくて……っ」

「うん」

「くらい、ときに…、ねるのがこわい……っ」

「そっか」


 私が話し終わるのを感じたのか、アル様は、そっと私を抱きしめてくれる。


「怖かったね。もう大丈夫とはいってあげられないけれど、もう泣いてもいいよ。よく我慢したね」


 もう駄目だった。


「~っ!」


 涙が溢れて止まらない。ずっと我慢していた。大声で泣き叫びたいのを、誰かに聞いてほしかったのを。私は勝手だ。家族や使用人に隠したいと思っていても、心のどこかで気付いてほしかった。と同時にやっぱり気付いてほしくなかった。心の中はめちゃくちゃだ。


「あ、あるしゃまっ……、ふぇっ」

「うん、ここには私達しかいないから、思いっきり泣いていいよ。」


 やめて、そんなに優しくしないで。甘えてしまうから。この手を離せなくなってしまうから。

 私は結局、外に声が漏れるのにも構わずひたすら泣き続けた。


 途中誰かが部屋をノックした音が聞こえてきたけれど、それにも関わらずただ泣き続けた。入ってこなかったことを考えるとアル様か誰かが入るのを止めてくれていたのだろう。けれど私はアル様の服を握りしめたまま泣き続けた。様々な気持ちを織り交ぜて。夢が怖い。夜寝るのが怖い。昼夜逆転した生活を送るのがつらい。誰にも言いたくない、気付いてほしくない。でも、気付いてほしい。



 気付いてくれて嬉しかった。



 アル様は、私の涙や鼻水で服が汚れるのにも構わず、私の頭を撫で、抱きしめてくれていた。アル様の服が汚れてしまう、私が掴んでいるから皺になってしまう。頭の片隅ではそんな事を想いながら、どうしても手を離せなかった。


 アル様はずっと傍にいてくれた。私が泣き疲れて眠るまで。


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