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023、怖い夢が止まりません

『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』


 またこの声だ。自分の精神を乗っ取られるかのような深い声。

 今日は眠れたと思ったのに。夢も見ず、ゆっくり眠れると思ったのに。だって、るぅもディーもいるんだよ?ベッドの下のマットにディーも寝ているはずだし、るぅだって私の腕の中にいる。腕の中にふわふわしたものを感じるから。

 耳を塞ぎたいのに塞げない。塞いでも無意味だって分かっている。だってこの声は頭に直接流れ込んでくるから。それでも塞ぎたいのに、腕が動かない。まるで金縛りにでもあったよう。

 これは夢だから目を覚ませばいいって分かっているのに瞼が開かない。


(やめて、言わないで)


 閉じている目を更に固く閉じる。


 逃げられないって何から?小説の運命からって事?私とアル様は今は仲良しなのに、これからアル様の私に対する態度が小説通りになってしまうっていう事?私が小説通りの悪役令嬢を演じなければならないっていう事?


 私が愛されないって、愛せないってどういう事?私は今、家族から愛されている。それに家族の事も愛している。それじゃあダメなの?





『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』


(うるさい)


『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』


(やめて)


 何度も何度も繰り返される言葉。段々とその言葉が正しいような錯覚に陥ってくる。

 私は運命から逃れられない。私の運命の選択肢には死しかない。

 誰からも愛されない。家族からも、アル様からも。だって、私は普通の3歳の令嬢じゃないもの。前世の記憶があって、本当のシルフィーじゃない。本当のシルフィーの身体を奪った、『有栖川桜』。その事が皆に知られたら?


 愛して貰える訳が無い。


 その可能性に震える。本当は皆はそんな人ではない事は分かっている。私が誰であろうと、私が“今の私”である限り愛してくれる。でも、私が私じゃなくなったら?私が小説のように悪役令嬢になって、横暴な性格になったら?今は皆が私を大切にしてくれて、私も皆を大切にしているから愛していると感じる。けれど、この先私が変わっても、愛して貰える?


 愛して貰える訳が無い。当たり前だ。私だって、そんな私を愛せない。


 あぁ、だからなんだね。私が“私”を愛していないのに、皆が“私”を愛せるはずがない。


『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』


 恐ろしい声。でも段々と正しいと確信してくる。“この言葉は正しい”。

 ずっと、ずっとはるか昔。私は愛を知りたいと願った。いつだったかは覚えていないけれど、心から願った。けれど、愛してくれる人が居ないならば、そんなことを願っても仕方がない。愛なんて言葉知らない方が幸せだったかもしれない。


 愛は人を変える。愛を知っているから、第二王子のアルフォンスを愛していたから、シルフィーは処刑されたんでしょう?愛していなかったら、シルフィーはずっとアルフォンスと一緒に居られた。私が愛を知ったら、アル様を愛したら、シルフィーと同じようになるかもしれない。



『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』



(愛なんて……)





 突然黒い靄が広がった。黒く深い霧の様。


『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』


 その靄の中から声が聞こえた。先程までに聞こえていた声と全く同じ。まるで、暗く深い闇の中にいるよう。


『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』


 最初は拳サイズだった靄は、段々と大きくなり、シルフィーの背を越え段々と大きくなっていった。それに伴い、声も段々と大きく、深く恐ろしくなっていった。



『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』



(やめて!もう言わないで!)



 そう強く願い、靄から逃げるように走り去る。けれど、靄の中から聞こえる声はとても近く、深く、途切れることはない。終わる事のない闇の中にいる感覚。こんなに恐ろしい体験はしたことが無い。そう思うのに、何故かこの声は懐かしい。でも恐ろしい。


 逃げても逃げても聞こえる声と靄に精神が疲労してくるのが分かる。とてもじゃないが耐えられない。


「た、すけて……」

 

 やっとのことで出した声も、靄の声でかき消される。



『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』



(来ないで)


 ずっと追いかけてくる。


(起きなきゃ)


 そう思うのに起きることが出来ない。夢だってわかっているのに。


『ずっと、待っていた』


 初めて、あの言葉以外の言葉を聞いた。繰り返されていた言葉よりも深く深く、それでいて、歓喜に満ちていた。何故、何を待っていたのか。





 そんな疑問を持つと同時に、ようやく目を覚ますことが出来た。外を見てもまだ暗い。梟や虫達が鳴いている。

 昨日と同じで手汗も冷や汗もびっしょり、体全体が震えているのが分かる。


 深く暗く恐ろしい夢だった。


「……っ!」


 段々と涙が滲んでいくのが分かる。まだ夜中。泣き叫ぶ訳にもいかない。


(怖い)


 心にその言葉しか浮かばなくなる。まだ黒い靄に心を支配されたような心地がする。気持ち悪い。お腹の当りがぞわぞわする。

 救いは、今日は腕の中にるぅがいる事。そして、


「クゥーン……」


 と鳴きながら私の心配をしてくれているディーがいる事。


「ディー、そばにいてくれる?」


 私がそういうと、ディーなりの肯定だったのか、私の布団の中に入ってきた。そして、大きな体で私を包み込む。安心する。温かい。心が落ち着いていくのが分かる。ディーのふわふわの毛に顔を埋めると、全身から黒い靄が消えていく感覚がしてくる。





 けれど、それから夜に眠る事が出来なくなった。正確には眠らなくなった。夜に寝ると、夢を見るから。あんな怖い夢はもう見たくない。体だけでなく心まで支配されるような恐ろしい感覚はもう味わいたくない。

 その代わり、朝方に少しと、お昼寝の時間にしっかり眠る。少しでも日が出てくると怖い夢を見ない事が分かったから、特に日中によく眠る事にした。


 家族には隠しているけれど、正直、私が幼女で良かったと思った。私がもう少し大きかったら、お茶会とかに行かなくてはならない。正直今の調子で行くのはかなりしんどい。

 皆には隠して元気にふるまい、お菓子につられる。いつも通りの生活をする。

 日中にしっかり眠って、夜には寝たふり。


 家族の誰も気づかないし、気付かせない。





 この生活をして一週間が経った。


 日中の昼寝の時間が増えて、私の元気が段々無くなっていくところを見てから、家族や使用人達は私が「皆がいなくて寂しがっている」と勘違いして心配している。まぁ、家族がいなくて寂しいのも間違いではないけれど。でも、今回ばかりは家族が家に居なくてよかった。いたら、寝てばかりの私を見て、もっと心配かけるって分かってる。


 お兄様も「最近よく寝るなぁ。身長大きくなるといいなぁ」って揶揄ってくるけれど、本当は私一人を広い屋敷に残していく事を心配してくれているのも分かっている。

 けれど、私はこれを家族の誰にも言うつもりが無い。言ってはいけない気がするから。それに社交シーズンで忙しい皆に余計な心配をかけたくない。……心配はもうかけているけれど。


 皆、寝すぎと勘違いしてくれているけれど、夜に眠れないから、普段と比べて睡眠時間は驚くほど短い。それに、へんな睡眠のとり方をしているから、体がいつも辛いし、だるい。3歳の頃からこんな不規則な生活をしていてはいけないって分かっている。そろそろ昼夜逆転した生活は幼い体が辛いし、このままだと私の身体が持つのか心配。


 どうして夢を見るの……?どうすればいいの?


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