021、怖い夢を見ました
それはお母様と一緒に遊んで、一週間経った日の夜の事だった。
『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』
「ッ!!」
とび起きたのはこの声が原因だった。悪魔のささやきの様な恐ろしい声。低く、感情が無く、闇に包まれていくような、後戻りが出来なくなるような声。今までに聞いたことが無いような声であり、聞いたことがあるような懐かしいような声。知らない。思い出したくない。様々な感情が心の中でグルグルする。
周りを見渡しても誰もいない。はっきりと聞こえたにも関わらず、近くに誰もいない。窓もドアも閉まっていて、部屋を荒らされた形跡もない様子から夢だとほっとする。いつもと変わらない可愛らしい自身の部屋。しかし、今はそれが安心できると同時に心細い。
手は震えているし、背中も冷や汗で気持ちが悪い。涙も出ているし、鼻水だって出ている。顔もきっと真っ青だろう。
たかが夢なのに、どうしてこんなに恐ろしかったのだろうか。
安心する為にるぅを抱き寄せようとする。アル様と街に遊びに行った際に、アル様が買ってくれた薄ピンクのうさぎのぬいぐるみだ。この家にるぅが来てからは腕に抱いて毎晩一緒に寝ている。
「るぅ……?」
しかし、探してもるぅが手に触れることは無かった。触れるのは自身が使っていた枕だけ。あるべきものがそこに無いような気持になり必死に探す。ベッドの上は勿論、ベッドの横、下も探す。
いくら探してもいない。るぅがいれば、“今の”自分は安心して眠る事が出来るのに。
「あっ……」
そっか、今日はるぅがいないんだった。今日外で、お花に水をあげていた時に少しるぅを濡らしてしまったんだ。本当に少しだし、天気も良かったからすぐ乾くだろうと思ったんだけれど、今まで洗ってないから良い機会だとメイドが洗ってくれていた。天気が良いからすぐ乾くと思っていたんだけれど、急に雨が降ってきて結局乾かなかった。流石に濡れたぬいぐるみを抱き寄せて眠る訳にはいかなかったから諦めた。寂しいけれど、るぅが来るまでは一人で寝れていたし特に問題は無い。
夜もいつもより時間がかかったけれど、お兄様が絵本を読んでくれて眠る事が出来たし。るぅに甘えてばかりはいられない。レディーになってもぬいぐるみが、るぅがいないと眠れないなんて恥ずかしい事だ。
そう、思っていたのに。
「ふぇっ……、っ。」
あの時にるぅを濡らしてしまった自分が恨めしい。でも、メイドを恨む気持ちにはなれない。私を想ってしてくれたことだから感謝しかない。
私が泣いていたら近寄ってきて慰めてくれる、犬だけれど兄の様なディーも今日はいない。夜勤の人と一緒に見回りをするってお兄様が言っていたから。
泣いちゃだめだ。怖い夢を見たなんて理由で変な時間にメイドや家族を起こしてしまう訳にはいかない。起きなくても声を出して寝ると夜勤の人たちが気付いて、心配して様子を見に来るかもしれない。怖い夢を見て泣いたなんて知られたくない。
(だって、私は3歳児じゃないんだから。前世だって怖い夢を見たでしょう。その時どうしてた?)
必死に自分に言い聞かせる。昔の記憶を必死に手繰り寄せる。
今日に限って“ディー”も“るぅ”もいない。いや、いないからこそ、その不安から見た悪夢だ。
(大丈夫、明日からはディーもるぅもいる。)
これはただの夢。言っている意味も良く分からなかったし、気にしなければ大丈夫。
そう思って、前にしていたように枕に顔を押し付け声を殺し、布団にくるまる。
『怖いの怖いのとんでいけ』
お父さんとお母さんに教えてもらった呪文を何度も何度も唱える。
朝日が昇るまで何度も、何度も……。