019、お母様と遊びます
「おかーしゃま、きょうはわたしとあそんでください!」
お姉様と騎士団訓練場から帰って次の日。私は、今日、お母様と遊ぶ(遊んでもらう)ことにした。
実は今日、私はまたもやお姉様にお出かけに誘われた。それだけなら喜んでついていっただろう。お姉様の事は大好きだし。お姉様と遊ぶのも楽しいし。お姉様とショッピングなんかも本当はとてもしたい。けれど、そのあとに放ったお姉様の言葉でついていく事を諦めた。というより断った。
「今日はトーリ様も一緒なの。ショッピングをしたりカフェでケーキを食べたりする予定よ。シルフィーもケーキ好きでしょう?」
勿論ケーキは好きです。とても行きたいです。トーリ様が来ないならば!先に言っておくけれど、私は決してトーリ様が嫌いな訳では無い。寧ろお姉様の婚約者なのでとても仲良くしたい。
けれど、それはお姉様とトーリ様の邪魔をしたいという訳ではない。お姉様とトーリ様のお出かけは間違いなくデート。それを邪魔するなんていくら妹の私でも出来ない。たとえお姉様とトーリの双方が私が来ることを望んでいたとしても。
………と、ここまでが建前です。
だって、だってね。お姉様とトーリ様ずっとイチャイチャするんだもん!昨日もお姉様とトーリ様は二人でサンドイッチを食べさせ合っていたのよ。私とシュヴァン様が目の前にいるのに、存在を忘れたかのように二人の雰囲気なの。私は空気を読んで無言でした。時々シュヴァン様が話しかけてくれたおかげで、寂しくはなかったけれど、今回は、お姉様とトーリ様と私の3人。つまり、私の相手をしてくれる人は誰もいない。それに今回はショッピングだから、色々動き回るんでしょう?……私、2人に置いていかれたりしない?迷子にならない?さすがにお姉様とトーリ様は幼女を放っていくような人たちじゃないってわかっているけれど。という訳で今回は様々な事態を考慮した結果お留守番です。
いいもん。私はまたアル様に連れて行ってもらうもん。
決して、お姉様とトーリ様が仲良くて羨ましかった訳では無いもん。
「もちろんいいわよ。シリアに置いて行かれたから、一人じゃつまらないものね。スティラもいないし。」
お姉様には置いて行かれたって訳では無いけれど、そういう事にしておこう。
でも実際にお母様としてみたいことはいっぱいあった。一緒にお菓子を作ったり、お散歩をしたり、お昼寝をしたり、絵本を読んだり。この世界での子育ては基本的に乳母に任せるのが当たり前。けれど、私は前世で父母との思い出がほとんどない。一般的な日本人の子どもが当たり前のように父母とやっているような事がしたい。
「あのね、ディーとあそんだり、おはなうえたり、ぬのにちくちくしたいです!」
私はお母様が今日、庭でお花を植えようとしたことを知っています!何故なら、アンナが言っていたから。お母様の趣味ってガーデニングなんだよね。勿論うちには庭師もいるから、お母様がするのは本格的なものではなくて、本当に趣味程度の物なんだけれど。
それに、お花植えるのって前からやってみたかったんだよね。本当は野菜を植えてみたかったけれど、野菜は育てるのが大変そうだし、プロに任せるのが一番。
「そうね、今日丁度新しい苗が届いて、それを植える予定だから、ディーと一緒にうえましょうか。あと…ぬのにチクチク?……刺繍の事かしら?私がやっているのを近くでよく見ていたものね。うーん、けれど、まだシルフィーには難しいかもしれないわね。」
お母様は昼からいつも数時間刺繍をしていたから、当然今日もするだろう。刺繍をやりたいと言えばお母様と一緒にいられると思ったのに……
「おかあしゃまといっしょ……」
「……もしかして、私と一緒にいたかったから、花植えと刺繍と言ったの?」
「はい……」
勿論花植えも刺繍もやりたいという気持ちに嘘は全くない。けれど、今日はお母様と一緒にいたい。
「もう!なんて可愛いのかしら!」
「うぐっ」
お母様は急に叫んで私を抱きしめる。びっくりしすぎて変な声が出ちゃったよ。少し苦しいけれど温かい。
「それならそうと言ってちょうだい?私だってシルフィーがやりたいことをして一緒に遊びたいのよ?」
「はい!でもね、わたしおはな、そだてたいです!まいにちおみずあげておおきくなるの!」
「私の娘、可愛いすぎるわ。」
お母様と毎日一緒にお花の水やり出来たら楽しいだろうなあ。あ、でも早起きは自信ないな。アンナに起こして貰おうかな。いや、でもお母様も早起きは得意じゃないみたいだからお水やりはそんなに早い時間じゃないのかな?
「刺繍は流石にまだ難しそうだから、午後までにシルフィーと一緒に出来そうなことを考えてみるわね」
「はい!おかあしゃまといっしょだったら、なんでもたのしいです!」
早速お花を植えます。お母様のお庭には、既にたくさんのお花が咲いている。お母様のお庭っていうのは、お父様が、ガーデニングが趣味のお母様の為に、園庭とは別に作ったお母様専用のお庭の事。そこはお母様の好きに出来る畑が沢山あって、好きな植物を好きなように植えているみたい。思わず「いいなぁ」って呟いたら、お母様が、私専用の畑をくれるらしい。と言っても、お母様の畑のまだ植えていない空地の事なんだけれど。でも子どもの私には十分。今から何を植えるか考えておこう。
今日はマリーゴールドを植えるみたい。まずは土を耕そう!と思ってたら、もう耕してあった。お母様が、あらかじめ庭師に耕して貰っていたらしい。普段は自分で耕すらしいけれど、今回は私がいたから。耕すところから始めると、私だとどうしても難しいしね。上の方は耕せても力が無いから下の方は耕せない。時間も掛かるし、何より怪我をしそうで怖いらしい。……そんなに危なっかしく見えるかな?
という訳で、私は土を掘って、そこにマリーゴールドの苗を植えるだけです。
……しかし、ここでも問題が起きました。
「あのね、ディー。わたしひとりでできるのよ!つちほるのもじぶんでできるのよ!」
そうです。私が苗を植える為の穴を掘ろうとすると、先回りしてディーが掘ってしまうのです。しかも、丁度良い大きさ深さで、文句のつけようもない。
「ワン!」
……返事はいいけれど、絶対分かってないよね。ほら、新しい穴がディーによって形成されていく。そして私はそこにマリーゴールドの苗を入れて土をかぶせていくだけ。
しかも土を掘った後、キラキラした目で私を見ている。まるで「褒めて!」って言っているよう。……褒めるしかないじゃん!
「ディーありがとう!でもね、わたしはおねえさんだから、ひとりでできるのよ!」
そうだよ、私はディーのお姉さんなんだから。
……生きてきた年数は間違いなくディーの方が上だし、精神年齢もディーの方が上という事には誰も突っ込まないでね。
「ワン」
なんかディーの目が、仕方ない妹を見る目をしている気がする。やれやれしかたがないなぁ。っていう副音声が聞こえる。
お母様も私達を見てずっと笑っている。……メイド達も。お母様もディーに注意してください。このままだと、私土を掘れません。
なにはともあれ、マリーゴールドの苗を全て植え終わった。
一回も土を掘らしてもらえませんでしたが何か?
午後は孤児院にいく事にした。本当は刺繍をする予定だったけれど、私のこの小さい手では、刺繡なんて不可能に近い。お母様も編み物をするとか、色々考えてくれたけれど、結局お出かけに落ち着きました。でも、ただお出かけして終わるだけじゃないんだよ。お母様が普段から作っている刺繡とかを孤児院に寄付するんだって。それを子ども達がバザーとかで売ってお金を稼いで好きなものを買うらしい。金銭的援助をしてしまうと、贔屓になってしまうんだって。お金より、普段生活で使えるものをあげる方が良いみたい。あと、昔の事だけれど、金銭的援助をしたら、そのお金を施設長が横領した事があったらしい。今は基本的な援助は全ての孤児院に対して平等に国が行っているし、監査とかも時々入るらしいから安心。
お母様と馬車に乗ってたどり着いた孤児院は想像の何倍も綺麗だった。それに、もっと教会みたいなイメージをしていたけれど、普通の家みたいっていう所は、前世の養護施設と一緒。子ども達が多いから普通の家より大きいけれど。私とお母様が孤児院のベルを鳴らすと施設長が出てきてくれた。施設長はお母様と同い年くらいの女性だった。
「まあ、フィオーネ公爵夫人!いらしてくださったんですね!」
「ええ。しばらく来られなくてごめんなさい」
「とんでもございません!」
……なんだかお母様と施設長は仲良し?親しそうだし。この雰囲気だとお母様は前から来てたんだね。それに施設長も嬉しそう。
「あら、こちらのお嬢様はもしかして」
「ええ。娘のシルフィーよ。連れてくるって約束していたものね」
びっくりした。急に話の矛先が私に向いた。珍しく人見知りを発揮してついお母様の後ろに隠れていたのに見つかってしまった。
「は、はじめまして!シルフィー・ミル・フィオーネです!」
「まぁ。可愛らしいお嬢様ですわね」
「ええ、そうなのよ。可愛すぎて毎日ひやひやよ。」
褒められちゃった。……可愛くて冷や冷やってどういう事だろう?
「シルフィー、私達はバザーについて話してくるけれど、どうする?一緒に話を聞いてもいいし、孤児院の子ども達に遊んでもらってもいいわよ。皆いい子達だから、シルフィーのお世話をしてくれると思うわ。」
どうしよう。出来ればお母様と一緒に居たいけれど、邪魔になっちゃうかな?それにお話も難しそうだし、私長時間座っていられるかな。
だったら孤児院の子ども達に遊んでもらっていた方がいいかな。でも孤児院の子ども達って、こんな3歳児のお世話してくれるかな?どうしよう、という気持ちを込めてお母様を見つめてみる。
「はぁ、やっぱり私の娘は可愛いわ」
お母様に私の気持ちは伝わらなかったみたいです。
「シルフィー様、よろしければ子ども達と遊んでやってくれませんか?施設外の子どもと関わる機会は余りないので……」
あ、施設長には上手に伝わったみたいです。こんな風に言われたら、遊ぶ(遊んでもらう)しかないよね!
流石施設長、子どもがどうやったらその気になるかを分かっている。
「はい!あそびたいです!みんなでかくれんぼするの!」
正直大人数でかくれんぼってやってみたかったんだよね。少人数でやってもすぐに終わっちゃうし。楽しみ過ぎてニヤニヤしちゃう。いけない、顔を引き締めて。
私がこんな感じで、一人で表情筋と格闘している間、お母様と施設長は幼女の笑顔に心を打たれながら孤児院の子ども達を呼んでいた。私の遊び相手をする為の子ども達を。
「お待たせしました、公爵夫人、施設長」
丁寧な言葉遣いで部屋に入ってきたのは、お兄様より年上の男の子だった。前世でいう小学6年生くらいかな?笑顔が穏やかですぐにいい子って事が分かる。お母様を見て公爵夫人って言葉が出てくるって事はお母様と面識があるって事だよね。
「いいえ、大丈夫よ。わざわざありがとう。実はお願いがあるの」
「お願い…ですか?」
「ええ。この子は私の娘のシルフィーというのだけれど、私と施設長が話をする間面倒を見ていて欲しいの。いい子だから迷惑はそんなにかけないと思うから」
「はい、僕たちで良ければ!」
あれ、思ったよりあっさり決まったぞ?なにはともあれ遊び相手ゲットですよ。
「シルフィーです!おねがいします!」
「はい、シルフィー様。よろしくお願い致します。僕はルークと申します。」
……うん。私は貴族だから丁寧に扱われるのは分かる。この男の子の言葉遣いからするに、施設長からそうするように教えられているんだと思う。貴族に対して丁寧な言葉遣いを身に付けておいて問題は無いと思うよ。でも、この子は私の遊び相手なのでしょう?それなのにずっと敬語で話されていたら寂しい。
「……シルフィーってよんでください!」
「えっと……、ですが」
「けいごもいやです!」
ルークお兄ちゃんが困っているのは分かっているけれど、敬語はどうしても嫌。遊んでいる最中に敬語とか遠慮されると遊びにくいし……。
「ルーク、シルフィーのお願いを聞いてあげてくれるかしら?」
流石お母様!私の味方。お母様もっと言ってやって!
「しかし貴族様相手に……」
施設長も困っている。何だかごめんなさい。でも貴族の私達がいいよって言っているんだから、本当に気にしなくていいのに。……こうなったら必殺技。
「おにいちゃん、おねがい……?」
どうだ!幼女+涙目+裾掴み+お兄ちゃん呼び!私の持てる物を最大限使った技だよ。
ルークお兄ちゃんも困っているけれど、苦笑いで諦めたように笑った。
「わかったよ、シルフィー。」
「ルークおにいちゃん、ありがとう!」
ルークお兄ちゃんと中庭に行くと、お兄ちゃんとお姉ちゃんが沢山いた。ルークお兄ちゃんを含めて男の子も女の子も8人ずつ。見たところ、私より小さい年齢の子どもはいないみたい。
「かくれんぼ!」
あ、間違えた。違う。私は自己紹介をしようと思ったのに。……隠れるところが多そうでかくれんぼに適している中庭を見たらつい。
よし、今度こそ自己紹介をしようと思って皆を見ると……皆が肩を震わせている。これは笑われている?
「わらわないでください!」
「「ははっ!」」
あ、今度は肩を震わせるんじゃなくて、声を出して笑いだした!
「もうっ」
皆、私の事、絶対令嬢ぽくないって思っている!いい加減笑うのをやめてよ!笑われ続けられるのって悲しいんだよ!
「ごめんって」
やっと笑いやんだルークお兄ちゃん達は私に謝ってくる。でも悔しくて、私はルークお兄ちゃんの背中をバシバシ叩く。…幼女の力なんて知れているから痛くないみたいだけどね。
よし、今度こそ自己紹介!
「シルフィーです!あそんでください!」
あ、また笑った!今度はちゃんと自己紹介したのに!
またもや散々笑われた後、やっとかくれんぼを始めることが出来た。
「……きゅうーう、じゅう!もーいーかーい」
「もーいーよ」
よし、探すぞ!あの滑り台の裏は絶対に居そうだ!……あれ、いない?
あ、あの草むらの裏には絶対いる!……あれ、いない?
あ、あの壁には絶対いる!……あれれ?いない?
あれ?「もーいーよ」って言葉は聞こえたから、中庭には絶対いるって分かっているのに。あ、あっちの草むら?いない……。
じゃあ、あっち?それともこっち?
「ひ、ひんとください!」
「シルフィー、こっちだよ!」
「俺はこっち!」
「私はこっちよ!」
やっぱり、皆ちゃんといる。すぐ近くから聞こえるのに……。私が探すの下手なのかな。それとも皆が隠れるのが上手?
それから10分ほど探しても誰も見つからない。
「ふぇっ……」
どうしよう、なんだかよく分からないけれど涙が出て来た。だって、なんだか一人で遊んでいるみたい。かくれんぼをしたいって言ったのは私だけれど、こんなに見つからないとは思わなかった。
「おにいちゃん…、おねえちゃん…」
「シルフィー!」
私が本気で落ち込んでいると分かったのか、お兄ちゃんとお姉ちゃんが次々と出てきた。……木の上から。
「え……。」
「ごめん、よく考えたら、シルフィーの背だと木の上まで見えないよね」
「悪い。うっかりしてた」
これは、遠回しに小さいって揶揄われている?
「ちいさくないです!」
「いや、ここにいる誰よりも小さいだろう」
「すぐにおおきくなります!」
それから、何回かかくれんぼをした。もちろん隠れる側もしましたよ。でも、すぐに見つかっちゃうから、鬼ももう何回かしたよ。今度は木の上を禁止にしてくれたから見つけやすかった。
かくれんぼが終わったら、鬼ごっことか、施設見学とかいろいろした。
そして、話が終わったお母様と帰っている途中にふと思った。
あれ、今日はお母様と遊ぶつもりだったのに、かくれんぼに夢中になってしまったなぁ。
でも、楽しかったからいいか。