アルフォンスpart2
お久しぶりでございます!
シルフィーと会った後日、シルフィーにお茶会の招待状を送った。あの天使としばらく会えないなんて悲しすぎる。癒しが欲しい。シルフィーは私と話すのにまだ少し緊張が残っているみたいだけど慣れたら大丈夫だと思う。最後の方は少し懐いてくれていたし。あと、シルフィーはケーキのようなお菓子が好きみたいだから、お菓子は必ず用意しよう。そういえば、街に新しいカフェが出来ていたな。兄上がディアナ嬢と一緒に行った時に美味しいって言ってたっけ。……シルフィーを連れていったら喜ぶだろうか。いや、でもシルフィーは私と2人でなんて緊張するよね。ダメもとで誘ってみようかな。一応街でも目立たないような服を用意しておこう。
しかし、問題は公爵(シルフィーの父親)なんだよなぁ。シルフィーと2人で出掛けたいなんて、絶対睨まれる……。
シルフィーを迎えに行く途中で公爵に会ったから、シルフィーと2人で街に行きたい、という事を伝えてみたんだけど……。目の前で私を睨んでる……。
「へえ。街へ、2人で」
笑顔が怖い。目が笑ってない。
「私も、まだ、2人で出掛けたことが無いと言うのに」
それは私情……。というか、先程から、言葉が重たい。言葉に怒りがこもっているのが良くわかる。
「ダメでしょうか」
「ダメです」
まあ、そうだろうなぁ。公爵は、シルフィーの事溺愛してるし。シルフィーは可愛いから、それは仕方がない事だけれど。
「……と言いたいですが、シルフィーが望むなら仕方がありません」
「え?」
いいのか?公爵、すごく渋い顔をしているけれど……。若干悔しそうな、怒りが漏れているけど。
「随分あっさりですね」
「……殿下は、シルフィーが3歳児にしては良い子過ぎると感じたことはありませんか?」
「シルフィーが?」
確かに良い子ではある。でも、いい子過ぎると言うのは?
「シルフィーの兄姉が3歳の頃は玩具の取り合いで喧嘩ばかり、我儘は日常茶飯事。けれど、それが普通なんです。3歳児、いえ、子どもはこれが普通なんです」
「確かに、ルートも我儘が多かった。今はそうでも無いけれど」
体の成長とともに精神年齢も成長したってことかな?
「シルフィーは良い子すぎる。喧嘩する相手がいないという事もあるでしょうが、それにしてもです。兄姉と喧嘩すらしたことが無い。甘える事はあっても我儘は言わない。……心だけ大人になっている様にすら見えるんです……。いえ、大人は言いすぎましたね。少なくとも殿下と同じくらいに見えます」
私と同じくらい……。公爵はシルフィーの精神年齢が8歳くらいに見えているのか。
「泣き方1つ見てもそうです。泣くことはあってもシルフィーは静かに泣くのです。まるで悲しみを我慢しているかのように。大声を上げて泣かないのです。私はシルフィーが大声を上げて泣きつける人に出会って欲しい。シルフィーが心から信頼出来る人に出会って欲しい。シルフィーの心の声を聞いてくれる人と出会って欲しいのです」
「シルフィーの心の声……」
「シルフィーには今しか出来ない経験を、シルフィーがやりたい事をやって欲しいのです。殿下、貴方だって私からすればまだ子どもです。思い切り泣いても許される年齢です。そんな貴方にこんな事を頼むのは心苦しいですが、どうか、シルフィーの心の拠り所となってください」
「……私が?」
シルフィーは私に対して緊張……いや、怯えている。そんな私に拠り所となれるだろうか。もちろん、私なんかがシルフィーの拠り所となれるなら願ったり叶ったりだ。けれど、本当に私でも良いのだろうか?
「シルフィーは貴方に助けを求める。父である私ではなく、母であるティアラではなく、兄姉であるスティラやシリアでなく、貴方に」
「どうして、そのような事が分かるのですか?」
「……寝言です」
「寝言?」
「シルフィーはよく魘されるんです。本人は気付いてないようですけれど、夜中にシルフィーが泣いているとメイドのアンナから報告が来ます」
怖い夢でも見ているのだろうか。それとも、さっき公爵が言っていた事と関係があるのだろうか。
「夢ではいつも、シルフィーは貴方に助けを求めているのです。私でも妻でもスティラでもシリアでもない。貴方に助けを求めました」
「けれど、それは寝言であって……」
「寝言だからこそです。あれは恐らくシルフィーの本当の心です」
本当の心……。
「どうか、シルフィーの心を守ってやってください」
娘を大切に思う公爵の気持ちを無下にする事なんて出来る訳が無い。正直、どうやって心を守っていけば良いのか分からない。けれど、私が近くにいてシルフィーが救われることがあるなら、私は喜んでシルフィーの隣にいる。
「街へ一緒に遊びに行かないか?」
「まちですか?」
「あぁ、シルフィーは中々外に行く機会がないだろう? 先程宰相にも許可を貰った」
公爵の許可も得られた事だし堂々とシルフィーを街へ連れ出せる。もちろん万が一の事が起こってはいけないから、護衛は連れて行き過ぎても問題は無い。寧ろ、連れていかない方が問題になるしね。あと、父上にも怒られる。
「でも……」
「街には美味しいケーキを売っているカフェが沢山あるよ?」
「いきます」
あれ?思ったよりもシルフィーは直ぐに頷いてくれた。これからどんなケーキがあるのかを細かくプレゼンして、シルフィーの興味を得るつもりだったのに。そんなにケーキが好きなのか。正直予想以上だった。でも、楽しみにしてくれているようで良かった。楽しい時間になるようにしないといけないな。
シルフィーに似合いそうな服は沢山用意しておいたけど、どれが似合うだろうか。ピンクのワンピースも可愛いし、水色のエプロンドレスも間違いなく似合う。シルフィーは外見も中身も天使だから、可愛い以外になりようがないけれど。でも、今日はこれかな。私がシルフィーに選んだのはシンプルなオレンジ色のワンピース。シルフィーには1番ピンクが似合う。もちろん、水色も。だけど、それを街に着ていったら注目を集めるに決まっている。ただでさえ可愛いっていうのに。なら、オレンジの方がまだマシだろう。そう思ってオレンジを勧めた。
「よく似合ってるよ、シルフィー」
結果、失敗した。シルフィーは天使だから、何を着ても可愛いんだった。オレンジならマシだろうとか考えたやつを殴りたい。私だけれど。
「ありがとうございます、あるしゃまも、とってもかっこいいです!」
いや、私なんてシルフィーのオマケだからね?はぁ、皆がシルフィーの愛らしさに気づかなければいいのに。絶対無理だけど。
街の入口までは馬車で行き、そこから歩いて街を見ることにした。シルフィーは色々なものに興味津々で、見ていて微笑ましい。その時にある一点でシルフィーの目線が釘付けになったのが分かった。あんなに目をキラキラさせて、「うしゃぎしゃん………」と呟いているのだから、何に興味を惹かれたかなんて一目瞭然。しかも、そこで咬んで「うさぎさん」ではなく、「うさぎしゃん」という所がまた可愛い。あぁ、シルフィーの行動を逐一記録出来るような機械が欲しい。流石にそんな便利な物は今まで見た事が無いけれど。いや、もうこの際作るべきか?もし、作ったとして使えそうだったら護衛の者に持たせておくのも良いかもしれない。私は肉眼でシルフィーを観察しなければならないから護衛の者に持たせておくべきだな。しかし、両手が塞がる様な物だと護衛としての意味が無くなるから、せめて片手が空く物が良いな。私が作るのは難しいが、案自体は悪くない気がする。
それは一旦置いておいて、シルフィーの興味を引いたのは、シルフィーと初めて会った時にシルフィーが着ていたドレスの様な薄ピンク色のうさぎのぬいぐるみ。
「あるしゃま、あのおみせ……」
「ん? 行きたいの? いいよ。」
「はい!」
そんなに行きたそうな目で見られたら断れる訳がないでしょう?シルフィーは自分の可愛さを少しは自覚した方が良いと思う。切実に。
「あの……、これしゃわってもいいですか?」
シルフィーの様子を見ていると、お目当ての物を見つけ、触っても良いか店員に尋ねているところだった。
「ん? お嬢ちゃん、このうさぎが気に入ったのかい?」
「はい!」
「触るのは全然構わないんだが、お嬢ちゃんにはちょっと値段が高いかもなぁ。なんせ、瞳の宝石が本物だからなぁ」
店員にそう言われた瞬間のシルフィーの顔はそれはもう悲しそうで見ていられなかった。シルフィーなら、ここで諦めて帰る事も出来るだろう。けれど、私はシルフィーに悲しい顔をさせる為に街に連れ出した訳では無い。
「欲しいの?」
聞いてみるけど、シルフィーの全身で「欲しい」って訴えている。答えなんて聞くまでもない。
「買ってあげるよ」
「え、でも………」
シルフィーの事だから、公爵家に帰ってから公爵に頼めば、誰かが即座にこの店に来て、このぬいぐるみをシルフィーに買い与えるだろう。けれどこれは私が買ってあげたい。それにこれはシルフィーなりの無意識の”我儘”だと思う。公爵との約束だから、余計に叶えない訳にはいかない。
「いいから。それに、うさぎよりもっと可愛いものが見れそうだから」
シルフィーは不思議そうな顔をしている。でも、うさぎのぬいぐるみを持った天使とか、間違いなく可愛い。あれ?可愛すぎて周りの人が倒れないかな……?私も無事でいられる……?
「店主、これを頼む」
「はいよ」
「ありがとうございますっ! とってもうれしいです!」
シルフィーにうさぎのぬいぐるみを渡すと、ぎゅっと抱きしめてお礼を言われる。はあ、可愛い。けれど、覚悟していたから倒れる事は防ぐ事が出来た。私、偉い。でも、お礼に対して「どういたしまして」と答えようとしたけれど、シルフィーは何か考え込んでいる様子だった。もしかしてうさぎのぬいぐるみがやっぱり気に入らなかったとか?それとも私には買って貰いたくなかったとか?様々な憶測が頭を過り、不安になっていく。とうとう耐え切れず、「何か気に入らない事があった?」と尋ねようとしたんだけど、
「なまえ、るぅにします! あるしゃまといっしょのなまえですっ!」
予想外すぎるシルフィーの声が聞こえた。え、名前を考えてたの?可愛い天使が薄ピンクの大きいうさぎを両手に抱えて「るぅ」と呼びかける。そんな姿を想像してしまった。
……可愛すぎない?しかも私の名前からとったって?
あ、これはダメだ。可愛いが過ぎる。可愛い以外の何物でもない。
「可愛い、尊い」
私が崩れ落ちたのは仕方がない。息が止まらなかった自分を褒めたい。
流石に崩れ落ちたままでは他の人に迷惑だから直ぐに立ち直った。シルフィーの可愛さは部屋に帰ってからゆっくりと嚙み締めよう。先程買った「るぅ」はシルフィーが持つには大きすぎた。自分より大きなぬいぐるみを持つシルフィーは正直、可愛すぎるけれど、このままでは引きずってしまう。シルフィーは自分で持ちたそうだったけれど、引きずって汚れたらシルフィーが悲しむことは分かりきっているから私が持つ事にした。
けれど、正直、買ってあげる事に異論は全くないけれど、このお店に最後に来ればよかったかな?そうすれば、ぬいぐるみが大きくても馬車で帰るだけだったから自分で持てただろう。それか、シルフィーが欲しいものをあの時に買わずに後でこっそり買ってサプライズであげても良かったかもしれない。
問題は、あの瞳を輝かせてぬいぐるみを見ていたシルフィーを見て見ぬ振りが出来たかどうかという事だけれど……。うん。多分無理だろう。今回の行動は反省はあったけれど、きっと最善だった。そう思っておこう。
その後は街を歩きながらケーキ屋を目指した。ゆっくり歩きながら街を歩いていたら、恐らくケーキ屋につく頃にはお腹が空いているだろう。それにおやつの時間は外れているからお店もそこまで混雑していないだろう。街をきょろきょろと見渡すシルフィーは見ていて面白かった。時々、何かに興味を引かれたのか、ふらーっと私の傍を離れていくことがあったから、正直目は離せなかったけれど……。何度も人にぶつかりそうになっていたから、首輪とリードをつけた方がいいのかなと本気で悩んだ。もちろん実際にするつもりは全くないけれど。でもそのくらい見ていて危なっかしくて、楽しんでいる姿が面白かった。
「ここが新しく出来たケーキ屋さんのスリール・ダーンジュだよ」
「すりー……?」
「スリール・ダーンジュ。天使の微笑みって意味だよ」
「ふわぁ、かわいいなまえです!」
「ふふ、うん。シルフィーみたいだよね。」
「えっ?ち、ちがいます……! てんしみたいじゃないです!」
「そうかなぁ」
「そうです!」
シルフィーは天使だよ。こんなに可愛い笑顔の女の子を天使と言わず、誰を天使と言うの?きっとフィオーネ公爵も私と同じ意見だよ。メニューを決める時も、表情がコロコロ変わって、見ていて楽しい。メニュー表のケーキを見て目をキラキラさせているし、かと思えば、決めきれずに難しい顔をしている。シルフィーの目線をたどってみると……、チーズケーキと、ショートケーキ、モンブランで迷っているのかな?あ、スッキリした顔をしているから決まったみたい。この様子だと……
「ショートケーキかな?」
「!!」
あ、当たったみたい。
「ふふ、シルフィーは本当に考えていることが分かりやすいね。さっきからケーキの写真見ながら悩んでて、最後にショートケーキで目線が止まったから決まったのかと思ったんだけど、違ったかな?」
シルフィーは驚いたようにこちらを見てくるけれど、シルフィーが分かりやすすぎるのだと思う。
「飲み物はココアにする?」
「はい、あたたかいのがいいです!」
飲み物も決まった所で店員を呼ぶ。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「はい。チーズケーキとショートケーキをひとつずつ。飲み物はアイスコーヒーとココアのホットをお願いします」
「はい、ありがとうございます。それでは少々お待ちください。」
シルフィーと話していると、ケーキと飲み物はすぐに来た。
「お待たせ致しました。」
「わぁ、とってもおいしそうです!」
「ふふ、そう言って頂けると嬉しいです。ごゆっくりどうぞ。」
店員さんがシルフィーの事を可愛いものを見る目で見ている。分かりますその気持ち。喜んでいるからやっぱりケーキ屋さんは正解だった。
「っ!! ココア、ねこちゃんです! かわいいです!」
よく見ると、シルフィーのココアは泡で猫が描かれていた。先程、ケーキを待っている時に店員がチラチラシルフィーを見ていたけれど、もしかしなくてもこのココアを作るためだったのか。どことなく「るぅ」に似ている。もちろん、猫とウサギという違いはあるけれど顔のパーツはほぼ同じだ。まあ、シルフィーは猫という事に感動してその事には気付いていないみたいだけれど。そもそもこの様なサービスは無かった気がする。けれど、シルフィーが喜んでいるからよくやったと褒めたい。
「ふわ~」
え、ココアを飲んだ感想がそれって、可愛すぎない?思わず、悶えそうになったけれど、こんな可愛いシルフィーを他の人にもさらしているという事に気付いて、周りを見渡す。けれど、
遅かった。
他の客、店員その他大勢がシルフィーの可愛さに悶えていた。「可愛いは正義」という言葉があるけれど、本当にそうだと思う。仕方ない、シルフィーの可愛さを隠すことはもう不可能だから、いっその事シルフィーと一緒にいるという事を自慢するように可愛がろう。
「んん~! おいしいです!」
シルフィーがショートケーキを頬張っている。あぁ、本当に美味しそうに食べるなぁ。シルフィーがショートケーキを一口食べたから、もうそろそろいいかな?何の為に私がチーズケーキを頼んだと思っているの?シルフィーに分け与える為だよ?
「シルフィー、口開けて。」
「? はい」
シルフィーが「あーん」と口を開ける。そして、チーズケーキを頬張ったシルフィーが両手を頬に当ててうっとりしている。
「はぅ、しあわせ。あ、このケーキ、あるしゃまのです! よかったんですか? …………あるしゃま??」
「ごめん、待って、可愛さにやられた。」
「??」
シルフィーは訳が分からなかっただろうが、私以外の周りの客もシルフィーが幸せそうにケーキを食べる姿に悶えていた。そして、次の瞬間、何を思ったのか、シルフィーはショートケーキをひと口掬って私に差し出してきた。
「あるしゃまもあーんです!」
「いいの? シルフィー、ケーキ好きなんでしょ? 私に分けると減っちゃうよ?」
「いいんです! あるしゃまだって、わけてくれました。それに、ふたりでたべたほうが、おいしいです!」
発想が温かくて、思わず笑みが零れてしまう。口を開けると、シルフィーが口の中にショートケーキを入れてくれた。
「ありがとう。うん、こっちも美味しいね」
「はい!」
食べ終わる頃にはシルフィーは満足した様子だった。シルフィーの身体の大きさを考えると十分満足出来る大きさだったのだろう。ココアでも結構お腹は膨れるしね。
「まんぞくです」
「ふふ、それは良かった。それじゃ、そろそろ行こうか」
「はい」
伝票を持って会計をしようと席を立つ。その時にシルフィーの横に座っていたるぅを連れていくことも忘れない。
「あの、あるしゃま、わたしのおかね……」
「シルフィーは気にしなくてもいいの。こういう時は私に格好つけさせて?」
「うぅ、でも……」
「ね?」
「は、はい」
シルフィーに払わせる訳が無いでしょう?年下の女の子に払わせたなんて知られたら父上とフィオーネ公爵に睨まれてしまう。
「あの、おいしかったです!」
「こちらこそ、美味しく食べてくれて嬉しいわ。また何時でも食べに来てね」
「はい!」
また来ますよ。可愛いシルフィーを見る為に。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。夕方になる前にシルフィーを帰さないと宰相に怒られそうだし。」
「はい……」
あまり帰りたくなさそう……?という事は少しは私とのお出かけを楽しんでくれたという事だろうか。それなら良かった。
「ふふ、そんなに残念に思わなくても大丈夫だよ。また一緒に来ようね。」
「っ! つれてきてくれるんですか!?」
「もちろん。シルフィーさえよければ」
「うれしいです…!」
あ、
ふと、父上がよく城に呼んでいる宝石店が目に入った。何かシルフィーにプレゼントしたいと思っていたけれど、宝石なんかはいいかもしれない。
「済まない、シルフィー。あの店に寄ってもいいかな?」
「はい、大丈夫です。」
「いらっしゃいませ。」
最初に迎えてくれたのはオーナーだった。いつも顔を合わせているから覚えている。恐らくオーナーも私だと分かったから、わざわざ接客をしてくれたのだろう。そして、平民服を着ている事をから、お忍びだと感じて何も言わずにいてくれている。本当に父上が愛用しているだけある。
シルフィーには何を送ろうか。腕輪にしようか。それとも指輪?ブローチなんかもいいかもしれない。けれど、指輪は、結婚する時に送るのが一般的だし、ブローチも普段使いするにはデザインが合わない時もあるだろう。出来る事なら、いつもつけてくれるものがいいな。そうなると、腕輪がいいだろうか。でもここは……
「ペンダントが見たいんだが、」
「かしこまりました。お持ちしますので少々お待ちください」
オーナーは奥へ行って宝石を用意してくれるようだ。そして私達を別の部屋に案内してくれた店員もまたよくオーナーと城へ訪れる人だった。私には紅茶、シルフィーにはオレンジジュースを用意してくれていたので、それらを飲みながらまったりと話をし、オーナーを待つ。
「お待たせしました。こちらが本店にあるペンダントになります。デザインも豊富ですので、是非ごゆっくりご覧下さい」
「ありがとう」
オーナーが持って来た宝石がついたペンダントは様々な色があったが、それでも青と黒が多かった。流石オーナー。私の意図を分かっている。自分の瞳の色のペンダントを送るという事は『私はあなたを好いています』という意味になる。私は実際、シルフィーの事を可愛いと思っているから、まあ間違いではないだろう。逆に自分の瞳の色のペンダントを送り合う事は『私達はお互いの事を好いています』という意味になる。
「このペンダント、黒と青を1つずつ下さい」
正直、シルフィーが私の事をどう思っているのかはよく分からないが、今回は、シルフィーの瞳の色の青と、私の瞳の色の黒を買うことにした。シルフィーの瞳の色を確かめる為にシルフィーを何度か見たけれど、キョトンとした表情が可愛かった。公爵に何か言われたら、これは私が勝手に買っただけで、そのような意味合いは全くない、と言い訳をしよう。実際にシルフィーは相手の瞳の色のペンダントをつける意味合いを知らないだろうし。シルフィーが少しでも私を好いてくれていると分かった時に『私はあなたを好いています』という意味を持たせて送ろう。その時には公爵に言い訳をせずに。
「かしこまりました。箱に入れましょうか?」
「いや、このままでいい。今つけるから。シルフィー、後ろを向いて?」
「え? は、はい」
またキョトンとしている。可愛いなぁ。この表情から察するに、自分に贈られる物だとは考えてもいないみたいだね。シルフィーに後ろを向かせて、黒い宝石のペンダントをシルフィーの首につける。
「あるしゃま、これ……」
「うん、今日一緒に街を回ってくれたお礼」
「でも…、るぅもかってもらったのに……」
「私がシルフィーとお揃いで持ちたいんだ。それではダメかな?」
ここで笑顔と、その後に少し困った表情を浮かべる事もポイントである。
「ぇっと…だめじゃ、ないです」
「なら貰って?」
「はい………。ありがとうございます…!」
勝った。勝負していた訳ではないけれど、勝った。
「私はシルフィーの瞳の色のペンダント。シルフィーは私の色のペンダント。お揃いだよ」
「あるしゃまのいろ……」
うん。自分の色をシルフィーが持っているのは、とても気分がいい。逆に、シルフィーの色を私が持っているというのも、優越感がある。やはり、シルフィーの瞳の色はとても綺麗だ。澄んだ青をしている様で、引き込まれそうな深い色にも見える。私の瞳は……
「あ、ごめんね……、私の瞳の色がもっと綺麗な色なら、シルフィーのペンダントももっと綺麗な色になったのに。」
贈ってから気付くなんて。可愛いシルフィーに黒は似合わない気がする。
「そんなことないです! わたし、くろすきです! あるしゃまのいろだから!」
シルフィーの言葉に嘘はない気がする。
「ありがとう」
「あるしゃま、しゃがんでください!」
シルフィーの言葉に感動していると、シルフィーから声がかかった。
「ん? どうしたの? 疲れたなら抱っこしようか?」
抱っこなら全然するよ?むしろ抱っこしたまま城まで帰るよ?そして離さないよ?ゆっくりしゃがんで、シルフィーに両手をのばす。そして、シルフィーが私の腕の中へ飛び込んできた。あぁ、可愛い。けれど、そのままシルフィーを抱き上げようとした瞬間、
チュッ
可愛らしい音が、私の頬から響いた。思わず、その音の原因が何かを考える。そして、遅れてシルフィーが私の頬にキスをしたのだと理解する。シルフィーが私に……?天使が私にキスをした……?あ、やばい。これは意識が薄れる。でもこれだけは言っておかないと。
「可愛い、尊い」
正直、それからの記憶は曖昧だ。
しかし、シルフィーが成長して婚約を結ぶ時、私は笑って祝福出来るのか?シルフィーは可愛いから、きっと多くの求婚があるだろう。願わくは、公爵が全て断ってくれれば良いが……。いや、断るだろうな。公爵が中途半端な相手にシルフィーを託す訳が無いしね。
けれど、それでもシルフィーはいつか結婚するだろう。シルフィーが他の、私以外の男性と触れ合う……?そんなの許せる訳が無い。今はまだいいよ。シルフィーは三歳だし、他の人と触れ合っても微笑ましいし、何より愛情を持って育てられる事はとても大事だからその機会を私が奪う訳にはいかない。
だからと言ってシルフィーが他の人のものになる事を見過ごす事は出来ない。
何より、シルフィーを初めて見た瞬間に感じた、
『彼女を慈しめ。決して手放すな』
という頭に響いた言葉。あれは私が心からシルフィーを求めているという事だろうか。何はともあれ、シルフィーは誰にも渡したくない。
心に決めたら即座に父上の所へ行く。父上は丁度休憩中だった。
「父上、今よろしいですか?」
「どうした?」
「私の婚約者を決めると言っていたでしょう? それならば、シルフィーがいいです。前回私にシルフィーを会わせたのもその為でしょう?」
「いや、そうなんだが、思ったより公爵の溺愛が凄くてな。公爵が納得するかどうか……。あと年齢的な問題が……」
「シルフィーがいいです」
年齢なんて関係ない。重要なのは愛だよ?父上だって恋愛結婚でしょう?それに、中には10歳くらい年齢が離れている夫婦もいるし、5歳差なんて可愛いものだよ。だから、決して私はロリコンではない。ただ、シルフィーが可愛いだけだ。
「いや、でもな……」
「シルフィーがいいです」
「……」
私が譲るつもりが無いと分かったのか、父上がとうとう黙る。そして眉間に盛大なしわを作る。
「いや、私的にもシルフィーが娘になるというのはとても嬉しい事なんだが、公爵がな……」
「頑張って下さい」
「う、うむ。」
「16歳……、シルフィーが16歳になって成人したら、結婚します。」
「いや、ちょっと待て!まだ公爵に了承を得ては……!」」
「シルフィーと結婚します」
父上には死ぬ気で頑張ってもらおう。私とシルフィーが結婚する為に。シルフィーを誰にも奪われないように。
私とシルフィーではお互いに向ける感情に温度差がある。私がシルフィーに向ける感情は恋愛的な愛である。しかし、シルフィーは私の事を兄としか思っていない。だから、私のシルフィーに向ける感情はシルフィーを困らせるかもしれない。だから今はいいお兄さんとして振舞おう。
『今は』ね。でも、決して逃がさないよ、シルフィー。
読んでくれてありがとうございます!
誤字脱字がありましたら報告してくれるとありがたいです!