シルフィー無双
番外編(もし、フロイアン王国に魔王がいたら)
ソフィアが聖女
シルフィーが魔法使い
リシュハルトが弓使い
ルートハインが勇者
トーリ、ルークが騎士
※この番外編ではフロイアン王国に学園というものがなく、全員が出会うのは社交会という場のみであると仮定した場合のお話です。
※シルフィー15歳時。婚約はしていません。
とても良く晴れた昼頃。私達は城の大広間にいた。
「と、言うわけで。魔王を何とかしてくれ」
何がというわけでしょう?
玉座に座った、レオンハルト国王様が私達にそう言う。この世界には魔王がいる。私もまだ姿は見たことがないが、とても黒くて怖い存在らしい。そもそも私はあまりおうちから出ないから、魔物自体も見たことがない。けれど、魔王がいるからこの世界には魔物が溢れている。魔王を倒すと、その魔物たちも力を失い、だんだんと弱っていって世界に平和が訪れる。そして、その魔王を倒す事が出来るのは、神に選ばれた聖女と勇者だ。言い伝えでは、魔王は、真っ赤な瞳は魔物を従え、黒い髪は闇をも支配するといわれている。
「聖女、ソフィア」
「はい」
そして、その聖女に選ばれたのは、私の大親友でもあるソフィアだ。彼女とは公爵家と伯爵家という繋がりから度々お茶会をすることがある。とても綺麗で優しい友人なのだ。まさかソフィアが選ばれるとは思っていなかった。でも、昔から治癒魔法が得意だったから聖女としてやっていけるだろう。
「勇者、ルートハイン」
「はい」
ルートハイン様はこの国の王様の弟だ。つまり、王弟。ルートハイン様とソフィアは婚約を結んでいる。この国の聖女と勇者が結婚するなんて、おめでたいとしか言いようがない。本当ならば、この2人だけで魔王討伐に行く予定だったらしいのだ。けれど、近頃魔物が活発化してきていることから、勇者と聖女2人だけではどうしても厳しい戦いになるだろうと王様が判断した。そこで、聖女と勇者と共に魔王討伐へ挑む人員が確保された。
「弓使い、リシュハルト」
「はい!」
彼も私の友人だ。初めは公爵家という繋がりから共に遊ぶことも多かったが、近頃は遊ぶ機会がめっきり減ってしまった。彼が婚約を結んでから、私は遠慮してあまりリシューのお家に行かないようにしていた。リシューのお嫁さん候補に変な勘違いをさせたくないからね。リシューのお嫁さん候補は一体どんな人なのだろうか。実はまだ会ったことがない。私がもっと社交会で色んな人とお話をしていたら、きっと分かるのだと思うけど。私はなかなか社交家に出る事が出来ていない。なぜか家族が行かせてくれないのだ。お兄様とお姉様はずっと昔からお茶会とか社交界とかにたくさん出てるのに、私が出られるお茶会は制限されている。本当に親しい人としか、お茶会をさせてくれない。だから私の友人関係も広がっていくはずがない。
「騎士、トーリ、ルーク」
「「はい」」
2人はお城で活躍している騎士だ。トーリお兄様は現騎士団長の息子さんだし、ルーク様は平民出身ながらも名をあげるほどの騎士だ。強くないはずがない。それにトーリ様は私の大好きなシリアお姉様の旦那様なのです。身内同然の私からしても鼻高々なのですよ。
そして、
「魔法使い、シルフィー」
「はい!」
私も魔王討伐に参加する。私は今回、本当はこの旅に同行する予定ではなかったけれど、私は周囲の反対を押しきって、この旅に参加することにしたのだ。自覚はなかったのだが、私はどうやらこの国で一番の魔法使いのようだった。私にとって魔法はとても身近なものであり、息をするかのように使いたい魔法を使うことができる。むしろずっとそれが普通だと思っていたけれど、そうではないと分かったのがここ最近だ。
私は魔法使いらしく、黒いローブを羽織ってこの場に立っている。そして、このローブはどうやら特注らしいのだ。用意したのは私の家族だから、きっと私のことを心配して作ってくれたのだろう。ローブの端についている黒いレースや転ばないようにと少し短めに作られた丈から家族の愛を感じる。
「君たちの活躍に期待している」
レオンハルト様はその言葉で私達を送り出す。なんだかすごくドキドキしてきた。だってよくよく考えたら私たちに世界がのしかかっているわけでしょう?魔王を倒さないと世界が魔物で支配されてしまうから、魔物と魔王を倒さないと世界が飲み込まれてしまう。でも私に魔王が倒せるだろうか。正確には私の役割は聖女と勇者の手助けだと思うけれど、それでも私は魔法使いだから私に課せられた役目はしっかりこなさないといけない。私は何ができるだろうか、やっぱり魔法攻撃だろうか。治癒はできなくもないけれど、どちらかというとそれはソフィアの役目だ。だって、ソフィアは聖女様だから。私が中途半端な治癒をするよりも、確実にすぐに治るのは間違いない。私がソフィアみたいな治癒が使えたら、いつ転んだってすぐに治せるのに。
とまあ、そんなこんなありましたが、総勢6名で向かっていきます魔王城。王都から魔王城がある山の麓までは馬車で向かった。さすがに歩いて行くには遠すぎる。歩いていくと一ヵ月以上はかかる気がするけれど、馬車で行くと約1週間で着いた。本当はもっと早めにつくことも出来たかもしれないけれど、これから先、魔物や魔王と戦わないといけないのだから焦ったってしょうがないし、無駄な体力を使うだけだ。山の麓には壮大な森が広がっている。ここから先、馬車で進むことはできないからしばらく歩くことになる。山のてっぺんにそびえ立つ黒くて大きな魔王城。山のふもとからでも十分に見ることができる。もうここに魔王がいますって宣言しているような黒さだ。一体魔王はどんな人なんだろうか。いや、そもそも人なのだろうか、この世界で、魔王に会ったことがある人はいるのだろうか。私の周りにはなかったけれど、世界を探せば数人くらいはいるのかもしれない。
旅の中で皆とはすごく仲良くなった。だって、馬車に乗っている間は暇だから自然と会話が多くなる。最初はなかなか話したことがない人が多かったから、私もとても緊張していて、あんまり言葉が出てこなかったけれど、優しい人達ばかりだったから、今ではすっかり仲良しだ。ルーク様のこともルークお兄ちゃんって呼ぶようになったし、ルートハイン様とトーリ様の事もルートお兄様とトーリお兄様って呼ぶようになった。どうして3人を兄と呼んでいるかというと、それが3人の希望だったからだ。私は全然構わないのだけれど、どうやら私は妹属性らしいのだ。まぁ、実際私は妹ではあるからね。
「空気が綺麗です!」
ここの森の空気はとても綺麗だ。魔王城がある山の麓の森だとは思えないほどの綺麗さだ。馬車を降りて1日目。この日は1匹たりとも魔物と会わなかった。
「そうだな」
正直、私たち全員予想外だった。もっと魔物と戦う場面が多くなるものだと思っていたけれど、拍子抜けだ。もしかすると、魔王城が近くなっていくにつれて、魔物もどんどん増えていくのかもしれない。そうなると厄介だ。けれど、今はつかの間の平和を楽しむべきだね。でも、今日はよく歩いた。馬車がないから仕方がないことだけれど、ずっと歩き続けるのって結構疲れるんだね。もう足がパンパンだよ。誰か抱っこして歩いてくれないかなぁ、なんて思うけれど、さすがに言えない。だって、私以外のみんなも頑張って歩いているんだもん。「頑張って」というよりも、皆は普通に歩いているけれど。こんなに疲れてるのは私だけかもしれない。皆の体力に理不尽さを感じる。けれど、まだまだ平気なのは平気だ。だって今日は魔物と会っていないから戦闘もなかった。もし今日戦闘があったのなら、もっと疲れていること間違いなしだけれど。
「今日はこの辺で野宿かな」
先頭を歩いていたルート兄様がそう言って足を止める。
「ふうぅ」
やっと休憩だ。1日目でこれだから、私はあと何日耐えられるだろうか。いや、弱音を吐いたって我慢するしかないのだけれどね。この旅は個人的な楽しい旅じゃないから、自分勝手な都合で辞めるなんて出来ない。それに私は家族の反対を押し切って無理矢理ついてきたのだ。弱音なんて吐いてる場合じゃない。
「あ、そういえば、ごはん……」
今までは馬車の中に約1週間分の食料を積み込んでいた。そして、それを消費しながら旅をしていたから食料に困ることもなかったけれど、今は違う。山の麓についた事で、馬車は王都に帰っていったし、食料も全て食べきってしまい、手元に食料は一切ない。
くうぅぅ……
小さな小さな音だったけれど、私のお腹が悲鳴をあげたのを感じた。幸い誰も気づいていないようだったけれど、本当にどうしようか。ご飯を食べないと力も出ないし、やる気だって出ない。けれど、ないものはどうしようもないのだ。ここは森だから当然お店なんてない。今、私の視界に入っているのは、赤いような紫のような、いかにも食べてはいけないと言うオーラを放っているキノコだけだ。きっとあれは触っただけでもダメな気がする。あんなに毒々しいキノコ、王都では見たことがない。……ってあれ?再び冷静に考えてみると、ここには馬車がないから当然で寝る場所だってない。昨日までは運が良ければ宿に泊まる事だって出来たし、馬車があったから、そこで眠る事は出来ていた。
これは、先程、ルートお兄様が言った通り、本当に野宿ですね!わ、わくわくなんてしてないもん!今まで野宿とは無縁の生活だったから、ちょっとドキドキしてるだけだもん。
「じゃあ、俺たちでこの辺、寝泊まりができるように広げるか」
「あ、僕も手伝う」
トーリお兄様はそう言って足元生えていた草を狩り始めたり、木の枝を撤去し始めた。リシューもそれを手伝っている。
「なら、私は薪の調達かな」
「手伝います」
ルートお兄様とルークお兄ちゃんは乾いた薪を集め始めた。皆、野宿に対して抵抗無さすぎではありませんか?頼もしい事この上無いのだけれど。
「私はこのあたりに魔物が来ないように結界をはるわ」
「うん、おねがい」
ソフィアも自分のやる事を見つけてしまった。
「え、えっと…、じゃあ私は……」
私に何が出来るのだろうか。
「シルフィーは休んでいていいよ」
「え…?」
まさかのルートお兄様からの戦力外通告でした。
「な、なんでですか?!」
「だって 疲れているでしょう?」
それは確かに……、疲れてるか、疲れてないかで言われると疲れているけれど。でもそれは私だけじゃなくて、みんなもそうなのに。
「私達はまだ大丈夫だよ。それなりに鍛えているからね。でもシルフィーはそうじゃないでしょう?これからまだ旅は長いのだから、最初の方は休んでいて」
……なんて優しい王子様なのでしょう。なら遠慮なく……。
端っこの方で丸太に座って、皆の事を見ていると、なんだか自分だけ座ってるのが申し訳なくなってくるけれど、ルートお兄様の言う通り休んでいる事にする。無理して動いて体力が削られても、逆に迷惑をかけるだけだと思うし。それにしても。
「ご飯なら任せて。騎士の訓練で、野宿や野営の訓練をしていたから」
「テントの用意はもうできる。」
トーリお兄様とルークお兄ちゃん、優秀すぎませんか。私が座っている目の前でサクサクと、今日のお泊まりの準備ができていく。どっから出したのですかそのテント。どっから調達したのですかその食材。と、その調理器具。
くうぅぅ
こんな美味しそうな匂いをかいたら、お腹が減って仕方がない。じっとごはんの方を見つめてみると、ヨダレが出そうだ。というか、もう出ているかもしれない。
「……」
たらり。じゅるり。
公爵家で出るようなご飯も好きだけれど、こういった野外で食べるようなご飯もとっても美味しそうでドキドキする。
きゅるるるるぅ
お肉の美味しそうな匂いと、スープの、塩胡椒のいい匂いが私の空腹を刺激する。
「ふっ」
「くっ」
なんだか二つの吹き出す声が聞こえてきた。
「?」
その方向を見るとリシューとルートお兄様が私のほう見ながら笑っていた。
「何か面白かったですか?」
2人が笑っちゃうような面白いことを何かしたかなぁ?
チラリとご飯を作っているルークお兄ちゃんと、テントを張り終えたトーリお兄様を見てみると2人も声を殺して笑っていた。
「?」
なになに??誰も何も教えてくれないけれど、もしかして、私の顔に何かついてる?服に何かついてる?もしかして黒いローブが破けてる?
全部確認してみたけれど、おかしなことは何もなかった。でも、私が自分の身の回りを確認していると、何故だかみんなもっと笑ってる。
「ねえ、ソフィア。どうしてみんな笑ってるの?」
ここは唯一、呆れ顔をしているソフィアに聞いてみるしかない。なんでソフィアが呆れた顔をしてるのかも分からないけれど。
「あんたがご飯おあずけされた犬のような顔をしてるからよ」
「えっ?」
私そんな顔してた?犬とは失礼な。
「お腹もさっきからずっと鳴ってたしね」
「えっ?」
聞こえてたの?!誰にも聞こえてないと思っていたのに!だって仕方がないじゃない。ただでさえ慣れない旅で疲れてお腹が減っているというのに、こんなに美味しそうな匂いを嗅いだらお腹が鳴らないなんてあり得ない。お腹が減らないなんてあり得ない。ここはもう開き直るしかないよね。
「おなかすきました!」
今日くらいは無駄飯食らいでも許してください。明日から頑張ります。
「ふっ、もう少しで出来るからな」
「はーい」
もう少しでできると言われれば近くに行ってみたくなるのも仕方がない。ルークお兄ちゃんの周りをうろちょろしながらヨダレを我慢して料理が出来上がっていくのを眺める。
本当にどこからあつめてきたんだろうと思うような食材が、スープの中にはたくさん含まれている。まさかと思うが、さっきの絶対食べちゃいけないようなキノコは入ってないよね?ここに入っているキノコは、茶色いし大丈夫だよね?
「ほら、出来た」
ルークお兄ちゃんは木の器に注いだスープを私に渡してくれた。
「やったあ!」
とってもとってもとーってもいい匂い!そして一口飲めばなんということ!今日1日の疲れがあっという間に消えていくようだ。
「ふにゅうぅ」
顔がとろとろに緩んで力が抜けていくようだ。
「美味しかったみたいだな」
美味しすぎますよ。どこから調達したのか分からないけれど、お肉もすごく柔らかくて美味しい。野菜もいっぱい入っているスープは一杯食べただけでもお腹がいっぱいだ。でも、他の男性は2杯、3杯とたくさん食べている。いっぱい食べるのはいいことだ。
「満腹です!」
「それはよかった」
初めはどうなるのだろうかと思った旅は意外と快適だった。むしろ、快適すぎてずっと旅を続けていたいぐらいだ。ただし、このメンバーで。1人での旅なんて絶対に無理。体力もないし、道にも迷うし、ご飯だって作れない。……この度の間、絶対絶対絶対に迷子になりませんように、1人になりませんように、ご飯にあり着けますように。
両手合わせて暗くなってきた空に祈る。みんなが変な目で見てきたような気がするけれど、これだけは絶対に祈っておかないといけない。
「さて、今日はもう寝るか」
「そうね」
二つ設置されているテントは一つは大きめ、もう一つは小さめだ。きっと大きい方は男性が、小さい方は女性が寝るのだろう。人数的にきっとそうだ。本当にこのテントはどこから出したんだろうね。だけどないよりはずっとずっと嬉しい。この旅で唯一我慢ができない事といえば、お風呂に入れないことだろうか。けれど、それだってソフィアの光の魔法の浄化があれば解決だ。むしろ、お風呂に入るより綺麗になっているだろう。気分的にはお風呂に入りたい気もするけれど。
「ソフィア、もう寝よう」
「そうね」
私とソフィアは2人でテントに入るべく荷物をまとめた。
「それにしても、火の番をしなくてもいいのは本当にありがたいな」
あっ、そっか。ルークお兄ちゃんとトーリお兄様は騎士だから訓練で、やっぱり野宿とかもするんだよね。で、その時に交代で火の番とかもしないといけないんだっけ。でも、今日は私の大親友ソフィアの結界がある。これがあるから変な人も魔物も入ってこないし、誰も私達を傷付けられない。こんなに快適な旅があってもいいのだろうか。
ソフィアの浄化があるから着替えたりもしなくていいし、このまま寝られる。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ。明日も頑張ろうな」
「また明日」
みんなに挨拶をして、ソフィアと一緒にテントの中に入る。今日はとっても素敵な旅だった。明日からも出来る事ならば、魔物に会いたくはないけれど、きっと会って戦わないといけないんだろうな。だけど、このメンバーだったら大丈夫な気がする。私は役に立てるか分からないけれど、みんなが怪我をしないように精一杯魔法で援助するんだ。
こうして1日目の夜が更けていった。
「っ!」
こんな……、こんなことってっ!
思わず涙目になってしまうのも仕方がないだろう。
2日目。昨日の夜の余ったスープを飲み、再び魔王城に向かって歩き始めた。昨日より斜面が急で歩くのがなかなか大変だったけれど、午前中は全く魔物と遭うこともなく、サクサクと進んでいった。私たちの予想では、魔物と戦うことも考えていたから1週間はかかるだろうと考えていた道のりをたった1日と半日で歩ききってしまった。そう、午前中は。
午後。昼食を食べてから、再び歩き始めた頃、なんとなく嫌な予感がした。森がざわついているような気がしたから。そう感じたのは私だけではないようで、みんなも警戒したように武器を手に構えたりしている。かくいう私もいつでも魔法を出せるように手を前にかざす。どこから来るのかわからない中、ふと、カサカサという音が聞こえた。まるで生き物が葉っぱを踏み分けているような音だ。
「あそこから聞こえてくる」
ルークお兄ちゃんの指差した方を見つめて見ると、確かにあちらの方から小さな音が聞こえてくる。けれど、音を聞いてみると、私が予想していたよりずっと小さい生き物のようだ。その後はだんだんと近づいてきて、とうとう姿を現した。
「っ!」
みんなが武器を構える中、私1人、思わず息を飲み込んだ。目の前に現れた魔物を見て思わず1歩後ろに下がる。
だって、だって。魔物を倒すなんて、私にできるはずもない。目の前にいる魔物はこんなにも
「うさぎさん……」
可愛いのだから!
魔物で危険だとわかっているけれど、真っ白でふわふわな毛並みに真っ赤なつぶらな瞳。こんな可愛い魔物を倒すなんて、どこの鬼ですか?これはきっと魔王の仕業だ。かわいい動物を魔物にして、私達に戦わせるなんて、まさに鬼の所業だ。こんなの戦えるはずがない。
「うぅ……」
どうすべきか。でも、放っておいたら、この動物は死んでしまう。だって、ソフィアもリシューもルートハイン様もトーリお兄様もルークお兄ちゃんもやる気だもん。
「ダメ!」
どうしてみんなこんなかわいいウサギさんを倒そうとするの?真っ白なつぶらな瞳は、悪い魔物ではないと訴えてるようだ。
「ダメだよ、シルフィー。この子は一見可愛く見えたとしても、凶暴な魔物だ。近寄ったら鋭い牙で噛み砕かれる。そういう魔物なんだ」
ルートお兄様がそう言って私を説得してくるけれど、聞くなんてできない。こんなに可愛い魔物がそんな凶暴になるはずなんてない。
「でも、」
あんなに遠くでプルプルと小さく震えている可愛いうさぎさんが凶暴な魔物だなんて思えない。
「きゅう……」
私の足元によってきた魔物が、小さくそう鳴いた。近くによってきたことで、他のみんなは警戒していたけれど、私には警戒心が全く働かなかった。だって、この子そんなに悪い子には見えないから。
「っ!!」
心が打たれるとはこういうことを言うのではないだろうか。こうなったら、もう、倒すなんてできるはずもない。しゃがんで小さくなって目の前のうさぎさんに話しかける。
「うさぎさん、人襲ったりしませんか?」
「きゅう!」
「私の仲間を傷つけたりしませんか?」
「きゅう!」
よし!うさぎさんからの返事も貰えたことだし
「このうさぎさんは私の仲間にしました!」
「いやいやいやいや」
「え、まって意味がわからない。凶暴な魔物だよ?なんであんなに大人しいの?」
「そもそもなんで、魔物が人間の言葉理解しているの?」
「魔物が喜んでいるような錯覚さえ見える」
「さすがシルフィーだなあ」
なんだかみんな頭を抱えてブツブツと呟いている。けれどルークお兄ちゃんだけはにっこりと笑って頭を撫でてくれる。でも、仕方がないじゃない。可愛いは正義。つまり、可愛い魔物も正義だ。最初から悪い魔物なんていない。確かに人を傷つける魔物は悪い魔物だけれど、この子はまだ何もしていないんだもん。
というわけで、勇者一行は新しい仲間(魔物)を連れて旅を続ける事となった。
「なんかさ、」
「言わなくてもいいわ、リシュハルト様。何となく、皆も感じているから」
「……だよね、」
私の後ろで、ソフィアとリシューがぽつりと呟いている。
「どうしたの?」
何の話をしているのかが分からなかったから、後ろを振り返って、ソフィアとリシューが何の話をしているのか聞こうとした。
「ひぁ!」
のだけれど、足元にあった石に気付かず、そのまま後ろに倒れてしまった。これから来るであろう痛みに耐えるため、ぎゅっと目をつぶるけれど、その痛みは一向に来なかった。代わりにモフっとした幸せな感覚がきた。
「!」
そのモフッとした感覚の正体を突き止めるために、目を開けて後ろを振り向いてみると、くまさんが私の体を支えてくれていた。
「ありがとう、くまさん!」
周りを見てみると、私の仲間のうさぎさんや鹿さん、リスさん、もぐらさん、くまさん、鳥さん。うさぎさんをはじめ、みんな、この旅の間で仲間になった子達だ。中には私たちを襲ってこようとした魔物もいたけれど、声をかけたらみんな穏やかにすり寄ってくれた優しい子達ばかりだ。きっと本当に悪い魔物なんていないのではないだろうか。
「…………私たち、要らないんじゃない?」
「…………」
ソフィアだけじゃなくて、他の人達も遠い目をしていたことに私は全然気が付かなかった。
魔王城へ向かう道のりを進んでいくけれど、魔物と全く戦う様子もないまま魔王城までたどり着いてしまった。
魔王城の門に立った途端、思わず唖然としたものだ。
「え、は?もう魔王城?」
「俺たち全く戦っていないんだが」
「いる意味あったのだろうか?」
なんて言っているけれど、もちろんみんながいないとここまで旅は順調に行かなかったと思う。そもそもの話、私1人だとテントの設置やご飯の準備だけで1日が終わっていた気がする。皆がいてくれたからこそ、サクサクと旅が進んだのだ。いる意味なんてないわけがない。むしろいる意味しかないのだ。
「そういえば、シルフィーはどうしてこの旅についてこようと思ったの?」
「…………」
リシューからの質問に思わず黙り込む。
「そういえば、何でだろう……」
改めて考えると、不思議だ。私はこの旅に参加する必要は全くなかったのだ。もちろん私がこの旅についてくる事で少しでも役に立てるならと思ったことに間違いはないけれど、私の代わりなんていくらでもいる。いくら私がこの国で一番魔法使いとして優れているからといっても、私くらいの魔法使いなら何人かいるだろう。わざわざ周囲の反対を押し切ってまでこの魔王討伐に参加しようと思った理由は、自分でもわからない。
「……なんだかシルフィーらしいね」
あっ!なんだか今バカにされた気がするのですよ!
でも、本当に私がこの魔王討伐に参加しようと思った理由は何だろうか。魔王を倒したらわかるのかなぁ?
「そろそろ行こうか」
トーリお兄様が目の前に広がっている大きな大きな門に手をかける。でも1人では開けられないほど重くて硬かったみたいだから、ルークお兄ちゃんも一緒に開けていた。2人がかりでもこんなに重たいのだから、私にはきっと開けることなんて出来ないだろう。
ゆっくりと開いていくドアの中に目を向けると、真っ黒でおどろおどろしい外見からは想像つかないほど、真っ白で綺麗だった。
「これが魔王城?」
そう感じたのは私だけではないようで、皆訳が分からないと言ったように立ちすくんでいる。もっとコウモリがいたりとか、ガイコツが出たりとか、蜘蛛の巣が張りめぐっているものだと思っていた。
「っ!」
綺麗な内装ばかりに目が行って、目の前にいる魔物に気づかなかった。魔物達は私達の目の前から奥の方までと続いている赤い絨毯の横に、2列になって並んでいた。まるでこの家の主人を迎えているようだった。
「えっと、進んでいいのか?」
「恐らく……?」
魔物達は全く戦う意志がないのか、目を閉じて、お辞儀の姿勢のまま微動だにしなかった。私達は魔王を倒しに来たのに、魔物たちはそんな私たちを受け入れてもいいのだろうか。けれど、進むしかない。魔物たちに戦う意思がないことはわかった。さすがにそんな魔物達を倒す気にはなれない。
「こんにちは!」
一番手前にいた羊さんに話しかけてみる。なんだか皆はびっくりしていたけれど、この羊さんも全くと言っていいほど怖くないんだもん。
「私たち進んでもいいの?」
「めえ」
羊さんはコクリと頷いた。
「じゃあ、魔王を倒しちゃってもいいの?」
「めえ」
羊さんは、次は首を横に振った。
「うーん、」
魔王には会ってもいいけど、倒したらダメってこと?でも、私達は、魔王に会ったら、魔王を倒すことが目的なわけだし。
「よく分からないけど、とにかくいってみよ!」
「私はシルフィーの無謀な行動力がよく分からないわ」
魔王城でも、なんだか予想通りというか、戦うことが全くないまま魔王がいるであろうドアの前までたどり着くことができてしまった。なんだか本当に拍子抜けだ。きっとみんなも同じことを思っているから微妙な顔をしている。むしろここに来るまでに手厚くもてなされてしまった。歩くのが疲れたなぁと思ったら、休憩スペースまで案内されるし、お腹が減ったなーと思ったら、食堂まで案内され、食事まで出された。しっかり食べたけど、美味しかった。みんなは毒を警戒してなかなか食べ始めなかったけれど、食べ始めたらみんなも止まらなかったみたい。
「魔王!覚悟するのですよ!」
今度は私でも開けられるような普通サイズの……、と言っても大きいことに変わりはないのだけれど。そのドアをバーンと勢いよく開けてみる。その中にいた人は、私が勢いよくドアを開けたことで、とても驚いたように目を見開いていたけれど、次の瞬間、穏やかな表情になって私の方を見て手招きをした。彼は一体誰なのだろうか。ここのお部屋の中には、魔王がいるものと思っていたけれど、彼には角もないし、目も赤色ではないし、髪も黒色ではない。一体誰なのだろうか。でも、魔物のように動物の姿ではないし。
「なんて可愛いんだ」
「ふぇ?」
なんだか彼の方から私の方を見て、ぽつりと呟く声がしたけれど、うまく聞き取れなかった。
それでも手招きをされているのだから、近くに行ってみるちょこちょこと彼の方に歩いていこうとすると、
「少しは警戒して?!」
と言ってルートお兄様に止められてしまった。
「でも、だって……」
「だってじゃない!」
でも、だって。彼の座っている椅子の前には、とっても美味しそうなケーキがあるんだもん。ルートお兄様に邪魔をされてしまったことで思わずふてくされそうになる。それに警戒するなんて今更だ。
「ルートお兄様だって食堂でご飯食べたくせに……」
思わず頬を膨らませて、ぽつりと呟くと、ルートお兄様は「ぐっ」っと息を飲み、他のみんなは吹き出した。それを言われてしまっては、ルートお兄様も返す言葉がないようで、しぶしぶながら、私の手を離した。今度こそ、私は彼の元にちょこちょこと向かっていく。彼が座っている目の前に立つと、机の上に乗っているケーキがよく見える。アップルパイにいちごタルト、チョコレートケーキに、フロランタン。なんて幸せな空間なのだ。
「はい」
彼が一口サイズに切ってくれたいちごタルトを口元に運んでくれたので、迷わず私も口を開ける。
「あーん!」
とってもとっても美味しい!なんだか普段食べてるいちごタルトよりも、もっと甘くてサクサクしてて幸せな味がする。
「どうしてこんなに美味しいの?」
「この魔王城では、魔物たちが野菜や果物を育ててくれているんだ。使っているのは普通の水ではなく魔力を込めた水だから、生産者が望んだような味や硬さになるんだ」
「なんと!」
このお城ではそんな素敵なことが行われているのですか?!
「私、このお城に住みたいです!」
そうすれば、こんなに美味しいものを毎日食べられるということでしょう?
「まてまてまて、」
「シルフィーの思考回路が分からない……」
「それはさすがにまずい!」
私の仲間たちがまた頭を抱えてしまった。
「もちろんいいよ」
目の前の彼は私の思いつきの言葉に迷わず許可を出してくれた。
「許可を出すな!」
「シルフィーを惑わすな!」
ルートお兄様たちが叫んでいる間にも目の前の彼は私に向かって紅茶を出してくれたので、それをもらってこくりと飲む。ちょうど喉が渇いていたんだよね。飲み物を飲んだタイミングでまた一口サイズのケーキが口元まで運ばれる。
「ん~!」
やっぱりとても美味しいのです。
「所で、この後に私が済むかどうかの許可をお兄さんが出せるのですか?」
彼は誰に相談するでもなく「いいよ」と私に許可を出した。そんなことができるということは、彼はこの後の中では高い地位にいる人だろう。
「うん、私は魔王だからね」
「へー……、え?」
まおう。
目の前で優雅にケーキを食べてお茶を飲んでいるお兄さんが?銀色の髪で黒色の瞳で、角もない。言い伝えとは全く違う姿をしているお兄さんが?
「ま、おう?」
「うん。」
「まおう?」
「そう」
私が魔王と言うたびに、彼はなんだか嬉しそうな顔をする。
「やっぱり君はとても可愛いね」
「やっぱり?」
「うん。君が小さい頃から、君のことは見ていたからね」
「え?」
小さい頃から?そんな昔から私を知っていてくれたの?
「小さい頃からって……。」
「魔王ってロリコン……?」
「ストーカー……?」
「ちょっとだけ勇者と騎士は静かにしていてね」
ルートお兄様たちがぼそぼそと呟いていると、魔王と名乗る彼はルートお兄様たちにひと声かけた。
「ねえ、シルフィー」
「?」
どうして彼は私の名前を知っているのだろうか。今まで名乗ったことすらないのに。
「私と結婚してくれないか?」
「ふえ?」
けっ、こん?
「なんで?」
「君が好きだからだよ」
「好き……?」
彼は私を知っていたかもしれないけど、私は彼を知らなかった。けれど、彼にとっても私と話すのは今日が初めてのはずだ。話しをしたこともない私を好きだなんて、どうしてだろう。
「魔王や魔物はね、まず第一に本能が強いんだ。本能で番を求める。私の番は君だよ、シルフィー。」
「番……」
番という言葉を知っている。意味も知っている。知っているからこそ、それが自分となかなか結びつかなかった。彼は私を番だと言ってくれた。だとすれば、魔王である彼は私を傷つけることはないし、裏切ることもない。
「ここまでの道のりで魔物達が君を……、君たちを傷つけることはなかっただろう?魔物たちも、シルフィーが私の番であることが分かっていた。だからこそ、シルフィーを傷つけるようなことは絶対にしない。」
でも、だからって、結婚だなんて。あまりにも急だ。
「急じゃないよ」
私の心を読んだように、魔王は言葉を放った。
「いつだってすぐにあなたの元に飛んで行きたかった。けれど、それは叶わなかった。魔王である私がいきなりあなたの元に訪れたって警戒されるだけだ。だから、この時を待っていた。あなたがここを訪れてくれるのをずっと待っていた。」
「……」
魔王の瞳は切なさと必死さを孕んでいた。もし私が断ったらどうするのだろう。もし私が逃げたらどうするのだろう。彼は、どうなってしまうのだろう。不思議なことに、私の胸がチクリと痛んだ気がした。出会って間もないはずなのに、彼が悲しむ姿を想像すると胸が酷く痛む。これが番ということなのだろうか。
「私と結婚すれば」
どう断ろうか悩んでいる私に、魔王が言葉を放った。
「好きなお菓子はなんでも用意できるぞ」
「おかし……」
なんて魅力的なのだ。高価な宝石よりもずっと嬉しい。
「こらこら、食べ物でつられるな!」
「はっ!」
危ない危ない。
「ぬいぐるみだって、やるぞ」
魔王が目の前に差し出してきたのは、ピンクのふわふわなうさぎのぬいぐるみだ、黒色の瞳が魔王を連想させる。
「うさぎさん……!」
「もので釣るな!」
「はっ!」
危ない危ない。咄嗟に伸ばしかけた手を引っ込める。けれど、可愛いうさぎが私にもらってくれと言っているような気がしたので、もう一度その手を伸ばして、うさぎだけは私の手元に収める。そして、私を物で釣ろうとした魔王を警戒するように、うさぎの後ろに顔を隠した。
「私は物で釣られるほど、単純じゃないです!」
「じゃあ、その手元に収まっているうさぎのぬいぐるみはなんだ?」
「…………」
さっきの仕返しですか、ルートお兄様。痛いところをつきますね。そしてソフィア、吹き出して笑うなんて失礼です。
「ふむ…。それなら、私と結婚すれば存分に甘やかしてやれるぞ?」
「!」
甘やかす?それって、ダラダラしてても許してくれるってこと?お菓子ばっかり食べてても怒らないってこと?
「もちろんだ」
魔王は私の心を読んだかのように頷いた。
「じゃあ、頭も撫でてくれる?」
魔王は少し驚いたように目を見開いてから、とろけるように優しい顔になった。そして「もちろん」と言って早速私の頭を撫でてくれた。頭にかぶっていたローブを脱がす手つきもとても優しかった。
「ぎゅうってしてくれるの?」
頭を撫でてくれている手を握りながら、そう尋ねると、さっきよりもさらに驚いたような顔になったが、「もちろん」と言ってゆっくりと私の体を抱きしめてくれた。私自身もどうしてこのようなこと言ったのかわからない。けれど、彼の匂いや雰囲気やあと、他に何か。分からないけれどとにかく彼に惹かれてしまったのだ。
何より目の前にいる魔王に対して全くと言っていいほど嫌悪感がわかない。むしろ、もっと近くにいてほしいような親近感すらわいてくる。先程まで抱きしめられていた手を解かれたのがものすごく残念なように感じる。気がつくと、今にでも魔王の方に手を伸ばしてしまいそうだ。
「私が、断ったらどうするの?」
魔王にそう問いかけてみる。
「どうもしない」
「え?」
「何もしないよ」
その答えにとても安心したけれど、でも。魔王の目がとても悲しそうだったのが、気になった。きっと魔王はとても優しい人なのだ。だから自分が悲しい目にあってもきっと我慢するのだろう。それがひどく、私の心に突き刺さる。
「私が断ったら、魔王は悲しいの?」
「とても」
「そっか……」
それはなんだか、
「やだ」
私がそういうと魔王はとても悲しそうな顔になって、諦めたように笑った。
違う。間違えた。誤解させたかもしれない。
「私はまだ、魔王のこと好きかわからない。だって初めて会ったばかりだもん」
「うん……」
「でも魔王が悲しいのはとっても嫌。私の胸もチクチクするの。」
「え?」
「だからね、すぐに結婚するのは難しいけど、たくさん会って、たくさんお話したい。」
「!」
「それでね、もし。もしだよ?私も魔王のこと好きだなってなったら、その時は、その……」
なんだかドキドキする。でも、この言葉を言わないと魔王は、さっきの私の言葉を誤解したままだ。
「私と結婚してくれる?」
「っ、もちろん!」
今までで一番、彼らしい返事だった。泣き笑いとはこういうことを言うのだろうか。実際に彼は涙を流してはいないけれど、涙を流している雰囲気さえ見られた。彼が心から喜んでいるとわかって、なぜか私の心もほわほわしているのだ。番とは本当に恐ろしい。だって会って間もない彼のためならば何でもしてあげたいと思ってしまうのだから。この気持ちが番として、強制されたものか、それとも私自身のものかはわからない。けれど、正直どちらでもいい。その番の気持ちも含めて私のものだから。
「魔王はずっとここに住むの?」
「今のところはね」
「そっかあ」
それなら、なかなか会うことは難しくなる。
「寂しい…、ね?」
私たちがここに来るまでにかかった期間は、そう短くない。魔物たちが私を傷つけないことはわかったけれど、それをなしにしても相当な時間がかかる。
「なら、人間の城の一室にドアを繋げておこうかな」
「は?!」
魔王の奇天烈な発言に一番驚いたのは、その人間のお城に住んでいるルートお兄様だ。
「そうすれば、すぐにシルフィーに会えるよね」
私はお城に住んでいるわけではないから、すぐには難しいけれど、でも、この魔王城まで毎回歩いていくよりは相当近い。
「まずは許可を取れ!王族の私と城の人間に!」
「いいよね?」
「よくない!」
「えー……」
なんだかルートお兄様と魔王のやり取りは気安い。まるで本当の兄弟のようだ。
「王国にお城を持って来れたらいいのに……」
そうすれば、毎日すぐに会えるのになぁ。思わずそうぽつりと呟いた言葉は、魔王の耳にしっかりと届いていた。
「それだ!」
「それだじゃない!」
ルートお兄様はさっきからずっと突っ込んでいるね。疲れませんか。そして、ルークお兄ちゃん、トーリお兄様、ソフィア、リシューがさっきから全く会話に入ってきません。何をしているのかと思いきや、魔物さんが用意してくれたお茶とお菓子でティータイムをしているではありませんか。いいなぁ。私もそっちに混ざりたい。
「でもそれって結構いいアイデアだと思うよ。私が人間界に住めば、魔王と勇者たちは味方になったと思わせることができるし、他国が攻めてきた時も協力できる。今回は戦うことがなかったから分からないと思うけど、魔物は本来とても強い生き物なんだ。戦いに魔物や魔王を使いたくなかったとしても牽制くらいにはなると思うよ?」
「……」
あっ、ルートお兄様、しっかりその利点を考え込んでいる。
「それに、この美味しい果物たちも優先的に送ってあげる。果物だけじゃなくて、野菜もあるよ」
「!!」
なんですと!それはとっても素敵です!思わず期待した目でルートお兄様を見つめる。
「…………っ分かった!だが、私の一存では決められない!兄上……、陛下に判断を任せる!」
「やったあ!」
ところで、
「どうやってお城を持ってくるの?」
自分で言い出したとはいえ、そんなことは不可能だと思っていた。けれど、魔王はあっさりとその案を採用した。きっと何かしらの考えがあるのだろう。
「そこは魔法でちょちょっとね」
「ふぇえ」
魔法ってなんて便利なのだろう。
「そういえば、魔王の名前は何ていうの?」
「名前……、近頃何も呼ばれていないからな。確か、アルフォンス。それが私の名前だ」
「アルフォンス……」
耳に馴染む、とても良い響きだ。
「シルフィーは特別にアルと呼ぶことを許してやろう」
その言葉はとても上からで、自信満々のように思えたけれど、魔王の表情には期待と不安が入り混じっていた。それがなんだかとても可愛く思えた。
「これからよろしくお願いします、アル様!」
そんなこんながあり、魔王はお城とともに、人間の世界に住むことになりました。最初は戸惑っていた人達も、しばらくすると、魔王の人柄や、かわいい魔物たちに絆されていつの間にか一緒に暮らすことが当たり前のようになっていました。
そして、美しい魔王のもとには毎日のように縁談が届いていたそうですが、魔王は全て断ったようです。なぜなら、魔王には、ずっとずっと愛していた人がいたからです。
最初はぎこちなかったその2人も気が付けばとても仲良しとなり、いつの間にやら結婚していたとか、なんとか。でも、結婚前も結婚後も2人の仲は全くと言っていいほど変わりはありませんでした。なぜなら、結婚前も結婚後も2人は変わらずとても仲良しだったからです。
おしまい
「所で今回の魔王討伐、私達が一緒に行く意味あったかしら?」
「……」
「私、聖女としての役目、ほぼ何もしていないのだけれど」
「それを言うと、私もだよ。勇者の役目なんて1度もしていない」
「俺たちなんて剣も握っていないし」
「僕なんて弓も構えていない」
「そもそも魔王って、噂に聞くような人じゃなかったよな。」
「確かに」
「でも、小さい頃からシルフィーのことを見ていたって言ってたよな」
「……今回の旅って、もしかして、魔王が裏で仕切っていたんじゃ」
「……シルフィーを城におびき寄せるために、俺たちが使われたってことか?」
「……ありえなくもないよね」
「というかさ、今の魔王のシルフィーへの溺愛ぶりを見ると、シルフィーに怪我をさせなくて良かったなと思う」
「本当に。」
「それにもし、シルフィーに懸想する人がいたらどうなっていたか」
「……」
「まあ、なにはともあれ、シルフィーのお陰で世界は救われた、のかな?」
以前、コメントでこのような話が読みたいと書いてくださった方がいたので、すごく遅くなりましたが書いてみました!ですが、書いているうちに、どんどん方向転換してきて、思った通りの話になったか分かりません……!でも、書いてて楽しかったです!アイデアを下さった方、ありがとうございました!




