181、素敵な日でした
朝、私はお城から登園する事になったから、ルートお兄様と一緒に学園に登園する。ルートお兄様と一緒に学園で過ごすのもあと僅かだと思うと、この時間がとても貴重なもののように思える。でもルートお兄様はソフィアの婚約者だから、私がずっと一緒にいる訳にはいかないのだけれどね。今この瞬間だって、私とルートお兄様を2人にはしておけないから、アラン様も一緒にこの馬車に乗っている。どうしてわざわざアラン様が乗ってくれたのかは分からないけれど、それでも2人っきりになるよりはいいという事だろう。他にももっと暇そうな人はたくさんいると思うけれどね。暇そうとか言ったら失礼だけど。きっともう、リシューとだって二人きりにはなれないだろうと感じる。
「おはよう。ソフィア、リシュー」
教室に入った途端、私の視界に一番に入ってきたのはいつも通り、リシューとソフィアだった。2人は何かお話している様子だったけれど、私はあえて空気を読まず、おはようと声をかける。
「おはよう」
「おはよう、シルフィー。貴方、またお城に泊ったのね」
「うん」
さすがソフィア。情報が早い。ルートお兄様に聞いたのかな?
「相変わらず仲がいいわね」
「うん!とっても!」
これは自信を持って答えられる。私とアル様は仲良しだもん。何日お泊まりしたって飽きる事はないし、ずっと一緒にいたい。今度はソフィアと一緒にお泊まりもしたいなぁ。ソフィアのお家にお泊まりしてソフィアのお父様とお母様にも会いたいし、ソフィアと一緒にお城にお泊まりしに行くのもありかもしれない。お城に泊まりに行くとしたら私はソフィアと一緒に寝られない気がする。私だってアル様と一緒に寝たくなっちゃうし、ソフィアの事はルートお兄様が攫っていっちゃいそう。
「本当によくお泊まりするわね。どうせ殿下とは何も無かったんでしょうけど。」
「え、あ…うん!」
ソフィアの言葉にビクッと反応してしまう。
どうしよう、思わずどもってしまった。ここはいつも通り、知らないふりして首を傾げるのが正解だったのに!
「「え?」」
ほら2人も反応しちゃった!
「えっ、何??」
「何があったの?」
「えっと……、」
何があったって、それは……っ
思い出すとじわじわと顔が火照っていくのを感じる。だって私は2回もアル様と、く、口づけを……っ!
「え、なに?!シルフィーのそんな反応初めて見たわよ?!」
「僕もだよ?!」
思い出すと恥ずかしい!しかも、2回とも私がして欲しいとお強請りをしたようなもんだもん。
「まさか遂にアルにぃがシルフィーに手を出した……?僕はアルにぃの事を信頼していたのに。いや、でも。あれだけ一緒に寝ておいて何もないのもどうかと思っていたけれど、でも、うわぁ……、てっきりシルフィーが卒業するまで我慢するもんだと思っていたのに!」
とリシューは、頭をおさえながらぶつぶつと呟く
いや、正確には私の方が出したと言いますか、出させたと言いますか……
「えっと、その、私の方からお願いしたの」
「シルフィーから?!」
「うん…」
あぁ、思い出すだけで恥ずかしい。あの時の私はきっと冷静じゃなかった。今思い返すと絶対そんな事言えない。だってすっごく恥ずかしいもん。
「ちっ、ちなみにだけど、なんてお願いしたの?」
「え?!」
い、言わないとダメですか??すっごく恥ずかしいのだけれど!でも、ソフィアはなんだか期待した目で見てくる。なんだかソフィアの目が「今後の参考に!」っていう目をしてるんだけど、気のせいだよね?
「えっと、あの、口にちゅーしてって、お願い……、したの。」
友達にこんな事を報告するなんて、すっごく恥ずかしい。顔が真っ赤になってる自信がある。ソフィアとリシューの反応が怖いけれど、恐る恐る顔上げてみると2人はなぜかポカンとした表情をしていた。
……なぜ?私が恥を忍んで答えたというのに!
そして2人はやっと口をあけたと思ったら。
「え、口付け?」
「え、あ、あぁ」
と、よく分からない反応が返ってきた。何ですか、その反応は!私が勇気を振り絞って教えたというのに、そのぽかんとした表情は!
「ごめん、アルにぃ。アルにぃは凄いよ。シルフィーにあんな事を言われて口付けで我慢するなんて」
「何だ、もう最後まで襲われちゃったのかと思った」
リシューは、後悔に苛まれそうな顔をしながら、ソフィアはあっけらかんとした顔をしながらそういった
「最後まで?」
でも私は、ソフィアの言った「最後まで」という言葉の意味がよく分からなかった。最後までとは何の事だろうか。もしかして口付けのその先にある何かだろうか。アル様もその先に何かがあるって言っていたから、きっとその事だろう。でもその先に何があるのか私は分からない。気になるけれど怖いという気持ちがある。でもそれはきっと、そのうち必ず経験をしないといけない事だから、今は無理に知らなくてもいいんじゃないかなと思うし、知りたくなったらその時に聞けばいいや。
「でも、本当にどうしたの?シルフィって自分でそういう事を言う性格じゃないでしょう?」
ソフィアが的を得た問いを私にしてくる。確かに前までの私だったら絶対そんな事をお願いしない。でも今は、私が変わったからやりたくなっちゃった。だから仕方がないんだよ。
だから、そのまま「したくなったからお願いした」と伝えた。ソフィアはまだよく分かっていない様子で、首を傾げた。「そもそも今までのシルフィーだったらしたいとも思わなかったはずよ」とでも言いたげな顔だったけれど、それを言われてしまうと私には答えようがないからソフィアのその顔には気づかないことにした。
私の大好きなこの世界は、今日もキラキラと輝いている。ルートお兄様とお話をするソフィアは、恥ずかしそうだけれど、とても嬉しそうな顔をしている、リリーお姉様とお話をするリシューの顔はとてもキラキラと輝いていて楽しそうだ。
今までの私なら幸せだそうだなと思って終わりだった。誰かとお話するといつも以上に幸せな気持ちになるという感情を教えてくれたのはアル様だ。
この世界は輝いている。それは白と黒に輝いているのではなく、カラフルに色づいている。まるでたくさんの絵の具をこぼしたようなキャンパスだ。
モノクロの絵とはまるで違う。モノクロの中にもたくさんの色があるけれど、それはカラフルのものと遠く及ばない。
でも、私の心をカラフルに色付けてくれたのは、私の心を取り戻したお父さんとお母さんだけじゃない。今まで私が関わっていた人全てが私の心を色付けてくれた。この世に同じ人なんかいない。誰かの代わりになれる人なんかいない。
皆それぞれ生きている。私だって、シルフィーの代わりじゃない。私こそがシルフィーだ。
「そういえば、シルフィー」
「ん?」
ソフィアの問いかけに首を傾げて答える。そして、リシューも気が付いたように私を見て、ソフィアといっしょに口を開いた。
「「シルフィー、誕生日おめでとう」」
「ありがとう」
16歳の私の誕生日。それは私は心を取り戻し、お父さんとお母さんとお別れをした次の日だった。
それは不思議と、とても幸せなものだった。
朝、目が覚めたら隣にアル様がいた
アル様と口づけをした
友達がお祝いの言葉を告げてくれた
アル様が結婚しようと言ってくれた
世界が色付いた。
例年とは少し違う誕生日だったけれど、一番私の心に残った日だった。