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202/210

180、素敵な日です




私の気持ちを伝えた後、私達はいつも通り、いつものように一緒に眠った。アル様は本当に喜んでくれていたのだと実感する事が出来て、私は本当に嬉しかった。気持ちを伝えて良かったと安心した。今まで気持ちを伝えるのに緊張した事なんてなかったかもしれない。初めての経験だった。私は今までどれほど上辺だけで生きてきたのだろうかと、ふと自分を振り返ることにもなってしまった。


思わず色々なものに対して後ろめたくなってしまった。正直、私は色々な人と顔を会わす勇気もなくなったけれど、でも皆、私が心を取り戻した事を知らない。私は生まれてから私のままであると、皆信じているから。だから私は何も変わらず、いつものように接する事に決めた。


思えば、アル様はずっとずっと待ってくれていたのかもしれない。私が愛情を持てない事を知っていたのかもしれない。だからこそきっとアル様は私に何もしなかった。


口づけのひとつもしなかった


私から求めた事もなかったけれど、アル様から求めた事もなかった。


いや、求めた事があるかもしれないけれど、私は気付かなかった。気付こうともしなかった。アル様も気付かせる気もなかったんだろう。

私が最初から愛情を知っていれば、アル様に我慢をさせる事もなかった。


ああ、後悔しかない。


思っても仕方のない事だけれど、過去の私……、過去のシルフィーはどうしてこんな事を願ったのだろうか。いや、聞くまでもなく分かっているけれど。でも、思わず後悔せずにはいられない。今のアル様の気持ちを思えば尚更だ。


そう思えば、なんで今。いや、今まで私はあんなに幸せだったのだろう。アル様を傷つけ続けた私が、どうしてあんなに幸せでいられたのか。どうしてアル様はあんなに私を愛し続けていてくれたのだろうか。私がリーアである事も一つの要因かもしれないけれど、それだけではないだろう。あんなにずっとずっと愛し続けていてくれた。アル様に何かお返しがしたい。


「ん……、シルフィー、起きたの?」


珍しくアル様より先に目を覚ました私にそう問いかける。


もう、傷つけたくない。どうしたら、もう傷つけなくて済むだろう。私が唯一、心から信頼出来る相手。心から愛せる相手。心から傍にいたいと思える相手。


こんなに近くにいても、ずっとずっと遠くに離れているような感覚すらした相手。


「おはようございます」


それが、今はとても近い。


もぞもぞとアル様の所に擦り寄る。温かい。いい匂いがする。ずっとずっと大好きだった匂い。これだけは変わらない。私が心を知らない時も、この匂いだけはずっと大好きだった。いつも嗅いでいたいくらい、ずっと傍にいたいくらい大好き。まるで本能のようだ。この人の傍だと安心出来るという匂いが、この人からしてくる。まるで自分が犬になったかのようだ。


「んふふ、すぅき!」


私がそう言うと、アル様の抱きしめる力が強くなった。


「可愛い」


この力強ささえ、とても嬉しい。


「可愛い。可愛すぎてだめだ。やっぱりどこかに閉じ込めないと」


アル様それは犯罪ですよ。……ん?この世界でも犯罪になるのかな?きっとなるよね。でも、アル様になら閉じ込められてもいいと思っている自分がいるのも事実だ。


「閉じ込めたらずっと可愛がってくれる?」

「?!」


ならいいかなぁと思ったりもする。


「な、なんて?」

「え?だから、可愛がってくれるなら閉じ込められてもいいかなぁって」

「!」


だって、それだけアル様の事好きだもん。好きじゃなかったらこんな事言えない。


それに、


「アル様はずっと一緒にいてくれるって言ってたから。それと同じような意味でしょ?」


閉じ込めるって事はずっと一緒にいてくれるって事だから。少なくとも私はそう思う。あ、でも。外に出れないのは嫌かな?


「ずっと一緒だよ」

「もちろん」


お父さんとお母さんを失った。その心の隙間を埋めたいけれど、そう簡単に埋められるものじゃないと分かっている。だって2人の代わりは誰もいないから。


代わりにしている訳ではないけれど、アル様はきっと、ずっと一緒にいてくれるから。だから私は大丈夫なんだ。


でも逆に、アル様を失ったら私はどうなるのだろうという心配もある。今、私の心の拠り所の大半はアル様だ。そのアル様がいなくなってしまったら私は正気を保っていられるのだろうか。まだ分からない。前までの私だったら悲しいという感情だけで済んだけれど、今はどうなってしまうのだろう。絶望するかもしれない。私も死ぬだろうか。

今なら、心中という言葉も魅力的に感じる。アル様と一緒に死ねるのなら、それはとても幸せな事だと思う。1人で死ぬのは怖いけれど、アル様と一緒だったら、それでもいいかなとすら思う。だってそれは永遠に一緒にいるという事だから。


永遠はずっと怖かった。特に、永遠に変わらないものは怖かった。それは私自身だったから。周りの人の感情が移り変わっていく中で、私1人、何も変わらず流されるようにして生きてきていた。だから、周りの人の変化が、本当はずっと怖かった。周りの人が誰かを愛しくなる度、自分がその感情を抱けない事がひどく怖かった。


だからこそ、今、永遠は嬉しい。私と永遠を約束してくれる人がいるならば、私はその永遠に応えたい。


「ねえ、アル様。お願い、してもいい?」

「もちろん」

「何でもいいの?」

「私に出来ることなら、なんでも」


私の要望にアル様は迷わずに答えてくれた。しかもアル様に出来る事だったらなんでもいいんだって。アル様、叶えてくれるかな?


「あのね、









ちゅー、して欲しい……、です」









何だか言ったら、だんだん恥ずかしくなってきた!


思えば、こんな事を言うのは初めてかもしれない。口付けをして欲しいなんて、初めて願った。私からアル様に頬にした事はあったけれど、こんな事を願うなんて、はしたないと思われるかな……。


いや、でも婚約者だからお願いしてもおかしくないかな?


「っ!」


だめだ、なんだかより一層恥ずかしくなってきた。しかも断られたらと思うと、とても怖い。でもアル様は、


「ふふ、喜んで。」


と言って、私の頬に口付けをしてくれた。


「!」


確かに私がお願いした通り口付けだ。


でもでも!


そうじゃない!


私がして欲しかったのは


「お口には、してくれないの?」


ちょっとだけ、しょんぼりしながら聞いてみる。もしかしたら、アル様はしたくないのかもしれない。そう思ったらもう一度してなんて頼みづらい。でもやっぱり、今までアル様は私の唇に口付けをしてくれた事がない。それはきっと私を気遣ってくれていたのだろう。でも私はしたかった。はしたないと思われても仕方がないけれど、でも私はアル様が大好きだから。


ちらりとアル様を見てみると、


「っ!」


とても険しい顔をしていた。


そ、そんなに。


「そんなに、したくない……、ですか……?」


自分でも驚くほどショックを受けていた。私はアル様が私に口付けをしてこなかったのは、ずっと私に気遣ってくれているからだと思っていた。でも、それがもし。本当は私としたくなかったからだとしたら。


思わず目が潤むのがわかる。


私って、思ったよりアル様に好かれていないのかな。それともやっぱり、私は妹としか思われていなくて、そんな事をするような間柄じゃないと思ってるのかな。私はもうアル様の事をただの兄のようだとは思っていない。婚約者として私のこと愛してくれているのだと信じていたのに。だって、婚約者としてアル様の事を愛しているのに。


「ふぇっ……」


思わず零れそうになる嗚咽と涙を隠そうとアル様の胸に顔を隠す。本当に自分でもびっくりなほどショックを受けていた。アル様がそんなに嫌だとは思わなかったのだ。


でも、抱きしめるのは拒絶されないから、きっと、やっぱり私のこと妹のようだと思っているんだ。婚約者としては見てくれていないのかもしれない。頬の口付けは家族や友達からでもあるから、それは受け入れられるのかもしれない。


でも、やっぱり、アル様には拒絶されたくなかった。


再びこぼれそうになる嗚咽を我慢していると


「違う!」


アル様の声が私の頭の上で聞こえた。


「アル様?」


何が違うのか分からず、アル様の方を向くと、アル様の顔がとても近いところにきて。どうしてこんなに顔を近づけているのだろうかと疑問に思っていると、私の唇が温かいものに塞がれるのを感じた。


「!」


次の瞬間、私はアル様に口付けをされているのだと理解した。あんなに拒絶されていたのに、私が泣いたからそれを我慢してくれたのだろうか。理由はどうあれ、一瞬のとても短い時間だったけれど、私は凄く長く幸せに感じた。


「どうして、」


あんなに嫌がっていたのに。


そんな疑問を零すと、アル様は泣きそうな顔をしながら言った。


「だって初めての口づけでしょう?だったらこんな所じゃなくて、もっと素敵なタイミングで出来たらと思ってたんだ。それに、こんな所でしたら、口付けだけじゃ終わらなくなる可能性が出ててくる。私は聖人じゃない。愛している子が無防備で口付けを要求してきたら止まれない時だってあるんだ。今だって、抱きしめているだけで我慢できなくなりそうなんだよ?」


私はアル様の言い分に顔を赤くせざるを得なかった。だってアル様は拒絶していた訳ではなかったのだ。寧ろ、私の事を愛してくれていて、だからこそ今この時、本当にしても良いのかと考えてくれていた。そして、この先のことだって……っ!


私は、なんて馬鹿なのだろうか。


恥ずかしくて仕方がない。今までどんな顔してアル様に抱き締められていたのだろうか。今はただ、この体勢でいる事がすごく恥ずかしい。アル様の胸に手を当てて離れようと試みるけれど、アル様は離してくれなかった。


「あ、アル様!離して!」

「嫌。絶対嫌だ」


な、なんで!


「シルフィーこそ、なんで離れるの?」


あ、なんだかむっとしてるアル様も可愛い……、じゃない!なんだか黒い笑顔だ!

だってだって、我慢出来なくなりそうなんでしょ?!我慢が出来なくなって、この先何をされるのかは分からないけれど、アル様の黒い笑顔が怖いんだもん!


「アル様、なにか企んでますか?!」

「企むなんて、人聞きの悪い。ただ、慌ててるシルフィーが可愛いなあって」

「い、いじめっこです!」

「いじめっこだなんて失礼な。私はただ、慌てている可愛いシルフィーを愛でているだけだよ」

「それをいじめっこって言うんです!」


意地悪なアル様なんて珍しいけれど、頬をふくらませて睨みつける。アル様に抱き締められているままだから、ただ上目遣いになっているだけだという事には気づいていたけれど、それはどうしようもない。


「ふぶっ!」


でもアル様はそんな私の両頬を片手で潰してしまった。そうだよね、アル様にかかれば片手で私の両頬を潰すなんて簡単だよね。手が大きいもの。それに両方の手でつぶしちゃうと私に逃げられるもんね!でも、いっそのこと私を逃がしてくれたらよかったのに!


「とまぁ冗談はこれくらいにして」


アル様は私の頬から手を離し、私を抱き寄せていた腰からも手を離した。その拘束がなくなったので逃げるなら今のうちだ。そう思って逃げる体制に入るけれど、アル様の笑顔はなんだか逃がしてくれなさそうな笑顔だった。



なんだか、楽しそう。


アル様、嬉しそう。



自分の状況なんか忘れて、それがすごく嬉しくなった。アル様が、笑ってる。普段の笑顔より、もっともっと、嬉しい。アル様が私に遠慮してない。ありのままのアル様だ。


「へへ、」


アル様に囚われているという状況を忘れて笑ってしまう。

嬉しい。大好き。ただひたすらそんな気持ちが溢れてくる。私、アル様に心を許してもらえているんだ。アル様にとって、気を張らなくてもいい相手でいられるんだ。


さっきまで離れようとしていたくせに、思わずアル様に抱きつく。


その瞬間、私の耳元にあるアル様の心臓がより1層激しく鳴り響いたのを感じた。

私が抱きしめた事で、緊張しているの?私に対してドキドキしてくれているの?

なんだか不思議。私まで胸が苦しくなってきちゃった。胸がきゅうって喜んでいるみたい。


「ねぇ、シルフィー。私からもお願いしてもいい?」

「はい、」

「もう一度、口付けてもいい?」

「!」


改めて聞かれると、すっごく恥ずかしい!「はい」って言うと、して欲しいみたいで恥ずかしいし、「だめ」って言うのは嫌だ。だって、私だってして欲しいもの。

思えば私も、さっきはこんなに恥ずかしい事を聞いていたんだ。


「あ、えっとぉ……」


うぅ、こういう時どういう反応すればいいのか分からないよ。私のすぐ真上にあるはずのアル様の顔を見る勇気が出ない。アル様がどんな表情をしているか何となく想像つくから。でも、次のアル様の言葉を聞いて思わずバッと顔を上げてしまった。


「いや……?」


アル様が何だか悲しそうな目で見てくる!これはいけない。アル様を悲しませていいはずがない。ここは私の羞恥心なんて捨ておくしかない。


「嫌じゃないです!」


なんだか私とアル様の立場がさっきと比べて入れ替わってるようだ。


でも、もう今更嫌だとは言えない。言いたくもない。でもだからっていいとも言いにくい。でも、言わないとアル様はずっと悲しそうな顔のままだ。……よし、女は度胸だ。


「いや、じゃないです。私も、アル様としたい、です。…………して?」


私がやっと勇気をふり絞ってそう言うと、アル様はふわりと笑った後、目を閉じて私に顔を近づけてきた。それと同時に私もゆっくりと目を閉じる。

先程は目を閉じる余裕なんて無かったから、今度こそ閉じる。さっきは突然だったから心構えが出来ず、目も閉じてなかった。

でも今度は心構えが出来たぶん、余計に恥ずかしく感じる。心構えだってやっぱり出来ていない。それでもアル様の顔が近づいてくる事を拒否なんて出来ないし、したくない。


私が目を閉じると、唇に先程と同じように温かい感触がした。アル様の片手は私の後頭部に回っており、逃げるすべはない。逃げるつもりはないけれど、でもなんだか支配されているようで余計に恥ずかしいし、嬉しい気持ちさえしてくる。


「ん、っ」


ただ、唇が触れ合っているだけだというのに、それはとても酷く幸せに感じた。抱きしめてくれた時とも、頭を撫でてくれた時とも、手をつないだ時とも違う。全く別の幸せだけど、それはアル様としか感じられないものだと知っている。


家族の親愛とは違う、アル様だけの特別な気持ちだ。


私の後頭部を撫でるアル様の手はとても大きく、まるで私を逃がすまいと抱きしめているようだった。

口づけをされているのはとても幸せなのに、我慢できない自分がいることに驚く。もっとアル様を感じたい。もっと一緒にいたい。もっとこの先を知りたい。けれど怖い。私の中の感情が訳も分からず渦巻いていくのを感じた。私はいったいどうしたいのだろうか。それは私には分からないけれど、今はただひたすら幸せな事は分かった。


十分な時間、唇が合わさっていたように感じたけれど、今回も先程と同じようにそう感じただけで短時間だったのかもしれない。でも本当に幸せで温かかった。まるでアル様の中の温かさがこちらの方に流れ込んできていたかのようだ。ゆっくりと2人の唇が離れた。


なんだか口づけをしている時よりも、した後の方が恥ずかしくなってくるのはそういうものだろうか


「え、へへ。ふふ」


恥ずかしい。誤魔化すように笑ってみるけれど、今はアル様の顔を見られる自信がない。アル様だって驚くほど心臓の進みが早い。とりあえずアル様の胸元に顔をうずめて「大好き」と呟くぐらいはいいだろうか。


そう呟くと、またアル様の心臓が速くなった気がした。









そして、アル様が再び口を開く。









「シルフィー、結婚しよう」









ああ、なんて幸せなのだろうか。


この世界で生きていてもいいのだと実感する事が出来た。


世界はとても明るくて、優しいものだと分かったから




それは私が16歳になった誕生日の事だった。





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