アルフォンスpart11
シルフィーの独占欲が嬉しかった。
『あいして、ます』
その言葉を聞いた時、私はどれほどの歓喜に満ち溢れただろうか。ずっと願っていたけれど、願っても仕方がないとどこかで諦めていた。
でもそれが今やっと叶った。
彼女は私を愛する事がないとずっと思っていた。
私はずっとずっとシルフィ―を愛していたけれど、シルフィーからそれが返される事はないと思っていた。シルフィーは私の事を家族のように、兄のように思っていた。それは知っている。けれど、私はシルフィーの事を妹のように思った事はなかった。ずっとずっと愛しくて可愛くて大切にしたい女性だ。
私からシルフィーに愛を贈る事はあったけれど、シルフィーから返ってくる言葉は「好き」だった。それ自体に問題は無い。けれど、私は同じように「愛してる」という言葉を聞きたかった。でも、それは上辺だけでは無い。心からの言葉を聞きたかった。
今日の…、いや。帰ってきてからのシルフィーはどこか変だった。シルフィーだけど、どこか、違う。それが何なのかは分からない。リーアとも、今までのシルフィーとも違う。まるで、別の何かがシルフィーの中に入ったかのようだった。けれど、それは違ったけれど、違和感はなかった。まるで、在るべき形に戻ったかのようだった。
だからこそ、先程のシルフィーの言葉を聞いて思わず涙が出てしまった。あれは私の事を気遣って出た言葉とは全く違う。初めて聞いたけれど、心からの言葉だと分かった。やっと報われたんだと感じた。シルフィーの中でどのような変化があったのかは分からないけれど、やっと私のものになったのだと実感した。
とても可愛くて優しい子、周りの皆からも愛されていたけれど、なかなかそれを実感する事が出来なかった悲しい子。
最近ようやっと、自分が愛されている事を実感し始めていたけれども、その愛を返す事は、難しいだろうと感じていた。
彼女は人の感情に敏感だ。相手が自分をどう思っているかよく分かる。それが負の感情だと尚更だ。しかし彼女は唯一彼女自身に向けられている愛にだけ鈍感だった。
自分が愛されている事をまるで自覚していない。愛されるはずがないと、そう信じ込んでいる。何が理由か分からないけれど、ずっとそうだった。だから私は知って欲しかったんだ。彼女の周りには、彼女を愛してる人が沢山いるのだと知って欲しかった。
私は誰よりも彼女を愛していた。思えば一目ぼれだったかもしれない。あの子が三歳の時に初めて出会った。とても愛らしくて可愛い子だった。すぐに私のものにしたいと、そう感じた。その中にもしかしたらリヒトとしての気持ちが入っている可能性も否定できないけれども、私自身が彼女を求めた気持ちに変わりはない。
彼女は私を受け入れてくれた。私と婚約をする事を許してくれた。だからこそ、これから私は彼女をもっと愛し、そして彼女も私に好意を抱いてくれるように努力しようと決意した。彼女との関係は良好だった。彼女は可愛らしく、誰にでも好かれる。だからこそ私の婚約者として、彼女を否定する人はいなかった。
彼女は強くて優しい、そして弱い。
しっかりと自分の意志を持っているようで、どこか危うい。まるで自分がないような姿が見えた。どこかで諦めているような、そんな姿勢が見えた。
彼女は私が彼女を愛している事を知っているはずなのに、彼女自身がその愛を否定していた。
いや、私自身に愛される事がないとどこかで知っていた。そんなはずないのにね。私が最初に彼女を愛したのに捨てられるはずがない。彼女と出会って約12年。未だに私はどうやったら彼女の心を捉えられるか模索していたというのに。
彼女の好きなものは沢山知っている。
可愛いものが好き
美味しいものが好き
優しい人が好き
ふわふわしたものが好き
家族が好き
友達が好き
犬が好き
可愛がられることが好き
眠ることが好き
そして嫌いなものも知っている。
暗いところが嫌い
怖いものが嫌い
苦いものが嫌い
怖い人が嫌い
きっとまだまだたくさんある。
だって私は、彼女の全てを知ってる訳ではないのだから。そして反対も同様だ。彼女は私の事を全然知らない。私はこの十二年間、彼女の事が好きで、ただひたすら彼女の事を知りたいと思った。けれど彼女はそうではないだろう。彼女は私の事を兄のように思っていたから、私の事を知りたいとは思わなかったはずだ。もちろん表面的に好きな事を知っているはずだが、彼女は私のことを深く知ろうとはしなかった。
私はそれが少し寂しかった。
彼女にとっての私は特別な存在ではなかった。もちろん、無関心の相手ではなかったと思う。唯一彼女が甘えられる人であると自負はしていた。彼女にとってもそうだったのであろう。私にとってそれはひどく心地よかった。彼女が困っている時、頼るのは私だった。それはとても心地よかった。だからこそ、彼女は簡単に私から離れていってしまうのではないかという危機もあった。だって彼女は私を愛していた訳ではなかったから。だから私はいつも耐えた。彼女はこの腕の中に閉じ込めたくて、逃がしたくなくて、誰の目にも触れさせたくなくて。どうすればいいんだろうと、心臓を鷲掴みにされたような心苦しさにとらわれた。
どうすれば常に彼女と一緒にいられるのだろうと考えていた。婚約者だからと安心はできなかった。彼女は純粋だだからこそ、私は恐ろしかった。彼女ではなく自分自身が恐ろしかった。いつ彼女を傷つけてしまうか。彼女から距離を取りたいと思いつつも、それもどうしても出来なかった。夜、一緒に寝る時だって、本当はもう彼女と一緒に寝れるような年齢ではない。でも私は彼女を離す事が出来なかった。それほど彼女の隣が心地よかったのだ。
『あいして、ます』
何度思い出したって心が震える。長年の夢がようやく叶った。少し恥ずかしそうな彼女は本当に可愛らしく、そして抱きしめたかった。いや抱きしめた。
まるで空いていた心の隙間が全て埋まったような、そんな感覚がした。嬉しくて苦しくて、ただひたすら幸せだった。私の思いが伝わったのだと、やっと実感した。今までやってきた事は無駄ではなかったのだと、そう思った。
私はずっとずっと彼女を愛していた。それがようやく伝わったのだ。今まで大好きと言ってくれてもどこかで彼女のことを信じきれていなかった。
抱きしめたら安心したように預けてくれる体も。
頭を撫でるとふにゃりと崩れる笑顔も。
全てが愛おしかった。
『アル様』
彼女の声で呼ばれるその名前は、いつしか私の宝物になっていた。私をそう呼ぶのは彼女だけだ。彼女と私だけの繋がり。失わずに育てていく為には、どうすればいいかとずっとずっと考えていた。
やっと報われたのだ。
彼女は今も私の隣にいる。安心したように、私の腕に頭を乗せ、体をすり寄せ、瞳を閉じている。
いくら彼女からの愛を受け取ったとはいえ、私を兄と思っていた彼女の心はそう簡単に覆ることはないだろう。もちろん今、彼女が私のことを兄としてだけ見ているわけではないと分かっている。兄とは別の、婚約者に対する愛を確かに感じ取ったのだから。
けれど今は兄としての役割もはたさなければならない。安心したように私に体を預ける彼女の信頼を裏切れない。だから私は今日はかわいい婚約者となりで何もせずにただ眠る。
まるで、甘い拷問のようだ。
けれどその苦しみは今までと違った苦しみだ。苦しみの中に喜びも溢れている。
惚れた方が負けとはまさにこういうことを言うのだろうなことは改めて実感した。