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179、やっと返せました



私はそれからお義父様とお義母様が起きないうちに、アル様のお部屋に戻ってきた。もしお義父様とお義母様が起きたらどのような反応すればいいか分からなかったからだ。きっと2人は変わらない。お義父様とお義母様がいなくなったとしても、きっと優しいお義父様とお義母様だけれど、今はどのように反応したらいいか分からないから、私は逃げてきた。だって2人共、起きたらびっくりすると思うから。気づいたら寝ていて、目の前で私が泣いていたら動揺すると思う。だから、逃げてきた。次会う時に笑顔で対面すればいいのだ。


「ただいま、戻りました」


そろっとアル様の部屋をノックすると、「どうぞ」と言うアル様の声が聞こえる。


「おかえり」


アル様がそうやって、いつものように両手を広げ、私を迎え入れてくれている。やっぱりここが私の居場所なのだ。


と、同時に。いつもとは違う感覚がした。


胸のあたりがひどく痛い。いや、痛いとは少し違うかもしれない、ぎゅっと締まるような感じ。


思わずぎゅっと胸を押さえてしまう。


「シルフィー?」


なかなか私がアル様の元に行かない事に疑問を持ったアル様が、私の名前を呼ぶ。


「何でも、ないです」


私はそう言って、いつものようにアル様の腕の中に飛び込む。けれど、またしてもいつもと違う感覚がしたのだ。


これは何だろうか。


いつもアル様の腕の中に飛び込むと、幸せな感覚がするのだけれど、今日はそれだけではない。自分でもどう言えばいいのか分からないけれど、いつもより嬉しい。そんな感覚がするのだ。


と、そこで気付いた




ああ、これが幸せというのか。




今まで知らなかった。私は、自分が幸せだと思っていたけれど、いや実際幸せだったのだけれど。でも心から感じる幸せとは、こういう事なのだろうと、やっと分かった。これが私の心。今まで私の心が消えていたと言われても納得出来るようだった。今までの表面上の幸せとは違う。心からの幸せ、胸やお腹から何かが溢れてきそうで、苦しくて止められなくて。そんなどうしようもない感情を幸せというのだろう。


「アル様、私幸せです」


もしかしたら、この幸せを愛というのかもしれない。


この腕の温もりは誰にも譲りたくない。私だけのもの、誰にも渡したくない。こんな醜い感情を抱いたのは初めてかもしれない。


「アル様は……、」

「ん?」


思わず言いかけて言葉を止める。こんな事を言っていいのか分からない。私はまだ自分の中の感情と向き合い始めたばかりだ。自分の感情を見つけた途端、それを外にさらけ出してもいいものかわからない。今まで私は綺麗な感情しか知らなかった。表面上の感情だけ。その奥に根付く深い感情とは接した事がなかった。


感情とは、こんなに豊かなものだと初めて知ったのだ。

幸せとはこんなに苦しいものだと初めて知ったのだ。


ただ、優しいだけじゃない。醜さも苦しさも悲しさも寂しさも全てひっくるめて、私だ。今まで私自身が、私を否定していたのだとやっと分かった。全てを諦めていると言われても、そのように思われても仕方がないとやっと分かった。だって今の私が本当の私だ。今までの私も私だったけれど、それは上辺だけの私だ。綺麗なものに包まれた私、誰も表面上の私しか見る事が出来ない。その奥に隠されている私とは全く別物。けれどそれも含めて私だった。今まで沢山我儘を言ってきた。その我儘が私の心の隙間を埋めてくれると思っていたから。けれどそうではない。私の心はちゃんと埋まっている。我儘だけじゃなくて、さまざまな感情で埋まっている。正の感情も負の感情も全て私のものだ。



それにどんな私もこの目の前にいる優しい人は受け入れてくれる気がするから。



「アル様は…………、アル様は私の?」


まるで自分の私物のような発言をする私を、目の前の優しい人はキョトンとした後にふわりと笑って頷いてくれた。


それはそれはとても嬉しそうに。まるで私に独占されたいとでも言うように。今まで何度もアル様の嬉しそうな顔を見てきたけれど、いつもとは全く違う。まるで全てに満たされたような、そんな表情だ。

きっとそれは婚約者だからとか、そんな理由じゃない。確かに初めはただの政略結婚からの婚約だったかもしれないけれど、それでも今、アル様が私を好いてくれている事は分かる。


「アル様、嬉しいの?」

「うん、とても」


そっか、嬉しいのか。分かりきってるので聞いた私もどうかと思うけれど、本人の口からそう聞くとやっぱり嬉しい。好きな人が嬉しいと自分も嬉しくなる。そんな事を聞いた事があるけれど、こういうことだったのかと今更ながら実感する。


「シルフィーは?」

「?」

「シルフィーは私のもの?」


私がした質問と同じような質問をアル様も繰り返す。そして聞かれて思った。なんだか嬉しい。私がアル様でのものである事を望まれているような、いや、実際に望まれているのだろう。それがわかるから嬉しい。今までの私ならどうしてそんな事を聞くのだろうかと疑問に持った事だろう。でも、今なら分かる。こんな独占欲に溢れた質問だけど、それだけお互いを思いやっているということだ。私はアル様のものになりたい。そしてアル様私のものにしたい。それは酷く醜く苦しい感情だけれども、同時に沢山の感情に触れてとても暖かいものだと分かった。


「はい、私はアル様のものです」




初めまして、私。




思わずそう言いたくなる。今までの私も私だったけれど、それでも今の私は、今までの私と違う心が伴った事で、世界はこんなに綺麗に色付いて、輝いて、美しいものだとやっとわかったから。昨日までの世界も綺麗に色付いていたはずなのに、まるで世界に色がついたような。ありえない話だけれど、今までモノクロの世界にいたような気さえしてくる。


なんだか不思議。今まで何度もアル様に抱きしめられた事はあるのに、今日はなんだか違う。幸せだけじゃない。この感情は何だろう。何だか段々、ドキドキしてきたような気がする。今まで感じた事がない。こんな時だって、恥ずかしいような気がする。それでもまだずっと一緒にいたい。



人を愛するって、



「こんなに、苦しくて、辛くて、温かくて、………幸せな事だったんだね」


「?」


アル様は不思議そうに私を見つめ返すけれど、それでも私の手は緩まない。アル様に抱きついていると、いつもより胸が高まっている。それが分かるけれど、やっぱり離すなんて出来ない。アル様の傍が話が安心できる場所だから私が帰ってくる場所だから。


「ずっとずっと一緒にいてくれる?」

「もちろん」

「浮気なんてしないでね」

「もちろん」

「もしアル様が他の女の子と仲良くしてたら、私は怒るからね」

「是非そうして」


私がアル様に言葉を告げる度にアル様の笑みはどんどん深くなっていく。どうしてこんなにアル様の機嫌がいいのか分からないけれど、それでも機嫌がいいなら悪いよりは嬉しい。私の醜い嫉妬心や独占欲を全て受け入れてくれてるような感じがするから。

ううん、感じがするんじゃない。アル様は本当に私の全てを受け入れてくれるだろう。だから私だってアル様の全てを受け入れたい。

今まで私は、どれだけアル様の愛情をふいにしてきたのだろうか。自分が愛は知らないという事を免罪符に、どれだけアル様を傷つけてきただろう。私の醜い嫉妬心や独占欲にアル様は、喜んでくれた。でも、私が独占する事を喜ぶかのように。そこでは私はアル様がどれだけ私を好いていてくれたか気付いた。



アル様は私を「愛してる」と言ってくれたけど、私はそれに対して「大好き」と答えた。その時の大好きという気持ちは私の嘘偽りない気持ちだったけれど、それはアル様をどれだけ傷つけただろう。

私はアル様はいつか他の女性と結婚するものだと思っていた。だからアル様に側室ができたとしても受け入れるつもりだった。でも、アル様にそういった時に怒られた。

お兄様に側室が出来たらどうするかと聞かれた時も私は婚約破棄されたら仕方がないとすら考えていた。もう今ならわかる、そんなの絶対許せない。受け入れられない。



アル様はわたしのものだ。

誰にも、渡さない



きっと、前のシルフィーも同じ気持ちだったんだ。


悪魔のせいでその気持ちが助長された。だって、アル様の事が大好きだったのだ。だからこそ拒絶されるのが怖かった。だから、私は今の私になったのだろう。


きっと、今の私のこの気持ちは、私だけのものでは無い。私より前の積み重なってきたシルフィーの思いだ。


「アル様、」

「ん?」

「あのね…」


先程、お父さんとお母さんにも言えたのに、なんだかアル様に言うとなると、照れくさくて言葉が出ない。


「あの、ね」


けど、やっぱりどう言っていいのか分からない。改めて言うと恥ずかしくなってくる。

ただ一言言うだけなのに。アル様は私に言ってくれた事があるのに。


「あの、あ、……」


うう、私ってこんなに優柔不断だっただろうか。今までだったら照れずにさっと言えたはずなのに……。いや違う。今までは絶対に言えなかった。今だからこそ言える言葉。だからこそ照れくさいのだろう。なんて自分を客観視してみた事で、恥ずかしさは全然変わらない。


「あい、」


あと少し、ただ言葉を告げるだけなのに、頭が真っ白になる。


でも私は今この言葉を贈りたいんだ。いくら恥ずかしがろうとその気持ちは変わらない。言葉が出なくても、どうしてもこの言葉を贈りたい。今なら言えるはずだから、今まで知らなかったこの言葉の意味を私は今やっと分かったから。他の誰でもない。今、目の前にいる温かい人に送りたい。


深く息を吸い込んで言葉を告げる。


「あいして、ます」


シャキッと言うつもりだったその言葉は、不思議とたどたどしく、自信なさげになってしまった。


ただただ恥ずかしい。悲しくないはずなのに、なぜだか涙さえ出てきそうになる。自分の顔が赤らんでいるのも、熱くなっているのも感じている。

私はこの数分間で、感じた事のない感情を一体いくつ感じているのだろうか。新しい自分の発見だ。

なんて冷静な事を考えてみるけれど、恥ずかしさは一向に変わらない。寧ろ、言う前より言った後の方が恥ずかしい。アル様はどんな反応するのだろうか。


ちらりとアル様を見てみると


「え?」


アル様は笑っていた。そして泣いていた。


静かに涙を流していた。


アル様の涙を見るのは二度目かもしれない。でも、あの時と違って今のアル様はとても嬉しそうで。





やっと返せた





不思議とそう思った。アル様にもらったものを、やっと今、返せたんだ。



アルさまにもらった『愛』を今やっと返せた。



そう感じた。







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