017、夜は寂しいです
「っ!」
たまたま夜中に目が覚めた。何故か分からないけど、嫌な予感がしたから。背筋が凍るような、寒気がするような。何かに監視されているかのような恐怖。あるいは首筋にナイフを突きつけられた時のような感覚。
「……?」
でも、それは一瞬で終わった。今はもう何も感じない。心地よい薄暗さと、微睡みを感じるだけ。そういえば前世でも似たような事が何度かあったな、と考える余裕も出てきた。
前世でも夜中にいきなり目が覚める事があった。起きたとしても特に何も無かったけど、言い表せない恐怖があったのを覚えている。けれど、私がいた養護施設の部屋は6人部屋だったため、どうしても泣き叫ぶことも出来ず、布団の中で一人膝を抱えていた。
そういえばいつからだっただろう、今のように直ぐに恐怖が和らいだのは。最初はただ何かが怖くて、どうしようもなかった。正体の分からない恐怖に押しつぶされそうだった。けれどいつからか、飛び起きても直ぐに恐怖が和らいだ。きっかけは何だっただろう。
……そうだ。施設のお兄ちゃんがくれたぬいぐるみのファルと一緒に寝るようになってからだ。それから何故か謎の恐怖に襲われることも少なくなった。だから、前世では余計にファルを手放せなくなっていた。
目は覚めたけど、2度寝出来そうにない。またあの感覚を味わうのが怖い。一人でいるのが寂しくなったからお兄様かお姉様に一緒に寝てもらおうかな。そう思って部屋を出たら、ディーがドアの前で寝ていた。まるで番犬のように。
「ディー?」
何でここにいるんだろう?でも、寝てるし起こしたら悪いよね……。そう思ってそっと傍を通り過ぎる。……通り過ぎたと思ったんだけど、気がついたら目を覚ましたディーが私の行く手を阻んでいた。
「ディー……、あのね、わたしはおねーしゃまかおにーしゃまのおへやにいきたいの」
ディーを撫でてから部屋を出ようとすると、ディーは私に部屋に戻るように押してきた。けれど、私もひとりで寝るのは寂しかったから抵抗した。
「ディー、ここをとおして?」
「クゥーン」
「ディー……」
よく分からないけれど、ディーは私を部屋から遠ざけたくないみたいだ。
「じゃあいいもん。わたし、ディーといっしょにねるもん!」
そう言って私はディーのクッションの上に寝転ぶ。ディーもクッションも毎日洗ってるから清潔だし、クッションは私が余裕で寝ころべるほど大きい。ディーは私を部屋へ押し戻そうとしてくるけど、一人で寝るのは嫌。ディーも諦めたのかそのままクッションの上に私を囲むように丸まった。お陰で私は全く寒くなかった。そして、嫌な感じ全くなく、安心して再び眠りについた。
翌朝、ディーと一緒に丸まって眠る私が廊下で発見され、家族や使用人を大いに驚かせてしまった。
ディーはいつから私の部屋の前で寝ていたのか分からない。ディーの部屋はちゃんとあるのに……。夜廻していた使用人がディーを部屋に促しても、何故か私の部屋の前に戻ってくるらしい。気づいた家族は私が寝た後に、夜だけドアの前にディーアのクッションを持ってくるように使用人に頼んでいたみたい。
今回の件でそれに気づいた私は、それからディーアを私の部屋の中で寝かせるようにしている。もし番犬なら近い方が守れるし、何より、夜の廊下は冷えるから。結局ディーは私のベッドの下で寝ている。それで、私がベッドから降りようとしたら、ベッドに戻るように促される。なんだろう。ディーはペットというよりお兄ちゃんに思えてきた。
そして、最近夜になると、家族の誰かが絵本を読みに来てくれる。今日はシリアお姉様。お姉様は絵本だけでなく子守唄も歌ってくれる。
「おねーしゃま、きょうのえほんなあに?」
「今日は小さいお姫様っていうお話よ」
親指姫のことかな?この世界の絵本は日本の物語と似ている。けれども……
月じゃなくて太陽に帰るかぐや姫、毒林檎じゃなくて嫌いな小豆を食べて倒れる白雪姫、声じゃなくて記憶を失う人魚姫。
このように、日本のお話のはずなのに少し話が違うという、よく分からない話が沢山ある。……製作者は何を思ってこの話を考えたんだろう?面白いけれども。
「昔々、あるところに拳4つ分ほどの大きさの女の子がいました。とても可愛らしく周囲の人からも愛されておりました」
お姉様が絵本を読み始めた。親指姫のことだと思ったんだけど違ったね。拳4つ分の大きさって言ってたから拳姫……?やだ、そんな名前可愛くない。なんだか強そう。小さなお姫様っていうタイトルで正解。
そして、この国の文字は日本とは違う。英語でもない。例え英語でも、前世は小学5年生だったからアルファベットくらいしか分からないけど……。日本人が書いてる小説なら日本語でもいいのに!規則性があるのは分かるんだけど、何だかぐねぐねしてて分かりにくい……。まぁ、日本語も十分ぐねぐねしてるけどね!
読めるようになりたいな。
「おねーしゃま。わたし、もじがよめるようになりたいの」
「あら、どうして? お勉強は5歳からだから、まだいいのよ?」
理由……。ただ文字が読めるようになりたいじゃダメかなぁ。でも、理由なく勉強がしたい3歳児は珍しいか。
「あのね、いつもみんなえほんよんでくれるの。でもね、わたしもみんなにえほんよみたいの!」
「可愛すぎるわ……」
お姉様は顔を手で覆って上を向く。
「……め?」
「ダメじゃないわ!でもね、私達はシルフィーに絵本を読んでいる時間がとても楽しいの。だから、シルフィーが文字を読めるようになってしまったら寂しいわ……。」
えっと、この場合どうしたらいいんだろう?私も皆も絵本を読んであげたい。私は文字の勉強をしたいけど、お姉様達に読んでもらうのもとても好き。
「もじ、おねーしゃまがおしえてください!えほんでべんきょうします!」
「絵本を読んでいる時に一緒に勉強するということ?」
「はい!」
「それなら、勉強中の可愛いシルフィーも見られるし、絵本も読んであげられるし一石二鳥……?」
お姉様は暫く考えこんで
「じゃあ、絵本を読みながら勉強しましょう!」
と言ってくれた。そして、私は段々と文字を覚えていくのだった。