178、お別れは何度しても慣れないです
ああ、これで本当にお別れだ。そう悟った。
そして、二人はぐったりと力が抜けたように、ソファに倒れ掛かる。
驚いて二人に駆け寄ろうとした瞬間。
「!」
2人から光が漏れた。
目を開けるのも辛いくらいの光。その光は部屋中をぐるりと回った後に私の中に入り込んだ。
「な、なに?」
あの光の強さからは考えられないほど暖かくて、自分の中で馴染む感覚がした。自分の中に入り込んだ途端、何故だか分からないけど、心の隙間が埋まった気がした。別のもので埋まっていたものが在るべき形を取り戻したような感覚。まるで『心』が、これが私だと叫んでいるようだ。
そして、しばらくすると今度は私から何かが抜け出ていくような感覚がした。もしかして先程入り込んだ光が再び出ているのだろうかと思ったけれど、そうではないようだった。よくよく目を凝らしてみれば、それは先程まで私の中にいたはずだった黒い靄だった。あんなに大きくて冷たくて怖いはずの黒い靄は、気が付けば私の拳ほどの大きさに縮まっていた。あんなに大きくて、私の体すらも飲み込めそうな黒い靄はこの一瞬でもう力を失ってるのだと察した。きっと2人から溢れ出た光が、私の中に入っている悪魔を消し去ってくれたのだ。
これが本来あるべきの私の形だけれど、どことなく寂しいような気がする。先程まで私の中に入り込んでいた黒い靄はどこかで私の1部のように感じていた。その黒い靄がなくなった事で、安心できたはずなのに、何故かどこかで寂しさを感じる。
心ではないどこかがまだぽっかりと空いているような、そんな感じがする。けれど、それが普通なのだろう。これが本来あるべき私の形だ、今更どうこう言っても仕方がない。
思わず自分の身体をくるりと見て回ってみるけれど、どこも異常は無いように思える。黒い靄が出て行った事と、心が戻ってきた事で何か変わるのだろうかと、少し危惧していたけれど、何ともないようで安心した。私は私のままらしい。
自分の変化がないことに安心して目の前の2人にもう一度向き合うすると2人から、ふわっと、何かが浮き出てきた。
「!」
先程の強い光とはまた別の光。強いはずなのに、ふわりとしていて暖かい。まるで光の靄だ。それがソファーでぐったりと座っているはずのお義父様とお義母様から抜けててくる。
「なに…?」
何が起こっているのか分からないけれど、悪い事が起こっている訳ではないという事は理解出来た。だから、じーっとその光を見つめてみる。
その光は少しずつ人の形をかたどっていき、見覚えのある姿へと変貌を遂げた。
金髪の髪が長い女性と、同じく金髪の髪が短い男性。いつかの夢であった二人だ。私が悪魔に苛まれて苦しんでいる時に、夢で歌を歌い、私を助けてくれた。また会えると信じていたけれど、こんなに時間が経ってから会えるなんて。ずっと見守っていてくれたのだ。今だって私を見つめる目はとても暖かい。まるで子を見る親のような目だ。と、そこまで考えて気づいた。
「「決断してくれてありがとう」」
そうか、彼らこそ、私のお父さんと、お母さんだったんだ。
きっと、それが2人の神としての本当の姿。桜の両親ともお義父様とお義母様とも似つかない。けれど、とても美しく、目を奪われてしまう。
「夢で、私を助けてくれていたんだね」
私が心を殺した時、夢で二人は私を助けてくれた。ずっと、見守ってくれていたんだ。
ああ、私は本当に貴重な経験をしているのだなぁと思う。
神に出会える人間が一体どれほどいるだろうか。私は神を信仰している訳ではないけれど、それでもこれは貴重な体験だと思う。それが自分のかつてのお父さんとお母さんだったら尚更だ。何故2人が神になったのかは分からないけれど、おかげで私はまた2人に会えた。
きっとこれで本当に最後なのだ。本当に本当にもう2人とお別れなのだ。分かっているけれど、何を言っていいのか分からない。
何か言わなければ、そう思うけれど、出るのは言葉ではなく、目からの雫。
「あり、がとうっ…」
それでも何か言わなければと思い、口から出るのは先程までと同じように感謝の言葉だけ。
2人の姿がだんだんと消えていっているのが分かる。もう時間がないのだ。2人はもう帰らなければいけない。分かっているけど、その手を2人の方に伸ばす事はやめられない。
「待って!」
叫ぶけれど2人は何も言わない。何も言わずにだんだんと消えていっている。
行かないで消えないで………、
そう思うのに、思うだけで何もできない。
やっぱり私は弱い。先程まで2人との別れを受け入れていたはずなのに、いざ別れるとなるとどうしても躊躇してしまう。でもそれでもやっぱり最後に2人に残るのが泣き顔なんて嫌だから。
「大丈夫、」
自然と口角が上がらなくて無理やり自分で頬をつねり、口角上げる。
「大丈夫だよ」
不格好な笑顔になってしまったけれど、それでもやっぱり最後に残るのは笑顔がいいから
「私はもう大丈夫」
大丈夫だから、もう行って大丈夫。悲しいけれど、辛いけれど、2人はきっとこれからも私の事を見守っていてくれるはずだから。
永遠の別れなんてない。私がそうだったように。会いたいと願っていれば、また絶対会えるから、どんな形であろうと、どんな姿であろうと絶対に会えるから。それが分かっているからさよならなんて言わない。
大丈夫と、ありがとうに私の気持ちを全て込める。
「ありがとう…」
私の笑顔が不格好だとわかっているにも関わらず2人は安心したように微笑んだ。
その笑顔に、私はたまらず勢いよく2人に手を伸ばしてしまった。実体ではない2人に掴めるはずがないと分かっているにも関わらず、手を伸ばしてしまった。
私の手は空を切っただけだった。2人の事をつかめない。もう触れられない。分かってるのにそれがひどく悲しい。もう私と同じ普通の人間ではないのだと実感させられた。もう一緒にはいられない。本当に別れなのだ。
「お父さん、お母さん!」
抱きしめたいのに抱きしめられない。抱きしめてほしいのに、抱きしめてくれない。
頑張ってせき止めたはずの涙が次々と溢れ出す。離れたくない。離れなければならない、わかっているのに私の行動は何も映らない。
「「笑って」」
お父さんとお母さんはそう言った。そこで私は、ふと気づいた。私は先程笑ったはずなのに、また泣き顔で悲しい顔をしてしまっていた。悲しいのは事実だけど、やっぱり悲しい顔は嫌だ。
「え、ヘヘ…」
さっきよりももっともっと不格好だろう。でも、それでも。笑っていたいから。大好きな人には笑っていてほしい。その気持ちがよく分かるから。
「「愛してる」」
2人は私の目を見てそういった。
「どうか、今度こそ、幸せに」
そう言い残して消えていった。
私は、本当に、幸せだったよ。たった3年間だったけれど、私は、あまり覚えていないけれど、幸せだったよ。大好きなお母さんとお父さんの間に生まれてきて、本当に、本当に、幸せだった。
ほんの数日だったけれど、また再びお父さんとお母さんに出会えて嬉しかったよ
「ありがとう、お父さん、お母さん」
ずっと、ずっと、忘れない。大好きな二人のこと、絶対に忘れない。
また、いつか