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175、光の少女とシルフィーとソフィア




シルフィーには、リーアの魂。

ソフィアには、リーアの肉体。




 私とソフィアは元々同じ存在だった。だからこそ二つに分かれた時、その二つはもう一方を求める。

 私がソフィアを求めるのも、一緒にいたいと思うのも、元は一つの存在だから。

 ソフィアと触れ合うと安心するのも、元は一つの存在だから。

 前世の記憶がある事も勿論、ソフィアと一緒にいたいと思う要因の一つではあるけれど、それ以前に2人ともリーアだったからこそ求め合うのだろう。求めあったからこそ、この世界で2人とも同じように転生したのかもしれない。


「それって、ソフィアにも、リーアの記憶があるという事?」

「いいえ、ソフィアがリーアから受け継いでいるのはあくまでも、肉体のみ」


 私達は元々別の存在として生まれ変わるはずだったけれど、リーアの中に悪魔が入った事で、新しい状態で生まれかわるはずの魂が受け継がれた。転生という形で記憶が引き継がれた。


「じゃあ、ソフィアが光の魔法を使えるのって…」

「ああ、その少女の生まれ変わりだからだ」


 ソフィアは、魔力が強すぎるため、大気中の光の魔力を自身の力だけで魔法に変えられる。

 それが、ソフィアが、光の魔力を使うことができる理由らしい。

 魔法は本来、空中に漂っている魔力を集め、それを精霊に頼んで使ってもらうというような方法だ。

でも、ソフィアの魔力は強すぎるから精霊に頼らなくても魔法が使える。


 けれど、それは本来の予定とは違ったみたいだ。ソフィアの魔力は元々それほど強くはなかった。しかし、ソフィアはリーアの生まれ変わりという事で受け継がれ、強い魔力を持って生まれた。


 そして、お父さんの口から更に驚く事を聞かされた。





「この世界は何度も何度も繰り返されている」


 繰り返されている?


 私にとってこの世界とシルフィーは一周目のような気がするけれど、そうではないらしい。私ではなく、本来のシルフィーが何度も何度もこの世界を繰り返しているらしい。でもそれは記憶が受け継がれている訳ではない。ただ、何度も何度も、この世界の全てがループしているらしい。


 おかしなことのように感じるけれど、世界とはそういうものらしい。


 昔の私は、いや、シルフィーは悪役令嬢だった。私が読んだ小説の悪役令嬢であるシルフィーは、この世界で本当にいたシルフィーの姿だった。


 けれど、それは、シルフィーの本来の姿ではない。


 私も、シルフィーだからこそ、わかる。彼女は人を貶めるような人ではない。小説だとそういうものかと感じていたけれど、でもそうではない。


 彼女はそんな事が出来るような人ではないのだ。


 シルフィーが悪役令嬢となった原因は悪魔らしい。悪魔はリーアの生まれ変わりであるシルフィーの中に入り込んでいた。その悪魔はシルフィーの、負の心、嫉妬心などに反応し、シルフィーの心を飲み込んだ。そして、シルフィーは悪役令嬢となったみたいだ。


 本当のシルフィーはそんな事をするような子ではなかった。だって、私が入っていなかった時のシルフィーはとてもあたたかくて、優しい存在だった。嫉妬心を抱いたとしても、人を貶めるような人ではない。

 では、なぜ今回そうならなかったのか。なぜ私が悪役令嬢とならなかったのか。それは今回は様々な要因が重なったから。だからこそ、私は……、シルフィーは悪役令嬢とはならなかった。





 シルフィーを悪役令嬢にした呪いは悪魔の復讐、欲を増長させる。しかし、また、前回までと話が色々違ったため、そのような欲は生まれなかった。


 まず、ソフィアが光の魔力を公表しないまま入学した事。ソフィアが私のかつての友人であった事。ルートお兄様が生きていた事。ソフィアとルート兄様がお互いを求めあった事。アル様が私を大切にしてくれていた事。



 私が愛を知らなかった事。



 だから私は嫉妬心を抱くような事が無かった。

 でも、悪魔は私の心に隙が出来るなら、嫉妬心じゃなくても良かった。それは恐怖でもよかった。だからこそ、かつて私を暗闇の中に閉じ込め、恐怖を抱かせようとした。それが10年前の私の誘拐事件の真相だったようだ。

 今まで見えていた黒い靄や夢に出てくる暗くて冷たくて恐ろしい声はすべて悪魔が原因だった。

 悪魔は弱った私の心の中に入り込もうと私の心を痛めつけた。しかし、あの時は私が心を殺してしまったが為にそれは叶わなくなった。私は落ち込む事はあったけれど、心から絶望する事が無かった。ひどい怒りに触れることもなかった。


 だからなのだろう。悪魔はターゲットを変更した。私が弱らないと察したから。

 私が困るならなんでもよかったのだ。だからこそ、レオンお兄様の中に入り込もうとした。ソフィアを追い込もうとした。



 では、なぜ私が愛情を知らなかったのか。それはかつて両親と過ごした時間が短かったから。


 でもそれだけではない。


 それだけならば、私はもう既に愛を知っているはずだから。アル様に愛され、家族に愛されている。だから私も愛を感じられるはずなのだ。けれど、私はその愛を私自身が抱くことは出来ない。それはなぜか。答えは全て2人が知っていた。









 私達人間は、死ぬ間際、本当に、心から望んだ事を神が叶えてくれる。









少女は願った。『願うなら、この世界の幸せを』



リーア・ライ・ドマールは願った。『願うならもう一度、笑顔でリヒトに会いたい』



リヒトは願った。『願うなら今度こそ、リーアと生きたい』



悠里は願った。『願うなら、健康な体で生きたい』



桜は願った。『願うならもう一度、両親の手の中で眠りたい』



シルフィーは願った。『願うなら、愛する気持ちなんて私から消え去って欲しい』



 例え、何年かかったとしても願いは叶う。だからこそ、私と…、ううん、リヒトとリーアは再び会う事が出来た。


 そして私より前のシルフィーが愛情を消し去る事を望んだ。だからこそ、私は愛情を感じる事が出来ない。愛情を相手に返す事が出来ない。

 だからこそ、今回はそれが良い方に働いたのかもしれない。私が嫉妬心を感じなかったからこそ、負の感情を抱く事が無かったからこそ、悪魔は助長するタイミングを逃してしまった。


「そして、本来ならとっくにシルフィーを飲み込んでいるはずの悪魔は、今」


 分かっている。お父さんがこれから何を言うのか。


「シルフィーの中で再び大きくなっている」


 あぁ、やっぱり。そんな気はしていた。


「封印が、限界なんだ」


 知っていた。


「その悪魔はもうすぐ、実体化出来るほど力を増すだろう」


 だって、私も、見た事があるから。

 声を聞いたことがあるから。


 黒い靄。


『お前はもう逃げられない。お前は誰からも愛されない、お前は誰も愛せない』


 やっと黒い靄、いや、悪魔が言っていた言葉の意味が分かった。悪魔は知っていたのだ。私が愛を感じる事が出来ないという事を知っていたのだ。


 あの恐ろしい存在が、再び実体化しようとしている。かつての、神話の時代の恐ろしい姿に。私の中に入り込んでいるものとは比べ物にならないほど暗く、冷たく、恐ろしい。


「シルフィーの中に居場所が無くなった悪魔は今、シルフィーの空いた『心』の隙間に入り込んでいる。悪魔が実体化する前に悪魔を消さないといけない。悪魔を消し去るには、まず、シルフィーに『心』を返さなければならない。悪魔の居場所をなくさなければならない」

「本当なら、今頃、悪魔はもう実体化していたわ。けれど、あなたの前のシルフィーが願ったの。」


『願うなら、愛する気持ちなんて私から消え去って欲しい』


「悪魔は負の感情で力を増す。反対に正の感情に弱い。あなたが悪夢を見た時に、アルと寝たら安心して悪夢を見なくなったのもそれよ。もし、シルフィーに『心』が宿っていたとしたら、『嫉妬』という感情は大好物よ」


 ………じゃあ、


「じゃあ、なおさら、私に『心』なんていらないんじゃ…」


 この、悪魔の居場所をなくす事はやらないといけない事かもしれないけれど、私に心を返してしまったら、その瞬間、悪魔は力を取り戻すかもしれない。だって、心を取り戻した事によって、私がどんな感情を抱くか分からないから。もしかしたら心を取り戻した私は悪役令嬢にふさわしいような、あの感情を抱くような人間かもしれない。だって、その心は、本来は愛情だったはずだけれど、愛情と憎悪は表裏一体というではないか。憎悪なんて、悪魔にとって栄養でしかない。


「いいえ」


 けれど、お母さんは硬い表情をしたまま私の言葉を否定した。


「………これは、親としての我儘でもあるわ。あなたは、今まで『恋』や『愛』とは程遠い生活を送って来た。だからこそ……、だからこそ、今回だけでも、愛した人と、幸せになって欲しいの」


「私は、もう幸せなのに?」


「……あなたが、そう思っていてくれるのなら、本当に嬉しいわ。幸せを抱いて穏やかに暮らしていく事が出来るのなら、嬉しい。」


 でもね、と言葉を続ける。


「やっぱり、あなたには『心』が必要よ。だって、それは、あなたの一部だもの」


 お母さんが私の胸元に手を添える。


「あなたのここは幸せが詰まっている。温かくて、優しい思い出が沢山詰まっている。でもね、どこかで、諦めていない?」

「諦め?」

「あなたにとって、譲れないものは何?」

「譲れないもの…?」


 譲れないもの。

 繰り返してみるけれど、心からどうしても、そうではないといけないというものが、私の中で思い浮かばない。譲れないもの。私にとっての譲れないものは一体何だろうか。今まで私の中で大事だったものの中で本当に特別なものがすぐに思い浮かばない。


「誰にだって、一つはあるものなの。でも、あなたのここは、ぽっかり空いている」


 お母さんは私の胸元に手を当てたまま呟く。そう言われるとそうなのかもしれない。自覚は無かったけれど、私の心は隙間があるのかもしれない。その隙間はどうやって埋めていいのか分からない。


「その隙間を埋める事は他の何物でも出来ない」

「例え、あなたが、心も隙間を何かで埋めようとしても、決して埋まらない。」


 頭を、殴られたような感じがした。




 わたしは、いつも、諦めていた




 ソフィアに、アル様を諦めなくていいと聞いたのに、言われたのに。アル様が私から離れていく事を受け入れていた。アル様と一緒の未来を考えながらも、いつだって婚約を破棄された後の事を考えていた。


 私は、本当は、羨ましかったんだ。殺されるのが怖くて、怯えながらも、ずっと、憧れていた。


 小説のシルフィー……、悪役令嬢のシルフィー・ミル・フィオーネが羨ましかった。

 心から誰かを愛して、嫉妬して、自分のものにしたくて、でも、出来なくて。

 苦しくて、愛しくて。悲しくて、嬉しくて。寂しくて、温かくて。

 心がごちゃごちゃになるような激しい感情を抱いてみたかった。


 だから、私は、我儘を言った。勝手な行動をした。


ケーキが食べたい

アル様と一緒に寝たい

剣を使いたい

私が盗賊を倒してみせる

ソフィアと友達になりたい

仲間外れにしないで



誰かに、認められたい。



 そうすれば心の隙間を埋める事が出来るような気がした。感じたことない感情を感じればみんなと一緒になれる気がした。





 嬉しくても、幸せでも、何故か感じる心の隙間。ぽっかり空いたまま、何で埋めたらいいのか分からず、ただ、毎日を過ごした。

 だから、私はなにかをしていたかった。食べている時も、眠っている時も、何かを必死にしている時も、その時はその隙間を考えなくてもいいから。


「なにをしても…、」


 自覚した心の隙間に、手を当てる。悪魔がいるはずのそこに。そこはひどく暗く冷たくぽっかりとしている。


「何をしても、埋まらないの」


 お母さんの手の上から私の服を握る。私は幸せを感じた事がある。でも、


「幸せなのに、ここがぽかぽかしているはずなのに、寂しくなるの」


 幸せな人を見ると、羨ましくなる。そして、寂しくなる。私には、あの幸せを理解できないから。




『ルルの花束』という絵本を知っているわよね?」

「はい、知っています」


『ルルの花束』はルルが愛情を知り、幸せになる物語。小さい頃にディアナお姉様に読んでもらった私の大好きな絵本。アル様に貰ってからも大切にしている。


「あれはね、あなたの為に作った本なのよ」

「え…?」


 お父さんとお母さんが私のために?


「あの話の内容を覚えている?」

「うん」


 もちろん覚えている。


 だって、アル様と一緒にお兄様達の結婚式で、舞を踊ったのだから。

 ルルと王子はお互いを思いあっているはずなのに、その想いはすれ違っていた。それはルルが愛を知らなかったから。王子はルルに愛を向けていたけれど、愛を知らなかったルルが、それを返す事が出来なかった。

 でも、最後にルルは愛を知った。だからこそ2人は結ばれた。幸せになれた。


「だから、この物語にそって、私はあなたに『心』を返す」


シルフィーが差し出した『心』を。


「あなたに心を返すわ。そうすれば、あなたの中の少女の魂がよみがえり、同時に、その光で悪魔を消し去ってくれる。」


 神は万能ではない。


 ソフィアの魔法でもどうしようもない。愛情を知る事が出来ないという事実は魂に刻まれたもの。ソフィアの治癒ではどうしようもない。

 でも、すぐに決断する事は出来ない。悪魔の限界が近いということは分かっている。けれど私が心を取り戻す決断してしまうと2人が消えてしまう。だからどうしても決断する事が出来ない。


「少し、考えていいですか」


 私の言葉に、二人は不安がりながらも頷いた。





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