169、これは偶然ですか
それでも、なんとなく分かっていた。話はそれだけではない。これだけならば、アル様がいるあの場でお話をしても問題ないから。
お話は終わったといいながらも、何かを言いたげな表情をしているお義母様を見れば分かる。無意識に桜の方に目を向けているお義父様を見れば分かる。
きっと、わかる。
この場に私達3人だけしかいないという事もそういう事なのだろうと感じた。
気付いていたけれど、確かめられなかった。もし違った時、心に負う傷がとても大きいと感じたから。ヒントはたくさんあったけれど、答え合わせをするような勇気がなかった。しなくてもいいと思っていたから。
きっと時間がないのだ。先程もそう感じた。
今まで言ってこなかったけれど、言わなければならない時が来たからこのような時間を取ってくれたのだろう。
本当なら、言わなくてもいいことだ。私はシルフィーだから。いくら桜の木が懐かしくても、その感情を表に出す必要はない。
けれど、やっぱり時間がないのだろう。
この世に意味のないことはない。全てに意味がある。
たとえ体が変わったとしても、魂は輪廻し続ける。私がそうだったように。ソフィアがそうだったように。アル様がそうだったように。私は幸せ者だと思う。転生してもなお大好きな人達と一緒にいられるから。ずっとずっとそう思っていたけれど、それはやはり偶然なんかじゃない。きっと何か意図があったんだ。
私はそれを確かめたかったけれど、確かめたくなかった
だって、それは私にとっていい結果をもたらすとは限らないから。
自分のした事を思えば恨まれていたって仕方がない。
だって、私のせいで死んだようなものだから。過去の自分の行動が2人を陥れた。それは偶然か、運命か分からないけれど、私の行動が原因という事に違いはない。
偶然にしろ、運命にしろ、彼女らは私を恨む権利がある。嫌う権利がある。
だからこそ、私は本当に嬉しかったのだ。
再び会えた事。私に対して一切の嫌悪感を態度に出さなかった事。寧ろ優しくしてくれた事。抱きしめて一緒に眠ってくれた事。
私は本当に涙が出るほど嬉しかった。
再び会えた事。そして、もう一度私のことを抱きしめてくれた。その事が私の心を揺さぶってくる。
もう一度、我儘を言ってもいいのだ。
まるでそう言ってくれているみたいで。我儘を言う事が怖かったけれど、我儘を言ってもいいのだと許されているような感覚がした。それはまるで麻薬のように、私の心を揺さぶってくる。1度言ってしまうと取り返しがつかないほど魅力的な誘いだった。
だから私はその誘いに乗る事が出来なかった。
常に代わりを探していた。私の願いを聞いてくれる代わりの人を。私は目の前の2人に、我儘を言う事が出来なかった。我儘を言えたとしても、それは本当に言っても良い我儘なのか。それを常に考えてしまう。言った事で命の危険に関わるような事はないか、私のせいで2人が悲しい顔をしないか。
どうして私がここまで2人に対して、このような感情を抱くのか。それはこの2人が国の頂点だからだろう。陛下や王妃に我儘を言えるような存在がいてもいいはずがない。それが許されるのは、彼らの子のみだろう。そして、その中に私は入っていない。彼らは『私』の生みの親ではないから。けれどどうしても顔色を伺ってしまう。わがまま言ってみてもいいだろうか、そのことで私に嫌悪感を抱いたりしないだろうか。
私は自分でわがまま言うのが怖かった。
きっかけはひとつだけれど、どうしても素直になれなかった。いつだって相手の顔伺ってしまう。
私がやりたい事を相手が言ってくれたら安心する。自分から言うのではなく、相手から提案されれば、それは私だけの我儘ではないから。今回だってそう。私だって本当はお泊りがしたかったけれど、自分から言い出す事が出来なかった。アル様がお泊りを提案してくれたから、私は頷けた。
外から見たら私は流されてるだけのように見えるかもしれない。けれど、私にはそれが心地よかった。もし何かあってもそれは私の責任にはならないから。それはとても楽だった。私にとって怖いことはいつだって変わらない。
私は汚い。いつだって相手の事より、自分の事しか考えていない。
それを他人に知られるのがひどく怖かった。いらないと言われるのが怖かった。突き放されるのが怖かった。
私は私でいいと、このままでいいと言ってくれる人に甘える事でしか、自分自身を肯定出来なかった。
でも、もう、そうは言っていられない。だって、時間が無いから。
きっと、都合が良かったのだ。私が今日ここに泊まることも、きっと、必然。そうなる運命だった。
私は聞きたくて聞きたくて仕方がなくて、でもどうしても聞きたくなくて、
けれど、やっぱり聞きたかった。何度も何度も息を飲み込んで言葉を出しかけたけれど、やっぱり言葉は出なくて、代わりに出るのは、吐息だけ。
私は神になりたいとすら思った、神になれば、人の心を読めると思ったから。相手が今どう感じているのか、何を思っているのか、私の事どう見ているのか。それを感じ取れるはずだから。相手の心が読めないという事はとても怖くて辛くて悲しくて。けれど実際読んでしまうと、それもまたひどく苦しいのだろうという事は予想できた。
でもやっぱりこの時ばかりは2人の心を読みたいとすら思った。
頭の中で何度も何度も文章を作ってみるけれど、返ってくる言葉を予想すると、その言葉も口の中で消えてしまう。
私は弱い。
だからこそ言葉にできない、傷つきたくない。嫌われたくない。
目の前の2人には嫌われたくない。
そう思った時、私はふと疑問に思った。どうして2人は、また『2人』なんだろう。
きっとこれは、やっぱり。偶然なんかじゃない。あまりにも私に都合がよすぎる。
そう思ったら、するりと私の口から言葉が溢れた。
それは先程まで私が頭の中で作っていた文章とは違うものだった。
とっさに出た言葉だった。
「お義父様とお義母様は、私のおとうさまと、おかあさまなの?」
そして少し、問いを間違えたことに気がついた。