168、大切なお話です
「シルフィー」
私を呼び止めるお義父様とお義母様。
「はい?」
何故呼び止められたか分からず、疑問符を付けながら返事を返す。
『いつもと同じ表情』をした二人に安心しながらも、どこか違和感を感じた。
「もう帰る所だったのに、ごめんなさいね」そう言ってお義母様は話し続ける。
「お話したい事があるの。申し訳ないのだけれど、もう少しだけ残れないかしら?」
この後、特に予定もないし、断る理由も無かったから「大丈夫です」と返事をする。
私が帰ろうとしていた所を引き止めるという事は、今言っておかなければならない何かがあるということだろう。私は学園さえなければ暇だけれど、お義父様とお義母様はそうでもない。2人が空いている時間に私が時間を合わせるのは当然だ。
「お話って何ですか?」
私は2人に問いかけると2人は少し悩んだ後に口をつぐんだ。
「?」
どうしたのだろうかと2人の顔を見てみたが、2人は一向に話す様子がない。もしかしたら、ここでは話せない事なのだろうか。アル様も2人が何のお話をするのか分かっていない様子で首を傾げながら2人を見ている。
「時間は全然大丈夫なので、よければどこかに座ってお話しますか?」
私が提案をすると、2人はほっと息をついたように安堵の表情を浮かべた、そして「ええ、是非そうしてもらえると嬉しいわ」と返事をしてくれた。
どうやら、私の返答は正解だったようだ。
そして、ここで話すのではなく、わざわざ移動した方がいいという事は、それだけ重要な内容なのだろう。本来ならば重要な内容という時点で、私だけではなく、お父様も一緒に聞くのが筋というものだろうが、それほどまでに急いでいるという事だろうか。もしかしたら、私に関係する事だけれど、公爵家とは関係の無い内容なのかもしれない。2人が申し訳なさそうにしているのは、帰ろうとした私がわざわざ移動するからだろうか、それとも私にとって良くない内容だからだろうか。可能性としてはアル様との婚約を破棄だろうか。けれど、それならばやはり公職家にも関わる事なので、お父様も呼ぶだろう。ということは、そういう内容ではないのかもしれない。
ちらりとアル様を見てみるけれど、アル様も全く分かっていない様子だから、婚約破棄ではないのだろう。もし婚約破棄だったらアル様も知っているはずだから。
「お話って何でしょうね」
「私には分からないな」
こそっとアル様に聞いてみるけれど、アル様も分からないという返答が返ってきた。
「じゃあ、申し訳ないけれど、移動してもらってもいいかしら」
「はい」
お義母様の声を聞いて、お義父様と私とアル様は移動しようとしたのだけれど
「ああ、アルはいい」
というお父様の声に足が止まってしまった。
「え?」
「アルはいい」とはどういう事だろうか?
よく分からなくて首を傾げてみるけれど、それを察したのか、お義父様は更に言葉を続けた。
「話があるのはシルフィーだけだから、アルはついて来なくていいという意味だよ。」
なるほど。そういうことですか。
「分かりました。それじゃあアル様はまた今度ですね」
お義父様とお義母様が話があるのは私にだけという事だから、アル様とはここでさよならですね、という言葉を告げるけれど、私の言葉を聞いたアル様は戸惑ったように「えっ?」というような顔をした
アル様がどうしてそんな表情をしたのか分からず、私は首を傾げた。
「どうしてそんなにあっさりお別れするの、シルフィー」
「えっ?でも話があるのは私だけということですし」
「ここまでくると私だってどんな話か気になるよ」
「確かにそうかもしれないですけれど」
お義父様とお義母様の考えに私が逆らえるわけが無いし。
息子のアル様ならまだしも、息子の婚約者でしかない私には決定権はない。
なにより、2人が私を傷つける訳が無いと分かっているからこそ私は素直に従える。
「それにアルはこの後仕事だろう」
「えっ、そうなんですか?!」
お義父様の言葉に思わずアル様の方を見る。私と会っていたから、てっきり今日はお仕事おやすみだと思っていたけれど、もしかしたら忙しいのに無理をしてくれていたのかもしれない。昨日の夕方からお泊まりに来ていたから、その間、アル様は仕事をしていない。ずっと私の相手をしてくれていた。仕事がたまっていてもおかしくはない。
「アル様お仕事は大事ですよ」
お仕事に行ってくださいと遠回しに言うけれど、アル様は拗ねてしまったのか、顔背けたまま返事をしない。
けれど、否定しないという事は、お仕事があるのは本当なのだろう。
「それなら帰る前に、もう一度アル様のところに来ますね。さよならを言ってから帰るようにします」
私がそう言うとアル様はこちらを見ながら「いやだ」呟いた。
え、まさかの却下ですか??
「ちゃんとアル様にさよならを言ってから帰ります。勝手に帰ったりしません」
「いやだ」
二回言いましたね?頑固ですね?
「……泊まってくれないと嫌だ」
「……」
子どもですか?!
でも、なんだか小さな子どもみたいで可愛く感じる。……のだけれど、それは私では判断できないのですよ。しかも昨日も泊ったしね。なにより、私、さっきは普通にお家に帰ろうとしていたのですけれど?さっきは帰ってよくて、今はだめなのですか?
でも、お泊りは私では判断できないのですよ。ちらりとお義父様の方を見てみると、こくりと頷いてくれたから、止まってもいいのだろう。
「分かりました。私もお泊りしたいです!」
「本当?」
「はい、本当です。」
「なら、わかった……。今は、いってもいいよ」
アル様は渋々ながら納得してくれた様子だった。
そんな私達を見ていたお義父様とお義母様は、なぜかクスクスと笑っている。お義父様は
「アルは将来、シルフィーの尻に敷かれそうだな」
といったけれど、私も尻に敷けるように頑張ります。
着いた先は桜の木がある庭園だった。今は誰もおらず、私達3人だけだ。私達がここに来る事を予想していたのか、それともお義父様から知らされていたのか、紅茶が三つ用意してあった。メイドさんはいないにも関わらず、それは熱々で、本当にたった今入れたものということがわかる。
「それで、お話って…」
私がそう問いかけると2人は気まずそうに視線を逸らした。その反応に胸がザワつく。私に言いづらいことなのだろうか。それとも良くない報告なのだろうか。どちらにしろ私が喜ぶ内容ではないということは確かだ。
「アル様に関係ある事ですか」
遠回しに婚約破棄ですかと聞く。お父様を呼ばない事から、この可能性はないと分かっていても聞かずにはいられない。
「いや、それは違うから安心してほしい」
お義父様の返答に、思わず安堵のため息をこぼす。
違うと分かっていても、言葉で否定されると安心する。
では、なんだろう。
何か重要な事を言おうとしているのは分かる。けれど2人が言葉をここまで詰まらせるのはどのようなことなのだろうか。
「レオンから」
ぽつり。お母様が呟く。
「レオンお兄様?」
なぜレオンお兄様の名前を出したかわからず、言葉を繰り返す。
「レオンから聞いたの」
そう聞いて、何となく、分かった。
レオンお兄様が私の事でお義父様、お母様に報告するような事は、最近では一つしかない。
「体は大丈夫なの?」
無論、私がソフィアの体から黒い靄を抜き取ったことだろう。どうして私とレオンお兄様にだけ見えたのかという疑問も湧いてくるが。
大丈夫かどうかと聞かれれば大丈夫としか答えようがない。
「しかし、悪夢を……」
最後まで言わなくてもわかった、きっとアル様から聞いたのだろう。
「悪夢は、大丈夫です。今回のとは関係ありません。だって、小さい時から時々みてますから」
だから、大丈夫。
今更気にすることでもない。ソフィアのせいでもない。
「そう……」
お父様とお母様は納得していないけれど納得したような返事をした。
「お話はもうおしまいですか?」
「ええ」
もしかして、この為だけにわざわざ時間を作ってくれたのだろうか。忙しい二人が、私の体調を気にする為だけに。
なんだか、むずむずする。
これをきっと、うれしいというのだろう。
「ふふ、えへへ」
思わず、にやにやと、笑ってしまう。