167、これは二日酔いです
怖い夢を見た。
大きな大きな落とし穴に落ちる夢。
美味しいケーキを床に落としてしまう夢。
るぅと喧嘩をする夢。
これもそれも全部全部、
頭が痛いせいだ。
眩しい朝日に照らされて、ゆっくりと目を開けた。アル様の匂いが広がってきて、いつも通り幸せな朝を迎えるはずだった。
そう。
はずだった。
しかし、私を迎えたのは強烈な頭痛だった。
「うぅ」
何これ。きっと風邪でも引いたんだ。だって、こんなにも頭が痛い。
思わず布団の中で頭を抑えると、私の声に起こされたのか、アル様も目を覚ました。
ゆっくりと目を開けるアル様はとても格好いいけれど、今はそれどころじゃない。
「シルフィーどうしたの?」
アル様の心配そうな声に思わず涙が出そうになる。
「あのね、きっと風邪をひいたの。」
「えっ?」
「だってね、すごくすごく頭が痛いの」
私が頭を押さえて、そこまで言うと、アル様は「ああ、」と納得したような顔になった
「なるほど。シルフィーは翌日にくるタイプだったんだね」
どうしてそんなに冷静なのですか。私がこんなに苦しんでいるというのに!
というか翌日にくるって何のことですか?この頭痛の事ですか?
「二日酔いだね」
「二日酔い?」
聞いたことあります。お酒を飲んだ次の日に頭が痛くなるやつですよね。なるほど、これが二日酔い。今までなった事が無かったら、私には無縁の言葉だと思っていた。けれど、これが二日酔いなんだ。思った以上に頭は痛いし、しんどい。気持ち悪くないのは良かったけど。
二日酔いは嫌だけれど、もう酒を飲みたくないとは思わない。だって、とっても楽しかったから。アル様と一緒に過ごす時間はとても楽しかった。
普段食べないようなおつまみも食べられたし、お酒が美味しいっていう事にも気がつけた。
そう思えばこの頭痛にも耐えられる気がする。
これはいわゆる気の持ちようだ。痛いと思うから痛いのだ。でも今は取り敢えず。
「お味噌汁がのみたいです…」
私がそう言えば、アル様も覚えがあるようで、「分かる。二日酔いの後は飲みたいよね」と賛同して、メイドさんにお味噌汁を頼んでくれた。
お布団の中で一緒に寝転んでごろごろ転がる時間はとっても楽しい。それにアル様が頭を撫でてくれるから、それがとっても気持ち良い。
「アル様は二日酔いとかないの?」
「うん、ないね」
「羨ましいです」
やっぱりお酒に慣れると二日酔いとかしなくなるものだろうか。
いや、でも小説とかでも慣れた人でも二日酔いになっていたよね。やっぱりこれは体質かな。私は二日酔いになりやすい体質だということ?それとも、今回だけかな?
「今度はお水と一緒に飲んでみようか」
「水と一緒ですか?」
「水と一緒に飲んだら酔いにくいっていうしね」
「なるほど」
ん?アル様は知っていたのなら、今回もお水を出してくれてもよかったのに。アル様の頭が回ってなかっただけだよね?わざとじゃないよね?わざと水を出さなかったとかじゃないよね?
でも、お酒の飲み方も色々あるんだね。
「また一緒に飲みたいです」
「……よかった」
「?」
「いや、シルフィーが、二日酔いが嫌だからもう飲みたくないって言ったらどうしようかと」
「そんなことを言いませんよ!だって、本当に楽しかったのですから。」
そう、本当に楽しかった。自分的には大人になった気分なのですよ。
「それに頭が痛いのも結構治ってきました!」
「あれ?早いね」
「そうなのですか?」
「二日酔いはすぐには治らないものと聞くしね」
「へぇ」
よく分からないけれど、それならもう頭が痛くないっていうのはラッキーですね。きっとあれですよ、ソフィアの加護がついてるんですよ。知らないけど!
「ソフィアで思い出したのですけれど、アル様はいつからリシューがリリーお姉様を好きって気が付いたのですか?」
「シルフィーって時々思考が飛ぶよね。」
「そうですか?」
「面白いからいいけれど」
なら良かったです?
「それでシルフィーの疑問だけれど、学園祭の前あたりかな」
「え?!」
そ、そんな前からですか??そんな前から気が付いていたのですか?
でもでも、リシューとリリーお姉様がお互いを好きになったのは学園祭のあたりからって言っていたし。…言っていたよね?
そんな時から気が付いていたって、やっぱりアル様の観察眼は凄すぎるのです。
「どうして気が付いたのですか」
「うーん、簡単に言えば勘かな」
勘?!
「うん。だってリシュハルトがリリー嬢を見る目に見覚えがあったからね。」
なるほど。勘と言いつつも、アル様なりの根拠があったのですね。私には絶対分からないです。だって、2人が婚約するまで2人がお互いを好いていたと知らなかったのですもの。
「どうしたの、シルフィー。にやにやして」
「?!」
にやにやとは失礼な!
でも、許してあげるのです。
「だって嬉しくて、」
「嬉しい?」
「はい。だって、みんな幸せでとっても嬉しいのです。」
ずっとずっと心配だった。私の大切な親友は、一体いつになったら婚約するのだろうかと。勿論、ただ婚約をして欲しい訳ではなかった。リシューが好いた人と婚約をして欲しかった。それが叶ったのだからとても嬉しい。
「アル様は幸せですか?」
「私?うん。私は幸せだよ。シルフィーと一緒に居られるのがとても幸せだから。」
突然話題を振られたアル様は驚いた顔をしたけれど、途端顔を緩めて、そう答えてくれた。その顔は、本当に幸せそうで、私の大好きな顔だった。優しくて温かくて。私にとって、星のようで、太陽のよう。
「そっか。」
「シルフィーは幸せ?」
「私?」
まさか、聞き返されるとは思ってなかったから、驚いた。
私は、
思い浮かぶのは、スティラお兄様とマリーお姉様。シリアお姉様とトーリお兄様。ディアナお姉様とレオンお兄様。ルートお兄様とソフィア。リリーお姉様とリシュー。
皆、幸せ。
好いた人と幸せになっている。婚約をしてからすいた人もいるかもしれない。けれど、思い浮かぶのはみんなの優しい笑顔だ。
「私も、幸せです。」
だって、だって。皆みんな、幸せだ。
「シルフィー」
そして夕方。帰ろうとした私を呼び止める声が聞こえた。
少し悲しそうな表情をした二人の表情に、「あぁ、時間が無いんだな」と少し悟った。
甘いものが好き。
ぬいぐるみが好き。
暗い所が怖い。
温かい人が好き。
魔法が好き。
歌が好き。
春が好き。
花が好き。
晴れが好き。
頭を撫でられるのが好き。
抱きしめられるのが好き。
思い起こせば、好きなものが沢山ある。
沢山の好きに気付いた。
これは、ずっとずっと変わらない。私が私である限り、ずっとずっと変わらない。だから、きっと他の人も一緒。
話し方だって、歩き方だって、その人がその人である限り、きっと変わらない。私が、ソフィアに気が付いたように。
アル様がリーアに気付いたように。
だから、きっと。