165、仲間外れのようです
でも、何だか仲間外れな感じがして少し寂しい気がするのは私だけでしょうか……。
答え。気のせいではありません。
冒頭の言葉の理由は、これです。
「ソフィア、済まないがこの書類の統計を頼めるか?」
「はい、すぐに」
「やはりソフィアは頼りになるな」
「そ、それほどでも」
「照れている姿も可愛いな」
「からかわないでください!」
「リリー様、今日は僕がおやつを作ってきました!」
「まぁ!リシュハルト様の手料理は本当に美味しいもの!嬉しいわ!」
「リリー様に喜んでもらえて僕も嬉しいです!」
「ふふ。リシュハルト様、可愛いわね」
「リリー様の方が可愛らしくて素敵です!」
「……」
寂しいです。今すぐここにアル様を召喚したいです。
気持ちは分かるのですよ?婚約したばかりだし、仲良くしたい気持ちも分かるのです。でもね。
ソフィアとルートお兄様。
リシューとリリーお姉様。
そして、1人の私。
私、可哀想じゃありません?
仲間はずれじゃありません?
そして、リシュー。そのおやつ、私も食べたいです。
恋は人を変えるって本当だったのだろうか。皆は今までと全く変わらないはずなのに、婚約者という関係になった瞬間に変わってしまった。人目をはばからなくなった。
友人から婚約者という関係になった瞬間に変わってしまった。関係性はそんなに重要な事なのだろうか。私がアル様と婚約したのは3歳の時。ほぼアル様との関わりがない状態で婚約をしたから関係性は変わらなかった。ただ、少し、仲良くなっただけ。一緒にいる時間が増えただけ。だから今、4人の関係性が変わった事に少し疑問を感じている。友人から婚約者に変わったというのは、肩書きしか変わらないはず。どうして皆も変わってしまうのだろうか。
好いている相手と婚約すると、人はこうも変わってしまうのだろうか。
言葉を交わし、手を繋いで、抱きしめあって、口付けをして。
その先だって。
そんな恋人のような関係性が出来上がっていくのだろうか。
それは、当たり前のようで、少し怖い。
いつかそうなると分かっていても、信じられない。
「…」
幸せな皆の姿を見るのは嬉しい。けれど、それがどうしても自分に結びつかない。アル様と今以上の恋人としての関わりをする自分が思い浮かばない。
人を変えるほどの恋とは、愛とはどういうものだろうか。
気になるけれど、私には無縁のように感じる。
私とアル様は、お互いを好いていたから婚約をした訳ではない。確かに多少は好ましいと思っていたかもしれないが、初めは打算だった。出会いだって、王家と公爵家の繋がりを持つためのものだったし。
きっと私の婚約者は誰でもよかったのだ。あの時婚約したのがアル様でなくてもよかったのだと思う。第一王子のレオンお兄様は既にディアナお姉様と婚約をしていたから、可能性はなかったと思うけれど。ルートお兄様でもよかったわけだ。むしろ年齢で言うとルートお兄様の方が可能性が高かった。アル様がたまたま私と婚約を結びたいと言ってくれたからこそ、今の関係がある。
もし私が、ルートお兄様と婚約をしていたら、どうなっていただろうか。そうなるとアル様の婚約者の相手は一体誰になったのだろう。それこそ私以外の身分の高い誰かがなっていたかもしれない。リリーお姉様だって可能性がある。そしてその身分の高い誰かが私の代わりとなって悪役令嬢になる未来もあったかもしれない。きっとソフィアが光の魔力を持つ者として魔法を使うことは間違いないだろうから。最終的にソフィアはアル様と婚約するだろう。
ありえないようで、ありえた現実。
きっとここではない世界線の中ではそういう未来もあるのかもしれない。寧ろ今の状態がイレギュラーだと言っても間違いではないだろう。きっと、世界は沢山ある。人類の数だけある。そしてその世界は必ず自分にとって都合がいいように出来ている。この世界はきっと私の為の世界なのだろう。別の世界では、ソフィアの為の世界、そしてまた別の世界ではアル様の為の世界。世界はそういう風に、きっと沢山あるのだろう。そして、どこかの世界では私は悪役令嬢として処刑される。どこかの世界では、平民として生まれる。どこかの世界では男として生まれる。そんな無数の世界線の可能性の中で、無意識に私が選んだのがこの世界なのだろう。
きっとこの世界の私は幸せになりたいと願った。だからこそ、今私は幸せなんだろう。悪役令嬢にもなることがなく、両親にも恵まれ、友達にも恵まれ、平凡に過ごしている。平凡な幸せ。これを幸せと言わず、なんと言うのだろうか。波乱万丈も楽しいかもしれないけど、私はなんてことない日常を大好きな人達と過ごす事が出来るなら、それで十分だ。
何より、もう会えないと思っていた人達と出会えたから。
恵まれすぎている
自分でそう思うのも仕方がないと思う。
きっと別の世界線の私の幸せも貰ってるのかもしれない。別の世界では悪役令嬢となってしまった私の幸せが、受け取れなかった幸せが、この私に蓄積されているのかもしれない。
不思議な事だ。
私は愛されている。
けれど、本当に愛されたかった『私』が愛されなかったことが不憫で仕方ない。
「そろそろ休憩にしようか」
書類を片付ける手が全く動いていない私だけれど、ルートお兄様がそう宣言したから休憩に入ることにした。何よりリシューがおやつ持ってきてるみたいだしね。
私にはどう考えても難しいから。
「シルフィー、難しい顔してどうしたの?」
リシューが私の顔を覗き込んでそう尋ねる。
「ううん。なんでもないの。」
知らなくていい。リシューは幸せだから。これは、私がただ拗ねているだけだから。
「そっか。それよりも今日のおやつ、食べる?」
「食べる!」
食べます。食べますとも。断る選択肢なんてあるはずないですよね?
だって私ですよ?
お菓子大好きな私ですよ?甘いもの大好きな私ですよ?食べる以外の選択肢なんて持ち合わせていません。
「そういえば、シルフィー」
「なんですか?」
「今日、兄上が泊まりにおいでって言ってたよ」
「今日ですか?」
リシューが作ったパウンドケーキを食べていると、ルートお兄様から聞かされたのが、アル様からの伝言でした。
私は全然良いのですけれど今日だなんて、とっても急ですね。暇だからいいけれど。
「ずいぶん急だね」
リシューも不思議そうにルートお兄様に尋ねる。
自分が作ったパウンドケーキを美味しそうに食べているリリーお姉様を見ているリシュー。本当に嬉しそうですね。
「シルフィーと約束していたものが手に入ったって言ってたよ?」
「約束していたもの?」
何かアル様と約束していたのだろうか?手に入ったという事は、私が何かアル様に物をねだっていたということだよね。
「うーん?」
腕を組んで頭を捻ってみるけれど、思い出せない。
ところでソフィアの頬についていたパウンドケーキを指でとって口に含んでいるルートお兄様。イチャイチャするならよそでやってください。ソフィアの顔が真っ赤です。
「なんでも、シルフィーが飲めそうなものが手に入ったって」
「あ!」
そうでした、そうでした。思い出しました。
「お酒です!」
「お酒?」
以前アル様とお泊まりした時に、一緒にお酒を飲もうねってお約束をしたんだった。この間アル様に一口もらったワインは、私には苦くて飲めなかった。だからアル様が甘いお酒を用意してくれるって言っていた。なんでもジュースのようなお酒らしい。さすがにこの間のお泊まりの時には準備できなかったみたいだけれど。
でも今更ながら不思議なのです。アル様は王子様だから、ある程度のものはすぐに用意できるはずなのに、お酒だったらなおさらだと思う。お城にはある程度のものが用意されているはずだから、甘いお酒なんて、一晩あれば出てくるはずなのに。お城にたまたまなかったのかな?
「シルフィーがお酒?」
皆が不思議そうに呟いているけれど、気にしない。
でもお城にあるお酒じゃなくて、わざわざ用意してくれたという事は本当に美味しいお酒という事だろうか。一体どこから用意してくれたのだろうか。時間をかけてアル様が選んでくれたんだから、きっと美味しいはずだよね。