163、これは打算です
お義父様達への疑問が残りつつも、それを解消するすべを持たない私達はそこで話を終わることにした。
「ふぎゅう」
そして私が今何をしているかというと、仕事をしているアル様のところに突撃して思いっきり抱きついているところです。
ノックもせずにアル様の執務室の扉を開けたのは申し訳ないと思う。アル様だけじゃなくそこにいたアラン様もすごく驚いていたから。
でも、どうしてもなんとなくアル様に会いたくなったから仕方がないのです。仕方がないでアル様のお仕事を邪魔するのは本当に良くないと思うけれど、仕方がないということにしておいてください。
アラン様は気を使ってお部屋を出ていこうとしたけれど、お仕事お邪魔しに来てるのは私だから気にせずにお仕事してくださいと言ったらなんだか困った顔していた。
でもでも、アル様も私を抱きしめながらいつも通りお仕事をしているから問題ないのです。
どうして私がアル様に抱きついているかというと、本当に急にアル様の匂いが恋しくなったからです。
アル様の首に巻き付くように抱きつくと、アル様が頭を撫でてくれるからとっても安らぐのです。
「シルフィー様、何か飲まれますか?」
アラン様が話しかけてくれたので、遠慮なくココアが飲みたいですとお願いする。
私がそう言うとアラン様はほっとしたように部屋から出ていった。どうしてほっとするのかは分からないけれど、思いっきり安堵のため息をついていたから、やっぱりお仕事の邪魔をしていたのかもしれない。
「シルフィーどうかしたの?」
私はあの時、アル様が怒っていたと感じたけれど、今のアル様からはそんな様子は全くない。今までどおり、不思議そうな顔で私を見てくる
その顔に少し安心した。もしまだ怒っていたり、アル様がモヤモヤしていたらどうしようかと思っていた。
もちろん悪いのは私だったけれど、それ以上にアル様から反応が返ってこない事がひどく怖かった。だから今回急に来たのはそれを確かめる為でもあった。
まるで打算だ。甘える事で誤魔化しているようだ。でもそれしか方法を知らない。他にやり方が分からない。
「アル様、もっとぎゅー」
しっかり抱きしめてくれているにも関わらず、私は無茶な要求をしてみた。私はいつも通りアル様にまたがる形で座っているけれど、アル様は仕事をしている手を止め、右手で私の頭を左手で私の背中を抱きしめてくれた。
「アル様、好き」
「私も愛してるけれど、本当にどうかしたの?」
「どうもしないです……」
ただ、会いたかっただけ、そういうことにしておいてほしいです。
アル様は私のお兄ちゃんでもあるから、思いっきり甘えられる。最近そう気が付いた。勿論、本当にお兄ちゃんという訳ではないけれどね。間接的にそういう事だと私が勝手に決めつけただけ。アル様の首に顔をうずめてすりすりとしてみると、私を抱きしめるアル様の力が少し強まった気がした。
「はぁ」
アル様が深い溜息をつきながら深呼吸をしているのを感じたけど、なんだか耳元に息がかかってくすぐったいのですよ。
「そういえば、シルフィー。前に約束していた、甘いお酒を取り寄せたんだけど、また泊まりに来ない?」
「!」
肩に埋めていた顔をぱっと上げる。
そんな約束をしていた事はすっかり忘れてしまっていた。そうでした、そうでした。アル様と前にお泊まりした時にワインを飲んだけれど、あの時はちょっと苦かった。だからアル様が今度はジュースみたいなお酒を取り寄せてくれるって言ってた。また泊まりに来ないと。すっかり忘れていた私が言うのもなんだけれど、とても楽しみにしていたのですよ。お酒なんて飲んだ事ないもの。飲んだ事はあるけれど、その1回がとても苦かったから、苦い思い出なのです。
だからこそ、今回は期待しているのですよ!
「今度のお休みに泊まりに行きます!」
「うん、待ってる」
本当は今日このまま泊まってもいいのだけれど、さすがに急だからね。まあいつもここに泊まるときは急なのだけれど。
コンコンとノックの音が響いた。おそらくアラン様が帰ってきたのだろう。アル様が許可を出すと予想通りアラン様が入って来た。
「お邪魔でなければ入ってもよろしいですか?」
アラン様は静々というようにドア開けた。
「はい、大丈夫です。入ってください」
お邪魔という事は全くないから許可を出す。何より私のココアを持ってきてくれたのだから、許可を出さない理由がない。私とアル様がこんな事をしてるのはいつも通りだから今更気にしないでもいいのにね。あれ、私はもう少し恥ずかしがるべきだろうか?でもあんまり恥ずかしくないのだから仕方ないのです。アル様と一緒にいるのはるぅを抱き締めているのと、少し似ているのだから。
もちろん大きさとかは全く違うけれど、安心するという点では一緒だ。
アラン様はそろりそろりと部屋の中に入ってきた。その瞬間漂う甘い香り。
「キャラメル!」
ココアの香りだけではなく、キャラメルのような匂いもした。
「シルフィー様は流石ですね。料理人がシルフィー様にとキャラメルタルトを用意してくれましたよ」
「嬉しいです!」
アラン様はそのケーキとココアをソファの方の机に置かず、アル様の執務机に置く。
「?」
ソファで食べないのかなと思ってアル様とアラン様を見てみるけれど、アル様は当然のようにそのままフォークを持ち、ケーキを切り始める。そして、フォークで掬ったそのケーキを私の口まで持ってくる。
あっ。これはこのまま食べたらいいのですね。いつも通りですね。では遠慮なくいただきます。
「あーん!」
いつも通りすごく美味しいのですよ。
自分で食べられるのに、というような疑問はゴミ箱に放り投げました。だってアラン様もアル様も当然のように執務机に置いて食べさせてくれるんだもん。今更私が自分で食べるといったところで食べさせてもらえるか分からない。なら、もうこのまま流れに沿って食べさせてもらった方が楽だ。
というか、私は本当に仕事の邪魔をしている気がする。
ちょっと申し訳なさそうに眉を下げてみると、アラン様は
「大丈夫ですよ。寧ろ、休憩時間が確保できて私も助かりました」
アラン様はそう言ってソファーの方に自分のケーキを用意し、食べ始めた。
アラン様は以前、私達と一緒にお茶をしてから、遠慮なくこの場で過ごしてくれるようになった。私が来た時には、いつもそっと部屋を出ていくから邪魔をして申し訳ないなと思っていたんだよね。遠慮なくこの場にいてくれるのだったら私も嬉しいし、アル様とアラン様のやり取りも好きだから見ていて楽しい。
「そういえばよかったですね、シルフィー様」
「何がですか?」
急に良かったと言われても何の事を言っているのか分からないです。
「何がって、彼の婚約者が決まったじゃないですか?」
「えっ?」
彼って誰の事だろう。私の知り合いに、最近婚約者が決まった人なんていただろうか?
私が不思議そうな顔をしているのが不思議だったのか、アラン様も首を傾げている。
チラリとアル様の方を見てみると、アル様も同じく首を傾げていた。私に対してではなく、アラン様に。ということは、アル様も彼が誰か分からないのだろう。
「アラン様、誰の婚約者が決まったのですか?」
「それは――」
私はアラン様の言葉を聞いた瞬間、アル様の膝から降り、お城を飛び出した。