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160、今度は私の番です


 思い出すのは5歳の時。訳も分からず攫われた時の事。悪夢に苛まれ、気が付けば、黒い靄に囚われていた。


 思い出すのは、つい先日のレオンお兄様。矢に射られた彼の傷口には、黒い靄が渦巻いていた。



 手が震える。もしかしたら手だけじゃなくて、体全体が震えているかもしれない。


「どうして、なんで……」


 その言葉ばっかり、私の中で渦巻いていく。


 昨日は、まだいなかったのに!


 思わず吐き気がしてきて、口を抑える。これはダメなやつだ。レオンお兄様の時と比べ物にならない。私の時とも比べものにならない。


 部屋中に行き渡るような黒い悪意。


 ここにいたくない。


 今にでも部屋を飛び出したいぐらいだ。


 こんなに恐ろしいのに、黒い靄は私以外には見えていない。だって


「やっぱりソフィアは寝てるね」

「そうみたいだね、」


 ルートお兄様とアル様は穏やかに会話をしているから。もしこの黒い靄が見えていたら、こんなに穏やかな会話が出来るはずがない。

 確かにソフィアは穏やかに眠っているように見えるかもしれない。けれど、これはそんなんじゃない。軽視して良いものではない。むしろ病気の方がもっと優しい。だって、病気は治るから。原因さえ分かれば治るから。


 どうして私にしか見えていないのか。どうしてこんな悪意の塊が私以外には見えないのだろうか。こんな悪意の塊、鈍感な人でも気付きそうなものなのに。

 世界中の悪意を詰め込んだような。あの時とは比べ物にならない。

 こんなにまとわりつかれて、無事でいられるはずがない。



 思わず「死」という文字が頭の中に浮かんだ。


 朝だというのに、部屋がものすごく暗く感じた。





 私以外の皆がソフィアが寝ているベッドに近づいていくと、黒い靄に変化が生じた。


「っ!」


 まるで皆を見ているように。ゆっくりとゆっくりとみんなの周りを囲うように回る。


 だめっ!


 そう思うのに、声が出ない。口を押さえている手を、どうしてもどける事が出来ない。


 靄は、ターゲットを絞ったようにレオンお兄様の下に向かって行っている。恐らくだが、1度レオンお兄様に黒い靄が現れていたから、その影響だろう。


 黒い靄は1度、レオンお兄様の方向に向かって伸びたけれど、その靄はレオンお兄様に触れると同時に弾かれたように、ソフィアの元に戻った。


 少しだけ安心したが、それでも完全には安心できない。


 レオンお兄様の時と違うのが、レオンお兄様の時には傷口からレオンお兄様の体の中に入り込んでいるような纏わりつき方だった。けれど、ソフィアは違う。ソフィアを取り込もうとしているように、ソフィアの体全体を覆っている。なんとかしてソフィアの身体の中に入り込もうとしているような。それでもまだ、入り込めていない。


 もしかして、ソフィアが光の魔力を持っているからだろうか。光の魔力を持っているから、その魔力が対抗してソフィアの中に入り込む事が出来ていないのだろうか。

 それならまだいいけれど、安心は出来ない。だって事実、ソフィア目を覚まさないから。


「シルフィー、どうかした?」


 なかなかソフィアの下に来ない私を心配したように、アル様が声をかけてくる。けれど、黒い靄に邪魔をされ、うまくアル様の顔が見えない。


「あ…、」


 アル様の声に応え、皆の元に行こうと足を踏み出す。けれど、私はもう片方の足を踏み出す事が出来なかった。


 口を覆っている手も離す事が出来ない。


「シルフィー?」


 行きたくない。


 怖い。


 皆がいる場所が、とても恐ろしい空間のように感じる。思わず1歩1歩後ずさる。


「シルフィー、顔色が真っ青ですよ?!」


 一番初めに私の異変に気付いたのは、レオン兄様だった。レオンお兄様が一番私の近くにいたからだろう。


「え、あ……」


 レオンお兄様が声をかけた途端、アル様も気付いたように、私の元へ駆け寄ってくれる。……黒い靄を背おいながら。


「っ!」


 私は耐えきれず、ルートお兄様の部屋から出て、ドアの前で蹲ってしまった。


「シルフィー!?」


 部屋から出ると、重苦しい雰囲気は一瞬にして解け、気持ちが楽になった。けれど、先程の光景が忘れられず、再び吐き気が込み上げてきた。

 あの部屋にいるだけで、この影響。もし体の中に入り込んでいたのなら、どうなっていただろう。吐き気じゃ済まない気がする。


 私の体調を心配して、傍まで来てくれたアル様もルートお兄様の部屋から出る。その途端、アル様に纏わりついていた黒い靄が綺麗さっぱり消えたのか分かった。


 きっとこの靄は今、ソフィアにしか影響していない。もし影響しているのだったら他の皆も体調を崩しているはずだ。


「シルフィー、今すぐ医者を呼ぶから!」


 アル様はその言葉と共に、私を抱きあげようとした。アル様の言葉に甘え、気分が良くないままここにいても迷惑だろうと思い立ち去ろうとした。けれど、私は嫌な予感がよぎってしまった。


「だめ…っ」


 ソフィア、だめ。

 

「シルフィー?」


 抱き上げてくれたアル様の腕の中で暴れてしまう。もう吐き気なんて気にしていられない。そんな事よりも、もっと重大な事がある。





 もう感じてしまったから。





『ソフィアが死んじゃう』





 私はふとそう思った。


 このままではダメ。これ以上になったらソフィアの命が包まれてしまう。黒い靄に包まれて消えてしまう。





『ソフィアが消えてしまう。』





 私が暴れた事で、アル様は私を腕からおろしてくれた。その途端、私は黒い靄が私の方に向かってる事も厭わず、ソフィアの元に駆け寄る。



 ソフィアはだめ。こっちに、きて。

 私のところに来て。私なら死なないから。私ならたくさん持っているから。少しくらいいいから。


「なんですか、これは?!」


 レオンお兄様の声が聞こえる。もしかしたらレオンお兄様にはこの黒い靄が見えるようになったのかもしれない。どうして急に見えるようになったのかという疑問が生まれる。もしかしたら、レオンお兄様は1度この黒い靄にとりつかれた事で耐性が出来たのかもしれない。


「どうしたんだ?」

「さあ……」


 けれど、アル様とルートお兄様、ディアナお姉様は首を傾げている様子から、見えていないみたいだ。寧ろこんなに深刻に考えている私とレオンお兄様を不思議そうに見ている。





 ソフィアの手を思いきり握ると、そこから少しずつ私の中に黒い靄が入り込んでくるのを感じた。こんなに簡単に他人にうつるものなのだろうか。いや、それは私だからだろう。


 気持ち悪い。倒れそう。吐き気がする。

 負の感情が入り込んでくるけれど、倒れるわけにはいかない。


 私は大丈夫だから。


 ソフィアはダメだけど、私は大丈夫だから。私は死なないから。

 

「シルフィー、ダメです!」


 黒い靄が見えているレオンお兄様は、私が何をしているのかが分かっている様子で、私の動きを止めようとする。


「このままでは、あなたが!」


 レオンお兄様は後ろから私を捕まえ、ソフィアのもとから離そうとするけれど、それはダメだ。


「ダメっ!」


 そうされてしまうと、ソフィアが死んでしまう。


「ソフィアが死んじゃうっ!」


 ああ、気持ち悪い。まるで体の中をまさぐられているみたいだ。

 けれど耐えなければいけない。


「私は大丈夫だから!」


 私は慣れているから。


 これはもともと、私のものだから。


 部屋中に蔓延していた黒い靄が、少しずつ私の下に入り込んでくる。

 締め切っている部屋の中で吹くはずのない風が、私の身に纏わりつく。


 私の顔色が段々と悪くなってきている事で、アル様達もようやく異変に気づいたようだ。


「シルフィー、一体何を…?」


 けれど、それを説明している暇は私にはない。私が倒れる前に全てを取り込まないといけない。


 気持ち悪い、怖い、汚い。


 でも、止める訳にはいかない。こんなものがソフィアの中に入り込んでいいはずがない。ソフィアの中に入り込んでしまったら、ソフィアは耐えられない。だって彼女は光の魔力を持っているから。光の魔力が飲み込まれてしまうから。光の魔力は唯一の対抗手段だ。それが飲み込まれたらダメだ。


「シルフィー、もう大丈夫ですから!」

「まだっ!」


 ジェイド先生がやっていた風の魔法。部屋全体に風を行き渡らせて、取りこぼしを防ぐ。一つも残さない。だって、ここはルートお兄様とソフィアの部屋になるのだから。2人を危険にさらすなんて、あってはならない。





 かつてソフィアが消したもの。今度は私が消す。






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