155、私の中で生きている者
朝起きたら、ふと妙な感覚がした。まるで私の中の一部が別の所に抜けていくような不思議な感覚。以前も1度、感じたことがある。
私の大切な一部がどこか遠くに、もう戻ってこないような。そんな感覚。けれど、決して不快ではない。むしろ、どこか心地いい。
リーア・ライ・ドマール。
彼女の様々な感情が私の中に流れ込んできた。夢を通じて、ずっと伝わって来た。夢だと切り捨てながらも、切り捨てきれなくて。彼女の鱗片が日常で見え隠れしていても、それが私だと、私の生まれ持ったものだと疑わなかった。彼女は私。けれど、別人。
彼女の感情や記憶が流れ込んできた時、私は彼女の一部になった気がした。中には理解しきれないような感情もあったけれど。私が今生きている時代と、彼女が生きている時代とでは何もかもが違うんだという事が分かった。同じ世界だけれど、違うようにさえ感じる。
彼女は、私だけれど、違う。けれども、どこか親しみ深い。どうしてだろうか。
何かに似ている。一体何だっただろうか。彼女が薄水色のアネモネに似ているというのは当然だろう。リヒトが彼女を思って植えた花なのだから。思えばあの薄水色のアネモネは彼女が死んだ後に植えられたものなのであろう。だって昔、彼女とリヒトがあそこを歩いていた時、あのアネモネは赤かった。薄水色ではなかったのだから。そして私があのバラ園の一部の区画を苦手と感じたのは、そこが私が殺された場所だったからだろう。あのアネモネがある場所で殺されなくて良かったと思う。もしあの場で私が殺されていたとしたら、アネモネにさえ苦手意識を感じていただろうから。
……駄目だ、分からなくなってしまう。私は、彼女ではないのに。彼女は私だと認識してしまう。
大丈夫。私はアル様が「君は君だ」と言ってくれた。だから大丈夫だ。
けれど、彼女は私だということを除いても、本当に親しみ深く感じる。
「……そうか」
彼女はソフィアに似ているのだ。薄水色の髪と瞳。彼女とソフィアの共通点。思えば顔だってすごく似ている。姉妹と言われても信じられる。むしろ、本人のようだ。私よりもソフィアの方がリーアの生まれ変わりと言われた方が信じられる。もしかしたら何か関わりがあるのかもしれない。リーアの血族だったのかもしれないし。……それはないか、リーアは誰とも結婚していないし、子どもも産んでいない。もしかしたらリーアの親族の子どもの子孫かもしれないし。ありえない話ではない。
見た目だけではない。綺麗で強く気高い。そんなところも似ている。強くて自分の芯をしっかり持っていて、私とはまるで違う。流されて生きてるような私とは違う。私も2人みたいにもっと強くなりたい、力の話じゃなくて、心の話だ。自分を犠牲にしても、何かを守れるような、そんな強い心が欲しい。自分を犠牲にしてまで守りたいと思う誰かに出会いたい。
どうして今さら私にリーアの記憶が宿ったのか分からない。もしかしたらずっと私の中にいたけれど、私が気付かなかっただけか、それともリーアの魂が望み、私の中に最近入り込んできたのか。けれど、アル様曰く、私の中にはずっとリーアがいたそうだ。私が気が付かなかっただけで、もしかしたらリーアはアル様の気持ちに応えたかったのかもしれない。アル様がリーアに気付いていたから、私も私に気づいて欲しかったのかもしれない。
本当に奇跡のようだと思う。
ソフィアの時にも思ったけれど、別の時に生きていた人達が再び会えるなんて、奇跡以外の何物でもない。けれど、私は思ってしまう。こんな奇跡が起こってもいいのか。
ソフィアの時だけだったらまだ奇跡だと割り切れただろう。けれど、リーアとリヒトはどうだ。そんなに運良く偶然のように奇跡のように再び会えるものだろうか。誰かが言っていた。「偶然の中には必ず神の意図が隠されている」。つまりは偶然はない。私達の出会いは何か仕組まれているのではないのだろうか。神か悪魔か。私にとってはこの出会いはきっと神によるものだろうと思う。
けれど、生まれ変わってしまったからこそ、リヒトは苦しんでいたのかもしれない。側にリーアがいるにも関わらず、リーアと語らう事も出来ない。それが出来たのは、ただ1度だけ。私がリーアとしての記憶をちゃんと思い出した、ただ1度だけ。アル様は、リヒトの記憶を思い出してしまったからこそ、きっと苦しむ。
だって私はリーアではないから。
アル様の、……リヒトの要望に沿うことは出来ない。きっとアル様は、自分がリヒトであることを隠す。リヒトの面影を見せずに、アル様として、アルフォンスとして私に接するだろう。そして私もリーアとしてではなく、シルフィーとして接するだろう。
そうなるとリヒトとリーアはどうなるのだろうか。私達の中にいながらも、いないものとして扱われ続けるのだろうか。私には分からない。
そして、私は私として扱われるのだろうか。そこが怖い。
けれど。……怖いけれど、不安だけれど大丈夫だと思う。
アル様は私に言った。アル様はリヒトとしてではなく、アルフォンスとして私を見てくれている。
その証拠にアル様は私の事を1度もリーアと呼ばなかった。
私が本当にリーア・ライ・ドマールだったならばもう少しリヒトが望むような再会になったのではないかと思う。けれど、私は自分がリーアだという感覚が全くと言っていいほどない。確かに私はリーアだ。けれど、本当にそれが私なのかと問われるとわからない。
リーアとしての記憶を持っているけれど、どうリヒトと接していいか分からないという事も本音だ。きっと私よりもアル様の方がリヒトと繋がっているのだろう。
私はこれからどう接していけばいいのだろうか。けれど、本当は少し感じているんだ。私の中からリーアが消えていっている。リーアの記憶が消えていってる訳ではない。リーアの存在が消えていってるような感じがするのだ。記憶はあるけれど、私の中からリーアの魂が消えていっている。これは喜ばしい事なのだろうか。リーアの魂があるべき場所に帰っていっているのなら。それは喜ばしい事だとは思う。そして、今度こそ、リヒトとあるべき場所で出会えたら、それが一番望ましい。
だから離れたくないと悲しみ、会えて嬉しいと喜ぶ私の中の何かには気づかないことにした。