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リーア・ライ・ドマールpart2



 そんな生活を続けていた、ある日のことだった。朝起きた時、私は痙攣したように、体の震えが止まらなかった。なぜか涙も止まらなかった。

 深呼吸して自分を落ち着けているうちに、なぜか直感した。私は今日死ぬ、と。何故か分からない。本当に感じただけだ。ただの直感。信じる方が馬鹿らしい。しかし、なぜか、絶対に間違いない、と確信していた。昔から直感は当たる方だった。たが今までは、何か嫌な予感がする、というように漠然としたものだった。こんなにはっきりとした直感は初めてだった。さすがに動揺した。確信を持っているとしても、たかが直感だ。死ぬ、という事実しか分からない。今日のいつ、どうやって?もし人為的なものならば誰によって殺されるのか。何も分からない。分からないことだらけ。本当に私が分かっているのは「死ぬ」という事実だけで、何に注意してよいのかも分からずに今日を過ごさなければならない。何が死因となるのか分からない。正直、死ぬという直感ですらも思い過ごしであってほしい。ボーッとする頭を冷やすために顔を洗う。そうすると、少し頭が冷えてきた。





 死因としては毒殺か暗殺か、……正面から殺しにかかってくるか。他にも色々あるが、だいたいはこんなものだろう。もし、暗殺者が私を殺しに来るのならば今日はリヒトの近くに行かない方が良いかもしれない。リヒトを、巻き込むなんてことはしたくない。正直、暗殺者を差し向けられるようなことをした覚えはないが、もしかしたら、近衛騎士という地位を羨んだ誰かが差し向けたものなのかもしれない。毒殺を恐れるなら食事や水分を取らなければいい。一日くらい食べたり飲んだりしなくても何も問題はない。奴隷時代は、一週間食事をもらえないような事はよくあった。それに比べれば大分ましだ。正面から来てるれるのならばありがたい。打ち返せば良いだけだ。そう思い、深呼吸し、気持ちを落ちつかせる。気持ちは落ち着いてきた。今日は体調不良と言うことで、休ませてもらおう。私の直感が気のせいであってくれるのが一番よい。しかし、念のためを考えて、国王であるリヒトの側に行くわけには行かない。そうするのがよいはずだ。




 しかし、私の体は、心はそれを拒否した。休もうと決断したときから、再度体が激しく震え、涙が止まらなかった。まるで、私の休むという行動を否定しているかのようだ。結局いつも通り、王の護衛として出勤する。リヒトを巻き込んでしまうかもしれない。しかし、もし今日が最後だとしたら、たくさんリヒトと話したい。後悔はしたくない。




 リヒトと会い、朝のあいさつをして、また一日が始まる。今日もリヒトからいつものお願いがあった。「普通に喋ってくれ、敬語はやめろ」と。断ろうかと思った。でも、今日が最後かもしれない、ということが脳裏によぎった。だから、「分かった」と答えた。リヒトは驚いた顔をしたけれど、その後、嬉しそうに笑った。こんな事なら、もっと早くそうしておけばよかった。




 今日はリヒトの執務が早く終わったので、園庭を散歩した。私達が今来ている園庭は王家のバラ園で、王家のものの同伴でなければ入れない。私は今日初めて来たけれど、とても美しい。思わず目を奪われた。庭園を歩いていると、ある区画にアネモネを見つけた。なんの変哲もない、ただのアネモネ。バラ園という名前にそぐわない、不自然な花。しかし、なぜだろう。妙にしっくり来ている。違和感はまるでない。そんな私の視線に気づいたのか、リヒトが説明してくれた。アネモネはリヒトが一番愛している花だそうだ。しかし、ここはバラ園だ。「他の花壇に植えればよいのでは」と聞くと、なぜか私とアネモネを見比べてから「ここがいい」と答えた。リヒトがここがいい、と言うのなら私には何も言えない。しかし、私とアネモネを見比べたのは何故だろう。それからリヒトとバラ園を歩きまわっていた。





 ふと、嫌な予感がした。そして、来る、と思った。リヒトを後ろに下がらせ、剣を構える。ここは、一般人は入ってこれない。騎士といえどもリヒトの許可なしでは入ってこれない。私がリヒトを守り切るしかない。途端、黒い装束をまとった男達が姿を表した。ざっと20人ほど。正直、よかった、と思った。敵が姿を現してくれないのなら難しかった。姿を現してくれたのならこっちのものだ、と思った。そして、勝てる、と思っていた。しかし、簡単にはいかなかった。戦い方からすれば、彼らは暗殺者だ。戦っているはずなのに目の前にいないような錯覚を受ける。厄介極まりない。





 しかし、『氷の美剣士』の名は伊達ではない。飛んでくるナイフや楔を避けながら、一人ずつ、確実に倒していく。リヒトの方を見てみると、彼もまた戦っていた。王なのだから、安全なところに隠れていて欲しい、と思わないでもないが、今逃げたところで、すぐに殺されてしまうだろう。ちなみに、リヒトに護身術を教えたのは私だ。もちろん私が全力をもってして守るつもりだが、どうしてもままならない時もある。そのような時に、リヒトが戦えるのとそうでないのでは状況が全く違ってくる。リヒトには、戦いのセンスがあった。まだ私の方が強いが、いつか追い抜かされてしまうかもしれない。





 あと3人、というところまで来た。すると、急に腕か痺れてきた。きっと、先ほどかすった矢には毒が塗られていたのだろう。舌打ちしたい気持ちを抑えて敵に目を向ける。すると、いきなり敵の姿が消えだした。私もリヒトも驚きの声をあげる。「あれは、……もしかして禁忌の魔法だろうか」とリヒトが呟く声が聞こえた。この世界に魔法を使えるものはいない。体内に魔力を宿しているものがいないからだ。しかし、唯一使えるものがいる。巨大な魔方陣、何十人もの生け贄、大量の魔石。これらを用い、正しい手順で儀式を行う。ただし、儀式を行っても必ず使えるようになるというものではない。確率は1%にも満たない。この方法は一般には知らされていない。あまりにも代償が大きいからだ。知っているのは所謂裏の住民と王家。私はリヒトにこれを聞いた。急に何が起こっても対応出来るように、だそうだ。


 どちらにせよ、今は目の前の見えない敵を倒さなければならない。一度全身の力を抜き、目を閉じる。周りの足音、息づかい、武器の擦れる音。全てを感じとる。





 敵の位置を特定した。目を閉じたまま走って相手に近づく。そして、剣を振り下ろす。呻き声と共に倒れる感覚がした。まずは一人。二人目の敵はリヒトに剣を振り下ろそうとしているところだった。相手の姿が見えていないため、リヒトは気づいていない。今から走って行っても間に合わない。リヒトに呼びかけても間に合わない。そう思い、懐に隠してあった楔を投げた。楔が当たった感覚と、リヒトが無事だった事から倒したようだ。


 あと、一人。そう思った時には、右腕は痺れていて、剣を握っているだけで精一杯だった。しかし、もう一度神経を研ぎ澄ましても相手の位置が分からない。逃げ帰った訳ではない。近くにはいる。しかし、どこにいるかは全く分からない。すると、突然風を切る音がした。この音は矢だ。矢がリヒトに向かって射られた。見えない矢。リヒトが気づく訳がない。私は矢が風を切る音で気づいた。またもや直感を感じた。あれには毒がかかっている。リヒトに忠告しても、リヒトが自分で防ぐのには間に合わない。私の、剣を持つ手は痺れて、もう力が入らない。きっと剣を振るだけの力は残されていないだろう。ならば、私ができる行動は一つ。


 咄嗟にリヒトの前に出る。


 迷いはなかった。リヒトの焦った声が聞こえたが、気にしてなどいられない。矢が私に突き刺さった。と同時に私は懐に隠してあった楔を姿が見えない敵に投げた。相手が矢を射ったことで位置を特定できた。右手が使えず、左手で投げたため、コントロールが心配だったが、呻き声が聞こえたから当たったのだろう。





 これで全員倒した。ほっと、息つく。と、同時に私は両足から崩れ落ちた。今射られたのは速効性の毒だったのだろう。もう既に目の前が暗くなりはじめた。リヒトが医者を呼び、周りの人に指示を出す声が聞こえる。時期に声も出なくなるだろう。私はリヒトに向けて笑顔をむけた。ちゃんと笑えているだろうか。今、リヒトがどんな顔をしているのか分からない。けれどリヒトが、なんでこんなときに笑っていられるんだ、と切羽詰まった声で聞いてきたから、笑えていたんだろう。私はリヒトにありがとう、と言った。





 私はリヒトと出会ってからの人生は驚くほど幸せだった。私を掬い上げてくれた。私に生きる希望を与えてくれた。私を一人の人間としてみてくれた。私に人を好きになることを教えてくれた。私はリヒトを愛していた。これが恋かと聞かれればイエスであり、ノーだ。この愛は臣下としての私の気持ちなのか、それとも一人の女性としての私の気持ちなのか。今の私にはもう分からない。あぁ、何てあっけない。けれど、私を掬い上げてくれたリヒトを助ける事が出来た。後悔は全くない。私の直感は間違っていなかった。もし、私が今日休んでいたら、リヒトは殺されていたかもしれない。よかった、リヒトを守れて。





 私はゆっくりと目を閉じた。リヒトが私を呼ぶ声を聞きながら。




 願うならもう一度、笑顔でリヒトに会いたい。





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