154、もう一人の私達のこと
私はとても幸せだったけれど、最後に見たあの人の顔は幸せそうではなかった。
私はあの人の笑った顔が好きだった。少し困った顔も好きだった。でも悲しそうな顔は嫌いだった。あの人の最後に見た顔は泣きそうな辛そうな苦しそうなそんな顔だった。だから私はもう一度願った。
夢を見た。いつもの夢
私は騎士だった。
私は王様に向かっていた銃を弾いて王様を助けた。
初めて王様を守れた事が嬉しかった。
でもそれは夢ではなかったのかもしれない。
「あのね、アル様、聞きたい事があるの」
ずっとずっと夢を見ている。
でもそれは本当に夢か分からなかった。ううん、私は夢だと思っていたけれど、夢じゃないかもしれないと言われた気がした。自分でも何を言ってるのかがよく分からないけれど、夢だけど夢じゃない、そう思った。
そして同時に思った。
アル様なら知っているかもしれない。
私の知らない私を知っていて、いつだって私を導いてくれるアル様なら、知っているかもしれない。そう感じた。
他人任せな考えで申し訳ないとは思うけれど、それでも私より私の事を知っているのはアル様しかいないと思った。
「ねぇ、アル様。私は、私?」
アル様は私の疑問に頷いて答えてくれた。
「でもね、それだけじゃない気がするの。」
私は、私。それは確かなのに。
「ねぇ、アル様、もう1人の私は誰?」
きっとアル様が答えをくれるから。
「ねえ、アル様。アル様は誰?」
私は私であり、アル様はアル様である。それには間違いない。けれど2人ともそれだけでは説明できない何かがいると感じていた。
そして、アル様はそれを知っている。
「ねぇ、アル様教えて。」
アル様は戸惑ったように、けれど、覚悟を決めたように言葉にだした。
「私と、シルフィーは、」
私はその先の答えを、何となく分かっていた。けれども、ちゃんと言葉として聞きたかった。
だって、私の中の何かがその答えを求めているのだから。知りたくて知りたくて、さらけ出したくて。
今にももう溢れそうになっている。
どうして私が剣を握ることが好きだったのか。
どうして触ったこともない剣を振るうことができたのか。
どうして習ってもいないのに、剣舞を踊ることができたのか。
どうして肖像画を見た時に優しい人だと感じたのか。
初めて名前を聞いた時、懐かしいと感じたのか。
バラ園に、薄水色のアネモネにどうしてあそこまでの執着を感じたのか。
本当は分かってるけど、言葉とともに確信が欲しい。ありえない事だとは分かっているけれど。もうそのあり得ないを否定する事が出来なくなっていた。
思えばずっとずっときっかけはあった。けれど、知らないふりをしていた、ありえないからだと、そんな訳がないからと。でもそれはあり得ないはずがない。だって私は1度、既に経験しているから。私自身がそうだから。何をもってあり得ないと思ったのかが分からないけれど、本当にそれはもう、ありえない事ではない。
「君は」
アル様が口を開く度に、私の心臓がどくりと音を立てる。
「私は…」
思わずアル様の方に伸ばしそうになる手を必死に抑える。
「私は、リヒト。の、生まれ変わりだ」
知っていた。だってこんなにも目の前の人を求めているのだから。いつだってアル様といると心地が良かった。安心した。嬉しかった。離れたくなかった。それはなぜか
「そして君は」
再びドクリと心臓が音を立てる。
「リーア・ライ・ドマール。彼女の生まれ変わりだ」
だってずっと一緒にいたから。
今から何年、何十年、何百年の時の前にずっと一緒にいた。
一体それがいつだったか分からないけれど。
驚きよりも納得した。
「僕はリヒトの記憶を持っているけれど、僕はリヒトではない。」
アル様のその声に、私も納得する。私もリーアの記憶を持っているけど、私はリーアではない。
今まで私が誰か、ということを考えた事は無かったのに、最近やけに考えるようになった。きっかけは何だっただろうか。私の中にいるリーアがリヒトに会いたいと叫んでいたのかもしれない。
「ねえ」
アル様が私に問いかける。
「言いたいことがある」
アル様だと思った。けれど違う。彼はリヒトだ。
きっと彼は私に、ううんリーアに言いたい事があるのだろう。
「なんでしょう」
アル様の口が震えながら動くのを感じる。
「ありがとう」
黒い瞳の奥にはさまざまな感情が入り乱れているのを感じた。「ありがとう」その言葉には感謝だけではなく、愛しさや悲しさ、やるせなさ、嬉しさ。まざまなものが伝わってきた。
きっとこれは私に向けたものではないけれど、受け取れるのは私しかいない。
「私こそ、とても幸せでした」
ふと頭に浮かんだ言葉を綴っていく
「私はとても幸せでした。あなたに会えて、あなたを守れて、貴方と共に戦えて、あなたの隣にいられて。ただ、毎日同じように生きて、いつか死んでいく。そんな人生を変えてくれたあなたは、私の中の唯一でした。」
「ありがとう」
私を忘れないでいてくれて、いつも私のことを思っていてくれて。
一筋の涙がこぼれ落ちた気がした。けれど気が付かない事にした。だって私はリーアであるようで、リーアではないから。
どうして今世どころか、前世でも剣を触ったことがない私が、剣を扱えたのか。
どうして剣を「そんな事」扱いされて悲しかったのか。
納得がいった。アル様の剣筋も。私の剣筋も。
私が、リヒト様に教えた剣だから、似ていて当然だ。
リヒトの記憶を持つアル様が、当時のフロイアン国の舞を踊れて当然だ。
あの時アル様は「習った」といったけれど、あれは嘘だろう。
そして、その踊りに付き合わされていたリーアが踊れるのも当然だろう。
ヒントは沢山あった。けれど、私は怖かった。確信を持つことが怖かった。
「私は、ううん。リヒトは願ったんだ、最後にもう一度君に会いたいと。そうしたら、会えた。」
きっと私も同じ。願ったから会えた。
「私はリヒトだ。でもそれは私であるようで、私ではない。リヒトの記憶はあるのに、確信を持って私がリヒトだとは言えない。おそらくシルフィーも同じ感じでしょう?」
そう、私も同じ。
「けれど、私は私がリヒトだから、リーアを求めたんじゃない。私はアルフォンスとして、シルフィーを求めた」
アル様の言葉が私の中にすとんと落ちた。
その時、私の中で「さようなら」という言葉が浮かんだ。
リヒトとリーアの再会はあっさりしたものだった。でも、そのあっけなさが私達らしかった。だって、私達はまたどこかで必ず会えると信じているから。