151、不思議な夢です
最近夢を見る。でも、悪夢じゃない。とってもあったかい夢。優しい王様の夢。
夢の中の私はその王様につかえる騎士だった。
王様はもともと平民だったけれど、私達はその王様がとっても大好きで、その王様を守りたいと思ったから必死に剣を覚えた。そうして王様の為に必死で訓練をして、王様の近くで戦えるようになって、王様を支えたいと思って、頑張って、頑張って……。
最後には王様を守って死んでしまうけれど、私はとっても幸せだった。私を救ってくれた人の為に戦って死ねるなんて、これほど幸せなことはない。もう王様を守れないという事が 唯一の心残りだけれど。
騎士の私にとってはこの人生の終わりは本当に幸せなものだった。
「また、この夢……」
同じ夢を何度も繰り返し見る。夢の中では私が誰かもわかっているのに、目を覚ますと、夢の中の私が誰か分からない。
でも、嫌な思いは全くしない。怖くもない。夢の私は矢に射られて死んでしまう。5歳の頃にあの建物に閉じ込められていたせいで矢が怖くなったけれど、夢の中の矢は全く怖く無い。思うのは王様を守れてよかったって事だけ。
どうしてこの夢を見ているのか、理由はなんとなく分かっている。無理だとは分かっているけれど、私が騎士になりたいと考えていたから。アル様を守れるような騎士になりたいと思ったから。リーア・ライ・ドマールのように、誰かを守れるような騎士になりたいと思ったから。騎士としてアル様を守って死ねるなら、とても幸せな最期だと感じたから。きっとその全ての私の願いが、夢となって現れたのだと思う。
見た光景や絵、読んだ本、気になっている事が夢になって現れるなんてよくある事だ。
それと一緒のこと。ただ、それだけ。
でも、夢を現実にしたいと思うのは悪いことではないと思う。
そして、朝一番。起きて朝食を食べる前にお父様のところに突撃して、「騎士になりたいです」と言ったら、お父様は倒れてしまった。
まぁ、確かに、娘にいきなりこんな宣言をされたら驚くよね。領地から帰ってきたばっかりのお父様にごめんなさい。
でもまぁ、その時の私は、夢を見たせいで自分にも出来るような気になっていただけだ。前にも言ったけれど、私は騎士の訓練についていくような気力も体力もない。お父様が止めてくれて正解だった。
「それで公爵は仕事に遅れてきたのか。」
私はいつも通りアル様の所に遊びに来ていて一緒にお茶会をしていた。すると、そこで暇を持て余したお義父様も一緒にお茶をする事になった。そこでどうして私のお父様が今日遅れてきたのかを聞かれた。というか、お父様は倒れてしまったせいで仕事に遅れてしまったんだね。本当に申し訳ない。私の出来心の発言が。
お父様は自分で言わなかったのかな?……言いにくいか。「娘の一言に倒れてしまいました」なんて言えないよね?
そういえば私のお父様は?あ、遅れて仕事にきた分の仕事をしているんですか?
お父様とも一緒にお茶会したかったな。お家でもできるけど。
「それは倒れるね」
お義父様の言葉にアル様も同意する。
「シルフィーは騎士になりたいのか?」
お義父様が首を傾げながら聞いてくる。
「あれはただの出来心で、本当になるつもりはないです。なりたい気持ちはありますが、体力もないので私は訓練にもついて行けないと思いますし」
「まぁ、騎士の訓練は厳しいしな」
「はい」
夢で見たからといって、安易に口に出すんじゃなかった。勿論、本当になりたいという気持ちは全く嘘ではないけれど、本当に訓練だけはついていけない。
「それにしても、夢かぁ」
アル様は何だか微笑ましそうに私の方を見てくる。
「…?」
どうしてそんなに微笑ましそうな目で見てくるんですか?
と思ったら、次の瞬間アル様は何だか吹き出すように笑ってしまった
「アル様?」
「いや、ごめんっ……ふっ、」
どうして私は謝られたのだろうか?
それにしても、私の顔を見ながら吹き出すのって、私が何かしたって事かなぁ?
「昔、シルフィーがよく僕に見た夢を教えてくれたなぁと思って」
あぁ、そういえばそんなことがあったなぁ。小さい頃は、見る夢全てが面白くてアル様に会うたびに報告していたっけ。
「あの時のシルフィーは、ケーキに埋もれたとか、ハンバーグの布団で寝たとか、綿菓子の雲の上を走ったとか、虹のジュースを飲んだとか。食べ物に関することばっかりだったのに、成長したなぁと思って」
確かに、そういえば小さい頃に私が見ていた夢って、食べ物に関することが多かったかも。どんだけ食い意地はってるんだろうね。でも雲の上を歩くとか、ケーキに埋もれるとかって小さい頃の夢じゃないですか?多分、食べ物以外の夢も見ているけれど、印象に残っているのが食べ物に関する事なんだろうね。
それに子どもだけじゃなくて、今の私だって、雲の上を走ってみたいと思うのですよ。……あれなんだか話が変わってきた。まあいいや。
「はい、私成長しています!」
とりあえず、アル様の言葉の最後の方だけを繰り返して言ってみる。
「「ふっ」」
アル様はまた吹き出したように笑ってしまった。でも今回は吹き出す音が2つもあった。1つはアル様で、もう1つの方を見てみると、予想通り、お義父様だった。
「君達の会話は面白いな」
お義父様の言葉は褒めているのか、面白がっているのか分からないけれど。いや多分、後者な気がするけれど。とりあえずはお礼を言って喜んでおきましょう
そして、お義父様は少しだけ一緒にお茶をしたら、すぐにお仕事に戻っていってしまった。寂しいけれど、仕方ない。お仕事だもん。アル様もお仕事大丈夫なのだろうか。大丈夫だから、ここにいるんだよね。そうだよね?
「というか、シルフィー、今日なんだか不機嫌だけど、どうかしたの?」
アル様は首を傾げながら聞いてくる。よくぞ聞いてくれました。夢の事とかお父様の事とかですっかり忘れていたけれど、アル様に言われて私は不機嫌だった事を思い出した。
だってね、だってね
思い出したら悔しくなったから、ほっぺをぷくーっと膨らませてみる。
「だって、リシューが…」
「リシューが何かしたの?」
「リシューが私からディーをとったんです!」
「ん?」
「今日の朝、リシューがマリーお姉様に会いに来てたのですけれど、そしたらリシューは私の事なんかほったらかしでディーと遊んじゃって、で、そのままディーと一緒にクロード侯爵家に行っちゃったんです!」
ディーのご主人様は私なのに、ディーはいつもリシューのところばっかりに行くのです!思えばお兄様の結婚式の時だってそう。ディーはいつだって私よりリシューの事が大好きなんだ!悔しい!
「えっ、でも」
アル様はよく分からないという風に首を傾げながら言葉を続ける。
「ディーならここに来てるよ」
「えっ?」
「さっきルートと遊んでたよ」
「えっ?」
「てっきりシルフィーが連れてきたんだと思ってたよ」
「え?」
「なんだかすごい楽しそうだったから声かけずに来ちゃった。」
「えっ?」
それならディーも一緒に連れて来てくれたらよかったのに。ディーも一緒にお茶したかったのに。私もディーと一緒に遊びたかったのに!みんなばっかりずるい!
お家に帰ったら遊べるといえばそうだけれど、学園もあるからなかなか日中に遊べない。
それにリシューは私達がお城にお泊まりをしている1週間、ディーを独り占めしてたんだからいいでしょ!
それにしても、ディーとルートお兄様の組み合わせは珍しい。見たことがないかもしれない。いや、あるのだけれど滅多に見ない。ルートお兄様は公爵家に来る事がないから、ディーに会う機会もあんまりないしね。でも、楽しそうに遊んでいたって事はディーとルートお兄様は仲良しになったって事だよね。ディーは警戒心が強くて悪い人には近寄っていかないから、ディーがすぐに仲良くなったって事はルートお兄様はいい人だって事がディーに証明されたんだね。
でも、本当にルートお兄様はとっても素敵な人だもんね。ソフィアを奪っていくこと以外は。
ちょっと思い出したら悔しくなったので、ディーと一緒に遊んでいるだろうリシューとルートお兄様の邪魔をしに行こうと思います。
「アル様、行きますよ」
「うん、シルフィーが自己完結しててどこに行くか分からないけれど、わかったよ。」
分かってくれたのならいいのです。さあ、行きますよ。
お庭に行くとルートお兄様とリシューとディーは、まるで友達のようにお話をしているようにさえ見えた。
「むぅ」
なんだかディーがとられたみたいで悔しい。頬を膨らませたまま近づくと、ルートお兄様とリシューは私に気付いてくれたようで、手を挙げて挨拶をしてくれた。でも手を挙げてない方の手はずっとディーを撫でていた。
ディーも気持ちよさそうに目を細めて寝転がっている。
「むむぅ」
ずるい!
「私だって寝転がってお昼寝したいのに!」
「えっ、そっち?」
あっ、間違えた。ちょっと本音が漏れてしまった。
「私だってディーをなでなでしたいです!」
そうそう、こっちが本音ね。
リシューは呆れたようにため息をつきながらディーの横を私に譲ってくれた。ルートお兄様は譲る気がないようで、ずっと座っているけれど。リシューのいたところに迷わず行き、ディーの横に寝転ぶと、ディーはこっちを見ながら目を細めた。なんだかディーにまで呆れられていない?気のせい…、気のせいだよね。ディーはそんな顔しないもんね。きっと気のせいだよ。
でも、ディーは安心したように寝転がっている。本当にリシューとルートお兄様が好きなんだろうね、なんだか悔しい。
「ねぇ、私とリシューとルートお兄様だったら誰が一番好き?」
ちょっと面倒くさい事を質問してみる。ディーは犬だけれど、きっと私の言いたい事が分かるはず。
そして、ディーは1度、私の方を見た後にリシューを見て、その後ルートお兄様の方を見た後にもう一度私の方を見る、そしてそのまま寝転んでいた私の背中に頭を乗せた。
「!」
こ、これは間違いなく私が選ばれたということですね!ディーの一番は私!
「うわぁ、目がキラキラ輝いてる」
そりゃ輝きもしますとも!なんといったって私からソフィアを奪ったルート兄様からディーを奪い返したんだもん!
喜ばない理由がありませんね!
だって、ディーは私のお兄ちゃんみたいなもんなんだもん。ディーと寝た日は、ぐっすり眠る事だって出来る。なんだかまるで、ディーは私の精神安定剤みたい。でも間違ってはいないと思う。ディーがいない日はよく眠れないんだよね。前まではディーは私の部屋の前で寝ていたけれど、今はずっと私のベッドの横で眠っている。でもたまにしっかり洗った日は私の布団の中で寝てくれたりもする。ディーに包まれながら寝るのって本当に気持ちいいんだよね。あのふさふさの毛に顔をうずめた時なんか幸せとしか言いようがない。
「まあ、シルフィーが幸せならいいか」
「そうだね」
「うん」
どうしてこう、私の周りにいる人達は本当に優しい人達ばかりなんだろう。その事が一番幸せだな。