147、笑うのはほどほどにしてください
「ふふ、あはは!」
「むう!」
ソフィアは笑いすぎだと思うのです。ソフィアは授業が終わってから私の方見てずっとずっとずーっと笑っているのです。失礼だと思いませんか?
でも、それもそのはず。どうしてソフィアがこんなに笑っているのかというと、私の前髪が爆発しているからです。
本当に爆発している訳じゃなくて、前髪がぐしゃぐしゃって意味ですけどね。ずっと風魔法を練習していたおかげで、すっかり変な方向に型がついてしまった。いつもならつかないのだけれど、今日は自分の回りに風を纏わせていく使い方をしていたから、余計に自分の回りに風が舞っていた。私が魔法の練習をしている時、ジェイド先生が私を見て笑っていたのは、私が魔法を使うのが下手くそだからと思っていたけれど、それだけじゃなかった。多分あの時から私の前髪は本当にぐちゃぐちゃだった。前髪以外はメイドさんがしっかり結んでくれていたみたいで、崩れることは一切なかったけれど。ただすいていた前髪だけは本当にボサボサです。というか言われるまで気が付かなかったよ。ジェイド先生も早く言ってくれればいいのに。
しかも悔しい事に私がすいただけではこの前髪は戻ってくれないようです。散々風の魔法の練習をしていたから、ずっと前髪は風にあおられていた。本当に戻ってくれない。
仕方なく私は前髪を押さえながら教室に入るしかなかった。
「シルフィー、前髪を押さえてどうしたの?」
そんな私に気が付いたリシューが声をかけてくれたけれど、理由を言うのもなんだか恥ずかしい。
リシューは全く悪くないけれど、ソフィアに笑われた事を思い出して思わず頬を膨らませてしまう。
でも、本当にどうしようか。もしかして帰るまでずっとこのままですか?授業の時も移動の時も、ずっと前髪を押さえておかないとダメですか?凄く面倒くさいけど、でもそうするしかないよね?どうしよう。
「リシュー……」
私は泣きそうな声でリシューの名前を呼ぶと、横でソフィアがまたクスクスと笑い始めてしまった。
「もうソフィア!」
そんなに笑わなくてもいいのに!
「この子の前髪、今ボサボサなのよ」
そして、ソフィアは私が恥ずかしがるのも無視してさっさとリシューに理由を言ってしまった。
そして、前髪を押さえていた私の両手を後ろから掴んでおでこから離してしまった。
「!」
な、なんてことを!
そして、そんな私の前髪を見たリシューも思いっきり口から息を吹き出してしまった。
みんな失礼じゃないですか?私だって好きでこの髪型になっている訳じゃないのに。そんなに笑う必要はないと思います!
「もうリシュー!」
「ふっ、~っごめ!」
文句を言ってみるけれど、リシューはソフィアと同じく笑いが収まらない様子で、謝りながらもずっと笑い続けている。本当に本当に失礼だと思います。というか、私は一体このままどうすればいいんだろう。
1度髪を濡らしてまっすぐにするしか方法がないよね。でもそのままだと濡れたままになっちゃうし、ドライヤーなんてないしね。どうしよう。
ソフィアが手を離してくれたので、再び両手を使って前髪を抑えると、笑いが収まってきたリシューがゆっくりと私の方に近寄ってきた。
「リシュー、どうしたの?」
頬を膨らませてソフィアに尋ねる。
「笑ってごめんね。前髪を戻したらいい?」
「戻せるの?」
戻せるのならぜひとも治して欲しい。
「任せて」
そう言ってリシューは私の前髪にそっと手を添えた。すると色んな方向を向いていた前髪達がゆっくりと下を向き始めた。つまり元通りになり始めた。
「!」
えっ、何どういうこと?どうしてリシューが触っただけでこんなに前髪達がまっすぐになっていくんだろう?
「ただ、指先に火……、と言うより熱を少しだけ行き渡らせて使ってるだけだよ」
「な、なるほど」
前世で言うと、ヘアアイロンみたいなものですか?
全然熱いと感じないからそこまで温度は高くないとは思うけれど、前髪たちがまっすぐになってきているから何の問題もありません。
「すごいね、リシュー」
本当にすごい。こんな事、考えもつかなかった。つまり火の魔法が使える人がいたらこの世界でもアイロンが使えるということになる。なんて素敵な発想。
「ありがとう、リシュー」
「どういたしまして、お役に立てたならよかったよ」
もう本当にリシュー様々だよ。リシューがいなかったら本当に困ってた。
いや、もう本当に困ってた。だって、リシューがいなかったら、私は今日一日中帰るまでずっと前髪を押さえたまま過ごさないといけなかったんだよ?火の魔法を使う人は、リシュー以外にも沢山いるけれど、こんな使い方は普通思いつかないと思う。どうしてリシューは思いついたんだろう。でも本当にありがたい。
「あーあ、面白かったのに」
けれど、私の治った前髪を見て、ソフィアは残念そうに呟く。確かにソフィアからしたら面白かったけれど、私からしたら全然面白くないのですよ!ソフィアだって私みたいに変な髪型になればよかったのに!
でも、今回はメイドさん達が二つに結んでくれていたから、そっちは爆発しなかった。普段は下ろしているからその髪型だったらもっと変な髪型になっていたかもしれない。そう思うと今回の被害はまだ少ない方だったのかもと思う。
そして私はさっきから考えたくない事を考えている。実は遠くの方からカメラを持った私のファンクラブのメンバーであろう人達がずっとこっちを見てきていたんだよね。まさかのさっきの前髪ボサボサの状態を撮ったんじゃないよね?撮るだけならまだいい。よくないけれど。でもそれを皆に見せるような真似は流石にしないよね。…………しないよね?
魔法の授業をしていた教室から、自分の教室まで行く途中で色んな人に見られたとはいえ、改めて、誰かに見られるのは本当に恥ずかしい。
今すぐ追いかけて、あの人のカメラを奪いたいところだけど、ソフィアに怒られそうだから、それはやめておこうかな。
ぐうぅ
と私のお腹の虫が悲鳴を上げたので、食堂に昼食を食べに行く事にした。そして今日もいつもと同じように私達が座る席はちゃんと空いていた。というより、空けてくれたみたいだった。本当にいつもありがたい。おかげで私が昼食を食べられなかった事なんて1度もない。はっ、これって悪役令嬢に近づいていっているのかもしれない!だって、だって。席がなかったら「おどきなさい」って言ってどかせるんでしょう?これはもう悪役令嬢と一緒だよ。どうしよう。
…………まあ、大丈夫だよね!
「ハンバーグ!」
今日の昼食のAランチは、私が大好きなハンバーグだった。おまけに茹でたジャガイモとかブロッコリーとかスパゲッティーもついている。なんだかお子様ランチみたいでとっても素敵。ソフィアとリシューも「シルフィーによく合ってるよ」と言ってくれた。…あれ?これって褒められてる?けなされている?子どもっぽいって言われているのかな?でもハンバーグはとっても美味しそうだし、お子様ランチみたいで美味しそうだからいいのです。
「いっただきまーす!」
もぐもぐと美味しいハンバーグを食べていると、
「ついてるわよ」
と言って、ソフィアにほっぺについていた何かを取られた。多分ハンバーグ。
「んむっ」
思わずハンバーグをほっぺに詰めたまま、ソフィアの方を見てきょとんとしてしまう。なんだかリスみたいね。
その瞬間、またシャッと音が鳴ったのには気づかないことにした。