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140、魔法の呪文です


「……フィー……、シルフィー!」

「?!」


 眠っていた私はアル様の声で目が覚めた。





 夜、今日は一緒にアル様と眠る事が出来た。今日はアル様は予定がなかったみたいだから、私と一緒に夕食を食べて、一緒にお布団の中に入った。いつも通りアル様の匂いに包まれて幸せを感じながら眠ったけれど、なぜか夜中にアル様に起こされていた。


「どうしたの?魘されていたみたいだけど。」

「うなされていた……?」


 アル様のその言葉に思わず、先程見ていた夢を思い出そうとする。けれど、何の夢を見たのかは全く思い出せない。

 寝転んでいた私はアル様に支えられながらゆっくりと体を起こす。先程まで被っていた布団をどけたことで、少し体がひんやりしてきた。


「ほら、こんなに汗かいて、まだ震えてるね」


 自分の姿を見てみると、自分でも驚くほど汗をかいていたし、ても、まだ震えていた。自分でもどうしてこんな状態になっているのかわからない。夢も何も覚えていないはずなのに。


 怖い


 何が怖いのかも分からないけれど、怖い。まるで頭の中を黒いモヤに支配されてるような心地がする。


「泣かないでシルフィー」


 アル様のその言葉で私が涙を流していることにも気づく。


 悪夢にはいい思い出がない。今回はどんな夢を見たか覚えてないだけいいけれど、夢は怖い。また連れていかれそうな気がするから。頭の中を支配されそうな気がするから。大丈夫だと思っていても怖いものは怖い。そう思うと、ここが知らない場所ではないことに安心する。


 ぎゅっと手を握り締めると、汗ばんでいるのか、まだ少し気持ち悪い。そんな私の手をアル様は、そっと解いて握りしめる。


「何か怖いことがあったの?」


 アル様はそう聞いてくれるけれど、本当に何も思い出せない。自分がどんな夢を見たのか、何を怖がっていたのか、何も思い出せない。アル様の匂いに包まれて幸せを感じながら眠り、起きたら何も思い出せないけれど、怖かった。ただ、それだけ。


 本当に何も分からないから、首を振ってアル様に答える。


 アル様はそれ以上は私に詳しく聞くつもりはないようで、「そっか」と言ったきり、私を抱きしめていてくれた。汗ばんで涙も流れているのに、アル様は気にせず抱きしめてくれた。


「ダメ、アル様、汚れちゃう」


 私の汗や涙でアル様が汚れてしまう事を気にしていたけれど、アル様は、


「大丈夫、服なんて着替えればいいから」


 そう言って抱きしめ続けてくれた。どうしてアル様といると、こんなに落ち着くのだろう。アル様といると、本当に怖くなる。だって私はもうアル様から離れられないかもしれない。アル様に依存してしまいそうになる。アル様がいないと何もできなくなってしまう。アル様がいないと夜に眠れなくなってしまう。


「アル様、側にいてくれる?」

「そばにいるよ」

「ずっと?」

「ずっと」


 ただ、口約束だとしても、本当にほっとする。アル様は私がどんな姿を見せたとしても、近くにいてくれるのではないかという気すらする。


「怖かったら今みたいにギュッてしてくれる?」

「いつでもするよ」


 アル様は間を置かずにそう答えてくれる。


 アル様はいつも私の傍にいてくれる。私が怖い時はいつもアル様に頼ってしまう。でも私はアル様を支える事が出来るのだろうか。恋人同士の関係の望ましい形はお互いで支え合える形だとよく聞く。お互いがお互いを頼って支え合い信頼していくからこそ良い関係が築けるもの。けれど私達はどうなのだろう。私が一方的にアル様に頼ってアル様に支えられている。私もアル様を支えられるだろうか。アル様に頼ってもらえるような存在になれるだろうか。私が年下という事を除いても、アル様は私に頼る事がない気がする。それは私が頼りないからだろう。


「シルフィー、何か考え事してる?」


 アル様は私を抱きしめたまま頭を撫でてそう聞く。


「今は考え事をしない方がいいよ。夜はどうしても悪い方に考えてしまうから。考え事は朝にしよう」


 そっか、今は考えなくてもいいのか。


「お湯を沸かしてもらうから、お風呂に入っておいで。それでスッキリして、また明るくなってから考えよう」

「はい」


 確かに今は何も考えたくない。暗いとそれだけで怖い。思考が悪い方に引きずられてしまう。黒いモヤに頭が占領されてしまいそうになる。また、あの声が聞こえてきそうで怖い。アル様がいてくれてよかった。私1人の時じゃなくてよかった。もし私が家に1人でいる時にこんな事が起こったら、私はどうなっていただろう。ただ震えて泣いて何もできなかった。本当に本当にアル様と一緒の時でよかった。





 メイドさんがお風呂に入れてくれて、スッキリはしたけれど、それでもなんだか眠る気はしない。私がお風呂に入ってる間にアル様も服を着替えたみたいで、さっきとは違う服を着ている。私が汚してしまったから仕方はないのだけれど、アル様の匂いが薄くなった気がして少し残念。ベッドに戻るとアル様が布団に腰掛けていたので、そこに当然のように抱きついていく。アル様の腕の中に包まれるのがもう私の定位置のような気がしてきた。だってアル様が受け入れてくれるから。


「アル様、寝る時、いつもみたいにぎゅってしててね」

「うん」

「私が起きるまでずっとだよ」

「もちろん」


 面倒くさいお願い事をしているのは分かっているけれど、そうでもしないと私が安心できない。


「シルフィー眠れそう?」

「分からないです」


 でもさっきまでより怖くはない。夢を覚えていないのに怖いだなんて、変な話だけれどね。さっきより思いっきりアル様に抱きつくとアル様は私の頭をゆっくりと撫でてくれる。


『怖いの怖いのとんでいけ』


 アル様から聞こえてきた言葉に驚いて、思わずアル様の顔に目を向ける。


「その言葉は…?」

「あぁ、これは、昔母上に教えてもらったんだ」

「お義母様に」

「うん」

 

 そっか、そういうことか、そうだったんだ。私はなんとなく1人で納得しながら先程の言葉を心の中で繰り返す。


「アル様、もう一回だけ言って」

「うん、何度でも言うよ」


『怖いの怖いの飛んでいけ』


 やっぱりそうだ。


 この呪文を聞くと怖いのが本当にどこかに飛んでいってしまう。やっと見つけた。何かを取り戻したような感覚がする。


「ふふ、私、本当にアル様の妹になったみたいです」

「え、どういう事?」

「えへへ、内緒です」


 私がアル様の手に頬を擦り付けると、アル様も私が何をして欲しいのかを察したみたいで、背中をトントンしてくれる。なんだか本当に子どもに戻った気分だけれど、アル様には遠慮なく甘えたい。アル様には甘えてもいいと知っているから。


「シルフィー眠れそう?」


 アル様が先程と同じ問いを私に投げかけるけれど、今度の私の答えは先程とは違っていた。


「もう大丈夫です」




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