012、第二王子とお出かけします
そして、それから後日、アル様からお茶会の招待状が届いた。
「どうする? 別に断ってもいいよ」
「あるしゃまとおちゃかい……」
小説の話の通りだと関わりたくない。でも、
「けーき、たべれますか……?」
「それはもちろん、茶会だから食べれると思うが……。」
「いきます」
シルフィーの中で、ケーキ>小説の第二王子怖い、が成り立った瞬間だった。そんなシルフィーをお父様はなんとも言えない目で見ていた。
「街へ一緒に遊びに行かないか?」
王宮に行くと、お父様はそのまま仕事に行ってしまい、私はアル様の元へ案内された。けれど、私を待っていたのはケーキ達ではなく、沢山の洋服だった。そして、その後にアル様に言われたのが先程の言葉である。
「まちですか?」
「あぁ、シルフィーは中々外に行く機会がないだろう? 先程宰相にも許可を貰った」
「でも……」
「街には美味しいケーキを売っているカフェが沢山あるよ?」
「いきます」
再びシルフィーの中で、ケーキ>小説の第二王子怖い、が成り立った。
ドレスでは目立つため、アル様が用意した平民服に着替えることになった。用意してくれていたのはシンプルなオレンジ色のワンピース。普段着ない色だから新鮮だけど、とても可愛い。アル様は白いシャツに黒いズボン。とてもシンプルなのに、アル様自身がとても格好いいから、より一層素敵に見える。
「よく似合ってるよ、シルフィー」
「ありがとうございます、あるしゃまも、とってもかっこいいです!」
街の入口までは馬車で行くことにした。城から歩いていくには少し遠いから。
「シルフィーは街に行ったことがないの?」
「えっと、ないと思います。小さい時のことはあまり覚えてないので……」
それこそまだ赤ちゃんの時に連れてこられたら覚えているわけが無い。
「じゃあ、今日はいっぱい色んな所見て回ろうね」
「はい!」
街は人で賑わっていた。1本の大きい通りにズラーっとお店が並んでいる。ちょっと違うけど商店街みたい。
「お腹は空いてる?」
「まだあんまりすいてないです」
「なら、街をこのまま歩こうか」
「はい!」
自然とアル様に差し出された手をとる。街中で手を繋ぐのは所謂迷子防止ですか?でも流石に迷子にはなりませんよ?何故なら、なった途端護衛の人達に連れ戻されるでしょうから!
「でも、疲れたら遠慮なく言ってね。いつでも抱き上げるから」
「えっと、はい……」
それはアル様が疲れないだろうか、と思ったがとりあえず返事をしておく。
通りにはケーキ屋さんだけでなく、宿屋や食堂、雑貨屋に風呂屋など様々な店があった。
「いま、おひるまえなのに、ひと、いっぱいですね」
「そうだね。この国の人は皆早起きだから、基本午前中にやるべき事を済ませて、午後からゆっくり過ごす人が多いかな?もちろん全員がそういう訳ではないけど。」
「うぅ、わたし、はやおきにがてです……。」
「シルフィーはまだ小さいんだからしっかり寝なさい」
「……むぅ」
小さくないもん!皆が大きいだけだもん!アル様だってまだ子どもなのに!
アル様と通りをぶらぶら歩いていると、ふと、店先にうさぎのぬいぐるみが飾ってある雑貨屋が目に入った。
「うしゃぎしゃん………」
可愛いっ!薄ピンクでとってもふわふわ!首には銀色のリボンが付いてて、瞳は黒色が輝いてる。まるで、アル様の色みたい!
「あるしゃま、あのおみせ……」
「ん?行きたいの?」
「はい」
アル様の了承を得て、繋いでいたアル様の手を引っ張りながら店の中へ入る。
間近でみると更に可愛い。触ってみてもいいかな?一応店員さんに聞いた方がいいかな?そう思い、周りを見渡すと、優しそうなおじさんが椅子に座っていた。会計の所にいるから、おそらく彼が店員だろう。
「あの……、これしゃわってもいいですか?」
「ん?お嬢ちゃん、このうさぎが気に入ったのかい?」
「はい!」
「触るのは全然構わないんだが、お嬢ちゃんにはちょっと値段が高いかもなぁ。なんせ、瞳の宝石が本物だからなぁ。」
そっか、高いのか……。それなら買えなさそう。私は貴族だけど、おこづかいは沢山は貰っていない。だって、何かを買う機会なんてなかったし、望めば買ってくれていたもん。それに、私は今平民服だから貴族には見えないよね。
でも、すごく可愛い。
「欲しいの?」
考え込んでいるとアル様の声が聞こえる。欲しくないと言えば嘘になる。とっても可愛いし、一目惚れに近かったから。それに、夜寝る時にひとりで寝るの寂しかったから、この子と一緒に寝たい。そう思って頷く。
「買ってあげるよ」
「え、でも………。」
「いいから。それに、うさぎよりもっと可愛いものが見れそうだから。」
そう言って、アル様は店主の元へぬいぐるみを持っていく。うさぎよりもっと可愛いものってなんだろう。
「店主、これを頼む」
「はいよ」
本当にいいのかな?でも、とても嬉しい。
「ありがとうございますっ! とってもうれしいです!」
お礼を言うと、何故かアル様も嬉しそうに笑う。アル様が笑顔だと嬉しい。
名前どうしよう……。うさぎさんだとなんだかなぁ。アル様が買ってくれたうさぎだから、アル、アル君、あー君……、ダメだ。私には名付けのセンスがない。ある……、るあ……、あ、そうだ!
「なまえ、るぅにします!あるしゃまといっしょのなまえですっ!」
るぅをぎゅっと抱きしめ、アル様の方を向くと、
「可愛い、尊い」
と言いながら再び崩れ落ちた。
崩れ落ちたアル様はすぐに立ち直り、その辺を2人でまた歩いた。るぅは私が両手で抱えてやっと浮くくらいだからとても大きい。
私がるぅを持って歩くと引きずってしまうため、アル様がるぅを持ってくれていた。
「そろそろカフェに行く?」
「はい、おなか、すこしすきました!」
ケーキっ!早く食べたい!そう思って早足になる。
「ふふ、シルフィー、そんなに急がなくてもケーキは逃げないよ」
「うぅ、でも……」
早く食べたい。それに、ケーキは逃げていくんですよ!売り切れになって無くなったらどうしよう!
「シルフィーは本当にケーキが好きなんだね。」
「はい!」
だって美味しいもん。
「けーき、けーき~」
アル様が連れてきてくれたお店はとてもナチュラルなカフェ。入りやすそうな雰囲気でとても素敵。外にも席がある。優しい空気感で、見た目だけでもとてもほっこりする
「ここが新しく出来たケーキ屋さんのスリール・ダーンジュだよ」
「すりー……?」
「スリール・ダーンジュ。天使の微笑みって意味だよ」
「ふわぁ、かわいいなまえです!」
「ふふ、うん。シルフィーみたいだよね」
「えっ?ち、ちがいます……!てんしみたいじゃないです!」
「そうかなぁ」
「そうです!」
だって、私は悪役令嬢だから。天使とは程遠い。どちらかというと、悪魔……?うぅ、なんか嫌だなぁ。お店に入ると美人のお姉さんが案内してくれた。私に話しかけてくれる時にしゃがんで目線を合わせてくれるから、絶対いい人だ。
「いらっしゃいませ。2名様ですか?」
「はい」
「ではご案内致します。」
席に着くと、アル様がメニューを広げてくれた。
「何のケーキにする?」
「えっと……、」
この間はいちごタルトを食べたから、今度は何にしよう。やっぱりチーズケーキかな?でも、アップルパイも捨てがたい……。モンブランも食べてみたいし…。うぅ~ん。
でも、やっぱりここはケーキの王道、ショートケーキ!
「決まったみたいだね。その様子だとショートケーキかな?」
「!!」
あれ?私のまだ何も言ってないよね??もしかしてアル様、私の心読めるの??
「ふふ、シルフィーは本当に考えていることが分かりやすいね。さっきからケーキの写真見ながら悩んでて、最後にショートケーキで目線が止まったから決まったのかと思ったんだけど、」
違ったかな?と聞かれ、そのとおりです。としか答えれなかった私は悪くないと思う。
「飲み物はココアにする?」
「はい、あたたかいのがいいです!」
メニューが決まり、アル様が店員さんを呼ぶ。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「はい。チーズケーキとショートケーキをひとつずつ。飲み物はアイスコーヒーとココアのホットをお願いします。」
「はい、ありがとうございます。それでは少々お待ちください。」
(ケーキ楽しみ!)
ケーキは思ったよりもすぐに来た。
「お待たせ致しました。」
「わぁ、とってもおいしそうです!」
「ふふ、そう言って頂けると嬉しいです。ごゆっくりどうぞ。」
ショートケーキはケーキの王道!苺がキラキラしてる!もう語彙力がどっかにいっちゃうくらい美味しそう!ココアもきっと美味しいだろうなぁ、と思って目を移すと、
「っ!! ココア、ねこちゃんです! かわいいです!」
シルフィーのココアには上のふわふわした泡で猫が描かれていた。
このお店はこんなサービスがあるんだぁ、可愛いなぁ
たが、シルフィーは知らない。本当はこんなサービスは無いことを。シルフィーを見た店員が、シルフィーの可愛さにやられて思わず猫にしてしまったことを。
シルフィーは猫を崩すのが可哀想と思いつつも、一口飲んでみる。
「ふわ~」
幸せ。ココアは甘くてホカホカする。幸せなシルフィーはアル様や他の客、店員その他大勢がシルフィーの可愛さに悶えている事に気づかなかった……。
シルフィーは幸せな気分のまま、ケーキをひと口掬って食べる。
「んん~! おいしいです!」
ふわふわの生地と生クリームが口の中で溶ける。こんな幸せ、もう他にないかも、と思えるくらい幸せ。
「シルフィー、口開けて。」
「? はい」
突然アル様にそう言われ、訳も分からず口を開けると、その中にスプーンを突っ込まれた。そして次の瞬間、甘いチーズの食感が口の中に漂った。思わず両手でほっぺをおさえる。
「はぅ、しあわせ。」
ショートケーキも美味しいけど、やっぱりチーズケーキも美味しい。……ん?チーズケーキ?私のケーキはショートケーキだから……
「あ、このケーキ、あるしゃまのです! よかったんですか? …………あるしゃま??」
アル様にそう尋ねようとすると、アル様は片手で顔を覆って上を向いていた。
「ごめん、待って、可愛さにやられた。」
「??」
シルフィーは訳が分からなかったが、周りの客もシルフィーが幸せそうにケーキを食べる姿に悶えていた。そして、シルフィーもショートケーキをひと口掬って、アル様に、差し出す。
「あるしゃまもあーんです!」
「いいの? シルフィー、ケーキ好きなんでしょ? 私に分けると減っちゃうよ?」
「いいんです! あるしゃまだって、わけてくれました。それに、ふたりでたべたほうが、おいしいです!」
アル様はふふ、と笑ってから口を開ける。
「ありがとう。うん、こっちも美味しいね。」
「はい!」
全て食べ終える頃にはお腹いっぱいになった。幸せすぎてお腹も心もいっぱい。
「まんぞくです」
そして満腹です。
「ふふ、それは良かった。それじゃ、そろそろ行こうか。」
「はい」
お会計に行くと、アル様はさり気なく私の分のケーキ代も払ってくれようとする。
「あの、あるしゃま、わたしのおかね……」
「シルフィーは気にしなくてもいいの。こういう時は私に格好つけさせて?」
「うぅ、でも……」
「ね?」
「は、はい」
アル様の笑顔には勝てませんでした。
帰ろうと思ったその時、最初に案内してくれていた美人さんがドアを開けてくれた。
「あの、おいしかったです!」
「こちらこそ、美味しく食べてくれて嬉しいわ。また何時でも食べに来てね」
「はい!」
うん、また絶対来ます。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。夕方になる前にシルフィーを帰さないと公爵に怒られそうだし」
「はい……」
もう少し街をうろうろしたかったなぁ。次に街に来られるのはいつだろう。お父様にお願いしたら連れてきて貰えるかな?
「ふふ、そんなに残念に思わなくても大丈夫だよ。また一緒に来ようね。」
「っ! つれてきてくれるんですか!?」
「もちろん。シルフィーさえよければ」
「うれしいです…!」
すると、突然アル様が足を止めた。
「済まない、シルフィー。あの店に寄ってもいいかな?」
「はい」
アル様が何かを見つけたように、宝石店に入っていく。宝石店なんて、正直私には敷居が高いよ…。貴族だけどお子様だからあんまり宝石なんて持ってないし、そもそも宝石店入るの初めてだよ。お母様達は基本、宝石やドレスを買う時は商人を屋敷に呼ぶから。
「いらっしゃいませ」
店員さんが丁寧に出迎えてくれる。宝石は高いから、高確率でお客さんは貴族。だから丁寧なのかな?平民の格好をしているけど、たぶん貴族って気づかれているんだろうね。平民の子どもがこんな所に来るわけないし。
「ペンダントが見たいんだが、」
「かしこまりました。お持ちしますので少々お待ちください。」
そう言って店員さんは奥へ行った。そして、別の店員さんが別の部屋のソファに案内してくれ、紅茶を入れてくれる。アル様とまったりしていると、先程の店員さんがペンダントが入った箱を沢山持って入ってくる。
「お待たせしました。こちらが本店にあるペンダントになります。デザインも豊富ですので、是非ごゆっくりご覧下さい」
「ありがとう。」
アル様は宝石を選びながら時々私の顔を見る。私がちゃんといるかを見ているのかな?ちゃんといますよ。迷子にはなりません。というか、今はソファに座っているのでどこにも行きませんよ。
アル様は色々な宝石が付いたペンダントを手に取って迷っている。
「このペンダント、黒と青を1つずつ下さい」
そう言って宝石を指さしたのは、とてもシンプルなデザインだった。けれどとても上品で素敵。誰かにあげるのかな?
「かしこまりました。箱に入れましょうか?」
「いや、このままでいい。今つけるから。シルフィー、後ろを向いて?」
「え? は、はい」
急に後ろを向いてなんて、どうしたんだろう?そう思っていると、首元にヒヤリとした感覚が走った。何だろうと思って見てみると、胸元には先程アル様が買った黒いペンダントが輝いていた。
「あるしゃま、これ……」
「うん、今日一緒に街を回ってくれたお礼。」
お礼を言うのは私の方。私だって楽しかったから。それに、普段街にでない私を街に連れてきてくれたから、私の方がお礼をしないといけないよね。
「でも…、るぅもかってもらったのに……」
「私がシルフィーとお揃いで持ちたいんだ。それではダメかな?」
「ぇっと…だめじゃ、ないです」
「なら貰って?」
「はい………。ありがとうございます…!」
こんなこと言われたら断れない!それに、やっぱりアル様の笑顔には勝てない!
「僕は青色のペンダントを付けるよ。シルフィーの色だ。」
あ、もしかして、選んでる時に私の顔を見てたのは、私の瞳の色を確認してたから?
「私はシルフィーの瞳の色のペンダント。シルフィーは私の色のペンダント。お揃いだよ。」
「あるしゃまのいろ……」
何だか嬉しくてふふっと笑ってしまう。
「あ、ごめんね……、私の瞳の色がもっと綺麗な色なら、シルフィーのペンダントももっと綺麗な色になったのに」
「そんなことないです! わたし、くろすきです! あるしゃまのいろだから!」
それに、前世は日本人だったから黒髪黒目だった。今の金髪碧眼よりずっと馴染みがある。アル様は驚いた顔をした後にふふっと笑い、
「ありがとう」
と言った。アル様の笑顔はとても素敵。こちらこそありがとうございます。やっぱり、私もなにかお礼をしたい。でも、王子様であるある様に物をあげるのもなんだかなぁ。うーん…。物より行動の方がいいのかな。あ、そうだ。
「あるしゃま、しゃがんでください!」
「ん?どうしたの?疲れたなら抱っこしようか?」
そう言いながら、アル様はしゃがみ、私に向かって両手を広げる。決して抱っこして欲しいわけではないけど、私はその手の中へ飛び込む。そして、
チュッ
アル様のほっぺにキスを落とす。お礼がキスってやっぱり変かな?あれ、王子様にキスって不敬罪だっけ……。そもそも、王子様のほっぺにキス出来るなんて、私の方がご褒美なんじゃ…。
アル様の反応が心配になり、そーっと顔を覗き込んでみると。……意識が無い?けれど次の瞬間、「可愛い、尊い」と言いながら倒れてしまった。何で倒れたかはよく分からないけど、怒られないみたいで良かった。
今日のお出かけで、アル様は小説の第二王子とは違う事が分かった。この世界で生きている人なんだ。それを実感した。もう、無闇に怖がるのはやめよう。処刑されたらその時はその時だ。
そして、アル様とお揃いのペンダントは、何があっても肌身離さずいつも付けるようにアル様に言われた。その為いつも着けていたが、シルフィー自身が気に入りすぎて、お父様から貰ったネックレスを殆ど付けなくなって、お父様が悲しむのは別の話。