127、先生のそういう所が大好きです
とうとうやって来ました。お楽しみの放課後。
「失礼します。シルフィー・ミル・フィオーネです」
ノックして名乗ると、「入れ」という声が聞こえ中に入る。中にいたのはソファに座ってコーヒーを飲んでいるジェイド先生。コーヒーの匂いからしてこれはブラックですね。大人だ。私は絶対にブラックは飲める気がしない。だって苦いもん。苦いのは嫌。私は甘いものだけに囲まれていたい。勿論コーヒーにはミルクたっぷり。
「失礼します」
「ああ」
私が入ってきたことを確かめると、ジェイド先生は向かいのソファを指さした。そこに座るとふわっという嬉しい弾力に身体が沈むような感覚がする。今までに何度かジェイド先生の研究室に入ったけれど、今日みたいにゆっくりソファに座るのは初めて。
ジェイド先生の研究室は座り心地のいいソファだけでなく、観葉植物がたくさんあって落ち着く。壁一面に並んだ本棚にはぎっしりと本が詰まっていて、入りきらないものは床に散らばっている。それでも汚い部屋とは思わないのは、その散らばった本でさえもきちんと種類ごとになっているからだろう。そしてソファの前にある机とは違う机に本や紙が沢山積み重ねられているのを見ると、また研究に没頭していたのだろう。私には先生がなんの研究をしているのか難しくて理解しきることは出来ないけれど、いつも頑張っていてすごい。先生しながら研究して、生徒会の顧問をして。本当にすごい。私ならそんなに一人何役もこなせる自信が無い。
「いつも買い出しを悪いな」
「いいえ、おつかい楽しいです!」
思わず拳を握り宣言する。正直、おつかいは楽しい。最近は一人で行けるようになってきたんだから。最初は誰かしらついてきてくれていたけれど、今は一人で大丈夫。場所さえ分かれば何とかなるんだから。寧ろ、その道中にあるケーキ屋さんの魅力に打ち勝つのが大変なだけ。ちゃんと勝ってるけどね。……ごめんなさい。3回に1回負けています。美味しいケーキを食べてから帰っているのでアンナに怒られます。も、勿論夕食はちゃんと食べますよ?だってご飯美味しいもん。美味しいものは沢山入ります。太る心配は…、ちょっとその時はゴミ箱に放り投げています。で、後から後悔します。でも、私は太る心配より背が小さい方が問題なのです。たくさん食べて大きくなるのですよ。
それはともかく、私は今日ここにきた目的を忘れてはいません。
「ジェイド先生、早く!」
「分かった、分かった。分かったから落ち着け」
あ、ごめんなさいなのです。思わず。ジェイド先生は手をひらひらさせながらため息をつく。ジェイド先生とは結構長い間一緒に居たりしたから私の性格を分かってきている。そして、嬉しくない事に私に対して段々とおざなりになってきている。
「ちょっと待ってろ」
ジェイド先生はそう言って席を立った。先生がこの部屋にアル冷蔵庫の様なものに近寄っていく。その隙にじーっとジェイド先生が飲んでいる途中のブラックコーヒーを眺める。
「ぶらっく……」
私だってコーヒーは飲めない事も無い。でも、ミルクをすっごくたっぷり入れないと飲めない。前にソフィアとリシューとケーキを食べた時、ソフィアはブラックコーヒーを飲んでいた。
「……」
アル様だってブラックコーヒーを飲んでいる。
「ほら」
考え込んでいるうちにもどって来たジェイド先生がお皿を私の前に置いた。
「!!」
これ、ぜーったい美味しいやつ!
『放課後研究室に来い。おつかいのご褒美だ。ケーキの消費を頼む』
ジェイド先生がからのメモにはそう書かれていた。どんなケーキとかは書かれていなかったけれど、楽しみ過ぎて仕方がなかった。
そして私の目の前に置かれたお皿には、ロールケーキがおかれていた。しかも贅沢な事にチョコレートロールケーキ。まるまる1本。
「ほ、本当にこれ食べていいんですか?」
「ああ」
「全部?!」
「ああ。……全部食えるのか?」
「勿論です!」
「そ、そうか」
食べきれなかったものは持って帰ってもらおうと思っていたんだが…、と先生は呟くけれど、勿論食べきりますよ?
「いただきます!」
「まあ、ゆっくり食え」
「はい!」
ロールケーキを最初に一口食べる。
「~~っ!!」
うん、まい!!
美味しすぎる!ふわっふわのスポンジ生地に中のクリームには刻んだナッツが沢山入っている。チョコクリームだけど、ピスタチオ風味もする。これは、
「スリール・ダーンジュのロールケーキですね!」
「お、おお。そうだが、よく分かったな」
「ふふん!」
私をなめたらだめですよ!特にスリール・ダーンジュのケーキは良く食べているんですから!先生は呆れたような目でこっちを見てくるけれど、寧ろ褒める所ですよ?
「美味しいです!」
本当に本当に美味しい。アル様と初めてスリール・ダーンジュのケーキを食べた時から私の大好きなケーキ屋さんだもん。新作が出るたびにアル様やリシューと一緒に食べているし。
「先生、このロールケーキどうしたんですか?」
目の前に座ってコーヒーを飲んでいる先生は私にケーキを用意したけれど、自分は食べる様子が無い。
「ああ、妹がスリール・ダーンジュで働いているんだ。それでいくつか持って帰ってきてな。俺は甘いものがそこまで得意じゃないからな」
な、なんて羨ましい!もしかしたら私もその妹さんにあった事があるかもしれない。もしかしてあの人かな?いつも素敵な笑顔を向けてくれる優しくてきれいなお姉さん。初めて行った時はココアをネコにしてくれた人。あの人だったらいいなぁ。
「先生は食べないんですか?」
「ああ。見てるだけで胸焼けがしてくる…」
えー……。美味しいのに。
私の口のドンドン吸い込まれていくロールケーキを見ながら先生はため息をつく。
「何でそんだけ食べて身長にまわらないんだろうな」
……!し、失礼な事を言われたのですよ?!
「私が小さいんじゃなくて、皆が大きいんです!」
私がそう言うと吹き出したように笑いながら「そうだな」と同意してくれる。
「なんか飲むか?」
「え、いいんですか?」
「流石に甘いものだけじゃきついだろ」
「ありがとうございます」
先生は気遣いが凄いのですよ?
「何飲む?」
「……何がありますか?」
「なんでもあるぞ。来客用に一通りそろえているからな」
「じゃあ、ココアがいいです!」
「………まだ甘いもの飲むのか」
先生は呆れながらもココアを用意してくれた。
甘いロールケーキと甘いココアの組み合わせ。贅沢すぎる!
「ほんと良く食うな…」
「美味しいものは別腹です」
「それを言うなら甘いものは別腹だろう。そんで、さっきから食べてるものは全部甘いもんだ。甘いもんばっか良く入るな、本当に」
美味しいんですもの。リシューも連れてくるべきだったかな?これだけ大きいロールケーキだからリシューも喜んで食べそう。勿論私一人でも余裕ですけどね?
「そんで、今日来て貰ったのは話があったからなんだ」
「え?」
ケーキを食べる為じゃないんですか?
「ケーキを食べる為だけじゃない」
心読まれました?
「ちょっと聞きたい事があってな」
「聞きたい事?」
私に、ですか?リシューじゃなくて私にお願いですか?
私頼られている?!
「なんでもどうぞ!」
「今、無駄な決意を感じ取った気がする」
「気のせいです!」
「そうか…」
そうです、気のせいです。
「それで聞きたい事ってなんですか?」
「あぁ、ライト―ルの事だ」
「ライト―ル…。ソフィアの事ですか?」
「ああ」
ソフィアの事…。ソフィアは光の魔法を使えるけれど、もしかしてその事?
「先に言っておくが、ライト―ルを利用するとかそんな事じゃないからな?」
だからそんなに睨むな、と頭をポンとされる。
やっぱり私の考え読まれている。ジェイド先生に限ってソフィアを利用するなんて事はないとは思っているけれど、もしかしてと思ってしまった。ソフィアを利用する人を私は許せそうにない。誰であっても。…自分であっても。
「ライト―ルは、光の魔法の使い手として今、名が挙がっているが」
そこまで言われてびくっとなる。やっぱりその事なんだ…。
「風の魔法も使えるだろ?」
「え、あ、はい。」
少し予想外の方向に話がそれた。
「今まで2属性の魔法を使えるやつはいなかったが、それに関して何か聞いているか?」
「え…、と。特には…。ソフィアもどうして2つ使えるのか分からないって言ってましたし…」
「そうか」
私がそこまで言うと、ジェイド先生は拳を顎に当て考え込んだ。「光の属性は他の魔法と併用して属性を持てるのか?」「いやでも、風属性は…」「風魔法を使う時に…」「周囲の環境との影響がー…」とブツブツ呟きながら自分の世界に入り込んでしまった。
私は残っていたケーキを食べ進めながら考える。
もしかしてジェイド先生の研究は属性に関してなのだろうか。だから2属性持っていたソフィアが気になった。つまり、ジェイド先生は本当にソフィアの光魔法を利用するつもりなんてなくて、ただ、2属性持っていたからソフィアだけじゃなく私にも話を聞きたがったって事かな。
なーんだ。
ジェイド先生にとってソフィアは利用する相手じゃなくて、研究対象なんだね。いや、それもどうかとは思うけれど、ジェイド先生らしい。
「ソフィアには聞かないんですか?」
「ん、あー…」
そう聞くとジェイド先生困ったように頭を掻いた。
「今は流石に、な。公表されたばかりだし、本人も無自覚に負担を感じているかもしれないだろう。話を聞くならもう少し落ちついてからだな」
………もうっ!本当に!ジェイド先生のこういう所が大好きなんだから!
この勢いのままケーキを食べきり、「ごちそうさまです!」とさけぶ。ジェイド先生は「本当に食べきったのか」と呆れた目を向けてきたけれど気にしない。慣れている。
「本当に先生のそういう所が大好きです!あと先生の授業いつも楽しみにしてます!」
そう言って先生の研究室を出た。最後に見た先生が驚いたような表情をしていたのが何だか面白かった。